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第13話 褒美と、恐怖政治に変わるもの(Amami and what turns into a politics of fear.)

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 マスターアイルスが壁際の適当な岩に座った。
 そのアイルスの首元で、従属しただけのコボルドを視界に入れて周囲警戒待機する。
 ドル師匠クソジジィの書庫とやらに入り、半覚醒状態のマスターの首のスベスベ感を密かに楽しみながら。

『さて、マスターがこもられた今の内にお前達の集落が誰の眷族か聞いておこうか?』
『眷族コボ? それはなんですかコボ?』
『ナニ? お前達は悪魔族の誰かに仕えているのではないのか?』

『仕える……コボ?』
『先の戦争でハグレた部族か。もしや、我の部族の末裔か? 指令系統を失っておる様だが』
『何をおっしゃってるコボか、全く分かりませんコボ』

『なに、気にするなコルベルト。……真名縛りせんとはマスターも学ぶべきことが多い。
 7歳では経験不足も否めぬか。失敗した時はフォローすれば良いし。ひとつここは見守るかの』
『あの、邪なる女神様にお願いがあるコボ』
『何ぢゃ、申してみ』

 ヘルは、元使っていた奴隷種族の末裔と確信した。

『俺を強くして欲しいコボ』
『何故?』
『家族を守りたいコボ』
『コボルドのクセに面白いヤツよ』
『面白いですかコボ』

 永きに渡り奴隷種族の概念が薄れたか、何かに起因した変化か、ヘルは思案する。

『貴様ら魔物は常に過酷な環境下で生きる事を強いられて来た。故の強さと弱肉強食の厳しさを知る。短期間で成熟し、時には親兄弟で文字通りの骨肉の争いをする。同族愛や家族愛などと言う脆弱な人間やそこらの動物とは一線を画す。それが魔物よ』
『ウッ、グ…』

 コルベルトは、ヘルの提示した魔物の定義に言葉を詰まらせる。

『とはいえ、我も今は囚われの身。今更我が眷族であったとしても人間のような甘い考えの貴様らを粛清など出来ようもない』
『邪なる女神様は、やはりあのハゲザルに囚われているのですかコボ?
『我がマスターに傷の一つでも付けようとしてみよ。マスターに届く前にその両腕切りばしてやろうぞ』
『しかし……!』
『案ずるなコルベルト。これでも結構気に入っている。悪魔族にいた時には味わえ得ぬ、怠惰な生に甘んじる生活にな』
『……』

 コルベルトは再び言葉を失う。

『さて、迎えが来たようだな。コルベルト、面倒ごとはお前に任せよう』
『は、御心のままにコボ』

 ヘルの結界に複数体の存在が感知された。
 それぞれの個体サイズ、息遣い、体温などの情報も同時に知らされる。ヘルは、脳内のその情報をチェックした。
 コルベルトが立ち上り、川に入る。

 自分の血で汚れた部分を洗い出した。怪我をしていた、またはしていると思われ、仲間が敵対行動を起こしては折角去った危険が舞い戻る事に気付いたようだ。ヘルは感心した。ーー名前持ちネームドになって知能でも高まったかーーと。

 魔物には、名前をつける習慣は無い。それ故もたらされる能力の向上も確認された事はない。

 名付けによって『仲間に対する気遣い』を明確に獲得したと言うことだろうかと、ヘルは考えた。

 ヘルのいつもの恐怖による支配では、確実に一戦交えていた。アイルスの選択は現状、それを避けさせてコボルド達を配下にする事を可能としている。名付けは、副次効果に過ぎないがアイルスの実力と言って過言無い成果だ。
 出来れば、名前付けに関して経過観察したいとヘルは思った。

 やがて、ガチャガチャと微かに音が聞こえて来た。
 犬顔の小人の集団が見窄らしい武器を手に、こちらへ近付いて来る。目視出来る距離になってコルベルトが右手のひらをその集団に見せるように向けた。

 集団が止まるのを確認し、アイルスの首元から飛び立つ。
 コルベルトがこちらに向かって恭しく跪き頭を垂れた。アイルスは半覚醒で座ったまま。ヘルとアイルスとコルベルトを見て顔を見合すコボルド達。

『その場で待機。マスター、コボルド共が来たぞ』

 ピクッとアイルスが動く。

 ◆

『ありがと、ヘル。コッチはいくつか良いものが見たかったよ。で、彼等は協力者になってくれるのかな?』
「マスター。取り敢えず『今』は、敵対しない。これから協力者にするため、忠誠心を植え付けようと思う。」

 テレパスでなく、口を使った会話。聞かせたくないのだろう。

「忠誠心ってのは、また恐怖で支配するつもり?」
「昔からそうして来たし。彼らもそれが当たり前のはずです。それよりどんな魔法を見つけたの?」
「応用の効きそうなのがいくつか拾えたよ。 恐怖で支配するよりも良い魔法もね」
「へぇ。それはどんなもの?」
「その為にも彼らに少しだけ協力して貰いたい。ヘル、コルベルトに彼らに手伝って貰えるよう頼んでよ」

「……了解。何を頼む?」
「ちょっとした落とし穴。広く浅くね」
「深さと広さは?」
「深さはコボルドの膝下位、直径1m半~2m位」

 ヘルが手早くコルベルトに指示するように伝え、会話に戻る。コボルド達はコルベルトの指示下で広く浅い穴を掘り始めた。

「それで、恐怖の支配より良い魔法って、なんです?」
「まぁ、先ずは腹ごしらえを考えよう。召喚系は色々使えて便利だね。食糧調達とか」

 眉間に皺を寄せ訝しげに聞いてきたヘルに僕は明確な答えをせず、『見ていなよ』と暗に含めて答える。

「マスターはこんな時に食糧を所望ですか?」

 テレパスで通じてる筈が届いてない返事。

「あ、いや。ま、聞いてよ。来た穴を飛んで帰れれば最短なんだろうけどね」
「それは確かだな」
「でも、多分それはズルだろうし、そんなんで帰っても多分、追加でやらされるだろうよ」
「魔法使いは合理的解答を常に求めるべきである! と~か言ってる癖に、あのクソジジィのやりそうな事だ」
「ふふ、そうだね。だから、サバイバルしつつ、落ちて来た穴以外から最短で出るつもりだよ」
「飛行呪文位、教えんのに」
「それは良いね。教えてもらっとこうかな」
「なら、魔力の流れを見てて。“フライト”…」

 ヘルの身体全体に上に向かう力が構築されるように魔法式が浮かぶ。

「俺様の場合、闇属性の第5階梯に属する重力に働きかけ重量軽減を行い、後に風属性魔法で動きたい方向に調整を羽根で行う一連の魔法式で行っている」
「凄いね。魔法陣使わないんだ?」
「重量軽減が主で風も召喚する程のものでも無いからな」
「ありがとう、良い参考になった」
「でも、彼らから何か得られるかも知れないから、落ちて来た穴からは出ていかないよ」
「それは、構わないけどよ」
「あ、そうそう、ヘルにお土産があるよ」
「え? どんな?」

 手ぶらで一体何をと油断してるトコにテレパスで思考を流す。

「はい、これ。マナ・アドプション。僕が考えた立体四方魔法陣の第2世代で魔力回復魔法として構築するといいよ」

 テレパスを通して、細かなベクトル魔法陣で組まれた立体魔法陣。それらが幾重にも形成され、大きな魔法陣を形作ったイメージを送る。魔法陣を大きくしてあるのは、スタックプロセスを設けて魔法陣そのものをプールの予備として機能させるためだ。

「は!? え? はぁ!?」
「取り敢えず、ご褒美はコレで良いよね? コレで上限なく魔法が唱えられるかもね」

 とは言いつつ、元々魔力の上限は魂の余剰分。満タンになる限界はあるのだし、使った分の供給時間は超え難い壁だ。限界はちゃんとある。

「イヤイヤイヤ、マスターなんてもの作ってるんですか?」
「んー? ご褒美は気に入らなかった?」
「そうじゃなくって、これが何をもたらすのか解ってやってる?」
「……ヘルはこれから先も僕の敵にはならないだろ?」

 少し考えてから発言する

「人類の敵になるかも知れないよ」
「そんな使い方しないで欲しいな。ご褒美なんだからさ」

 精一杯優しく言う。

「ふ、ふん。私は悪魔だ。そんなこと知ったことか。くれるんなら使う!」
「いずれみんなにも知られちゃうと思うけど、ヘルは特別だしね」

 "特別"それはただの言葉にして魔法だ。
 ヘルが頬を赤らめながら、悪魔を特に強調して言った。
 それでも僕は気にした風もなく返す。

「悪魔とか光の種族とか教会の決めた客観的評価でしょ。ヘル個人にそんなに強く強制するものなの? 悪魔ってコトを」
「! お前は若過ぎる。悪魔と言う概念を、このが意味することを解っていない!」

 ヘルは途端に憤慨した。

「“マナ・アドプション!”」

 ヘルは貰ったばかりのオリジナルの魔力抽出魔法を唱えた。
 それを見て思わず頬が緩んだ。物質に定着させるアーティファクトと違いベクトル魔法陣の維持に魔力を費やす為に効率はかなり落ちる。
 それでも魔力を充填するには充分。ジリジリと僅かずつ、ヘルの使用した魔力が回復するのを魔力感知で感じる。

「で?」

 ヘルが拗ねたような、それでいて嬉しさの照れ隠しと分かるような態度で聞いてくる。

「ん?」
「話の続き」
「あぁ、これで魔力に関する心配は当面なくなる」
「お、おう。ってそっちでなくて」
「うん? あぁ、食べ物ね。ヘルは食べ物で何が好き?」
「んん? 精気だな」
「セイキ? エナジードレインの?」
「まぁ、男のスケベの源だな」
「ヘルってサキュバスだっけ?」
「あんな下っ端と一緒にするな。夢魔も使役できるデーモンクラスなんだぞ。サキュバスの魔法が使えなくてどうする」
「それで、魔法使ってスケベの源吸収するうちに味をしめた?」
「お前、ホントに7歳か?」
「使い魔の特性くらい調べなきゃマスターの資格ないじゃん」
「そっか……って知ってんじゃねーか! からかってんのか! コンガキャー!」

