1 / 47
物語の始まり
しおりを挟む
早朝の校庭に、一人ぽつんとアイツは立っていた。
朝早く、女に部屋を追い出された俺は、家に帰るのも面倒で、そのまま学校に登校することにした。
新学期が始まり、俺は中学三年生になった。
特段、何が変わるわけでもない。
無為な日常が繰り返されるだけ、そう思っていた。
普段なら朝部活の生徒で賑わう校庭も、新学期が始まったばかりの今はひっそりしている。
なのに、校庭の脇を通った時、目の端に違和感を覚えた。
校庭の真ん中に制服姿の髪の長い女が一人ぽつんと立っている。
なんとなく眺めていると、そいつが唐突によたよたと奇妙な動きをし始める。
踊っている?
いや、違うな、走っているのか。
俺の知ってる走り方とは、だいぶ違うけど。
気になってしばらく観察してると、そいつは走っては止まり、また走っては止まる事を繰り返す。
どうやらトラックを一周しようとしているみたいだ。
よたよたした走りはトラックの半周を過ぎた頃には更に酷くなり、その身体はふらついている。
おいおい、大丈夫かよ、と見ていると、案の定、やっぱり転びやがった!
体が思わず前に出たが、小さな子供でもあるまいし、助けに来られても恥ずかしいだろう。
とりあえず、見て見ぬ振りをしておいてやるか。
何をやっているのかは謎だが、わざわざ誰も居ない早朝を狙ってやってるのだ。
きっと他人に見られたくないに違いない。
一応余所を向いて、横目に確認しながら起き上がるのを待つ。
なかなか起き上がらない。
おい、どうした。
やはり、どこか具合が悪かったのだろうか?
慌てて助けに行こうと思ったその時、そいつは起き上がり、再びふらふらと走り始めた。
全く心配させやがって。
でも、まぁ、良かった。ほっと息をつく。
そいつの走っている姿を追いながら、後少しだ、頑張れと心の中で声援を送った。
無事に一周し、やれやれと安心したその時、そいつが崩れるように倒れ込む。
もう、みて見ぬ振りはしていられなかった。
「おい! 大丈夫か?!」
俺は走ってそいつの元に駆けつけ、声をかけた。
「はし、った! はし、れ、たっ!」
そいつは息を切らせ、四つん這いになったまま独り言を言っていて、俺には気付いていないようだった。
だがこうやって見る限り、元気そうだ。
放っておいても大丈夫だと判断して、そーっとその場を離れようとしたが、その時気付かれた。
そいつが顔を上げて俺の方を見る。
俺とそいつの目が合った。
え?
悲鳴を上げられると思って身構えていれば、そいつは嬉しそうに笑ったのだ。
そして、立ち上がると俺に向かって説明を始める。
「私、走ったの! ここからスタートしてね、ぐるっとトラックを一周。途中転んだりもしたけど、最後までちゃんと走りきったのよ!」
「ああ、見てたから知ってる」
俺がそう言うと、驚いた顔をして、その後照れくさそうな、それでいて子供がするような得意げな顔をした。
「あ、そうだ!」
何かを思い出したように、カバンに近付くと中からノートと筆箱を取り出し、何か書き始める。
覗き込めば、退院したらやりたいことリストと表題が記され、その下には箇条書きでいろいろ書かれていた。
退院という文字を見て、ピンときた。
「これでよしっと。でも、走るって、もっとこう風を切る感じがすると思ってた。実際はそうでもないんだね。ちょっとガッカリ。本だとやっぱり誇張して書かれてるのかな。それか、十五年間の期待が膨らみ過ぎたのかも」
そうか、こいつ、さっきのが人生初の、初めての走りだったのか。
なるほど、あの奇妙な動きの意味が判明した。
「おぶされ」
俺はそいつの前に背を向けてしゃがみ込んだ。
「遠慮するな。お前、風を感じたいんだろう? 本の表現は嘘じゃないさ。お前の走りが遅すぎるんだ」
「え? 嘘じゃないの? 私の走り方が遅かったの? 私、全速力で走ったつもりなんだけど」
「証明してやるから、さっさとおぶされ。風を感じたくないのか?」
「感じたい! でも、えっと、」
「いいから、おぶされ!」
「は、はい! あの、すみません。それじゃあ、よろしく、お願いします」
「しっかり掴まっておけよ」
そいつは羽のように軽くて、走るのに全然邪魔にならなかった。
俺は全力疾走でトラックを一周し終える。
息が切れて苦しい。二百メートルを全力疾走すれば、当たり前か。
ようやく息も整って、背中でじっとしている女に話しかける。
「風、感じれたか?」
「う、うん、ありがとう。思ってたより速くて、すごくびっくりしたけど」
「おろすぞ」
そろそろ登校時間か。校舎の向こうがザワザワし始めてる。
「あ、うん、ごめんなさい。重かったよね」
「いや、そういうわけじゃないけど・・・」
背中から温もりが離れると、妙に寂しさを感じた。
「あの、本当にありがとう! 私、風を切って走ってた! えっと、本当に走ったのはあなたで、私が走ったわけじゃないんだけど、だけど、ずっと夢見てた通りだったの。あなたの足が地面を蹴る音や息づかいを聞きながら風が顔の横を流れていくのを感じて、まるで自分が走ってるみたいだった。あの、本当にご親切にありがとうございました」
頭をぺこりと下げ、目をキラキラ輝かせる顔がとても眩しかった。
朝早く、女に部屋を追い出された俺は、家に帰るのも面倒で、そのまま学校に登校することにした。
新学期が始まり、俺は中学三年生になった。
特段、何が変わるわけでもない。
無為な日常が繰り返されるだけ、そう思っていた。
普段なら朝部活の生徒で賑わう校庭も、新学期が始まったばかりの今はひっそりしている。
なのに、校庭の脇を通った時、目の端に違和感を覚えた。
校庭の真ん中に制服姿の髪の長い女が一人ぽつんと立っている。
なんとなく眺めていると、そいつが唐突によたよたと奇妙な動きをし始める。
踊っている?
