悪役令嬢はお仕置きされたい

神夜帳

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第1章

第7話 レオン・バフナル 前編 Ver0.5

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エアリーの屋敷、絢爛な客室で縦長の豪奢なテーブルを挟んで、この国の第一王子レオン・バフナルと、エアリー・フォートブラッドが向かい合っていた。
いかにも王子様といった容姿のレオン。
ブロンドのミディアムヘアーに、魔力量が多いことを示す青い瞳、普段決して目が笑わないことから、その冷たい瞳を際立たせている。
口元は穏やかに微笑んでいるのに、エアリーはまるで機械人形と相対しているかのような錯覚を持ってしまう。

「エアリー・フォートブラッド。久しいね」

レオンの口から穏やかで包容力を感じさせる声が響く。



「お久しぶりです。殿下。大したもてなしもできず誠に申し訳ございません。事前にお知らせいただければ……」
「いや、そんな肩ひじを張ったものじゃなくていいんだ。今月から私と君は同じ学友ではないか。それに、私たちは婚約者だろう?」
「そんな恐れ多い。それに、殿下。こうみえても私は年頃の女の子です。婚約者だからといって殿方に会うにはそれなりの準備が必要な物です」
「君は準備なんかしなくても十二分に綺麗だよ。本当に美しくなった」
「……ありがとうございます。それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「おやおや。もう少し、気楽なお喋りをさせてくれないのかい?」
「殿下がそういう方だとは夢にも思いませんでした」
「そうなのか?」
「はい」
「それは、実に可笑しいね」

レオンがくすくすと笑ってみせるが、やはり目は笑うことなく、じっとエアリーの表情の変化を、一挙手一投足を観察している。
エアリーは、少し背筋がぞわっとする想いをする。

(こんな、機械人形のような人間を、私は本当に愛したのだろうか? 目の前にいる男を、とてもじゃないけれど男として愛せそうにない)

「私たちの婚約は、政治的な意味合いが強い」
「はい?」

エアリーが愛せるかどうかを考えていたタイミングでレオンからぶつけられたセリフにひやっとする。
まるで、考えていることが筒抜けのようだ。
ただ、冷静になってみれば、婚約者というワードで自分が表情をわずかに曇らせたのを見抜かれたためだろうと思い直す。

「つまりは、私たちが愛し合っていなくても、結婚は避けられないということだ」
「……そうですね。国の安定のための人身御供ですものね」
「だからだね」
「はい?」
「君が愛人を作るのは許そうと思うんだ」
「……はい?」
「ふふ。実はこう見えて君のことは気に入っているんだ」
「はぁ……?」
「初めて君と出会ったのは4歳の頃かな? あまり覚えては無いんだけど、君が随分と周りに当たり散らす、少々おいたの過ぎる女の子だったのは覚えているよ」
「お恥ずかしい限りですわ」
「それが、2回目、君が6歳くらいのころ、まだまだ荒々しい印象は受けたけれど、随分大人しくなって、そして、今となっては聖女ではないかと言われるくらい、立派な淑女となった」
「……」
「私はね、その大きな変化がとても興味深かった。君が一体何をもってそこまで変わったのか……」
「周りの人間に、そして、お父様、お母さまに大切にしてもらいましたので……」
「私はね、エアリー・フォートブラッド、最初、君に興味は全くなかったんだ。人間の性格は絶対に変えられない。理性で押さえつけることはできても、直ることはない。だから、君がそれだ変わった時、一体どんな力が働いたんだろうって……。ふふ。私は人生で初めて人に興味を持ったかもしれない」
「そんな。初めてだなんて」
「嘘じゃないさ。今では、私の頭は君のことで一杯だよ。エアリー・フォートブラッド」
「そんな正面から愛をささやかれると、とても恥ずかしです殿下」
「興味がつきなかったから、調べさせてもらった」

レオンの青い冷たい瞳の奥で何かが輝いたようにみえた。それこそ、文字通りギラリと。
その様子に、エアリーは固唾をのむ。

「カイン・ハーヴェー」

エアリーはレオンの次の言葉にカインの名前が出るであろうことは予想していた。
予想していたがために、表情は微笑みを崩さず動揺をあらわさないように徹底したが、レオンの笑っていない瞳は、わずかな表情の硬さも見逃さなかった。

「君が5歳の頃からずっと傍にいる男。カイン・ハーヴェー。それが君を変えた存在だね?」
「えぇ。カインは私にとても尽くしてくれています。感謝してもしきれません」
「愛しているのだろう? その男を」

ストレートに核心をついてくるレオンの言葉に、エアリーは表情を崩さないが、胃はキリキリと悲鳴をあげる。

「殿下。何か勘違いされているようですわ。私とカインは男女の仲ではございません」

これは嘘ではない。
しかし、レオンはニコリと笑う。

「皆殺しのカイン。ドラゴンスレイヤーのカインと言う人もいる。エアリー。君がその男と男女の仲になるのを、私は止めやしないよ。だけど、君が産むのは私との子供だ。それが政治というものだ」

レオンとの子供を作る。政治的な結婚。しかし、結婚すれば訪れる当然の帰結。
だが、エアリーはその様子を想像して嗚咽が漏れそうになるのを必死に我慢した。

「殿下。随分と下品なことをおっしゃられるのですね。らしくないですわ」
「らしくない? 数度しか会ったことが無い君に私のらしさがわかるのかい?」
「荒れているようには見えますわ」
「ふふ。そうだね。そうだ。私は嫉妬している」
「嫉妬? 嫉妬するほどお互いを知らなくて?」
「いや、知るのはこれからでいい。君が私の興味をひいた。私が興味を引いた女性が、他の男に懸想している。嫉妬するには十分だと思わないかね?」
「殿下。女性を口説く文句としては最低ですわ」

エアリーの言葉に、レオンは目を丸くした後、大きな声で客間中に響き渡るくらいの大声で笑った。
エアリーはレオンが目も笑っているのを見たのは、これが初めてだった。
その腹の底から笑っている様子に、エアリーは困惑を隠せず、いささか狼狽する。

「はっはっはっは。さすが、我が国の武力を司どるフォートブラッド家のご令嬢だ。気丈でいらっしゃる」
「なんだか、恥ずかしいですわ」
「さて、私が他人からなんと呼ばれているか知っているか?」
「えっと……」
「ふ。濁さなくてよい」
「……人材マニア……」
「話が早くて助かる。つまりだ、エアリー・フォートブラッド。カイン・ハーヴェーとひとつ、試合をさせて欲しいのだ」
「……つまり、今日殿下がいらっしゃったのは、私を口説きにいらしたのではなくて、カイン・ハーヴェーを口説きにいらしたのですね。とても、そう、とても妬けますわ」
「カイン・ハーヴェーが私の目に適うのならば、カイン・ハーヴェーは私がいただく。かわりに、君とカイン・ハーヴェーが愛し合うのを許そうじゃないか。私の子供は何人か産んでもらうが、私とのあと、カインとの子供を作ることも許そう」

エアリーは腹の底から湧いてくる怒りが、背骨をざわざわと刺激しながら頭のてっぺんまで走っていくのを感じた。
レオン・バフナル。
カインが言うには、乙女ゲーというものの中で、ヒロインが攻略できる「攻略キャラ」という4人の人間の中で、最も人気があり、ストーリーも彼とヒロインを中心にしたものが正史として扱われているという。
そんな男が、こうも下劣な品性の持ち主だったとわ……!
本当に、人気のある人物だったのだろうか。本当にヒロインはこの男を愛したのだろうか。
機械人形のような男を、ヒロインが変えていく。
つまりは、まだ変わる前の男。
しかし、乙女ゲーの中では、この変わる前の男を自分は愛したという。
胸糞が悪い。

「……一つ。予言をさせていただきます」
「ほう?」
「貴方様はこれから、一人の女性に心を奪われ、私との婚約を破棄し、その方と結婚されます」
「……それは、ありえないよ。エアリー・フォートブラッド。この国のバランスのためにも、君との結婚は絶対だ」
「殿下が初めて愛を知るのです」
「……ふふふ。こうも邪険にされると、私とて哀しくもなるし、逆に燃えるというものだよ。エアリー・フォートブラッド。その美しい黒い髪に、優雅な佇まい、そして優し気な青い瞳の奥から力強さを感じさせるその気品。私は、今、君に強烈に興味を惹かれている。そして、嫉妬している。その男に。君は、今日の私を下品に感じるだろう。だが、それは、エアリー・フォートブラッド、君のふるまいに嫉妬しているということを忘れてもらわないでいただきたい」
「そんなことを言われて、心を開く女性がいらっしゃるとでも?」
「エアリー・フォートブラッド。カイン・ハーヴェーを呼びたまえ」

レオン・バフナルの静かなる青い炎が瞳の奥で揺らめいているように思えた。
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