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鉄人リリー ③
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「鉄人……か……」
夜の帳が下りた街。
カーテン越しに街灯の魔道具の明かりがうっすらと照らす部屋。
同じベッドを共にするリリーとイシュリア。
相方が裸ですやすや眠る横で、リリーは昔を思い出していた。
鉄人って呼ばれ出したのはいつからだっけか……と。
畑を耕して、男がえばって女がへりくだる。
男に意見をすると、生意気だと父の鉄拳が飛んできて、跳ねっ帰りの自分はそれでもよく言い返していた。
それが、面白くなかったのだろう。
雨が降らない時期が続いたある日、突然、家に奴隷商がやってきて、あっさりと自分は売られてしまった。
荷物は何も持たせてもらえず、キャラバンの幌馬車に押し込められて、最初の一晩は随分と泣いて泣いて、泣き腫らした。
しかし、二日目の昼、突然幌を突き破って降り注いだ矢。
盗賊団の突然の強襲の知らせだった。
あっという間に、キャラバンの隊列は崩されて、いかにもな男達が、軍隊蟻が獲物を根こそぎ奪っていくように、黒い塊が埋め尽くした。
今でも、たまに夢に見る。
血走った赤い瞳、丸い鼻、山のように大きな筋肉で膨れ上がった肉体。
自分の足をつかもうと迫ってくる腕すら、自分の腰より太くて、あぁ、このまま良いように嬲られて殺されてしまうんだと諦めの感情が身体を満たそうとしたとき、それでも、その奥から湧き上がってきたのは……。
——怒り——
盗賊の男を地面に座り込んで見上げていたその瞳には、怒りの灯がともった。
——どうせ、殺されるのなら!!——
いつだって、自分を突き動かすのは怒りだ。
もう動かない護衛のそばに落ちていたロングソード。
気がつけば手に取って、迫りくる丸鼻の男の首を突き刺していた。
男の喉元から流れ出た真っ赤な血は、剣の刃を、そして、やがて自分の白い腕をつたっていく。
奴隷用の白い粗末なワンピースの袖を赤く染めたとき、自分の中で何かが目覚めた。
そのまま、怒りに任せて剣を振り回し、途中で落ちていた丸いラウンドシールドを拾い上げ、波のように迫りくる男達の攻撃をさばきつづけた。
戦いの遺伝子が目覚め、農作業で培われ、引き絞られた肉体がかろうじてそれを可能にした。
思わぬところで、時間を喰ってしまったからなのか、それとも、ノルマは達成したからなのか、やがて盗賊たちは身を引いて去っていく。
残ったのは、真っ白なワンピースを深紅に染めたリリーと、わずかに生き残った奴隷商と護衛、そして奴隷たち。
みな、リリーを神を見るかのように跪いて見上げ、手を祈りの形にむすび、大声で喝采を上げた。
奴隷商にも少しは漢気があったようだ。
その後、リリーにいくらかのお金を握らせて、ここイリスヴェルグの街におろした。
何も寄る辺のないリリーの道は一つしかなくて、冒険者リリーの誕生だった。
イーシャやギムレットと出会い、パーティを組むようになり、少しずつ装備が充実してきたころ、地下に旧文明の遺跡が残るダンジョンで、自分の3倍は大きい身の丈のオーガに出くわす。
オーガ一匹にベテランの冒険者が10人がかりでも全滅することがあるという。
パーティの火力の要であるイーシャにちらりと目をやる。
地面に座り込んで大きく肩を上下に動かし、息をきらしていた。
オーガに出くわす前に連戦に次ぐ連戦だったのが痛い。
火力の要がマナ切れ……。
その時のリリーは、まだ全身鎧は手に入れられてなくて、鎖を編んだチェーンメイルに、鉄製のガントレットとグリーヴにヘルメット上の兜、そして、自分の身体をすっぽり覆い隠せるほどの大きなラージシールドだけが頼りだった。
自分の身長くらい大きな剣をもったオーガ。
しかし、オーガ自体が巨体のせいで、そんな大きな剣ですら小さく見えてくる。
距離感がおかしくなりそうな中、オーガの嵐のような剣さばきを一身に受ける。
ガツンガツンと骨身にしみるような衝撃を、歯を食いしばって耐えた。
チェーンメイルの一つ一つの鎖が、あっけなく吹き飛んでいく中、ラージシールドをうまく角度をつけて構えて、相手の攻撃を滑らせる。
オーガが体制を崩すと、すぐさま右手のロングソードでオーガの腱を突き刺し、時に斬り裂く。
オーガの血走った目が、あの日の盗賊の目を思い出させる。
——こんな理不尽にやられてたまるか!――
父に殴られ、村の男に殴られ、盗賊に襲われ、そしてオーガの猛攻に晒される。
理不尽にやられてたまるか……!
背中に仲間の命の重みがずっしりとかかり、そのプレッシャーを怒りが軽くする。
どれだけさばき続けただろうか……。
やがて、マナが尽きてへたっていたイーシャが呼吸を取り戻し攻撃魔法を再開し、疲れてきたオーガの隙をついたギムレットの矢の一撃が状況を改善させる。
「伏せて!!!!」
突然の聞いたことのない男の怒号に、咄嗟にしゃがみこむリリー。
刹那、自分より大きな炎の槍が後ろから放たれ、オーガの表面をこんがり焼く。
リリーは、炎に寄って酸素を失いもがき苦しむオーガの膝を切り裂き、体勢を崩して頭を垂れたオーガの首を刎ねた。
声の主は救援にかけつけた他のパーティの男魔術師だった。
いつの間にか周りにいた多くのパーティたちが拍手喝さいを送り、この日から、リリーのあだ名は鉄人リリーとなった。
どんな猛攻も一歩も引くことなく、耐え続ける鉄壁の戦士……鉄人。鉄人リリー。
鉄人リリーの通り名の威力は絶大だった。
冒険者が集う酒場に足を向ければ、憧れの目で席を空け、リリーが飲んでいる間、2メートルは間を空けて、リリーを観察する。
恐らく、リリーの何人も寄せ付けない雰囲気がそうさせたのだろう。
お酒を飲むときも背筋は綺麗に真っすぐに、そして、整った顔が時折見せる憂い気な瞳は、まるで女神が降臨したかのようで、周りの者たちをある種、威圧した。
男を知らぬ間に女の部分が削られて行く感覚。
戦いにおいて、女だからといって手加減されることはない。
パーティの盾役として生きるのであれば、盾としての役目を果たせなければ怒号と蔑む視線が容赦なくリリーを突き刺す。
当時のその日暮らしのリリーには裕著に剣術を教わりに行っている暇はない。
自信の生まれつきそなわったセンスと、実戦という最大の稽古が積み重なっていく。
安物のロングソードが上等な名剣に、安っぽかった防具たちが攻撃魔法への耐性を備えた全身鎧と大きな盾に、兜は被ればリリーの頭をすっぽりと包み、視界はわずかなスリット越しで世界を見ることになる。
今のリリーが一つ一つ出来あっていくにつれて、女の部分もまた一つ一つ削れていく感覚。
唯一、髪だけは……と、高めのシャンプーやトリートメントを買って、念入りに手入れをした。
女であることを忘れそうになる時、自分が女であることを思い出させるのは、艶やかな自分の髪を撫でるときと、月のものに苦しめられるときだけ。
そんな時、イシュリアに出会った。
夜の帳が下りた街。
カーテン越しに街灯の魔道具の明かりがうっすらと照らす部屋。
同じベッドを共にするリリーとイシュリア。
相方が裸ですやすや眠る横で、リリーは昔を思い出していた。
鉄人って呼ばれ出したのはいつからだっけか……と。
畑を耕して、男がえばって女がへりくだる。
男に意見をすると、生意気だと父の鉄拳が飛んできて、跳ねっ帰りの自分はそれでもよく言い返していた。
それが、面白くなかったのだろう。
雨が降らない時期が続いたある日、突然、家に奴隷商がやってきて、あっさりと自分は売られてしまった。
荷物は何も持たせてもらえず、キャラバンの幌馬車に押し込められて、最初の一晩は随分と泣いて泣いて、泣き腫らした。
しかし、二日目の昼、突然幌を突き破って降り注いだ矢。
盗賊団の突然の強襲の知らせだった。
あっという間に、キャラバンの隊列は崩されて、いかにもな男達が、軍隊蟻が獲物を根こそぎ奪っていくように、黒い塊が埋め尽くした。
今でも、たまに夢に見る。
血走った赤い瞳、丸い鼻、山のように大きな筋肉で膨れ上がった肉体。
自分の足をつかもうと迫ってくる腕すら、自分の腰より太くて、あぁ、このまま良いように嬲られて殺されてしまうんだと諦めの感情が身体を満たそうとしたとき、それでも、その奥から湧き上がってきたのは……。
——怒り——
盗賊の男を地面に座り込んで見上げていたその瞳には、怒りの灯がともった。
——どうせ、殺されるのなら!!——
いつだって、自分を突き動かすのは怒りだ。
もう動かない護衛のそばに落ちていたロングソード。
気がつけば手に取って、迫りくる丸鼻の男の首を突き刺していた。
男の喉元から流れ出た真っ赤な血は、剣の刃を、そして、やがて自分の白い腕をつたっていく。
奴隷用の白い粗末なワンピースの袖を赤く染めたとき、自分の中で何かが目覚めた。
そのまま、怒りに任せて剣を振り回し、途中で落ちていた丸いラウンドシールドを拾い上げ、波のように迫りくる男達の攻撃をさばきつづけた。
戦いの遺伝子が目覚め、農作業で培われ、引き絞られた肉体がかろうじてそれを可能にした。
思わぬところで、時間を喰ってしまったからなのか、それとも、ノルマは達成したからなのか、やがて盗賊たちは身を引いて去っていく。
残ったのは、真っ白なワンピースを深紅に染めたリリーと、わずかに生き残った奴隷商と護衛、そして奴隷たち。
みな、リリーを神を見るかのように跪いて見上げ、手を祈りの形にむすび、大声で喝采を上げた。
奴隷商にも少しは漢気があったようだ。
その後、リリーにいくらかのお金を握らせて、ここイリスヴェルグの街におろした。
何も寄る辺のないリリーの道は一つしかなくて、冒険者リリーの誕生だった。
イーシャやギムレットと出会い、パーティを組むようになり、少しずつ装備が充実してきたころ、地下に旧文明の遺跡が残るダンジョンで、自分の3倍は大きい身の丈のオーガに出くわす。
オーガ一匹にベテランの冒険者が10人がかりでも全滅することがあるという。
パーティの火力の要であるイーシャにちらりと目をやる。
地面に座り込んで大きく肩を上下に動かし、息をきらしていた。
オーガに出くわす前に連戦に次ぐ連戦だったのが痛い。
火力の要がマナ切れ……。
その時のリリーは、まだ全身鎧は手に入れられてなくて、鎖を編んだチェーンメイルに、鉄製のガントレットとグリーヴにヘルメット上の兜、そして、自分の身体をすっぽり覆い隠せるほどの大きなラージシールドだけが頼りだった。
自分の身長くらい大きな剣をもったオーガ。
しかし、オーガ自体が巨体のせいで、そんな大きな剣ですら小さく見えてくる。
距離感がおかしくなりそうな中、オーガの嵐のような剣さばきを一身に受ける。
ガツンガツンと骨身にしみるような衝撃を、歯を食いしばって耐えた。
チェーンメイルの一つ一つの鎖が、あっけなく吹き飛んでいく中、ラージシールドをうまく角度をつけて構えて、相手の攻撃を滑らせる。
オーガが体制を崩すと、すぐさま右手のロングソードでオーガの腱を突き刺し、時に斬り裂く。
オーガの血走った目が、あの日の盗賊の目を思い出させる。
——こんな理不尽にやられてたまるか!――
父に殴られ、村の男に殴られ、盗賊に襲われ、そしてオーガの猛攻に晒される。
理不尽にやられてたまるか……!
背中に仲間の命の重みがずっしりとかかり、そのプレッシャーを怒りが軽くする。
どれだけさばき続けただろうか……。
やがて、マナが尽きてへたっていたイーシャが呼吸を取り戻し攻撃魔法を再開し、疲れてきたオーガの隙をついたギムレットの矢の一撃が状況を改善させる。
「伏せて!!!!」
突然の聞いたことのない男の怒号に、咄嗟にしゃがみこむリリー。
刹那、自分より大きな炎の槍が後ろから放たれ、オーガの表面をこんがり焼く。
リリーは、炎に寄って酸素を失いもがき苦しむオーガの膝を切り裂き、体勢を崩して頭を垂れたオーガの首を刎ねた。
声の主は救援にかけつけた他のパーティの男魔術師だった。
いつの間にか周りにいた多くのパーティたちが拍手喝さいを送り、この日から、リリーのあだ名は鉄人リリーとなった。
どんな猛攻も一歩も引くことなく、耐え続ける鉄壁の戦士……鉄人。鉄人リリー。
鉄人リリーの通り名の威力は絶大だった。
冒険者が集う酒場に足を向ければ、憧れの目で席を空け、リリーが飲んでいる間、2メートルは間を空けて、リリーを観察する。
恐らく、リリーの何人も寄せ付けない雰囲気がそうさせたのだろう。
お酒を飲むときも背筋は綺麗に真っすぐに、そして、整った顔が時折見せる憂い気な瞳は、まるで女神が降臨したかのようで、周りの者たちをある種、威圧した。
男を知らぬ間に女の部分が削られて行く感覚。
戦いにおいて、女だからといって手加減されることはない。
パーティの盾役として生きるのであれば、盾としての役目を果たせなければ怒号と蔑む視線が容赦なくリリーを突き刺す。
当時のその日暮らしのリリーには裕著に剣術を教わりに行っている暇はない。
自信の生まれつきそなわったセンスと、実戦という最大の稽古が積み重なっていく。
安物のロングソードが上等な名剣に、安っぽかった防具たちが攻撃魔法への耐性を備えた全身鎧と大きな盾に、兜は被ればリリーの頭をすっぽりと包み、視界はわずかなスリット越しで世界を見ることになる。
今のリリーが一つ一つ出来あっていくにつれて、女の部分もまた一つ一つ削れていく感覚。
唯一、髪だけは……と、高めのシャンプーやトリートメントを買って、念入りに手入れをした。
女であることを忘れそうになる時、自分が女であることを思い出させるのは、艶やかな自分の髪を撫でるときと、月のものに苦しめられるときだけ。
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