いや、違うな、走っているのか。
俺の知ってる走り方とは、だいぶ違うけど。
気になってしばらく観察してると、そいつは走っては止まり、また走っては止まる事を繰り返す。
どうやらトラックを一周しようとしているみたいだ。
よたよたした走りはトラックの半周を過ぎた頃には更に酷くなり、その身体はふらついている。
おいおい、大丈夫かよ、と見ていると、案の定、やっぱり転びやがった!
体が思わず前に出たが、小さな子供でもあるまいし、助けに来られても恥ずかしいだろう。
とりあえず、見て見ぬ振りをしておいてやるか。
何をやっているのかは謎だが、わざわざ誰も居ない早朝を狙ってやってるのだ。
きっと他人に見られたくないに違いない。
一応余所を向いて、横目に確認しながら起き上がるのを待つ。
なかなか起き上がらない。
おい、どうした。
やはり、どこか具合が悪かったのだろうか?
慌てて助けに行こうと思ったその時、そいつは起き上がり、再びふらふらと走り始めた。
全く心配させやがって。
でも、まぁ、良かった。ほっと息をつく。
そいつの走っている姿を追いながら、後少しだ、頑張れと心の中で声援を送った。
無事に一周し、やれやれと安心したその時、そいつが崩れるように倒れ込む。
もう、みて見ぬ振りはしていられなかった。
「おい! 大丈夫か?!」
俺は走ってそいつの元に駆けつけ、声をかけた。
「はし、った! はし、れ、たっ!」
そいつは息を切らせ、四つん這いになったまま独り言を言っていて、俺には気付いていないようだった。
だがこうやって見る限り、元気そうだ。
放っておいても大丈夫だと判断して、そーっとその場を離れようとしたが、その時気付かれた。
そいつが顔を上げて俺の方を見る。
俺とそいつの目が合った。
え?
悲鳴を上げられると思って身構えていれば、そいつは嬉しそうに笑ったのだ。
そして、立ち上がると俺に向かって説明を始める。
「私、走ったの! ここからスタートしてね、ぐるっとトラックを一周。途中転んだりもしたけど、最後までちゃんと走りきったのよ!」
「ああ、見てたから知ってる」
俺がそう言うと、驚いた顔をして、その後照れくさそうな、それでいて子供がするような得意げな顔をした。
「あ、そうだ!」
何かを思い出したように、カバンに近付くと中からノートと筆箱を取り出し、何か書き始める。
覗き込めば、退院したらやりたいことリストと表題が記され、その下には箇条書きでいろいろ書かれていた。
退院という文字を見て、ピンときた。
「これでよしっと。でも、走るって、もっとこう風を切る感じがすると思ってた。実際はそうでもないんだね。ちょっとガッカリ。本だとやっぱり誇張して書かれてるのかな。それか、十五年間の期待が膨らみ過ぎたのかも」
そうか、こいつ、さっきのが人生初の、初めての走りだったのか。
なるほど、あの奇妙な動きの意味が判明した。
「おぶされ」
俺はそいつの前に背を向けてしゃがみ込んだ。
「遠慮するな。お前、風を感じたいんだろう? 本の表現は嘘じゃないさ。お前の走りが遅すぎるんだ」
「え? 嘘じゃないの? 私の走り方が遅かったの? 私、全速力で走ったつもりなんだけど」
「証明してやるから、さっさとおぶされ。風を感じたくないのか?」
「感じたい! でも、えっと、」
「いいから、おぶされ!」
「は、はい! あの、すみません。それじゃあ、よろしく、お願いします」
「しっかり掴まっておけよ」
そいつは羽のように軽くて、走るのに全然邪魔にならなかった。
俺は全力疾走でトラックを一周し終える。
息が切れて苦しい。二百メートルを全力疾走すれば、当たり前か。
ようやく息も整って、背中でじっとしている女に話しかける。
「風、感じれたか?」
「う、うん、ありがとう。思ってたより速くて、すごくびっくりしたけど」
「おろすぞ」
そろそろ登校時間か。校舎の向こうがザワザワし始めてる。
「あ、うん、ごめんなさい。重かったよね」
「いや、そういうわけじゃないけど・・・」
背中から温もりが離れると、妙に寂しさを感じた。
「あの、本当にありがとう! 私、風を切って走ってた! えっと、本当に走ったのはあなたで、私が走ったわけじゃないんだけど、だけど、ずっと夢見てた通りだったの。あなたの足が地面を蹴る音や息づかいを聞きながら風が顔の横を流れていくのを感じて、まるで自分が走ってるみたいだった。あの、本当にご親切にありがとうございました」
頭をぺこりと下げ、目をキラキラ輝かせる顔がとても眩しかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる