東京ネクロマンサー -ゾンビのふーこは愛を集めたい-

神夜帳

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第4章 主人公

第43話 花の意味

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 自然公園から3人が天国に帰ってきたのは午後4時近く。
 蛭田はあれから、あーでもないこーでもないと言いながら、花を探し続けて、結局手にしたのは、近所でも生えていたレースラベンダーだった。

「一体なんだったんだ……」

 ネクロ野郎と呼ばれる男のぼやきを聞いてか聞かずか、蛭田はまっすぐ迷いなく歩みを進める。


 俺が、1番驚いたのは、蛭田が苦労して手に入れたラベンダーをどうするのかと思ったら、千鶴に子供を提供しろと訴えたあの老婆の元へ迷いなく行ったことだった。
 ガリガリに痩せて頬もこけて、妖怪のような不気味さは健在で、蛭田から黙って差し出されたラベンダーの束をこれまた黙って受け取ると「ありがとうよ」とぶっきらぼうに答える。
 蛭田はそんな老婆、といっても、蛭田からしたら同年代なわけだが……、に、道中撮影した色々な花の写真や風景の写真をニコニコしながらいくつもいくつも見せていた。

 ふと、老婆が俺たちの方に視線を投げる。
 少し、ぎょっとした顔をしたが、すぐに能面のような表情に戻った。
 ぎょっとするのは当然だろう。

 なぜなら、俺もふーこも服を鮮血で染めて真っ赤かだったからだ。
 自然公園内はそれほどゾンビはいなかったものの、帰り道では案の定当たり前のようにゾンビに遭遇し、その度に俺とふーこで迎撃した。

「ほらみろ! こんなにゾンビいるだろ!?」

 そう叫びながら、俺の腕に噛みつき腕のプロテクターをベキべきと割られそうになっているゾンビの後ろで、これまたふーこはふーこで、寄ってくるゾンビの群れを片っ端からバラバラにして、柔らかなハラワタや乳房を噛みちぎって食べていた。

「ふむ。なるほど。お前の言うとおり、確かにゾンビは増えてきたようだな」

 蛭田は、呑気にそう答えると腕組みしながら、迎撃する俺たちをじっと見つめていた。
 瀕死の女ゾンビだけではなく、明らかに新鮮な女ゾンビ、そしてなにより、男ゾンビもいくらか混じっていた。
 天国に来る途中で空から降ってきた大きな男ゾンビに比べれば、脅威は脅威と言ってもそこまでではない。
 しかし、あっさりと道路標識を引っこ抜いて投げつけてきたり、家の壁を簡単に粉砕して突っ込んできたりは、さすが男ゾンビだなとは思った。

 ふーこがいなければ、さすがに守りきれなかたかもしれないし、そもそも俺も危なかったかもしれない。
 一体どれくらいのゾンビを葬ったのか、実際ほとんどを葬ったのはふーこではあったが、男ゾンビに対しては、ふーこは明確に命令されないと動かないので、ちょっと大変だった。

 真っ赤に染まった俺たちの後ろで、御子柴が申し訳なさそうにペコペコと大きな胸を揺らしながら礼を尽くしている。
 ただでさえ、光輝達を保護しているうえに、さらに、新たな住人の無謀な行動を見捨てず守り抜いてきたということで、仲間をふーこに喰われた恨みは晴れることはなくとも、申し訳なく思ったようだ。

 御子柴が蛭田に食ってかかる。

「蛭田さん! 領域内から出ないでくださいと言いましたよね!?」
「いや、あんなに増えているとは思わなかったんだ」
「領域内に侵入してきたゾンビを見て何も思わなかったんですか!?」
「いや、それはそのだな……。しかし、花をだな……」
「蛭田さんが死んだら何の意味もないでしょう!?」

 御子柴が蛭田にわめいている間、俺は老婆と二人きりになる。正確にはふーこもいるが。
 老婆——タツと言ったか——はふぅとため息をつき俺を見上げる。

「あんたさ。少し顔つきが変わったね。首の皮一枚だけ繋がっていると思ったけど、今のあんたはなんだか大丈夫そうだね。何かあったのかい?」
「まぁ、いろいろな」
「そうかい。千鶴はどうなんだい? あんたとよろしくやってるのかい?」
「いや、俺と千鶴はそういうのではない。大事な存在であることは変わりはないが」
「ふーん。それじゃ、子供はまだまだ先のようだね」
「そうだな。他の方法の方が早いかも」
「他の方法?」
「ようは、罪が償えればいいのだろう?」
「簡単に言うね。何百人と殺した女だよ。その無数の命と釣り合うものがそうそうあってたまるかい」
「あぁ……」
「それともなにかい? なにか算段があるのかい?」
「まだわからない。わからないが、なにかがぼやっと頭をかすめるんだ。なにかが……」
「……ふーん……」

 疑わしい、そういった顔で眉をひそめ、目を細めて俺の顔を見るタツ。
 そんなタツに素朴な疑問をぶつけた。

「なぁ。蛭田さんの言う花とはどういうことだ? あんたに貢いでいるのか?」

 俺の直球ストレートな物言いに、タツは一瞬目を見開いて、そしてすぐにいつもの能面のような顔に、いや、よく見ればわずかに口元が微笑んでいる。

「お互いパートナーを失ったからねぇ。勝手に依存してくるのさ。女は花を貰えば喜ぶと思っているのさ。昭和の男の偏見だよ。わたしゃぁねぇ、花で嬉しいなんて気持ちになったことはないのさ。でも、せっせともってくるんだよ。花がないときは、風景の写真、それこそその辺の道端の名も知らぬ雑草とかね、猫とかね、そういった写真をたくさん撮って見せてくるのさ」
「ふーん……。どんなときもか?」
「あげた花が枯れた頃に、新しい花を探しに行っている。まったく、わたしゃあ喜んだことなんてないというのにね」
「そうか……」


 そんなやりとりに時間を割いたのもあったためか、看護師の女と蛭田を連れて拠点に帰ったのは、日没後の19時ちょっと前だった。
 自分の孫に会いたいがために、そわそわする蛭田に俺は花について聞いてみた。

「なぁ、タツさんに花をあげる理由は何なんだ? 口説いているつもりなのか?」
「……まっ、口説いていることになるのかねぇ。タツさんは寂しい人だ。最愛の家族を全て失ってしまった。俺も失った。孫が生きていると聞く今日までは。俺達は同じだ。同じ哀しみをわかちあえる。一緒に歩いて行ける。そんなことを伝えたいと思った」
「タツさんは花はあまり好きじゃないらしい」

 蛭田はちょっと眉をピクリと動かす。

「そうか……。そういう女がいる、まぁ、そりゃそうだよな。男だって色々いるんだ。女だからって偏見はいけなかったな」

 蛭田はそういって、ちょっと遠くを見ながら、自分たちが乗ってきた車に寄り掛かる。
 町は暗闇に包まれながら、ぽつぽつと街灯の明かりが夜空の星々のように輝いている。
 目の前には、我が家としている拠点のマンション。
 エントランスからは光が漏れ、その光へ看護師の女が道具を抱えて入っていく。
 俺も案内するためにすぐに続かなくてはならない。
 ゆっくりとエントランスへ歩みを進め始めた俺に後ろから、蛭田がぼそっと言った。

「そうだとしても、俺は花を贈り続けたと思うし、これからもそうすると思うよ」

 俺は蛭田の方へ振り返って問う。

「なぜ?」

 蛭田は苦笑い。そういった表情を見せながら、重そうに身体を動かして歩き始めた。

「それでしか示せないからさ。不器用だからな」
「何を?」
「ふっ、言わせんな」

 暗闇の中ぼやっと浮かび上がるふーこの赤い瞳には、きらきらとした金色の何か粒子のようなものが舞っていて、蛭田と俺を視界にとらえ続けていた。
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