東京ネクロマンサー -ゾンビのふーこは愛を集めたい-

神夜帳

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第4章 主人公

第42話 蛭田詩

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 天国の壁を越えて郊外へと歩を進める老人。
 それを追いかけるネクロ野郎と呼ばれる男とゾンビのふーこ。

「おい爺さん!」

 ネクロ野郎と呼ばれる男が老人に大声で呼びかけても、老人はその恰幅の良い身体と衰えを知らぬ足で前へ前へと歩みを進める。

 耳が遠いのか?

 俺が一気に駆け寄って、耳元で呼びかける。

「爺さん! この先は危ないんだ。山梨のゾンビが流れ込んできているんだよ! 増えているんだゾンビが!」

 だが、このジジイは偏屈そうに口をへの字に曲げて、目は俺を全く見ようともせずまっすぐに前を向いたままスタスタと歩いて行く。

「まさか、全く耳が聞こえないのか? とはいえ、目は見えているだろう!」

 俺が苛立って喚き散らすと、ジジイはまっすぐ前を向いたまま答えた。

「爺さんとは俺のことか? 俺はお前の爺さんになった覚えはない」
「聞こえているじゃねーか! この先は危ないんだよ。わりかし新鮮なゾンビが流れてきているんだ」
「だからなんだ。そんなものはもう見慣れたわ。放っておいてくれ」
「放ってって……あー、じゃあ、どこに行くんだ? それだけ聞かせてくれよ」

 ジジイの足がピタッと止まった。

「お前はなんだ? 俺のなんなん……」

 ジジイが最後まで言う前に、ぴたっと静止する。
 ジジイの視線の先を見てみれば、その視線はふ―この顔をじっととらえている。

「ふーこを知っているのか?」

 俺の呼びかけが聞こえているのかいないのか、わずかな間黙ってふーこの顔をじっと見つめていると、やがて口をわずかに開いた。

「どこかで見た顔だと思う……。どこだったかな……。いや、どうでもいいか」

 ふいっとふーこから視線を外して歩き出そうとするジジイ。

「いや待て! どうでもよくない! 俺は、このゾンビの正体を探しているんだ!」
「それが俺に何の関係がある?」
「ぐっ……。じゃあ、ただとはいわない。何かやってもらいたいことがあるなら聞こう。もしくは、食糧や抗生物質、その他、欲しいもので俺が持っているものはあんたにあげる」

 ジジイは、何かを考えるかのように黙り、わずかに首を上げて空を見上げる。
 何歳かはわからないが、生命力にあふれた歩みをしていた爺さんだが、首を上げたときの喉元の皮膚のたるみが、やはり相当な年齢であることを表わしていた。

 やがて、すっと初めて俺を見た。

「そうだな。じゃあ、まずは俺と友達になってもらおうか?」
「は? 友達?」
「あぁ、そうだ。信用ならない赤の他人と取引なぞ怖くてできるか。それにあんたあれだろ。噂のネクロ野郎というやつだろ? なんでも、悪辣冷酷で女子供容赦なく斬り刻み、それを楽しんでいるそうじゃないか? 死体とセックスもするのだろう?」
「なんだか、随分と誇張されているような。俺だって好き好んで斬り刻んでいるわけじゃない。それが得られる結果のために最短距離だと思ったらやるだけだ。それに、女のゾンビは抱くが、死体とセックスしたことはない」
「ふむ。微妙に印象が違うな」
「微妙どころじゃないと思うが……」

 ジジイはゆっくり歩きはじめる。その背中を追う俺。その後ろをトコトコとついていくるふーこ。
 ジジイの低く力強い声が耳に響く。

「俺は、この先にある自然公園で花を摘みたいだけだ。それはやらなきゃいけないことだ。それを曲げろというのは、赤の他人に言われて、はいそうですかとはいかない」
「頑固ジジイめ! 新鮮なゾンビに囲まれて生きて帰れるのか?」
「……だがな、お前は俺の友人だというのなら、友人の願いは聞かなくてはならないと思うんだ」
「友人って、俺とあんたじゃ随分と年齢が離れているように思うが?」
「一杯死んだ。たくさん死んだ。生き残りはもうわずかだ。そのわずかな生き残りの間で、年齢の違いなど些末な問題だとは思わんか?」
「そうかな? そうか……?」
「知らない人間の言う事は聞けない。俺はそう言っているんだ」

