鉄人リリーは未だに恋を知らない

神夜帳

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鉄人リリー ④

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 酒場のカウンターでグラスを片手に物思いにふけていた時。

 いつの間にか隣にいた。

 その顔は天使のように愛嬌のある顔。
 整っていると言えばそうであるが、どちらかというと笑顔の似合う愛嬌の男といった印象。

 男は、にこにこと天使のように微笑んでいて、リリーは眉尻を一瞬ピクリと痙攣させて警戒したが、気がつけば、声を大にして笑い転げていた。

 イシュリアが最初に何と言って声をかけてきたのかは、もう思い出すことはできない。

 イシュリアは、心の隙間に嫌味なく入り込むのが上手だった。

 酒がまわって軽くなった口から漏れ出る過去の出来事や、その時の思いの吐露も、全部リリーを肯定する言葉で返してくれた。

 それから、いつの間にかデートをすることになって、3回目のデートの夜、酒の回って火照った身体に、イシュリアがするりとそばによって、腰に手をまわした。

 拒絶する気は起きなかった。
 むしろ、ストレートに女として求めてくれることに安らぎすら感じた。

 初めての夜。

 自分が女であることに自信を持たせてくれた夜。

 肌と肌が触れ合うことが、こんなに心地が良いなんて。

「かわいそうに……。君のような可愛い女の子が親に売られてしまうなんて……」

 ——そう。わたし、可哀そうなの——

「辛かったね。君のような女の子がそんなことに巻き込まれるなんて」

 ——可愛い女の子? わたしが?」——

「今日もお疲れ様。手は痛めていないかい?」

 ——痛いわよ。オークの斧を受け流したときは、手首が折れたかと思ったわ——

「綺麗だ……リリー。月明かりに照らされた君は誰よりも美しい。なんて、俺らしくないセリフだな」

「リリー。君を抱きしめたい。一晩中ずっと……」

「こんなこと。リリー。君にしか言ってない。本当だよ」

 イシュリアの抱き方は、快楽とはちょっと違ったけど、自分の欲しいものを貰っている安らぎを得られた。

 そして、気づいたら自分の部屋に住み着いているイシュリア。
 イシュリアは決して他の男のように威張ったり、手を上げることは無かった。

 自分が面倒だと思うことは全部やってくれて、夜には心地よく包んでくれる。
 世間からみたら鉄人リリーがヒモを飼っているとみただろう。

 実際、イシュリアは自分をあてにして借金もした。
 借金の額は一般には多額なものであったが、リリーにとっては少し我慢すれば良い金額。
 あっさりと代わりに返してやる。

 次に、浮気。

 イーシャに別の女と浮気していると聞かされたとき、リリーの心に最初に浮かんだ言葉は……。

 ——やっぱりね——

 だった。

 自分のような女より魅力的な女は山ほどいる。
 なんとなく、イシュリアは自分にはいつかないだろうという想いが頭の片隅にあった。

 自分でも他の女と手を握りながら歩いているイシュリアを見つけたとき、あぁ、終わりってこんなものかと観念するような気持が湧いていた。

 リリーが見つめていることに気づいたイシュリアは目を大きく見開いた後、しばらく姿を消す。

 哀しいというよりは、燃え尽きたような感覚にとらわれながらも、戦いは待ってくれない。
 ダンジョンの中で連戦に連戦を繰り返して、一か月はダンジョンで過ごしただろうか。

 久々に自分の部屋に帰ってきて最初に目の当たりにしたのは、土下座しているイシュリアの後頭部だった。

 いわく、戦いにかまかけていて自分がほったらかしにされていたのが耐えられなかった。
 いわく、いつも飄々としていて、自分を愛してくれているかわからなかった。

 などなど。

 イシュリアの後頭部を見つめながら、何十という言い訳を聞いていたリリー。
 その胸中に湧いたのは、怒りではなく、安堵だった。

 自分の元に帰ってきた。ということは、他の女より自分の方が魅力的だったということ……。

 自分はまだ女でいていいと言われたようだった。

 ここで、あっさりと許したからだろう。

 イシュリアは、借金と浮気を繰り返した。

 今回の浮気は一体何回目なのか。
 4回を数えたところで、数えるのをやめた今、定かではない。



 過去の出来事が頭を駆け抜け終わる。
 イシュリアが全てを吸い取られて、安らかに眠りこけている横で、膝を抱えてそれを見つめるリリー。

 唐突に、右目から涙が一筋流れ、膝頭を濡らした。

「鉄人リリー……。ふふ。どこが?」

 自分の膝に顔を突っ伏す。
 肩がわずかに震えていた。
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