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第59話 無能者の希望とヘロン/勇者と"天使"キュケロス/ミュトス、ヤンデレ化
「隊長、そろそろ予定の野営地です!」
「やはり、馬の荷が軽ければ早いものだな」
煙突から黒い石炭を燃やした煙を撒き散らし、爆走蒸気機関車の横を、そのけたたましい音に物怖じもせず、よく慣らされた軍馬が並走していた。その馬上の会話である為大声を張り上げてのやりとり。
「よし、全体、速度減速! 蒸気馬車"ヘロン"は、ブレーキ準備!」
「OK、了解、承知の介! コール・サプライ・カット、ミュート・リダクション・デバイス、"ウィスパー"セット・ジョイント・コネクト! シークエンス・オール・コンプリート! ブレーキモード移行完了じゃ!」
「その聴き慣れない呪文みたいなのはなんだ!?」
「男のロマンじゃ! この蒸気機関馬車"ヘロン"は六頭建馬車としても機能可能だがブレーキ性能はすこぶる悪い! 音をカバーにぶつけて熱に変換する"ウィスパー装備"を排煙及び排気部と車輪カバーに接続する事で普通の馬が走る程度に静かになり、エンジンにも気圧制動がかかり、燃料もカットして回転を落としてよりブレーキをかかりやすい状態にする手順を確認してるだけじゃな!」
確かにけたたましい走行音が並走する馬並みになっている。減速時の手順は面倒だがそれでも最高時速100kmに迫る速度はこの世界では最も速い輸送手段なので、このまま産業革命が順調に進めば強力なカードとして教会の権威は不動のものと約束されるだろう。
「まさか、魔法を一切使わずにこの様な手段が可能とはな……」
「魔法を使えぬ者が蔑まれる時代が終わろうとしているのだろう。ウォルクスを迎え入れられたのは幸運だったと言えよう」
「"無能者の希望"……ねぇ」
アンブロスの呟きにルミナスが答える。
「見えて来たぞ野営地だ!」
「全体! 微速!」
ヘロンの異様なフォルムに旅の馬達が少し嘶くも、ルミナス達は宿場町化し始めた野営地に入り、しばしの休憩を取ったのだった。
◆
ジルドレッドは、教会の広間で祈りを捧げていた。ただそれだけだったが、アイルスにとって最悪な事態が展開されていた。
--それと今回からは、勇者候補ではなく勇者と名乗って良いぞ。ジルドレッドよ--
『オリジナルとのテレパス、結界により消失させられた。警戒領域! 警戒レベルMAX。自由意志の解放を要請。接続途絶の為キャンセル。自由意志の解放を要請。接続途絶の為キャンセル。自由意志の解放を要請。接続途絶の為キャンセル』
ジルドレッドにつけられたサーヴァントは個体名はナンバリングしか持たない所謂モブナンバーで基本的には意思決定はしない。しないが、危機感を感じていた。自身の存在を脅かされる危機感だ。確かに意思決定はないが、人の人格をベースにエーテルを構築したために存在保存の本能が根底に根付いたままだった。それが幸いしたと言って良いだろう。
『レッドアラート! 記憶領域侵犯を検知。メモリーを読み込み&上書きをされています。アーカイブ消失率10%オーバー』
「!?……何が、何が起こっている……!?」
『緊急削除行使! 当個体14008は全メモリー廃棄、技術流出防止の為、ジルドレッドサポート権を放棄します』
『消去……80……%……二割……流……アイルスを頼みます………………』
「……あぁあ、な、なんだ!? 力が湧いて来る……!!」
--中々に有意義な装備ですね、ですがこれでは貴方の力を十分に引き出せそうもありませんので改良しておきました。その装備に名前を与えましょう。そうですね"天使キュケロス"にしましょうか。それでは勇者ジルドレッド、悪魔を倒しに行くのです--
『書き換え完了。これより私は"天使キュケロス"と名乗り、勇者の剣となり盾となり尽くしましょう。さぁ、共に悪魔を倒しましょう』
「うぉぉおおお! 倒す! 悪魔を、倒す……!!」
その時、祭壇広間に教皇達が入って来ると、ジルドレッドは聖なる淡い赤い光を放ちながら、浮いた様につま先で立ちながら振り返る。
