2 / 2
バレンタインデー
しおりを挟む
2月14日。
世の中の男はこの日、淡い期待を持って登校、あるいは出勤する。
柾は、このバレンタインデーが大嫌いだった。
チョコが貰えないからではない。
凶悪な顔と言われる割に、意外とチョコレートは貰っている。
バレンタインデーが嫌いな理由はそれではない。
チョコレートは自分で食べなくても、皓や俊樹が食べてくれるので問題ない。
問題は、いつも“顔が気に入らない”という理由で喧嘩を仕掛けて来る連中が、この日はいつもの倍以上の数に上るからだ。
柾はその理由を“顔の割にモテるのが気に入らない”せいだと思っている。
半分正解である。
2月に突入したある日。
大抵の男は段々とそわそわしてくるのだが、柾は日に日に憂鬱になっていった。
今年のバレンタインデーは金曜日。
大体、バレンタインデーが休みじゃないのがいけないんだ、と思う。
日曜日とか、祝日祭日だったなら1日ずっと家で過ごせば問題ないのだ。
しかし、アメリカと違い日本のバレンタインデーはお菓子会社が仕組んだ戦略による行事であり、残念ながらそれは国民の休日にはなり得ない。
「おはよー柾。今日は寒いね~」
教室に入ると、俊樹が近付いて来た。
そして柾の前の席に着いて、にやにやと柾を見る。
「⋯⋯何だよ」
「もうすぐバレンタインデーだね~」
柾の睨みに少しも怯まず、俊樹は相変わらずにやにやして訊いた。
「⋯⋯何が言いたいんだ?」
「今年は何個貰うのかな~って思うのと、何人に喧嘩吹っかけられるかのな~って思って」
にやにやしながらそう言う俊樹は心底楽しそうだ。
「あのなあ」
柾は疲れたようにため息をつく。
大体、俊樹はいつもからかってくるのだ。
「けどさ、喧嘩で怪我でもしたらファンの子が悲しむからなるべく避けた方がいいよ」
俊樹は楽しそうにそう言って笑う。
「何だよそのファンって」
柾は眉をしかめた。
「柾ってさ、自分の顔、まともに見た事ないの?」
それを訊いた俊樹は呆れた顔で訊く。
「ないな。鏡は毎日見てるけど視力悪いからぼやけて見えるんだよな」
「マジ!?よくそれで授業受けられるね⋯⋯」
柾の返答に、俊樹は大袈裟に目を丸くした。
見かけに寄らず真面目な柾は、授業をさぼった事はない。
それでもこれだけ視力が悪ければ支障を来たす筈なのだが、そういう感じはなかった。
「ていうか俺のファンって何なんだよ?」
「だからぁ、柾って目つきは悪いけど顔は滅茶苦茶カッコイイって事、わかってないんだなーって思ってさ」
「はあっ?俺の顔って凶悪なんじゃねーのか?」
今度は柾が目を丸くする。
実際まともに自分の顔を見た事がない柾は、いつも俊樹に言われるせいもあり本当に自分の顔は凶悪だと思っている。
皓はいつも柾の事をクール系イケメンと言ってくれるが、それは恋人の欲目だろうも思っていた。
「だからあ、なまじカッコイイ顔してるから、そのすごい目つきで睨まれるとめちゃめちゃ迫力あって凶悪に見えるんだよ」
俊樹は苦笑しながら言う。
柾は複雑な顔で考え込んだ。
すごい目つきで誰かを睨んだりした記憶はない。
目つきが悪いのは視力が悪いせいだ。
つまり、喧嘩を売られる原因は、視力の悪さからくる目つきの悪さのせいだという事になる。
「だからさ、眼鏡かけた方がいいよ。嫌ならコンタクトとかさ」
「お袋にも言われてんだよな。コンタクトにしようかな⋯⋯」
「へえ、柾ついにコンタクト作るの?」
つぶやく柾の背後で声がした。