 確かに、俺も知らないやつにいきなり行動を邪魔されたら無視して突き進むかもしれない。
 ジジイの気迫も手伝って、俺は妙なふの落ち方をしてしまった。

「わかった。じゃあ、友達になろう。あんたのいう友達とはなんだ? どうすればいい?」

 ジジイは後ろにいる俺に振り返って、わずかに口の端を歪める。

「まぁ、まずはお互いを知らなければな」

 ニヒルな笑みと共にそう言った。


 一時間ほど歩いた。
 その間、年齢を感じさせない確かな歩みで、むしろ色々と装備を着こんでいる俺の方が歩くペースを置いて行かれそうになる。一時間沈黙と共に歩き続けた。
 やがて、大きい公園らしきものが見えてきて、爺さんは迷いなく吸い込まれるように入っていった。
 入り口は、まるで動物園とかそういった施設のようにしっかりとした鉄柵が囲み、門は大きく開かれていて、外部の人間を歓迎している。

 中に入ると、順路と書かれた看板の矢印に従って歩くと、釣りができそうな大きめの池があり、その池を右に迂回するかのように細いゆるい登坂が続く。
 その上り坂をいくらか上ったところで、休憩所とばかりにテーブルや椅子が並んだ、丸く開けた場所にたどり着いた。

「座れ」

 老骨から短い指示が飛ぶ。
 反抗しても仕方がないので、爺さんが座った椅子の対面に座った。
 ふーこには、俺の隣の椅子をポンポンと手でたたくと、察したようで俺の隣に着席した。
 テーブルを挟んで、圧のある体格の良い爺さんが前に、そして俺とふーこが横並びで座っている。
 なんだか、面接みたいだ。

 やがて、爺さんから口を開く。

「俺は、元々金森に住んでいた。あの日、ゾンビが発生したあの日、必死に家族を守ろうと安全地帯が東にあるといえば東へ、西にあるといえば西へ、そして、とうとう山梨に天国があると聞きつければ、ゾンビの頭をかち割りながら進み続けたものだ。それが、まさか、わずかな生き残り同士で争い合うとはな」

 爺さんがふーっとため息をつく。今までの苦しみを肺の底からすべて吐き出すように。

「……家族はどうなったんだ?」
「家族もゾンビになった。天国に向かう途中、最後の家族だった孫娘ともはぐれた。生きていると思いたいが、おそらく無理だろう。あぁ、言い忘れたな。俺の名前は蛭田一二三(ひるた ひふみ)という。お前は……ん? どうした?」

 ジジイが「蛭田」と名乗って、ふーこにかかりきりでずっと頭の奥に残っていたわずかな気配が、まるで花が初めてその花弁を開いたかのように、あまい香りと共にその情報を蘇らせる。
 俺の表情の動きがぴたっと止まったからだろう。爺さんは怪訝そうな視線をぶつけてくる。

「いや、なんでもない」

 そう言いながら、頭に浮かぶのは「蛭田 詩」という女のゾンビのこと。
 ふーこと出会う前までは、わりとお気に入りであるマンションの一室に監禁して遊んでいたが……。
 苗字が蛭田だからといて、そんな偶然……。

「お前はどうなんだ? 話してみろ」
「え?」
「ゾンビとセックスするからネクロ野郎なのか? ゾンビが現れるまではどうだった? あの日をどうやって生き残った?」
「俺は……」

 あの日のことは、忘れられない。恐らく、今生き残っている者全てがそうだろう。
 何も兆候はなかった。
 突然、それは起きた。

 脳裏に浮かぶのは、自分にいくらかシワを足した程度にそっくりな父親の顔と、目を赤くした母親の顔……。

「あの日は……」

 そして、浮かぶ愛の顔。

「どうした?」

 爺さんが俺に先を話すように促してくる。でも、俺は……。

「すまない。蛭田さん。俺は、俺のこの話は、最初に全てを吐き出すのは、愛にしたいんだ」
「愛? お前の女か」

 そこまで言って、ハッとしてふーこに顔を向ける。
 じっと、無表情に、それは無表情を通り越して、まさに無といった顔で俺に白けた視線を送るふーこ。

 まずいと思った。
 今ので、ふーこは愛も攻撃対象になっただろうか?
 いや、ゾンビの知能なんてダチョウ以下なのだ。ふーこは普通のゾンビより賢いとはいっても、今のセリフだけで男女の微妙な間柄などを察する力はない……ないはずだ。

