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第4章 主人公
第54話 人間だから
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血まみれでひしゃげた鉄のドアをそっと押す。
ギィと小さく音を鳴らせながら、開いていくドアの隙間から光が漏れ、やがて店舗スペースの様子を見せつける。
鮮血に染まった白い床、洋服やバッグなど商品が乱雑に吹き飛ばされて、真っ赤な床をデコレーションしている。
女性向け衣料品ブランドが並ぶフロアのようだが、昼間の活気ある風景は見受けられない。
「うっ……」
桜が小さく呻いた。
視線の先には、若い20代前半くらいの綺麗な女性。
しかし……動かない。
透き通るような真っ白い肌を破れたワンピースから露にしながら、その目は生気を失って虚ろにどこか遠くを見つめている。
ぺちゃぺちゃ
くちゃくちゃ
お腹は無残に破り開かれていて、引きずり出された腸を男のゾンビに貪り食われている。
「食べることに夢中だ。ゆっくり音を立てずに過ぎ去ろう」
大神が小声で桜に耳打ちすると、桜は小さく震えながら頷いた。
その視線は喰われている女性に釘付けで、大神を見ようとしない。
ドアが大きな音を立てないようにそっと閉めながら、慎重に歩いて行く。
左右に素早く視線を走らせながら歩くが、このフロアにはこのゾンビしかいないようだ。
大神のスニーカーが床を踏むたび、小さく……ぴちゃ……と血だまりが音を立てたが、やはりゾンビの五感は普通の人間のものと変わらないようで、食事中のゾンビが気がつく様子はなかった。
時間にしてはものの5分程度だったように思えたが、ただ映像を見ているだけの愛にとっても永遠にも思える苦痛の時間だった。
やがて、フロアを過ぎて非常口マークを頼りに、建物と建物を繋ぐ渡り廊下を渡り、外への非常階段へと進む。
外に出てみると、突然けたたましい音が二人の耳をつんざく。
「戦闘機……?」
2機の戦闘機が空中を低空で飛んでいて、他にも遠くには戦闘ヘリらしきものも飛んでいた。
「自衛隊の基地は無事なのだろうか?」
大神のつぶやきに桜が反応する。
「どこかで救助を待てないのかな?」
「屋上でSOSでもやるか? いつになるかわからない。そもそも、これだけの規模なら、救助活動をしていても俺達にまで回ってくるのはいつになるのか……。俺は早く家の様子が知りたい。桜もだろ?」
「私は帰りたい家なんてないし」
「そうか」
「うん」
緊張のためにわいわい話す余裕もない。
重苦しく短く終わる会話をしながら、ゆっくりと外の非常階段を降りて行き、敷地の外へと向かう。
どこかから時折爆発音が聞こえる。
あちらこちらで当たり前のように倒れている人間。
いや、人間だったもの。
食べられてミンチになったもの、下半身がないもの、そして、ゾンビ同士の共食い。
焼けた鉄の匂い、風が運んでくる硝煙の匂い、腐った肉の匂い、舗装したての道路のような焼けたアスファルトの匂い。
それらを否が応でも嗅ぎながら、敷地を超えてメインストリートへ。
燃え盛る炎、黒焦げになった人間だったもの、辺り構わず暴れ散らかしている男のゾンビ。
「こっちだ!」
「いや、もどれ!」
「裏通りへ!」
「家の中へ!!」
桜は必死に大神についていく。
大神の指示にしたがいながら、ゾンビがいれば別ルートへ、時には他人の敷地にはいり、ガラスを破って家の中へ避難し……。
普通であれば20分も歩けば着く道のりを、1時間かけてもまるで進んだ気がしない。
天高くのぼっていた太陽は、もはや夕暮れの淡いオレンジ色を放っていて、まさに逢魔が時。
薄暗くなりながらも、太陽の放つ光が、絶妙な陰影を世界にもたらして、今、そこに立っているのが人間なのか、ゾンビなのか判別を難しくする。
「全てゾンビだと思えばいい」
大神が悩む桜につっけんどんに答える。
本当にそれでいいのか?
桜は眉間に皺を寄せながらも震える身体になんとか活を入れて大神についていく。
後ろからは、助けを呼ぶ声が聞こえる気がするが、気のせいだと何度も思い込んだ。
タスケテー
イタイヨー
アツイアツイアツイ
オネガイタベナイデ
シニタクナイシニタクナイ!!!