振り向かなくてもそれが誰かはすぐに判る。
幼なじみでもあり、恋人でもある皓。
「あ、皓おはよー」
俊樹がにっこり笑って挨拶をした。
「おはよう俊樹。で、柾ほんとにコンタクト作るの?」
皓はにっこりと笑みを浮かべて柾を見る。
「今日帰ったらお袋に相談する」
柾は憮然とした顔で答えた。
「あ、そう。じゃ、俺が色々とカタログ持って行ってあげるよ。柾ならグレーのカラコンとかも似合いそうだよねー」
相変わらずにこにこと愛想良く笑ってそう言うと、皓は自分の席に戻って行った。
皓もコンタクトをしているので、資料やカタログを持っているのだろう。
「はぁ⋯⋯」
皓が席に戻るのを見送って、柾は大きなため息をつく。
俊樹はその様子を、やはり楽しそうに見ていた。
そして皓がただカタログを持って来ただけで終わる筈もなく。
もれなく柾は皓に美味しく頂かれたのだった。
数日後、柾は眼科を受診しコンタクトレンズを作ってもらう事になり。
出来上がったコンタクトレンズを初めて装着して登校したのがバレンタインデー当日だった。
学校に着いてからというもの、やけに周囲の視線が気になる。
今までずっとぼやけていた視界がクリアになったせいでそう感じるだけなのだろうか。
教室に着くと、既に来ていた俊樹が柾の顔を見て口笛を吹いた。
「柾、別人だよ~」
俊樹は嬉しそうに笑みを浮かべて側に来る。
「そうか?」
「ほんと別人。だって昨日まではいっつも眉間にしわ寄せてさ、目つきもすごい悪かったもん」
「自分ではわかんないわ。そんなに目つき悪かったのか⋯⋯」
柾は俊樹の反応に驚いた。
今までそれほど意識した事はなかったのだが、俊樹の言う通り、1メートル以上先を見る時は眉間にしわを寄せて目を凝らしていた。
しかしその時の目つきが“凶悪”と言われるほど悪いとは思ってもみなかったのだ。
「もっと早くコンタクトにしてれば今日のチョコの数も相当増えたのにね~」
俊樹は残念そうに言う。
柾はそれを睨んでため息をついた。
「あのなあ、俺はチョコが嫌いなんだよ。嫌いな物を貰う俺の身にもなってみろ」
「へえ?柾チョコ嫌いだったの?」
ため息をつきながら言う柾を見て、俊樹は目を丸くした。
「甘い物は基本的に嫌いだ」
「へー。初耳」
「今日はとっとと帰ろう⋯⋯」
柾は疲れたようにうつろな眼差しでつぶやく。
下駄箱に机の中にロッカーに、いたる所に可愛らしい包装の箱が置いてあった。
それら全て柾へのチョコレートだ。
直接渡してくる女子生徒は少なかったが、チョコの数は去年よりも多かった。
チョコ以外の物をくれる生徒も少しいたが、大半はチョコだ。
柾は甘いものが嫌いなので、チョコレートも嫌いなのだ。
このチョコの処分を考えるだけでも憂鬱になってしまう。
そして、憂鬱なのはそれだけではない。
帰り道は喧嘩を吹っかけてくる奴らが待ち伏せしてるんだろうと思った。
しかし今日はコンタクトレンズのお陰で、いつもどんな奴が吹っかけてくるのか顔を見る事ができる。
柾にとってコンタクトレンズを装着する事のメリットはこの程度だった。
それ以外ではデメリットの方が多いような気がする。
そして帰り道。
俊樹、皓と3人で歩いていると。
前方から数人の高校生が歩いて来た。
柾達の行く手を塞ぐように並んで立ち止まる。
「何か用かよ?」
喧嘩だろうと思いながら、柾はいつも通り彼らに訊いた。
「二ノ宮の維摩だよな⋯⋯?」
「そうだけど、あんたら誰?」