「俺は、ふーこが好きなんだ」

 俺はごまかすように、ふーこの目を見てそう言った。

「あ? ん? あぁ、そうか……」

 流石に俺より長く生きているだけあって、こういったことも経験があるのだろうか? 爺さんは、俺がふ―こに向かって愛のことをかき消すかのように言った告白を見て、何かを察したかのように唾を飲み込んだ。

「蛭田さんの孫って、まさか、蛭田詩なんて名前じゃないよな?」

 そう言った俺に、蛭田は目を見開いて、口をぽかーんと開けて固まる。

「ま、まさか……。知っているのか!?」
「知っている……」
「孫は!? 孫はどうなった!? 今も生きているのか!?」
「生きている……が……」

 逆説の言葉で止まったことで、蛭田は察したようだ。

「そうか。ゾンビになっているのか……」
「あぁ。ゾンビで保護……いや、正直に言おう。友達だもんな」
「なに?」
「あんたの孫は、会った時にはゾンビだった。そして、俺好みの良い女だった。だから」

 途端に、顔に衝撃が走った。
 背もたれの無い丸椅子にすわっていたために、勢いのまま後ろに倒れこんで、後頭部を地面に叩きつけた。
 ふーこは、その無様な俺の様子をじっと見つめるにとどまっている。
 良かった。蛭田を攻撃しないで。
 というか、前からふーこは男同士のことは静観する。どういうった心持なのだろうか……。

 顔に手をやりながら、なんとか起き上がって、再度丸椅子に座る。
 目の前には、拳を突き出して、俺を殴ったときのままのポーズで固まり、肩を激しく上下に揺らす蛭田の姿。
 顔にやった手を見れば、赤い血がべったりついていて、するすると鼻から血が流れた。

「お、お前は! 俺の孫を嬲ったっていうのか!!」

 俺はふーっと一息深呼吸。

「……そうだ。あんたの孫はゾンビだった。ゾンビに人権はない。ないどころか人類の敵だ。だから、俺の好きにさせてもらった。あんただって、ゾンビを何体も殺してきただろう」

 蛭田は木のテーブルに拳をたたきつける。

「あぁ、そうだ! 俺も何体もゾンビを殺してきた! 生きるために!! だからって嬲ったことはねぇ! 弱ったゾンビでそういうことをしている連中はいたが! 俺はしてねぇ! 生きるために仕方なしに殺したんだ!!」

 ふぅふぅと荒い息をあらげる蛭田。
 一人で気ままに生きるのをやめて、愛、千鶴、ふーこ、人間とゾンビの4人で生きていくことを覚悟した時、こういう事態はいつかはくるかもしれないと思っていた。そして、今それがきた。

「あの時の俺には必要だった。あんたの孫が人間だったら手を出していない。でも、あんたにとってはそれは関係ないだろう。そうだ。あんたの孫を俺は犯した。ゾンビだから犯した」
「ネクロ野郎……」

 蛭田はギリギリと歯ぎしりをして俺を睨むが、数分も経たずに意気消沈して椅子に座り込んだ。
 顔はうつむいてテーブルの木目を数えているようにも見える。

「孫は……。詩は……今もいるのか?」

 消え入りそうなか細い声に俺は答える。

「生きているかはわからない。あるマンションの一室に閉じ込めている。俺に女が寄るとふーこが襲ってしまう。それから、色々あったこともあって、詩のいるマンションにはいけていない。もし、休眠状態のような形で眠っていれば、今もまだそこに生きている」
「そうか……。会わせてくれるか?」

 俺は黙って首を縦に振る。

「俺が要求する権利はないかもしれないが、ふーこのこと知っていたら教えてくれ」

 蛭田はじっとふーこを見つめる。

「佐藤さんの娘さんと一緒にいるところをよく見た。その子の名前までは知らなかったが、佐藤さんの家にいけば手掛かりがあるかもしれない……。これでいいか? 孫に会わせてくれるか?」
「別に、交換条件としていったわけじゃない。わからなかったとしても会わせるつもりだった」

 蛭田は再びうつむいた。

「花だ……。花を摘まなければ……」
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