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突如湧いた歓声に、それが成功したことを知る。遠く離れた薬草園までその声が聞こえたのは、きっとそういうことなのだろう。
勇者召喚。
長い年月、この国を苦しめ続ける魔王という脅威に対抗すべく国が選んだ手段は、こことは別の世界から魔王に抗える人材を召喚するという、禁忌の魔法だった。
専門外なので詳しくは知らないが、別の世界で命を落とす瞬間の人をこちらの世界に引き込むのだという。
元の世界にいれば失う命を、こちらの世界で長らえさせる代わりに、魔王と戦って来て欲しい、という、いいのか悪いのかよくわからない理屈で。
呼ばれた人が喜ぶか嘆くかは、まあ、その人次第だろうな、と思う。
何を持って魔王に対抗できるのかというと、その人のいる世界には魔法がないのだという。魔法、魔力という概念がない。なので、魔法が効かない。魔法そのものを無効化できるらしい。
つまり、召喚した人を勇者という名の盾にして、魔王城に攻め込む作戦だ。
私がその人なら、嫌だ。
無効化できるとはいえ、矢面に立たされるのだ。それに、魔法以外の物理的攻撃なんかは普通にダメージあるし。まあ、その辺りは、騎士たちの人海戦術で、何としても勇者を守るのだろうけど。
勇者の人には気の毒だけど、じゃあ止めといたら、と言ってあげる訳にもいかない。何せ、時間がない。この国の姫様が魔物に攫われ、魔王城に囚われているからだ。
姫様を助け出して欲しい。
それはこの国の皆の願いで、私の願いでもある。
そして、禁忌の魔法は実行され、召喚は成功した。
それなら、次は私にできることをやらなければ。
私が召喚された勇者様とお会いできたのは、召喚された日から2日後だった。
私の所属する王宮の中にある薬局へ連れて来られたのは、ひとりの男性。勇者という呼び名から想像していた筋骨隆々とした騎士のような方ではなく、どちらかというとひょろっと背の高い若い男性だった。
余り顔色が良くないのは、この世界に体が馴染んでいないからなのか、元々なのか。
そういったことも含めて、ここに来てもらったのだけど。
「こんにちは。城の薬術師をしております、レイと申します」
ぺこりと挨拶をすると、ちょっと驚いたような顔をしてから、「こんにちは」と返事を返してくれた。向かいの椅子を勧め、座ったのを見計らって問いかける。
「お名前をお伺いしてもよいですか?」
ペンを持って話しかけると、まだちょっと戸惑っているようだったので、目的を告げる。
「これから貴方の記録を取ります。貴方に合う薬を処方するためですので、ご協力お願いします」
「あ、そう、なんですね。わかりました」
そう言うと、彼は「空井 琉人です」と名乗った。家名が「ソライ」で、彼自身の名が「リュウト」だそうだ。
「では、リュウト様。お年はいくつですか?」
「28です。あ、あの、様はいらないです」
「?」
「その、お……私は、別に偉い訳ではないので、様とかつけて呼ばれるのは、ちょっと慣れなくて」
とても謙虚な方のようだ。
「リュウト様は偉いですよ。だって、何の縁もない私たちのために、勇者を引き受けてくださったじゃないですか」
勇者様は、はっと息を呑んだ。
「……だって、命を助けてくれたのだし」
「こちらの勝手な都合です。勝手に助けて恩返しを強要するなんて、本来は褒められたものじゃないです」
彼は黙り込む。
「でも、申し訳ありませんが、お断りにならないでください。姫様をお助けしたいのです」
私がそう言うと、彼は初めて笑みを見せた。
「貴女はとても正直ですね」
笑う場面ではないと思うのだけど、柔らかい表情は彼本来のもののようで、彼が緊張していたことを知る。
それはそうだ。知らない世界に召喚されて、勇者だと祀り上げられ、魔王の城まで行って盾となり、人質を奪還して来い、と言われているのだ。
自分が逆の立場だったら。そう考えた者は、彼が会った中に何人いただろう。
「何だか自分の感覚がおかしいんじゃないかって思い始めてたところなんで、ホッとします」
きっと一人もいなかったんだろうな。
なら、少なくとも私は彼の側に立ってサポートしよう。改めて気合を入れる。
「魔法のない世界から来られたリュウト様が、この世界で困らないよう、体質を調べて、貴方に合う薬を処方させていただきますね!」
この世界の人たちは皆、生まれながらに大なり小なり魔力を持っている。それに干渉するかたちで魔法は効果を発揮する。つまり、この世界の人であれば、怪我や病気は大抵魔法で治療できるのだ。(もちろん、治せない大怪我や特殊な病気もあるにはある。)
治療の魔法を使える治療師の数は限られているので、私のように薬を調合して治療する薬術師の需要もあるのだけれど。