目を丸くして確かめてくるそいつに、柾は疲れたように訊き返す。
「いつも喧嘩してる俺らを忘れんなよ」
そいつは呆れたように柾を見た。
「あ、俺の顔が気に入らないっていっつも吹っかけて来るの、あんたらなの?初めてまともに顔見たよ」
柾は少し感動したようにそいつの顔を見つめる。
今まではぼやけて見えていたので、覚えられるほど人相をはっきり見た事がなかったのだ。
「初対面じゃねーだろ」
「いや、視力悪くてさ、まともに顔見れなかったんだよな。でもコンタクト入れたおかげではっきり見えるぜ。今まで喧嘩してたお前らの顔がさ」
柾は皮肉げな笑みを浮かべて、立ち塞がっている面々を見渡した。
「は?もしかしてお前の目つき悪いのって、俺らにガン飛ばしてる訳じゃなくて、単に視力が悪かったからなのか?」
そいつは信じられないといった顔で柾を見つめる。
柾は疲れたようにため息をついた。
今まで喧嘩を吹っかけられていた理由が、自分の目つきの悪さのせいだったと証明されたからだ。
「あー、それでやたらと喧嘩売られてたんだ」
皓が納得した顔でうなずく。
「俺ら、すげー誤解してたんじゃん。いつもお前がガン飛ばしてくるのにシカトするから適当に理由つけて喧嘩売ってたんだぜ」
そいつはまだ信じられないと言った顔で仲間と顔を見合わせる。
「そんな理由で喧嘩売って来てたのかよ。でもまあ、誤解が解けて良かったな。ならもう喧嘩売ってくんなよ?」
柾は少々不機嫌な顔でそいつを見た。
「俺ら、すっげーやられ損してたんじゃん」
そいつは脱力した顔で肩を落とす。
それを見た俊樹が笑った。
いくら喧嘩を売って来ても、柾が負けた事はないのだ。
「まあ、誤解が解けて良かったんじゃない?」
「あ、そうだ。俺、落合和彦(おちあいかずひこ)ってんだ。これも何かの縁って事でよろしく」
そいつは自己紹介すると、柾に手を差し出した。
「あ、ああ」
一体どんな縁なんだよと思いながら、柾もそれに応じる。
「超かっけー⋯⋯」
つぶやく声がしてそちらを見ると、和彦の隣りに立っている仲間が、柾をぼーっとした顔で見つめていた。
学年章を見るにどうやら1年生のようだ。
皓と俊樹が苦笑する。
柾は怪訝そうな顔でそいつを見ていた。
「まあいいや、帰ろう」
しばらく首を傾げた後、柾は彼らの脇をすり抜けて歩き出した。
皓と俊樹もそれに続く。
「あ、あのっ」
柾を見つめていた和彦の仲間が柾を呼びとめた。
「まだ何か用か?」
柾は立ち止まってそいつを振り向く。
「えーっと、惚れました!俺と付き合ってくださいっ」
「はあっ!?」
いきなりの告白に、柾は目を丸くしてそいつを見つめた。
かなり真面目に言っているらしいが、和彦や他の仲間も驚いてぽかんとしている。
「あのな、俺もお前も男。アンダースタン?」
「そんなの関係ないっす!惚れちゃったもんは仕方ないですっ」
そいつはぶんぶんと首を振った。
「ていうか、俺も惚れたぞ」
我に返った和彦が言う。
柾は混乱した。
「何でいきなりこういう展開になるんだよっ!?お前ら変だぞ!?寒い冗談よせって」
「冗談じゃないって。だってお前、文句なしにカッコイイもん」
和彦は事もなげに言う。
「いや、それが寒いんだって」
柾は思いきり脱力してその場にしゃがみ込んだ。
俊樹が心底楽しそうにそれを見ている。
皓は心なしか顔が引きつっているようだ。
そして。
「悪いけど、柾は俺のモノだから諦めてね?」
皓はにっこり笑って、とんでもない事を言って和彦達を見た。
