異世界から来た勇者様の願い事

鳴哉

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 その生活が三月を超える頃、城へ早馬が到着する。騎士団の紋章を掲げたそれに、城が一斉に沸く。
 期待を胸に抱きながら、大広間に向かうと、ちょうど王様への報告がなされるところだった。


 魔王討伐。


 その報告に、城中、いや国中が歓声を上げた。悲願が達成されたのだ。

 攫われた姫様もご無事だという。王様も王妃様も人目を憚らず涙している。私の目からも涙が溢れるけれど、報告の続きが気になって落ち着かない。


「誰一人欠けることなく、勇者様、姫様と共に凱旋なされるとのこと!」


 ご無事だった。
 私は力が抜けて、その場にへたり込んだ。
 そして誰にともなくお礼を言った。いや、勇者様に。
 姫様を救ってくれたことを。
 そして無事でいてくれたことを。



 その日から一月かけて勇者一行はこの城へ帰ってくる。
 出迎えのため、そして凱旋の宴のため、城だけでなく、国中が浮き足だっている。私にも普段は回ってこない、担当外の仕事が回ってきたりして、何だか落ち着かない。
 いや、普段やらないことをやっているから落ち着かない訳ではないことを、なんとなく自覚はしている。


 今日は、宴のための城の掃除に駆り出されて、顔見知り程度のメイドさん達に紛れて、モップかけなどしている。薬を作ること以外はめっきり不器用な私にこんなことを頼むなんて、本当に人手が足りないんだな、と思う。まあ、他にすることもないのだけど。

 勇者様は無事だとは聞いているけれど、帰ってきた時に必要になるかも、と思って、専用の薬などはたくさん作っておいた。怪我に効くものや体力を回復するもの、もしかしたら緊張の糸が切れて風邪などひいているかも、と風邪薬や虫下しなんかも。

 どんなにたくさん作ってもキリがなくて、することがなくなって、今に至る。
 もちろん、騎士団の方々が使う分も作った。城には国中から魔法を使う治療師が集まってきているので、出番はあまりないだろうけど。


「勇者様には、何でも望むものを褒美に与えるとおっしゃっているらしいわ」

「そりゃあ、大事な姫様を助けていただいたのですもの」

 かしましいメイドさん達の話が耳に入ってくる。
 そりゃあ、そうでしょう。勇者様は、私たちのために命をかけてくださったのだ。褒美は糸目をつけず与えられて然るべき。

「じゃあ、例えば、姫様を娶りたい、って言っても王様は叶えるつもりかしら」

 姫様を、娶る……?

「ええっ?! それはどうなのかな」

「何でも、って言ったら、叶えるしかないんじゃない?」

「勇者様なら、姫様が嫁がれるに相応しい爵位も一緒に与えられるとか?」

「でも、それは姫様次第かも。もしかして、すでに恋仲になってるかも知れないし!」

「本当よね! 魔王から救い出してくれた勇者様に姫様が惹かれても不思議じゃないよね」

 確かに。
 勇者様が、あの美しく気高い姫様に会えば、惹かれることは想像に難くない。
 姫様だって、あの優しい勇者様に窮地を救い出されて、恋に落ちることはあり得る。

 例え、勇者様が王様に褒美として姫様を望まなくても、姫様が望めば、娘に弱い王様は、二人の結婚の手筈など簡単に整えてしまうに違いない。

 勇者様がこの城に帰ってきたら、私は前のように気安く話ができるように思っていた。
 だけど、違う。
 彼は偉業を成し遂げ、帰ってくる。一介の薬術師とは一線を画す、手の届かない存在となって。



 勇者様と姫様、そして騎士団の一行が凱旋した。
 王城だけでなく王都もお祭り騒ぎ。姿は見えない一行の進みを、人垣の後ろから歓声で認識する。

 帰ってきた。
 皆が無事に帰ってきたことが嬉しい。地味で目立たない一薬術師の私にも分け隔てなく気軽に声をかけてくださる姫様が、無事であったことがとても嬉しい。
 なのに、何故か少し緊張している私がいる。

 城の広間での王様、王妃様と姫様の再会。誰もが涙するその瞬間に居合わせられたことは、私の人生の中で突出する栄光だろう。少しでも自分がお役に立てたことは、末代まで語れる。まあ、本当に少しだけなのだけど。

 そして、王様の厳かな呼びかけに、勇者様が前に進み出る。遠目に見える彼は、大怪我を負っているようでなく、ホッとする。帰ってくるまでに作り置いた薬は、不要になるかも知れない。

「勇者よ、此度の魔王討伐、誠に大義であった」

 偉そうな王様の言葉に、勇者様が頭をぺこりと下げる。正式な礼ではなかったけれど、この国の礼儀作法なんて知らないだろうから仕方ない。でも、彼の人柄を表す微笑ましいお辞儀だった。本当に頭を下げなければならないのは、王様や私たちの方だけどね。

 長々と格式ばった話の後、ようやく王様は言った。

「勇者よ、其方に褒美を与えよう。何なりと望むがよい」

 思わず息を呑んだ。私だけでなく、その場にいる周りの人全てが。勇者様は何を望むのか。

 聞かれることを前もって誰かに告げられていたのだろう。勇者様は、それほど悩むことなく、声を上げた。

「では、私にこの国で暮らす権利と、できればお城の近くに、住む家をいただけないでしょうか」

 王様は破顔した。

「我が国民となっていただけるのか! 有難い。もちろん、家も望むものを与えよう」

 謙虚な勇者様に王様は先を促した。

「それだけでよいのか? 此度の戦果にはそれだけでは見合わないだろう」

「では、その、職を紹介していただきたいと思います。魔力のない私でもできる仕事を」

「働くおつもりか? 一生働かなくてもよいくらいの金銭は与えるつもりであったのだが」

「いえ、それは有難いですが、辞退いたします。これからこの世界で、自分の力で生きてみたいので。でないと、その……」

 勇者様はその先を濁しながら、周りを見渡した。何かを探すように。

「あい、分かった。其方にできる仕事を斡旋しよう。他には何かないか?」

 思った以上に謙虚な勇者様に、王様も大盤振る舞いだ。

「では、その……、確認したいことがあります」

 勇者様の顔に緊張が走った。

「この国の方に、求婚しても、よいですか?」

 王様の顔にも緊張が走った。

「……良かろう。して、その者とは?」



 私は走り出していた。いや、逃げ出した。
 勇者様が姫様の名を口にするのを聞いていられそうになかった。

 どうして?
 自分自身に問う。勇者様と姫様の婚姻なんて、めでたいことこの上ないのに。

 私は勘違いしていたことに気付いたからだ。
 何の根拠もなく、勇者様が無事に帰ってきたら、自分の元に「ただいま」って戻ってくるような気がしていたから。

 どうしてそう思っていた?

 そうなればいいと思っていたから。

 私は、今更気付いた感情に、すぐ蓋をすることは出来そうになかった。




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