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ぎょろり
しおりを挟む男は川で水浴びをしていた。冷たい水に身も心も洗われる。ああ、水神様ありがとう。すっとした。すっと。
水にぬれた顔の水滴をとって、目を開けた。澄んだ水面が水草の揺れるのを見せている。ほぅと心まで澄んだように気分良くなってくる。まじまじと見続けていたら、突然、水の中に大きな目玉がぎょろりと剥いた。
「うおっ」
あまりにも大きすぎる目は、自分のでかい顔ほどはあるだろう。きょろりきょろりと水の中を見ている。何かを探している、というほど切羽詰まった風でもなく、獲物を狙っている、という鋭いものでもなく、何だろうか、これは。
少ない白目は人の物ではない。水の中に体と呼べるものはなく、目だけがそこにぽっかりある。今ここで、無理にでもこれが体だと示さねばならぬなら、男は川全体が体だと言うだろう。川全体……まさか、これは水神様の目か。
ドクドクと騒ぎたてる心臓を抑えて、目玉をようく眺めてみる。
真っ黒の瞳をよくよく見て見れば、青い宝石をちりばめたようにきらきらと光っている。うるんだ瞳は吸い込まれそうに澄んでいて美しい。こんなにも綺麗な目をした女がいたら、一目で惚れる男が続出するだろう。残念なことに女の体を持っていない謎の目玉は、川の中できょろりきょろりと動いては、特に何の反応もしない。
「おっ」
目玉はスィとこちらを見る。まるでついでに見てみたとでも言うように、驚くでもなく瞼を閉じた。氷が水に溶けたよう、涼やかで自然で、去り際の姿もまた美しい。
男は、はっはっはっと笑い声をあげた。
「ありゃあ、水神様だ、ちげぇねぇ。きっと別嬪の神様だ」
この上ない眼福を胸に抱き、帰路へ付いた。女房に話してやろうかどうしようか。思いつつ、はっはっはっと笑う彼は、色んな人に話しかけられた。家に着いた時、女房は話を全部知っていた。
「あんたに見られるなんて、水神様も災難だったね。今ごろ尾ひれがついた噂に迷惑してるだろうよ」
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