「はあっ!?皓、それも寒いって!」
思いがけない皓の言葉に、柾は顔をあげる。
すると和彦が柾の顔を見て赤くなった。
「うわ。お前って焦ってる時の顔、すげー可愛いぞ」
「ぞくっときました!押し倒したいっす!」
「あのなあ⋯⋯」
柾はがくりとうなだれた。
何がどうなってこんな事になってしまったのか。
考えるだけで目眩がしそうだった。
こんな展開になるくらいなら喧嘩を売られていた方がずっとましだったような気がする。
そもそも自分がコンタクトレンズにしたりしなければこんなとんでもない展開になる事はなかったのだ。
自分の選択の失敗を恨んでしまう。
「だから柾は俺のモノだから。でもまあ、奪うつもりなら喧嘩には応じるからね?」
皓はにっこり笑って和彦たちを見据える。
綺麗な顔も迫力があるもので、和彦たちは皓の笑顔に怯んだようだ。
「さ、柾、帰るよ」
そしてまだしゃがみ込んでいる柾を立たせると、皓はさっさと歩き始めた。
「ていうか何で俺がお前のモノなんだよ⋯⋯」
柾はぶつぶつと文句を言いながら皓を睨む。
皓は全く意に介さず、にこやかに笑みを浮かべていた。
俊樹は他人事なせいもあり、本当に楽しそうにしている。
「諦めないからなーっ」
「諦めないっすー!」
背後で叫ぶ声がしたが、柾は振り返る気力もなかった。
「あいつら寒すぎ。ていうかあいつ、名前も言わねーで⋯⋯」
「確かに名前言わなかったね。あの1年生らしい奴」
「ま、別に柾が知る必要もないけどね」
皓はくすりと笑う。
「俺、明日からコンタクトやめようかな⋯⋯」
「「ダメ」」
柾のつぶやきに、皓と俊樹が同時に言葉を発した。
「何でだよ」
柾は恨めしそうに2人を睨む。
「だって、コンタクトしてる方が楽しい展開が多そうだし~」
俊樹はしれっとした顔でそう言ってのけた。
「目つきの悪い柾よりは、カッコイイ柾を見てる方がいいからね」
皓はにっこり笑ってそう言う。
俺ってこいつらに遊ばれてるよ⋯⋯。
柾はそう思って、魂が抜けるほど大きなため息をついたのだった。
その日の夜。
「や、皓、も、イキそ⋯⋯っ」
「ん、俺もそろそろイく⋯⋯一緒にイこ」
密かに用意していたチョコを皓に渡したら、感激した皓にベッドに押し倒されていた。
皓に慣らされた体は中だけで達する事も覚えてしまい、柾はいつも皓に翻弄されて終わる。
「柾のナカ、熱くて狭くて俺の事ギュってしてる」
「恥ずかしい事言うな⋯⋯あっ、あっ」
一度達しても直ぐに硬さを取り戻した皓のものが、柾の中でまた大きくなる。
それを感じて、思わず締め付けてしまうと皓に軽く睨まれた。
直ぐにお返しとばかりに激しく奥を突かれ、今度は白濁を吐き出してしまう。
「あっ、あっ、も、イった、からぁっ」
「俺がイくまで頑張って」
柾が悶えても皓はお構い無しに腰を打ち付けてくる。
再び柾が中だけで達した頃、皓もようやく熱を吐き出した。
バレンタインデーの夜は、皓に抱き潰されて終わった。
それから数週間後。
喧嘩は売られなくなったものの、やたらと男にモテるようになってしまった柾の姿があった。
正華女子高校では柾のファンクラブはもちろん作られていたが、和彦の通う高校では男子の間でも何故か柾のファンクラブが作られている事を、柾はまだ知らない。
この事を柾が知ったら凍死するかもね、と皓や俊樹は思ったのだった。
終。
*******
自サイト(現在閉鎖)に掲載していた頃にリクエスト頂いたバレンタインデー編です。