 大丈夫。喧嘩は売ってない。多分。

「僕、本当にドウテイだから分かんなーい(棒読)」

 まぁ、遺跡書棚には『A』から始まり遺伝情報がどうなってるかまで資料があったのだ。お陰で、自分で言うのもなんだが耳年増になったが。

「ホントに末恐ろしいガキだ」
「まぁ、冗談はさておき魔力に変換し易いからって味気なくない?」
「魂に近い力だかんな。お前みたいな上玉のが一番美味い。あとで食わせろ」
「おっと。僕には早すぎるかな?」
「ヌカせ。政略結婚なら手籠めに出来る年だろうが」
「イヤイヤ、エナジードレインでも死ねるし。続き聞かせないぞ」
「いつか、食う」
「だ・ま・れ。話を戻すよ。恐怖より我慢出来ないものが空腹とか生きてる事に直結してるものなのは分かるでしょ?」
「! アイルスの精気食べなきゃ死んじゃう~」

 即デコピンでヘルの額を弾く。

「んきゃ!」
「早速の情報利用すんな。それで、食べ物を与えたりするとどうなる?」
「バカなら忠義を尽くして、従うな!」
「頭の良いヘルさんには施しても意味ないし、その前に使い魔だから施さない方がいいわけだな」
「やーん! 何でもします~!」
「喜怒哀楽百面相の楽しいヘルさんや。戻ってこい。それと同じ。コボルドたちに美味いものを振るうんだ」
「私にもアイルス精気ふるってぇ! 大好物お預け喰らって、冷静になれるか~!」
「待て、やるとは1mmだって言ってない」
「1mmってなんだよ! 一言だろうがあ!」

 ギャースカと癇癪起こして、僕の手に噛み付くヘル。甘噛みだった。ヨダレで汁々しい。
 まるで麻薬の様な依存だ。

「あのね、ヘル。子犬に近いコルベルトまで狩りに単体、もしくは数体で組んで来てるんだ。群は飢餓状態が近いと思われる」
「アイルスの精気、アイルスのせいき、ちょうだいヨォ~!」
「お前、マジで黙れ、キモいぞ」
「キモっ……」

 ヘルがフリーズした。そうかキモいと思われるのが心底嫌なのか。数多の種族に夢を見せて精気回収する存在だもんな。キモいと思われたら生きていけるわけがない。僕の左肩で膝を抱えて何やらブツブツ言っている。

 これで精気を与えたら僕も依存する事は免れないだろう。吸われる度に何物にも変え難い快楽が訪れるのだ。虜となれば死ぬ迄それを求めやまない。
 師匠がこの危険性を僕に教えない訳がないとヘルはいつ気付くだろう?
 コボルド達が作業を終えたらしい。コルベルトがこちらに向き直る。

『作業ご苦労様。君たちの集落にお邪魔する前にささやかなプレゼントだ』

 コボルド語が自動翻訳されない。

『ヘル。使い魔の強制力はあまり使いたくないんだが、仕事してくれないかな』
『フンだ。使えばいいだろ。強制力』

 嘆息とともに首を振り、面倒になって考えてた魔法を行使する。5体のサーヴァントと共に魔力を隠す事はせず。一応体面を考えて力を見せつけた方法を取るのがここは得策だろう。

 『“サモン・フォレストクラブ”』

 コボルド達が囲っていた浅い段差程度の穴にどさどさと虚空から森蟹が現れ、落ちた。その数およそ18匹。それらは15cm~20cm程の苔むした石みたいな殻を持つ。師匠の家に来る時に何度も見た。
 突然の獲物にコボルド達は吠えはしゃぐ。

 一匹たりとも逃さぬとハサミに苦戦しながら捕まえた。


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 アイルス手記

 ◆ヘルの危険性
  ゴブリンを使役出来る程の快楽を供給する時点で相当の
 依存症を与えているのは明白。よくも先代はこんな危険物
 を使い魔にしたものだと感心する。虜にされるなど魔導師
 の笑い者のタネだ。

 ◆サモン系魔法の応用
  精霊、使い魔に限らず、小動物も呼び出す事が可能だ。
 第四階梯の空間を司るコマンドがふんだんに使われている
 がパッケージ使用者だったら、これに気付かないだろう。
 該当する目標空間探索とかあり得ないほどの魔力効率が、
 組まれている。コマンドから第四階梯を読み解く事が出来
 たのでサモン系さまさまだ。

・ステータスに若干の変化あり。
・本体と並列思考アイルス達の価値観に乖離あり。
 脳を有するか否かによる感情の発生が由来と推測。



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 いつもお読みいただき、ありがとうございました。
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