勇者様には、治療の魔法が効かない。魔法を無効化してしまうから。だから、薬が必要になる。薬であっても、異世界から来た勇者様にどのような作用が起こるのか、前もって確認して、処方する必要がある。
彼には、より万全の態勢で魔王城に旅立っていただくために、体調を整える薬を処方するだけでなく、もし旅の途中で怪我や体調不良になった時のための薬も前もって処方しておかないといけない。
もちろん、怪我などないように、屈強な騎士団や魔法使いたちが同行することになってはいるのだけれど、万全を期して。
数日、採血や検査やなんだかんだと一緒に過ごした私と勇者様は、とても仲良くなれた。人付き合いが苦手で、心優しい姫様くらいしか、話せる人がいなかった私にとって、それは珍しいことだった。年齢が近いことや勇者様の穏やかで優しい人柄のおかげなのだと思う。
魔王城へ旅立つ日が迫る頃には、見送るのが辛く思えるくらいになっていた。
魔王城への遠征前日、城では壮行のための宴が開かれている。
魔法を無効化できる勇者様がいるとはいえ、物理攻撃は致命傷となる。守る騎士たちは命懸けだ。それでも、攫われた姫様を助けに行かないという選択肢はない。皆が自らを鼓舞するためにも宴は盛大に盛り上がっている。
私はというと、そういった賑やかな場は苦手で、今日も変わらず薬草園で自ら育てた薬草に囲まれて、遠くから勇者様の幸運と姫様のご無事を祈る。
本当は、勇者様に直接「お気をつけて」とお伝えしたかった。それがどんな効能もないことだとしても。
「見つけた!」
背後からかけられた声に肩をびくりと震わせて振り返る。
「リュウト様」
宴の主賓が何故こんなところに。
「レイさんに送り出してもらいたくて」
少し息を切らして駆け寄ってきた勇者様は、拗ねたように言う。
「それと」
「君の前で願をかけたかった」
手を取られた。
「必ず帰って来ると」
手が小刻みに震えていた。当たり前だ。生きて帰って来られる保証なんてない。
手を握り返した。私も願をかけるように。
「ご武運を」
いや、違う。
「絶対、無事に帰って来てください」
次の日の朝、勇者様とその一行は城を旅立った。
魔王城までの道のりは、普通の旅であれば、一月ほど。でも道中、必ず妨害はあるから、もっとかかるだろう。
私の処方した薬は足りるだろうか。いや、使わなくて済めば一番良いのだけれど。
私は彼らが旅立った魔王城の方角へ向けて、毎日祈りを捧げるのだった。
勇者召喚。
長い年月、この国を苦しめ続ける魔王という脅威に対抗すべく国が選んだ手段は、こことは別の世界から魔王に抗える人材を召喚するという、禁忌の魔法だった。
専門外なので詳しくは知らないが、別の世界で命を落とす瞬間の人をこちらの世界に引き込むのだという。
元の世界にいれば失う命を、こちらの世界で長らえさせる代わりに、魔王と戦って来て欲しい、という、いいのか悪いのかよくわからない理屈で。
呼ばれた人が喜ぶか嘆くかは、まあ、その人次第だろうな、と思う。
何を持って魔王に対抗できるのかというと、その人のいる世界には魔法がないのだという。魔法、魔力という概念がない。なので、魔法が効かない。魔法そのものを無効化できるらしい。
つまり、召喚した人を勇者という名の盾にして、魔王城に攻め込む作戦だ。
私がその人なら、嫌だ。
無効化できるとはいえ、矢面に立たされるのだ。それに、魔法以外の物理的攻撃なんかは普通にダメージあるし。まあ、その辺りは、騎士たちの人海戦術で、何としても勇者を守るのだろうけど。
勇者の人には気の毒だけど、じゃあ止めといたら、と言ってあげる訳にもいかない。何せ、時間がない。この国の姫様が魔物に攫われ、魔王城に囚われているからだ。
姫様を助け出して欲しい。
それはこの国の皆の願いで、私の願いでもある。
そして、禁忌の魔法は実行され、召喚は成功した。
それなら、次は私にできることをやらなければ。
私が召喚された勇者様とお会いできたのは、召喚された日から2日後だった。
私の所属する王宮の中にある薬局へ連れて来られたのは、ひとりの男性。勇者という呼び名から想像していた筋骨隆々とした騎士のような方ではなく、どちらかというとひょろっと背の高い若い男性だった。
余り顔色が良くないのは、この世界に体が馴染んでいないからなのか、元々なのか。
そういったことも含めて、ここに来てもらったのだけど。
「こんにちは。城の薬術師をしております、レイと申します」
ぺこりと挨拶をすると、ちょっと驚いたような顔をしてから、「こんにちは」と返事を返してくれた。向かいの椅子を勧め、座ったのを見計らって問いかける。
「お名前をお伺いしてもよいですか?」
ペンを持って話しかけると、まだちょっと戸惑っているようだったので、目的を告げる。
「これから貴方の記録を取ります。貴方に合う薬を処方するためですので、ご協力お願いします」
「あ、そう、なんですね。わかりました」
そう言うと、彼は「空井 琉人です」と名乗った。家名が「ソライ」で、彼自身の名が「リュウト」だそうだ。
「では、リュウト様。お年はいくつですか?」
「28です。あ、あの、様はいらないです」
「?」
「その、お……私は、別に偉い訳ではないので、様とかつけて呼ばれるのは、ちょっと慣れなくて」
とても謙虚な方のようだ。
「リュウト様は偉いですよ。だって、何の縁もない私たちのために、勇者を引き受けてくださったじゃないですか」
勇者様は、はっと息を呑んだ。
「……だって、命を助けてくれたのだし」
「こちらの勝手な都合です。勝手に助けて恩返しを強要するなんて、本来は褒められたものじゃないです」
彼は黙り込む。
「でも、申し訳ありませんが、お断りにならないでください。姫様をお助けしたいのです」
私がそう言うと、彼は初めて笑みを見せた。
「貴女はとても正直ですね」
笑う場面ではないと思うのだけど、柔らかい表情は彼本来のもののようで、彼が緊張していたことを知る。
それはそうだ。知らない世界に召喚されて、勇者だと祀り上げられ、魔王の城まで行って盾となり、人質を奪還して来い、と言われているのだ。
自分が逆の立場だったら。そう考えた者は、彼が会った中に何人いただろう。
「何だか自分の感覚がおかしいんじゃないかって思い始めてたところなんで、ホッとします」
きっと一人もいなかったんだろうな。
なら、少なくとも私は彼の側に立ってサポートしよう。改めて気合を入れる。
「魔法のない世界から来られたリュウト様が、この世界で困らないよう、体質を調べて、貴方に合う薬を処方させていただきますね!」
この世界の人たちは皆、生まれながらに大なり小なり魔力を持っている。それに干渉するかたちで魔法は効果を発揮する。つまり、この世界の人であれば、怪我や病気は大抵魔法で治療できるのだ。(もちろん、治せない大怪我や特殊な病気もあるにはある。)
治療の魔法を使える治療師の数は限られているので、私のように薬を調合して治療する薬術師の需要もあるのだけれど。
勇者様には、治療の魔法が効かない。魔法を無効化してしまうから。だから、薬が必要になる。薬であっても、異世界から来た勇者様にどのような作用が起こるのか、前もって確認して、処方する必要がある。
彼には、より万全の態勢で魔王城に旅立っていただくために、体調を整える薬を処方するだけでなく、もし旅の途中で怪我や体調不良になった時のための薬も前もって処方しておかないといけない。
もちろん、怪我などないように、屈強な騎士団や魔法使いたちが同行することになってはいるのだけれど、万全を期して。
数日、採血や検査やなんだかんだと一緒に過ごした私と勇者様は、とても仲良くなれた。人付き合いが苦手で、心優しい姫様くらいしか、話せる人がいなかった私にとって、それは珍しいことだった。年齢が近いことや勇者様の穏やかで優しい人柄のおかげなのだと思う。
魔王城へ旅立つ日が迫る頃には、見送るのが辛く思えるくらいになっていた。
魔王城への遠征前日、城では壮行のための宴が開かれている。
魔法を無効化できる勇者様がいるとはいえ、物理攻撃は致命傷となる。守る騎士たちは命懸けだ。それでも、攫われた姫様を助けに行かないという選択肢はない。皆が自らを鼓舞するためにも宴は盛大に盛り上がっている。
私はというと、そういった賑やかな場は苦手で、今日も変わらず薬草園で自ら育てた薬草に囲まれて、遠くから勇者様の幸運と姫様のご無事を祈る。
本当は、勇者様に直接「お気をつけて」とお伝えしたかった。それがどんな効能もないことだとしても。
「見つけた!」
背後からかけられた声に肩をびくりと震わせて振り返る。
「リュウト様」
宴の主賓が何故こんなところに。
「レイさんに送り出してもらいたくて」
少し息を切らして駆け寄ってきた勇者様は、拗ねたように言う。
「それと」
「君の前で願をかけたかった」
手を取られた。
「必ず帰って来ると」
手が小刻みに震えていた。当たり前だ。生きて帰って来られる保証なんてない。
手を握り返した。私も願をかけるように。
「ご武運を」
いや、違う。
「絶対、無事に帰って来てください」
次の日の朝、勇者様とその一行は城を旅立った。
魔王城までの道のりは、普通の旅であれば、一月ほど。でも道中、必ず妨害はあるから、もっとかかるだろう。
私の処方した薬は足りるだろうか。いや、使わなくて済めば一番良いのだけれど。
私は彼らが旅立った魔王城の方角へ向けて、毎日祈りを捧げるのだった。
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