世の中の男はこの日、淡い期待を持って登校、あるいは出勤する。
柾は、このバレンタインデーが大嫌いだった。
チョコが貰えないからではない。
凶悪な顔と言われる割に、意外とチョコレートは貰っている。
バレンタインデーが嫌いな理由はそれではない。
チョコレートは自分で食べなくても、皓や俊樹が食べてくれるので問題ない。
問題は、いつも“顔が気に入らない”という理由で喧嘩を仕掛けて来る連中が、この日はいつもの倍以上の数に上るからだ。
柾はその理由を“顔の割にモテるのが気に入らない”せいだと思っている。
半分正解である。
2月に突入したある日。
大抵の男は段々とそわそわしてくるのだが、柾は日に日に憂鬱になっていった。
今年のバレンタインデーは金曜日。
大体、バレンタインデーが休みじゃないのがいけないんだ、と思う。
日曜日とか、祝日祭日だったなら1日ずっと家で過ごせば問題ないのだ。
しかし、アメリカと違い日本のバレンタインデーはお菓子会社が仕組んだ戦略による行事であり、残念ながらそれは国民の休日にはなり得ない。
「おはよー柾。今日は寒いね~」
教室に入ると、俊樹が近付いて来た。
そして柾の前の席に着いて、にやにやと柾を見る。
「⋯⋯何だよ」
「もうすぐバレンタインデーだね~」
柾の睨みに少しも怯まず、俊樹は相変わらずにやにやして訊いた。
「⋯⋯何が言いたいんだ?」
「今年は何個貰うのかな~って思うのと、何人に喧嘩吹っかけられるかのな~って思って」
にやにやしながらそう言う俊樹は心底楽しそうだ。
「あのなあ」
柾は疲れたようにため息をつく。
大体、俊樹はいつもからかってくるのだ。
「けどさ、喧嘩で怪我でもしたらファンの子が悲しむからなるべく避けた方がいいよ」
俊樹は楽しそうにそう言って笑う。
「何だよそのファンって」
柾は眉をしかめた。
「柾ってさ、自分の顔、まともに見た事ないの?」
それを訊いた俊樹は呆れた顔で訊く。
「ないな。鏡は毎日見てるけど視力悪いからぼやけて見えるんだよな」
「マジ!?よくそれで授業受けられるね⋯⋯」
柾の返答に、俊樹は大袈裟に目を丸くした。
見かけに寄らず真面目な柾は、授業をさぼった事はない。
それでもこれだけ視力が悪ければ支障を来たす筈なのだが、そういう感じはなかった。
「ていうか俺のファンって何なんだよ?」
「だからぁ、柾って目つきは悪いけど顔は滅茶苦茶カッコイイって事、わかってないんだなーって思ってさ」
「はあっ?俺の顔って凶悪なんじゃねーのか?」
今度は柾が目を丸くする。
実際まともに自分の顔を見た事がない柾は、いつも俊樹に言われるせいもあり本当に自分の顔は凶悪だと思っている。
皓はいつも柾の事をクール系イケメンと言ってくれるが、それは恋人の欲目だろうも思っていた。
「だからあ、なまじカッコイイ顔してるから、そのすごい目つきで睨まれるとめちゃめちゃ迫力あって凶悪に見えるんだよ」
俊樹は苦笑しながら言う。
柾は複雑な顔で考え込んだ。
すごい目つきで誰かを睨んだりした記憶はない。
目つきが悪いのは視力が悪いせいだ。
つまり、喧嘩を売られる原因は、視力の悪さからくる目つきの悪さのせいだという事になる。
「だからさ、眼鏡かけた方がいいよ。嫌ならコンタクトとかさ」
「お袋にも言われてんだよな。コンタクトにしようかな⋯⋯」
「へえ、柾ついにコンタクト作るの?」
つぶやく柾の背後で声がした。
振り向かなくてもそれが誰かはすぐに判る。
幼なじみでもあり、恋人でもある皓。