地元の人間しか通らないような道を、時には道になっていない場所を強引に通りながら、なんとか進んでいく。
「これは使えるかも」
「え?」
突然嬉しそうに言う大神の視線の先を辿れば、他人の家の庭先に留めてあるオフロードバイク。
近くには脱出に失敗したのだろうか。首から先がないがたいのいい男の死体が転がっていた。
大神が颯爽と飛び乗り、刺さりっぱなしだったキーを回す。
正面の液晶ディスプレイがカラフルな映像を映し出し、ガソリンが満タンであること、ギアがニュートラルになっていること、時刻が午後5時であることを表示する。
「乗れよ」
大神の言葉通り桜もいそいそと後部座席に乗り込み大神の身体にしがみつく。
大神がインジェクションボタンを押すと、キュルキュルと音がした後、ドゥンとエンジンに火が入る。
左手でクラッチをきりながら、左足でギアを一速に入れると、近くの家々の玄関のドアからけたたましく叩く音が聞こえてくる。
「ドアノブを回す知能すらないか」
「だけど、すごいへしゃげていくよ!?」
目の前で鉄のドアが叩かれるたび、叩かれたであろう箇所が丸く突き出してくる。
「行くぞ」
大神が右手でアクセルを捻り、けたたましい排気の音と共にバイクを走らせる。
素早く左手と左足でギアを操作して、一速から二速へ、そして三速、四速へとスピードを上げていく。
道路には横転した車や真ん中で止まっている車など、様々な障害物があったが、オフロードバイクは細い隙間も軽快に走りぬいていく。
不意に上空から物凄い威圧感のある音がして、桜が上を向くと戦闘ヘリらしきものが並走していた。
「な、なんかすごいの来てるけど!!」
向かい風に顔を叩きつけられながら桜が大声で叫ぶ。
「バイクに乗るゾンビなんていないだろうから、俺達が人間とわかって助けてくれるならいいんだがな」
「止まる!?」
「ここで止まったって、ヘリが下りられそうなところはない。それに俺は家に帰るんだ!」
(随分焦っている……)
その様子を見て愛が、救助されることより家に帰ることにこだわっている様子に驚く。
(ゾンビにしか興味ないって言いながらも、家族は特別なんだ。結構、普通じゃない……)
走りつづけるバイクの前方にゾンビの群れが現れる。
「くそっ!」
身体を傾けてバイクをカーブさせゾンビの群れを避ける。
しかし、裏道を塞がれているのならば、その先は、メインストリートしかない。
赤信号を無視してメインストリートに飛び出す。
裏道以上にいるゾンビ達。
目にもとまらぬ速さでバイクに襲い掛かろうと駆け寄るゾンビ達を見てひやっとする何かが二人を走り抜ける。
しかし……。
その空気を斬り裂く激しい弾幕の音。
すぐ上空を並走していた戦闘ヘリが、その頭に取り付けられていたガトリングらしきものの火を噴かせる。
着弾した地面から縦に激しく砂埃を噴出させながら、やがてそれは大神の周りにいたゾンビ達に当たっていく。
当たった途端、ゾンビの上半身がはじけ飛んだ。
ぐるりと一回転しながら地面に叩きつけられるゾンビの上半身。
しかし、それでもなお死ぬことはなく、必死に手で地面を掴んで漕いで、獲物を捕まえようと匍匐してくる。
凄まじい生命力。
されど、次々にはじけ飛んでいくゾンビ達をしり目に、バイクは駆け抜ける。
脚の無いゾンビたちにそれを捕まえることはできない。
ヘリはそのまま、バイクの進行方向にいるゾンビ達を次々に射撃していった。
家々の壁を赤く染め、道路を赤く染め、目を背けたくなる贓物をまき散らしていく。
時間にすれば10分ほどだろうか、大神たちに援護射撃を続けていたヘリは何か別の目標を見つけたのか、はたまた何か命令を受け取ったのか、その飛行の方向を変えて過ぎ去っていった。
しかし、十分だ。大神の家は目と鼻の先だった。