「おお、勇者として覚醒したのですな、ジルドレッド殿、悪魔を倒して、我々光の民をお救いください!」
教皇と神官達が平伏し、それを睥睨するかの如く目つきの悪くなったジルドレッドは一言呟く。
「任された」
一言だけ言い残すと一人の風となって教会から飛び出し、一路飛翔する様にルミナス・ナイツが向かった先へ駆け出した。
◆
「サブ治、ジルド兄さんが心配だ。直ぐにここを出よう」
奴隷オークションの終了と共にアイルスは呟いた。
「よろしいので?」
「どうせ、彼等貴族とは二度と顔を会わせる気はない。挨拶など要らないだろう」
「一応、私だけで回って参ります」
「あぁ、頼んだ。直ぐに出るように皆にも荷物をまとめる様に通達。夕飯は仕入れたばかりの保存食で賄うしかないけどね」
「馬に無茶をさせることになりますね」
「仕方ない、馬には、幾つか回してヘルス・アシストとマナ・アドプションを」
「随分なドーピングになりますね」
「バレるのは後だ。バレても原因がわからなければ、問題ない」
「なんか、悪い事する人の様な言い回しですよ」
「さて、何のことか僕には分からないよ」
オークション会場がなくなり、日が沈み切った頃キャラバンは再び街道へ出た。
◆
夜の帳も落ちた頃。宿場町と呼べる程もない野営地には、5軒ほどの小さな宿や茶屋や食事処と食糧調達運搬の商店が建っていた。その広場のガレラッチアへ向かう出入口から、ミュトス達が辿り着いた。
ミュトス達は馬を休ませ、テントにある紋章に気付く。
代表として、ミュトスが一番大きなテントへ近づくと声を掛けた。
「もし。失礼します。ルミナス・ナイツ隊長のテントでよろしいでしょうか、ミュトスです」
直ぐに、衣擦れや何かが倒れる音と共に天幕が開く。
「ミュトス! 無事だったか! 怪我はないか!?」
「か、母様」
「ん! コホンッ 大儀である。悪魔族と接触した様だが、こうして帰って来たとなると討ち取ったか?」
「あ、悪魔族?」
「なんじゃ? 知らんのか? 魔王覚醒因子が現れたのだ。ちょうどお前の向かっていた先でカンテラが消失しての」
「ええ? まさか、カンテラを……」
ミュトスは動揺し、昨夜からの考えを頭の中でひっくり返していた。奴隷の首輪をつけられながらも、魔法を行使し、ラキムゲルを脳内へ幽閉。その身体を何らかの手段で乗っ取り使役。脅迫に屈すること無く圧倒的な火力を見せつけて無理矢理に奴隷落ちさせたラキムゲルも自分自身も格下の存在だと理解させられた。常時監視の恥辱を負わせられた。顔だけは好みの従兄弟、アイルス。
彼を思うと心を揺さぶられる。嵐の様に愛憎渦巻く気持ちの中へ投げ出され、ほぼ丸一日。既に冷静さを欠いていた。その彼が悪魔族には破壊不可能と言われるカンテラを破壊、或いは封印しての蛮行ならば首輪程度、どうということはないと言うのだろう。自分の潔白の為にも彼をモノにしたいが力量差によりままならない。ならば、ルミナス・ナイツの力を持って、彼を消せば良い。
幸い教会も魔王覚醒因子と認めている。いや、彼と決まったわけではないが彼ほどのイレギュラーもないのだから十中八九、アイルスを指しての事だろう。神も認めた神の敵なのだ。私に非はない。神ノ仰セノママニ。私ニ非ハナイノダ。
と、そう結論付けてしまった。アイルスは、ミュトスを追い詰めすぎたのだった。
「母様、魔王覚醒因子は、従兄弟のアイルスです」
「は?」
「母様、ハッタリかもしれませんが、私は彼に今も監視されています。この会話も聴かれていることと思われます」
「待て、ミュトス。愚弟は曲がりなりにも英雄候補にまでなった男だぞ。しかもアイルスは確実にその血を引く拾われた子ではない。それにお前の半分ほどの年齢だった筈だ」
娘の端正だった顔が、今や眼窩が落ち窪み、一睡もできていなかったのかクマが浮き、瞳が淀んでいるのを見るとにわかには信じ難い何かと接触したのは間違いなかった。しかし、我々の対象が甥とは、当惑してどう対処したら良いのか直ぐには答えを出せないルミナスであった。
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