「あ、皓おはよー」
俊樹がにっこり笑って挨拶をした。
「おはよう俊樹。で、柾ほんとにコンタクト作るの?」
皓はにっこりと笑みを浮かべて柾を見る。
「今日帰ったらお袋に相談する」
柾は憮然とした顔で答えた。
「あ、そう。じゃ、俺が色々とカタログ持って行ってあげるよ。柾ならグレーのカラコンとかも似合いそうだよねー」
相変わらずにこにこと愛想良く笑ってそう言うと、皓は自分の席に戻って行った。
皓もコンタクトをしているので、資料やカタログを持っているのだろう。
「はぁ⋯⋯」
皓が席に戻るのを見送って、柾は大きなため息をつく。
俊樹はその様子を、やはり楽しそうに見ていた。
そして皓がただカタログを持って来ただけで終わる筈もなく。
もれなく柾は皓に美味しく頂かれたのだった。
数日後、柾は眼科を受診しコンタクトレンズを作ってもらう事になり。
出来上がったコンタクトレンズを初めて装着して登校したのがバレンタインデー当日だった。
学校に着いてからというもの、やけに周囲の視線が気になる。
今までずっとぼやけていた視界がクリアになったせいでそう感じるだけなのだろうか。
教室に着くと、既に来ていた俊樹が柾の顔を見て口笛を吹いた。
「柾、別人だよ~」
俊樹は嬉しそうに笑みを浮かべて側に来る。
「そうか?」
「ほんと別人。だって昨日まではいっつも眉間にしわ寄せてさ、目つきもすごい悪かったもん」
「自分ではわかんないわ。そんなに目つき悪かったのか⋯⋯」
柾は俊樹の反応に驚いた。
今までそれほど意識した事はなかったのだが、俊樹の言う通り、1メートル以上先を見る時は眉間にしわを寄せて目を凝らしていた。
しかしその時の目つきが“凶悪”と言われるほど悪いとは思ってもみなかったのだ。
「もっと早くコンタクトにしてれば今日のチョコの数も相当増えたのにね~」
俊樹は残念そうに言う。
柾はそれを睨んでため息をついた。
「あのなあ、俺はチョコが嫌いなんだよ。嫌いな物を貰う俺の身にもなってみろ」
「へえ?柾チョコ嫌いだったの?」
ため息をつきながら言う柾を見て、俊樹は目を丸くした。
「甘い物は基本的に嫌いだ」
「へー。初耳」
「今日はとっとと帰ろう⋯⋯」
柾は疲れたようにうつろな眼差しでつぶやく。
下駄箱に机の中にロッカーに、いたる所に可愛らしい包装の箱が置いてあった。
それら全て柾へのチョコレートだ。
直接渡してくる女子生徒は少なかったが、チョコの数は去年よりも多かった。
チョコ以外の物をくれる生徒も少しいたが、大半はチョコだ。
柾は甘いものが嫌いなので、チョコレートも嫌いなのだ。
このチョコの処分を考えるだけでも憂鬱になってしまう。
そして、憂鬱なのはそれだけではない。
帰り道は喧嘩を吹っかけてくる奴らが待ち伏せしてるんだろうと思った。
しかし今日はコンタクトレンズのお陰で、いつもどんな奴が吹っかけてくるのか顔を見る事ができる。
柾にとってコンタクトレンズを装着する事のメリットはこの程度だった。
それ以外ではデメリットの方が多いような気がする。
そして帰り道。
俊樹、皓と3人で歩いていると。
前方から数人の高校生が歩いて来た。
柾達の行く手を塞ぐように並んで立ち止まる。
「何か用かよ?」
喧嘩だろうと思いながら、柾はいつも通り彼らに訊いた。
「二ノ宮の維摩だよな⋯⋯?」
「そうだけど、あんたら誰?」
目を丸くして確かめてくるそいつに、柾は疲れたように訊き返す。
「いつも喧嘩してる俺らを忘れんなよ」
そいつは呆れたように柾を見た。
「あ、俺の顔が気に入らないっていっつも吹っかけて来るの、あんたらなの?初めてまともに顔見たよ」
柾は少し感動したようにそいつの顔を見つめる。
今まではぼやけて見えていたので、覚えられるほど人相をはっきり見た事がなかったのだ。
「初対面じゃねーだろ」
「いや、視力悪くてさ、まともに顔見れなかったんだよな。でもコンタクト入れたおかげではっきり見えるぜ。今まで喧嘩してたお前らの顔がさ」
柾は皮肉げな笑みを浮かべて、立ち塞がっている面々を見渡した。
「は?もしかしてお前の目つき悪いのって、俺らにガン飛ばしてる訳じゃなくて、単に視力が悪かったからなのか?」
そいつは信じられないといった顔で柾を見つめる。
柾は疲れたようにため息をついた。
今まで喧嘩を吹っかけられていた理由が、自分の目つきの悪さのせいだったと証明されたからだ。
「あー、それでやたらと喧嘩売られてたんだ」
皓が納得した顔でうなずく。
「俺ら、すげー誤解してたんじゃん。いつもお前がガン飛ばしてくるのにシカトするから適当に理由つけて喧嘩売ってたんだぜ」
そいつはまだ信じられないと言った顔で仲間と顔を見合わせる。
「そんな理由で喧嘩売って来てたのかよ。でもまあ、誤解が解けて良かったな。ならもう喧嘩売ってくんなよ?」
柾は少々不機嫌な顔でそいつを見た。
「俺ら、すっげーやられ損してたんじゃん」
そいつは脱力した顔で肩を落とす。
それを見た俊樹が笑った。
いくら喧嘩を売って来ても、柾が負けた事はないのだ。
「まあ、誤解が解けて良かったんじゃない?」
「あ、そうだ。俺、落合和彦(おちあいかずひこ)ってんだ。これも何かの縁って事でよろしく」
そいつは自己紹介すると、柾に手を差し出した。
「あ、ああ」
一体どんな縁なんだよと思いながら、柾もそれに応じる。
「超かっけー⋯⋯」
つぶやく声がしてそちらを見ると、和彦の隣りに立っている仲間が、柾をぼーっとした顔で見つめていた。
学年章を見るにどうやら1年生のようだ。
皓と俊樹が苦笑する。
柾は怪訝そうな顔でそいつを見ていた。
「まあいいや、帰ろう」
しばらく首を傾げた後、柾は彼らの脇をすり抜けて歩き出した。
皓と俊樹もそれに続く。
「あ、あのっ」
柾を見つめていた和彦の仲間が柾を呼びとめた。
「まだ何か用か?」
柾は立ち止まってそいつを振り向く。
「えーっと、惚れました!俺と付き合ってくださいっ」
「はあっ!?」
いきなりの告白に、柾は目を丸くしてそいつを見つめた。
かなり真面目に言っているらしいが、和彦や他の仲間も驚いてぽかんとしている。
「あのな、俺もお前も男。アンダースタン?」
「そんなの関係ないっす!惚れちゃったもんは仕方ないですっ」
そいつはぶんぶんと首を振った。
「ていうか、俺も惚れたぞ」
我に返った和彦が言う。
柾は混乱した。
「何でいきなりこういう展開になるんだよっ!?お前ら変だぞ!?寒い冗談よせって」
「冗談じゃないって。だってお前、文句なしにカッコイイもん」
和彦は事もなげに言う。
「いや、それが寒いんだって」
柾は思いきり脱力してその場にしゃがみ込んだ。
俊樹が心底楽しそうにそれを見ている。
皓は心なしか顔が引きつっているようだ。
そして。
「悪いけど、柾は俺のモノだから諦めてね?」
皓はにっこり笑って、とんでもない事を言って和彦達を見た。
「はあっ!?皓、それも寒いって!」
思いがけない皓の言葉に、柾は顔をあげる。
