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6 ミサキ、お使いを頼まれる

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 今日は早朝から師匠に王都までお使いを頼まれた。
 王都なんて行ったことが無い僕だけでは少し頼りないという事で、ノエルとカインも来てくれることになった。
 正直とても助かった、怖かったし…。
 ミユ―も来たがっていたけど、まだ彼女は幼いからという師匠の判断でお留守番になった。
 可哀そうなので、何か買っていってあげようかなと思ってる。

 現在は師匠が呼んでおいてくれた馬車に乗って、移動中だ。
 僕たちの住んでいる地域を遠く離れ、何もない草原と丘を窓から眺めていると、カインが僕にチョコをくれた。
「ミサキ、ほら、コレ持ってきたんだが、食べるか?」
「え、チョコだ~食べる!!」
「まったく、またカインはミサキを甘やかすんだから…」
 狭い馬車の中では、奥の窓側に僕、向かい側にノエル、僕の隣のドア側にカインという並びで座っていた。
 呆れたようなノエルの声を聞いて、ふとそういえば今日はまだノエルと会話していないなと気づいた。
 何故なら、カインがずっと話しかけてくるからだ。
 今日のカインはテンションが高いらしく、ずっとニコニコしているので少し怖いくらいだった。
 僕はノエルと会話しようとチョコを口に入れながら微笑んだ。
「いつもじゃないよ、今日がおかしいんだ」
「…そうか?」
「うん、今日はいつも以上に甘やかされてる気がするし…」
 そう言いながら隣を見ると、カインが「ん?」と微笑んだ。
「…熱でもあるの? カイン」
「ん? ないぞ、確かめてみるか?」
 カインは「ほら」と言って自分からおでこを見せてくれた。
「え、いや、大丈夫」
「…なんだ、俺の事心配じゃないのか?」
「勿論、心配だけど…!!」
「…」
 凄い笑みだ。なんで笑ってるんだよ。
 ノエルは「うわぁ…」って顔をしながら、カインの方を見ていた。
「カイン、遊びに行くんじゃないんだぞ?」
「…分かってるよ、ノエルは俺のお母さんかよ」
「あぁ?? 誰がお前のお母さんだよ!!!!!!!!」
 二人してギャーギャーと言い合いを始めてしまった。
 この二人の喧嘩はいつも僕でも師匠でも止められないのだ。始まってしまったならしょうがない。
 僕は諦めてまた移ろいゆく景色を窓から見つめる事にしたのだった。

〇●〇

 景色が遂にレンガ調の高い建物だらけになっていき、馬車の外にはいい生地を使っていると思われる服を着ている人々が沢山歩いていた。
 ノエルが僕と同じように窓から外を覗き込み、「着いたな」と呟いた。
「ここが、王都?」
「そうだ、ミサキは初めてだもんな…もうすぐ降りるから準備しとけよ?」
「分かった」
「カイン、お前もな」
「…」
「おい、無視かよ!!」
「ノエルうるさい」
「そうだぞ」
「…」
 
 この後揺れが止まって、僕たちは無事に馬車を降りる事ができた。
 師匠に聞いた話では、シュサミル国の王都はサイラス王家のお膝元で、発展や研究が著しく、居住区では貴族や商人、そして騎士や兵士も沢山いるんだとか…。
 確かに王都の賑わいは平民の僕からしたら凄いとしか言いようがない。
 建物もかなり見上げないと全体像が見えないほどで、首が痛くなってきた。
 キョロキョロと周りを見回していたら、いつの間にかカインとノエルが慣れた様子で先に歩き出していたので、僕は急いで二人の後を追いかけた。

 カイン達の話を聞く限り、居住区の外れに今はいるらしく、これから中央を目指すらしい。
「おい、こっちじゃないのか?」
「違う、こっちの方が近いんだよ」
「…二人とも、喧嘩しないでよ~…」
 ダメだ、また始まった。
「ミサキ、どう見てもこっちの方が城に近いと思わないか?」
「城って、あそこ?」
「そうだ、地図を見てくれ。こっちの道だよな?」
「うーん…」
「こっちだよ!! ほらぁ!!」
「…えーと」
 カインが見せてきた地図を受け取り、唸っていると両脇から二人に挟まれ「ほら!!」とそれぞれの主張する道を指さしてくる。
 あまり変わらない気がしているんだが、ハッキリと言うと両脇から怒られそうである。
「…二人とも、顔近いよ…」

 これはどうするべきなのかと思い悩んでいると、後ろから声をかけられた。
「おい、何してんだ??」
 後ろを振り返るとそこにはザドカルさんがいた。後光がさしていてなんか救世主かと思った。
「ザドカルさん!! こんにちは、何日かぶりですね!! 会えてうれしいです、特に今は」
「どうした、その顔は…」
 僕の顔がどうなっているのか分からないが、おそらく死んでいるのだろう。
「気にしないでください…ハハ…」
 そう僕が呟きながら頭をかいていると、ノエルが「えーと…」と頭を傾げながら腕を組む。
「…貴方は確か…この前、店にいらっしゃった騎士様ですよね?」
「お、そうか、二人は自己紹介したことなかったな。俺は騎士のザドカルだ。よろしく」
「俺はミサキと同じく、見習いのカインです」
「僕はノエルです、どうも」
 三人はそれぞれ握手をして、挨拶を交わす。
 終わった頃を見計らって僕は小声でザドカルさんに微笑む。
「あの、中央までの近道を教えてくれませんか…?」
「なんだ、騒いでたのはそんなことだったのかよ…いいぞ、案内してやる…フッ…」
 ザドカルさんに笑われながら案内をしてもらう事になった。良かった…平和だ。
 ザドカルさんの後ろにくっついて進んでいくと、裏道を通るらしく、僕たちの足音しかしないほど静まり返っていた。
「ここ、静かなのに、明るくて…不思議な感じがしますね…」
 ザドカルさんは「そうか?」という顔でこちらを見た。
「…ミサキには新鮮か…どうだ? 綺麗だろ?」
「お前もそんなに来てないくせに…」
「…うん、綺麗だ…なんか懐かしい気がする…」
「…懐かしい?」
 カインが微笑みながらそう聞いてきた。
 感覚的なものなのかもしれないがそう思ったのだ。不思議だけど。
「うん、なんだろね、そう思うぐらい綺麗…で…「ミサキくん」…え!?」
「ちょ、何をして…いるんだ、ケイト」
 まっすぐに裏道を進んでいた僕たちの横から出てきたケイトは今日は騎士の格好ではなく、ラフなシャツ姿で現れた。
 突然現れるのには慣れてきたものの、やはり心臓に悪い気がする。
 この前の件もあり、どう接すればいいのか分からなくて、僕は彼と目が合った瞬間、すぐに逸らしてしまった。
「やぁ、また抜け駆けかい?」
「い、いえ、そんな…偶然会ったんですよハハハ…」
 何故か敬語になっているザドカルさんに違和感を覚えつつ、僕は近づいてくるケイトの気配を察して下を向いた。
「…君たちは、ミサキくんと同じ見習いの…」
「…どうも、俺はカインです。ミサキとは幼い頃からの仲です、よろしく」
「……よろしく」
「あー、えっと、僕はノエルです!! 19歳です、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね、ノエルくん」
 自己紹介パート2が終わると、ザドカルさんがあからさまに咳払いをして「しかし」と呟いた。
「…突然すぎるぞ、ケイト」
「そうか、確かに…こんな格好で来てしまったよ…まぁ、今日はもう仕事は終わったしいいだろう?」
「…いいのか?」
「それで、みんなは何処に行くんだい?」
「俺たちは中央まで行って、お客様に武器を渡す予定なんです」
 ノエルが道の先を指で示しながら答えると、ケイトは「なるほど」と呟いた。
「俺もついて行っても?」
「いいですよ、まぁ、お暇なら」
「ありがとう、ノエルくん」

 そこからは五人で歩き続け、裏道を抜けると目的の中央付近に辿り着いた。
 急に壁が見えなくなったのに驚いて、僕はつい顔を上げてしまった。
 そこはかなりひらけた場所になっていて、馬車が行き交う大通りらしかった。
 右を見ると大通りのつきあたりに美しい白亜の城が視界に入りきらないほどのスケールでそびえ立っていた。
 その造形美に魅入って立ち止まった僕の手が誰かに握られたのに気づいたときには既にその声が耳に届いていた。
「…どう?」
 隣にいるケイトから心配そうな顔で覗き込まれる。
 きっと先ほどまで僕がずっと俯いていたせいかもしれない。
 その顔を見て、落ち着かない気持ちのまま、何とか声を出そうと口を開く。
「…綺麗ですね、お城…」
「あぁ、気に入ってくれたなら良かった…」
 凄い安心したような表情を向けてくる彼を見ているとなんだか恥ずかしくて目を合わせ続けるのが難しい。
 これはなんて言う気持ちなのだろう。

「さて、あの人だ」
「だな」
「…あの人?」
 僕たちの目線の先に兵士の男性が二人、道の端に立っていた。
 彼らが今日の受け取り人らしい。
「こんにちは、弓の受け取りの方ですか?」
 ノエルが微笑みながらその二人に声をかけた。
「あぁ、どうもノエルくん!! 噂はかねがね、いつもありがとう!!」
「ハハ、照れますね~!!」
 どうもノエルは彼らに覚えられているらしい。
 ニコニコとやり取りをして、無事に受け渡しを終えたらしい。
 すると、隣にいたケイトがその受け取りを終えた二人に声をかけた。
「…こんにちは、君たちは兵士かな?」
 そう声をかけただけなのに、二人はケイトの顔を見るなり顔を青ざめた。
 どうしたのかな…そんなに偉い人なのだろうか?

「ハッ…そうでございます!!」
「ど、どうしてこちらに!?」

「そうかしこまらないでくれ、今日はオフなんだ」
「「は、はぁ…」」
「そうだ、ミサキくんたちはこの後は暇かい? よければ兵舎を見学しない?」

「「え」」

 二人の兵士に加え、後ろにいたザドカルさんも「え、今から?」と口から言葉をこぼした。
 この提案にカインとノエルは「面白そう」という顔をする。
「いいんですか? 今日は泊まりなので、是非!!」
「…え? 泊まるの?」
「泊まるぞ、今日は。それで、ミサキも行きたいだろ?」
「行きたいけど、入っていいんですか?」
「大丈夫、俺がいるからね」
「そうですか…」
 …泊まる事は事前に言ってほしかったよ…まぁいいか。
「じゃあ、案内お願いします!!」
「うん、行こうか~」
 ノエルのワクワクを隠せない顔に若干呆れながら僕はみんなの後ろについて行った。
 そうして数分歩くと兵舎の入口がついに見えてきたのだが…。
 
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