「ありがてぇ……」
そう呟いて、大神がバイクを止めて桜を降ろした後、家へ駆けこむ。
ドアはしっかり鍵がかかっていて、扉も変形しているようには見えない。
「きっと無事さ」
自分に言い聞かせるようにズボンのポケットから鍵を取り出すが、手が震えていてうまく鍵穴にささらない。
「落ち着いて」
桜が震える大神の手に自分の手を添えて刺させてやり、ようやく鍵がまわった。
キィ
電気が灯っている玄関。
特に荒れた様子はなく、いつもの日常を保っている。
大神の顔が少し安堵に綻ぶ。
バタン
桜も中にはいって後ろでドアが閉まる。
まるで、今までが夢であり、ここから目が覚め現実に戻ったかのような感覚。
「ただいま」
「おじゃまします」
二人が挨拶と共に家にあがろうとするが、大神は靴を脱ごうとしない。
「どうしたの?」
「いや、一応履いておいた方がいいかな?」
「……そうだね」
災害時は靴は履いておいた方が良い。
家の中ですら破片まみれになるかもしれないから。
そう、これは、災害なんだ。
「そう、災害なんだ。二人と合流したら避難所へ……。ふふふ……ゾンビだって。綺麗だったな。可愛かったな。父さん、ゾンビがいたんだ。本当だよ……」
「ちょっと?」
大神がまるで夢遊病みたいに、ふらふらと、そして、ブツブツと呟きながら廊下を進んでいく。
その先には、電灯が煌々と灯っているのだろう。リビングへ通じるドアの曇りガラスからあかるい光が灯っている。
震える。
震えている。
桜は驚いた。
あの大神が、現実をみたくないかのようにリビングへのドアノブに手をかけることができない。
「と、とうさん。いる? ただいま!」
リビングの向こうからはしばらく静寂が続いた。
桜が代わりに開けようかとドアノブに手を伸ばす。
「おぉ、やっと帰ってきたか」
ドアの向こうから明るい大神の父の声が聞こえてくる。
途端に、大神は明るく笑みを浮かべて、ドアノブを押して中に駆け込む。
桜も後に続いた。
(あぁ……)
愛はその様子を見ながら、思わず重い吐息を吐いた。
大神がわなわなと身体を震わせながら左手で顔を覆い、やがてその場にへたりこむ。
「遅かったじゃないか。もうちょっとで……」
父がいた。
母がいた。
二人でリビングのソファに座っていた。
二人はらぶらぶで、こんな時間から抱き合っていちゃいちゃしている。
「あぁ……。ただいま……。ははは。いくら、ラブラブだからって、桜もいるんだぞ……恥ずかしいじゃないか」
大神がへたりこみ床をぼーっと見つめながらつぶやく。
桜は、その様子を見て両手で口を覆って息をのんだ。
大神の母親の目が赤く輝いている。
耳や鼻から出血し、ジーンズも赤く染めている。
そんな変わってしまった妻を父はぎゅっと抱きしめている。
いや、拘束している。
母は父の腕の中で、必死にもがこうとしているが、それを父が物凄い力で抱きしめて抑えつけている。
そのせいか、父の身体は常にぷるぷると細かく震えて、顔や首には脂汗が明かりに照らされて鈍く輝いている。
その首筋も齧りつかれたのか、肉がえぐれていてダラダラと赤い血が流れている。
大神の声に反応したのか、母親は大神をその視線に捉えると、無表情のまま口をぱくぱくと開閉させ、襲いかかろうとしているのか、父の震えが大きくなる。恐らく、物凄い力でなんとか抑え込んでいるのだろう。
「母さん……。なんで? だめなの? うそでしょ?」
子供が泣きじゃくるかのように、震える声で問う大神。
その様子を見て、愛は一抹の安堵のような色が自分の心を通り過ぎるのを感じた。
(ゾンビが好き? 人間がよくわからない? 良かった。あなたは人間みたいよ)
ギィと小さく音を鳴らせながら、開いていくドアの隙間から光が漏れ、やがて店舗スペースの様子を見せつける。
鮮血に染まった白い床、洋服やバッグなど商品が乱雑に吹き飛ばされて、真っ赤な床をデコレーションしている。
女性向け衣料品ブランドが並ぶフロアのようだが、昼間の活気ある風景は見受けられない。
「うっ……」
桜が小さく呻いた。
視線の先には、若い20代前半くらいの綺麗な女性。
しかし……動かない。
透き通るような真っ白い肌を破れたワンピースから露にしながら、その目は生気を失って虚ろにどこか遠くを見つめている。
ぺちゃぺちゃ
くちゃくちゃ
お腹は無残に破り開かれていて、引きずり出された腸を男のゾンビに貪り食われている。
「食べることに夢中だ。ゆっくり音を立てずに過ぎ去ろう」
大神が小声で桜に耳打ちすると、桜は小さく震えながら頷いた。
その視線は喰われている女性に釘付けで、大神を見ようとしない。
ドアが大きな音を立てないようにそっと閉めながら、慎重に歩いて行く。
左右に素早く視線を走らせながら歩くが、このフロアにはこのゾンビしかいないようだ。
大神のスニーカーが床を踏むたび、小さく……ぴちゃ……と血だまりが音を立てたが、やはりゾンビの五感は普通の人間のものと変わらないようで、食事中のゾンビが気がつく様子はなかった。
時間にしてはものの5分程度だったように思えたが、ただ映像を見ているだけの愛にとっても永遠にも思える苦痛の時間だった。
やがて、フロアを過ぎて非常口マークを頼りに、建物と建物を繋ぐ渡り廊下を渡り、外への非常階段へと進む。
外に出てみると、突然けたたましい音が二人の耳をつんざく。
「戦闘機……?」
2機の戦闘機が空中を低空で飛んでいて、他にも遠くには戦闘ヘリらしきものも飛んでいた。
「自衛隊の基地は無事なのだろうか?」
大神のつぶやきに桜が反応する。
「どこかで救助を待てないのかな?」
「屋上でSOSでもやるか? いつになるかわからない。そもそも、これだけの規模なら、救助活動をしていても俺達にまで回ってくるのはいつになるのか……。俺は早く家の様子が知りたい。桜もだろ?」
「私は帰りたい家なんてないし」
「そうか」
「うん」
緊張のためにわいわい話す余裕もない。
重苦しく短く終わる会話をしながら、ゆっくりと外の非常階段を降りて行き、敷地の外へと向かう。
どこかから時折爆発音が聞こえる。
あちらこちらで当たり前のように倒れている人間。
いや、人間だったもの。
食べられてミンチになったもの、下半身がないもの、そして、ゾンビ同士の共食い。
焼けた鉄の匂い、風が運んでくる硝煙の匂い、腐った肉の匂い、舗装したての道路のような焼けたアスファルトの匂い。
それらを否が応でも嗅ぎながら、敷地を超えてメインストリートへ。
燃え盛る炎、黒焦げになった人間だったもの、辺り構わず暴れ散らかしている男のゾンビ。
「こっちだ!」
「いや、もどれ!」
「裏通りへ!」
「家の中へ!!」
桜は必死に大神についていく。
大神の指示にしたがいながら、ゾンビがいれば別ルートへ、時には他人の敷地にはいり、ガラスを破って家の中へ避難し……。
普通であれば20分も歩けば着く道のりを、1時間かけてもまるで進んだ気がしない。
天高くのぼっていた太陽は、もはや夕暮れの淡いオレンジ色を放っていて、まさに逢魔が時。
薄暗くなりながらも、太陽の放つ光が、絶妙な陰影を世界にもたらして、今、そこに立っているのが人間なのか、ゾンビなのか判別を難しくする。
「全てゾンビだと思えばいい」
大神が悩む桜につっけんどんに答える。
本当にそれでいいのか?
桜は眉間に皺を寄せながらも震える身体になんとか活を入れて大神についていく。
後ろからは、助けを呼ぶ声が聞こえる気がするが、気のせいだと何度も思い込んだ。
タスケテー
イタイヨー
アツイアツイアツイ
オネガイタベナイデ
シニタクナイシニタクナイ!!!
地元の人間しか通らないような道を、時には道になっていない場所を強引に通りながら、なんとか進んでいく。
「これは使えるかも」
「え?」
突然嬉しそうに言う大神の視線の先を辿れば、他人の家の庭先に留めてあるオフロードバイク。
近くには脱出に失敗したのだろうか。首から先がないがたいのいい男の死体が転がっていた。
大神が颯爽と飛び乗り、刺さりっぱなしだったキーを回す。
正面の液晶ディスプレイがカラフルな映像を映し出し、ガソリンが満タンであること、ギアがニュートラルになっていること、時刻が午後5時であることを表示する。
「乗れよ」
大神の言葉通り桜もいそいそと後部座席に乗り込み大神の身体にしがみつく。
大神がインジェクションボタンを押すと、キュルキュルと音がした後、ドゥンとエンジンに火が入る。
左手でクラッチをきりながら、左足でギアを一速に入れると、近くの家々の玄関のドアからけたたましく叩く音が聞こえてくる。
「ドアノブを回す知能すらないか」
「だけど、すごいへしゃげていくよ!?」
目の前で鉄のドアが叩かれるたび、叩かれたであろう箇所が丸く突き出してくる。
「行くぞ」
大神が右手でアクセルを捻り、けたたましい排気の音と共にバイクを走らせる。
素早く左手と左足でギアを操作して、一速から二速へ、そして三速、四速へとスピードを上げていく。
道路には横転した車や真ん中で止まっている車など、様々な障害物があったが、オフロードバイクは細い隙間も軽快に走りぬいていく。
不意に上空から物凄い威圧感のある音がして、桜が上を向くと戦闘ヘリらしきものが並走していた。
「な、なんかすごいの来てるけど!!」
向かい風に顔を叩きつけられながら桜が大声で叫ぶ。
「バイクに乗るゾンビなんていないだろうから、俺達が人間とわかって助けてくれるならいいんだがな」
「止まる!?」
「ここで止まったって、ヘリが下りられそうなところはない。それに俺は家に帰るんだ!」
(随分焦っている……)
その様子を見て愛が、救助されることより家に帰ることにこだわっている様子に驚く。
(ゾンビにしか興味ないって言いながらも、家族は特別なんだ。結構、普通じゃない……)
走りつづけるバイクの前方にゾンビの群れが現れる。
「くそっ!」
身体を傾けてバイクをカーブさせゾンビの群れを避ける。
しかし、裏道を塞がれているのならば、その先は、メインストリートしかない。
赤信号を無視してメインストリートに飛び出す。
裏道以上にいるゾンビ達。
目にもとまらぬ速さでバイクに襲い掛かろうと駆け寄るゾンビ達を見てひやっとする何かが二人を走り抜ける。
しかし……。
その空気を斬り裂く激しい弾幕の音。
すぐ上空を並走していた戦闘ヘリが、その頭に取り付けられていたガトリングらしきものの火を噴かせる。
着弾した地面から縦に激しく砂埃を噴出させながら、やがてそれは大神の周りにいたゾンビ達に当たっていく。
当たった途端、ゾンビの上半身がはじけ飛んだ。
ぐるりと一回転しながら地面に叩きつけられるゾンビの上半身。
しかし、それでもなお死ぬことはなく、必死に手で地面を掴んで漕いで、獲物を捕まえようと匍匐してくる。
凄まじい生命力。
されど、次々にはじけ飛んでいくゾンビ達をしり目に、バイクは駆け抜ける。
脚の無いゾンビたちにそれを捕まえることはできない。
ヘリはそのまま、バイクの進行方向にいるゾンビ達を次々に射撃していった。
家々の壁を赤く染め、道路を赤く染め、目を背けたくなる贓物をまき散らしていく。
時間にすれば10分ほどだろうか、大神たちに援護射撃を続けていたヘリは何か別の目標を見つけたのか、はたまた何か命令を受け取ったのか、その飛行の方向を変えて過ぎ去っていった。
しかし、十分だ。大神の家は目と鼻の先だった。
「ありがてぇ……」
そう呟いて、大神がバイクを止めて桜を降ろした後、家へ駆けこむ。
ドアはしっかり鍵がかかっていて、扉も変形しているようには見えない。
「きっと無事さ」
自分に言い聞かせるようにズボンのポケットから鍵を取り出すが、手が震えていてうまく鍵穴にささらない。
「落ち着いて」
桜が震える大神の手に自分の手を添えて刺させてやり、ようやく鍵がまわった。
キィ
電気が灯っている玄関。
特に荒れた様子はなく、いつもの日常を保っている。
大神の顔が少し安堵に綻ぶ。
バタン
桜も中にはいって後ろでドアが閉まる。
まるで、今までが夢であり、ここから目が覚め現実に戻ったかのような感覚。
「ただいま」
「おじゃまします」
二人が挨拶と共に家にあがろうとするが、大神は靴を脱ごうとしない。
「どうしたの?」
「いや、一応履いておいた方がいいかな?」
「……そうだね」
災害時は靴は履いておいた方が良い。
家の中ですら破片まみれになるかもしれないから。
そう、これは、災害なんだ。
「そう、災害なんだ。二人と合流したら避難所へ……。ふふふ……ゾンビだって。綺麗だったな。可愛かったな。父さん、ゾンビがいたんだ。本当だよ……」
「ちょっと?」
大神がまるで夢遊病みたいに、ふらふらと、そして、ブツブツと呟きながら廊下を進んでいく。
その先には、電灯が煌々と灯っているのだろう。リビングへ通じるドアの曇りガラスからあかるい光が灯っている。
震える。
震えている。
桜は驚いた。
あの大神が、現実をみたくないかのようにリビングへのドアノブに手をかけることができない。
「と、とうさん。いる? ただいま!」
リビングの向こうからはしばらく静寂が続いた。
桜が代わりに開けようかとドアノブに手を伸ばす。
「おぉ、やっと帰ってきたか」
ドアの向こうから明るい大神の父の声が聞こえてくる。
途端に、大神は明るく笑みを浮かべて、ドアノブを押して中に駆け込む。
桜も後に続いた。
(あぁ……)
愛はその様子を見ながら、思わず重い吐息を吐いた。
大神がわなわなと身体を震わせながら左手で顔を覆い、やがてその場にへたりこむ。
「遅かったじゃないか。もうちょっとで……」
父がいた。
母がいた。
二人でリビングのソファに座っていた。
二人はらぶらぶで、こんな時間から抱き合っていちゃいちゃしている。
「あぁ……。ただいま……。ははは。いくら、ラブラブだからって、桜もいるんだぞ……恥ずかしいじゃないか」
大神がへたりこみ床をぼーっと見つめながらつぶやく。
桜は、その様子を見て両手で口を覆って息をのんだ。
大神の母親の目が赤く輝いている。
耳や鼻から出血し、ジーンズも赤く染めている。
そんな変わってしまった妻を父はぎゅっと抱きしめている。
いや、拘束している。
母は父の腕の中で、必死にもがこうとしているが、それを父が物凄い力で抱きしめて抑えつけている。
そのせいか、父の身体は常にぷるぷると細かく震えて、顔や首には脂汗が明かりに照らされて鈍く輝いている。
その首筋も齧りつかれたのか、肉がえぐれていてダラダラと赤い血が流れている。
大神の声に反応したのか、母親は大神をその視線に捉えると、無表情のまま口をぱくぱくと開閉させ、襲いかかろうとしているのか、父の震えが大きくなる。恐らく、物凄い力でなんとか抑え込んでいるのだろう。
「母さん……。なんで? だめなの? うそでしょ?」
子供が泣きじゃくるかのように、震える声で問う大神。
その様子を見て、愛は一抹の安堵のような色が自分の心を通り過ぎるのを感じた。
(ゾンビが好き? 人間がよくわからない? 良かった。あなたは人間みたいよ)
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表現力がどんどんあがってその場の状況や登場人物の感情表現がすっごく読み取りやすくなっておもしろいぞ!これは!先の展開も凄く楽しみにしております
追記バージョンアップ版もすごくいいです
うわぁああん😭
ありがとう😭
現時点での最終話まで読みました。最後の2話はアクションが多く、緊張感があって良かったと思います。
修正点については既に分かっていらっしゃるようなのであえて指摘はしません。
ちゃんと形になったゾンビものの作品ってすごく貴重なので、ぜひとも完結させて下さい。
陰ながら応援しています。
ありがとうございます😊
マイペースに頑張ります\\\\٩( 'ω' )و ////
第2章のボスキャラ(?)を倒したところまで読みました。たまに誰が喋っているのか分からなかったり場面の切り替えが分かりにくいところはありますが、全体的には読むゾンビゲームみないな感じで楽しめています。
3章も楽しんで読みたいと思います。
場面の切り替えは、他の方にも言われたので、大きな課題ですねぇ。
泥臭くも、はっきりと誰々のどこの話って書いてしまいますかねぇ……。
ありがとうございました╰(*´︶`*)╯