すると和彦が柾の顔を見て赤くなった。
「うわ。お前って焦ってる時の顔、すげー可愛いぞ」
「ぞくっときました!押し倒したいっす!」
「あのなあ⋯⋯」
柾はがくりとうなだれた。
何がどうなってこんな事になってしまったのか。
考えるだけで目眩がしそうだった。
こんな展開になるくらいなら喧嘩を売られていた方がずっとましだったような気がする。
そもそも自分がコンタクトレンズにしたりしなければこんなとんでもない展開になる事はなかったのだ。
自分の選択の失敗を恨んでしまう。
「だから柾は俺のモノだから。でもまあ、奪うつもりなら喧嘩には応じるからね?」
皓はにっこり笑って和彦たちを見据える。
綺麗な顔も迫力があるもので、和彦たちは皓の笑顔に怯んだようだ。
「さ、柾、帰るよ」
そしてまだしゃがみ込んでいる柾を立たせると、皓はさっさと歩き始めた。
「ていうか何で俺がお前のモノなんだよ⋯⋯」
柾はぶつぶつと文句を言いながら皓を睨む。
皓は全く意に介さず、にこやかに笑みを浮かべていた。
俊樹は他人事なせいもあり、本当に楽しそうにしている。
「諦めないからなーっ」
「諦めないっすー!」
背後で叫ぶ声がしたが、柾は振り返る気力もなかった。
「あいつら寒すぎ。ていうかあいつ、名前も言わねーで⋯⋯」
「確かに名前言わなかったね。あの1年生らしい奴」
「ま、別に柾が知る必要もないけどね」
皓はくすりと笑う。
「俺、明日からコンタクトやめようかな⋯⋯」
「「ダメ」」
柾のつぶやきに、皓と俊樹が同時に言葉を発した。
「何でだよ」
柾は恨めしそうに2人を睨む。
「だって、コンタクトしてる方が楽しい展開が多そうだし~」
俊樹はしれっとした顔でそう言ってのけた。
「目つきの悪い柾よりは、カッコイイ柾を見てる方がいいからね」
皓はにっこり笑ってそう言う。
俺ってこいつらに遊ばれてるよ⋯⋯。
柾はそう思って、魂が抜けるほど大きなため息をついたのだった。
その日の夜。
「や、皓、も、イキそ⋯⋯っ」
「ん、俺もそろそろイく⋯⋯一緒にイこ」
密かに用意していたチョコを皓に渡したら、感激した皓にベッドに押し倒されていた。
皓に慣らされた体は中だけで達する事も覚えてしまい、柾はいつも皓に翻弄されて終わる。
「柾のナカ、熱くて狭くて俺の事ギュってしてる」
「恥ずかしい事言うな⋯⋯あっ、あっ」
一度達しても直ぐに硬さを取り戻した皓のものが、柾の中でまた大きくなる。
それを感じて、思わず締め付けてしまうと皓に軽く睨まれた。
直ぐにお返しとばかりに激しく奥を突かれ、今度は白濁を吐き出してしまう。
「あっ、あっ、も、イった、からぁっ」
「俺がイくまで頑張って」
柾が悶えても皓はお構い無しに腰を打ち付けてくる。
再び柾が中だけで達した頃、皓もようやく熱を吐き出した。
バレンタインデーの夜は、皓に抱き潰されて終わった。
それから数週間後。
喧嘩は売られなくなったものの、やたらと男にモテるようになってしまった柾の姿があった。
正華女子高校では柾のファンクラブはもちろん作られていたが、和彦の通う高校では男子の間でも何故か柾のファンクラブが作られている事を、柾はまだ知らない。
この事を柾が知ったら凍死するかもね、と皓や俊樹は思ったのだった。
終。
*******
自サイト(現在閉鎖)に掲載していた頃にリクエスト頂いたバレンタインデー編です。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる