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「見つけた!」
背後からかけられた声に肩をびくりと震わせて振り返る。
「リュウト様」
何故こんなところに。
少し息を切らして駆け寄ってきた勇者様は、怒ったように言う。既視感。
「君に無事帰ったことを伝えたくて」
「……おかえりなさい」
「ただいま」
そう言った勇者様は、心底ホッとした顔をした。
そうだ。私たちのために命を張って魔王討伐を成し遂げて帰ってきた彼を、私の勝手な感情に付き合わせてはいけない。
私は勇者様と正面から向き合った。
「魔王を討伐してくださり、姫様を救っていただき、ありがとうございました」
そして。
「無事に帰ってきてくださり、ありがとうございました」
頭を下げると、ふふっと勇者様の笑みが降ってきた。
「無事に帰ってきたことにお礼を言ってくれたのは、君だけだよ」
その声が涙混じりで、胸がぎゅうっと締め付けられた。
「もっと怒ってもいいのに」
そう言った私の両の手を、勇者様は握った。
「君の前で願をかけた。『必ず帰ってくる』と。そして帰ってきた」
手が小刻みに震えていた。当たり前だ。生きて帰って来られる保証なんてなかった。
「魔王城までの道のり、戦えない俺はただ騎士たちの前に立ち、魔法を打ち消す壁に徹した。打ち消せると分かっていても怖かった。魔法が効かないとバレて物理的な攻撃を仕掛けられるようになってからは、ただの足手まといでしかなかった。怖かった。毎日死ぬかも知れないと思ってた。魔王城に着いてからは、一時も気を抜けなかった。魔王に相対した時は、本当にこんな恐ろしい魔法を打ち消せるのか、と気が遠くなりそうだった」
長く続いた恐ろしい記憶を振り返り震えていた手が、私の手を強く握り震えを止める。
「怖くて仕方なくなった時、俺はいつも君のこと……レイさんのことを思い出した。そして、絶対、君のところへ帰る、そう強く願った」
え?
久しぶりに名前を呼ばれた動揺を抑えられない間に、彼が私の目を覗き込んだ。まるで、私を捕えるかのように。
「絶対、君のところへ生きて帰る。帰ったら、言いたいこと、伝えたいこと、したいこと、いっぱい想像して、狂ってしまいそうな自分を何とか保てたんだ。君のおかげで、俺は、今、正気で、生きて、ここへ帰ってこれたんだよ」
私のところへ帰る。
帰るところが私の元だと思って、願って、それを心の支えにして帰ってきてくれた。
そのことが嬉しくて、恥ずかしくて、顔が熱を持つ。
「……そんな可愛い顔しないで。俺、順番を間違えてしまいそうになるよ」
私の熱が感染ったかのように顔を赤らめる勇者様は、私の思考力をあっさりと奪うくらい格好良くて可愛らしくてその上妖艶な雰囲気まで醸していて、続く言葉の意味をすぐには理解できなかった。
「レイさん、俺と結婚を前提にお付き合いしてくれませんか?」
「……え!? どうして、わ、私と?」
「この世界で、唯一、レイさんだけが俺を一人の人として見てくれた。こんなに優しくされて、惚れずにはいられないじゃないですか」
慌てる私に当然のことのように言う勇者様。
「……えっと、リュウト様、正気ではありませんね?」
そうとしか思えなかった。
「どうしてそんなこと言うの?」
「よく見てください! こんなちんちくりんの陰気なポンコツ相手に、惚れるなんて! ある訳ないじゃないですか!!」
自分で言うのも悲しい事実。
「めっっちゃ可愛いですけど」
「視力やられちゃってますよ!」
「それじゃ、薬で治して。それでも可愛いって言ったら信じてくれる?」
間髪入れずに返される言葉は、私の知る勇者様とは思えないほど甘い。
「……リュウト様、そんなことさらっと言う感じの人でした?」
「魔王討伐に行く前までは、そんな感じじゃなかったかも? でもいろいろあり過ぎて、振り切っちゃった感じかなあ」
彼の指が私の髪に触れる。
「欲しいものは欲しい、と言える時に言わないと後悔しかない、って思えたんだよね」
欲しいもの。
それが自分を指す言葉だと分かって、さらに熱が上がる。
恥ずかしさが許容量を超えて、素直な言葉が出てこない。
「わ、私じゃなくても、きっともっと勇者様に相応しい相手がいます。た、例えば、ひ、姫様とか……」
姫様と勇者様が並ぶ姿を想像しただけで胸が締め付けられるくせに、そんなことを言ってしまう私に、勇者様は首を振る。
「お姫様にはお姫様自身が相応しいと思っている人がいるよ。多分、騎士団の人」
「え! そうなの?」
知らなかった。
「それに、俺はレイさんじゃなきゃもうダメだし」
何がどうしてダメだというのか。分からない。私がいくら不思議そうにしても、勇者様は軽い感じで言い募る。
「レイさんに今日断られても、明日もまた来て口説く。毎日通うよ。城近くに家をもらえることになったから」
爽やかにストーカー発言をする勇者様。そのために城近くに家をもらったのかと思うと、ちょっとそれはどうだろう。
「いや、レイさんが城の薬草園に通うには、新居は城の近くがいいかなと思って」
私と結婚する前提だった。もっとどうかと思う。
「ふ、何それ。もう私、結婚するしかないじゃないですか」
思わず吹き出すと、笑いが込み上げてきて、止まらなくなった。
ひとしきり笑った後、涙を拭きながら私は勇者様を見た。
恋焦がれるような視線にはまだ慣れないけれど。
だけど、きっと私も同じような目をしていると思う。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
そう答えたら、一瞬の瞬きの後に抱き締められた。
「帰ったら、したいと思ってたこと、ひとつ叶ったよ。ずっと、こうやって抱き締めたかった」
勇者様の肩は震えていた。本当に、無事に帰ってきてくれて、良かった。
私は抱き締め返しながら、そっと囁く。
「私に言いたいと思っていたこと、これからひとつずつ聞かせてくださいね」
「うん。言いたいことも、したいこともいっぱいあるから、覚悟しておいて」
何だか不穏なことを言う勇者様ではあるけれど、正直なところ、私は嬉しくて仕方なくて、想像していなかった結婚前提の交際の申込みを受けることにしたのだった。
勇者様は、今、料理屋を営んでいる。元いた世界では料理人だったそうで、異世界の料理をこちらの世界の食材で再現したメニューは好評だ。
だけど、それよりも評判になっているのは、魔物を食材に使った料理。
魔王城への遠征時、魔物との戦いでは役に立たないことを気に病んでいた勇者様は、進んで料理番をつとめていたらしい。
魔物との戦いが激しくなる道中、現地調達予定の食材がなかなか手に入らなくなってきた際、試しに倒した魔物を料理したのがきっかけだそうだ。最初は魔物を調理した勇者様に対し「魔物を食べようとするなんて、どれだけ挑戦者なんだよ、怖っ」とか言っていた騎士たちも、余りの空腹と良い匂いのする料理に耐えきれず口にしたら、皆絶賛。余りの美味しさに、それ以降は魔物料理がメインになったという。
凱旋後も、騎士団の皆さんは時折倒した魔物を勇者様の元に持ち寄って、料理を強請る。その時だけ供される魔物料理に出会いたい人たちが、連日料理屋に集うので、お店は大繁盛だ。
元勇者の店、などという、ひねりも何もない名前の料理屋は、
「俺はこの世界に召喚されて、本当に良かったと思っているよ」
そう言いながら、最愛の妻である城の薬術師に口づける店主のデレっぷりと共に、王都の一大名物となったのだった。
背後からかけられた声に肩をびくりと震わせて振り返る。
「リュウト様」
何故こんなところに。
少し息を切らして駆け寄ってきた勇者様は、怒ったように言う。既視感。
「君に無事帰ったことを伝えたくて」
「……おかえりなさい」
「ただいま」
そう言った勇者様は、心底ホッとした顔をした。
そうだ。私たちのために命を張って魔王討伐を成し遂げて帰ってきた彼を、私の勝手な感情に付き合わせてはいけない。
私は勇者様と正面から向き合った。
「魔王を討伐してくださり、姫様を救っていただき、ありがとうございました」
そして。
「無事に帰ってきてくださり、ありがとうございました」
頭を下げると、ふふっと勇者様の笑みが降ってきた。
「無事に帰ってきたことにお礼を言ってくれたのは、君だけだよ」
その声が涙混じりで、胸がぎゅうっと締め付けられた。
「もっと怒ってもいいのに」
そう言った私の両の手を、勇者様は握った。
「君の前で願をかけた。『必ず帰ってくる』と。そして帰ってきた」
手が小刻みに震えていた。当たり前だ。生きて帰って来られる保証なんてなかった。
「魔王城までの道のり、戦えない俺はただ騎士たちの前に立ち、魔法を打ち消す壁に徹した。打ち消せると分かっていても怖かった。魔法が効かないとバレて物理的な攻撃を仕掛けられるようになってからは、ただの足手まといでしかなかった。怖かった。毎日死ぬかも知れないと思ってた。魔王城に着いてからは、一時も気を抜けなかった。魔王に相対した時は、本当にこんな恐ろしい魔法を打ち消せるのか、と気が遠くなりそうだった」
長く続いた恐ろしい記憶を振り返り震えていた手が、私の手を強く握り震えを止める。
「怖くて仕方なくなった時、俺はいつも君のこと……レイさんのことを思い出した。そして、絶対、君のところへ帰る、そう強く願った」
え?
久しぶりに名前を呼ばれた動揺を抑えられない間に、彼が私の目を覗き込んだ。まるで、私を捕えるかのように。
「絶対、君のところへ生きて帰る。帰ったら、言いたいこと、伝えたいこと、したいこと、いっぱい想像して、狂ってしまいそうな自分を何とか保てたんだ。君のおかげで、俺は、今、正気で、生きて、ここへ帰ってこれたんだよ」
私のところへ帰る。
帰るところが私の元だと思って、願って、それを心の支えにして帰ってきてくれた。
そのことが嬉しくて、恥ずかしくて、顔が熱を持つ。
「……そんな可愛い顔しないで。俺、順番を間違えてしまいそうになるよ」
私の熱が感染ったかのように顔を赤らめる勇者様は、私の思考力をあっさりと奪うくらい格好良くて可愛らしくてその上妖艶な雰囲気まで醸していて、続く言葉の意味をすぐには理解できなかった。
「レイさん、俺と結婚を前提にお付き合いしてくれませんか?」
「……え!? どうして、わ、私と?」
「この世界で、唯一、レイさんだけが俺を一人の人として見てくれた。こんなに優しくされて、惚れずにはいられないじゃないですか」
慌てる私に当然のことのように言う勇者様。
「……えっと、リュウト様、正気ではありませんね?」
そうとしか思えなかった。
「どうしてそんなこと言うの?」
「よく見てください! こんなちんちくりんの陰気なポンコツ相手に、惚れるなんて! ある訳ないじゃないですか!!」
自分で言うのも悲しい事実。
「めっっちゃ可愛いですけど」
「視力やられちゃってますよ!」
「それじゃ、薬で治して。それでも可愛いって言ったら信じてくれる?」
間髪入れずに返される言葉は、私の知る勇者様とは思えないほど甘い。
「……リュウト様、そんなことさらっと言う感じの人でした?」
「魔王討伐に行く前までは、そんな感じじゃなかったかも? でもいろいろあり過ぎて、振り切っちゃった感じかなあ」
彼の指が私の髪に触れる。
「欲しいものは欲しい、と言える時に言わないと後悔しかない、って思えたんだよね」
欲しいもの。
それが自分を指す言葉だと分かって、さらに熱が上がる。
恥ずかしさが許容量を超えて、素直な言葉が出てこない。
「わ、私じゃなくても、きっともっと勇者様に相応しい相手がいます。た、例えば、ひ、姫様とか……」
姫様と勇者様が並ぶ姿を想像しただけで胸が締め付けられるくせに、そんなことを言ってしまう私に、勇者様は首を振る。
「お姫様にはお姫様自身が相応しいと思っている人がいるよ。多分、騎士団の人」
「え! そうなの?」
知らなかった。
「それに、俺はレイさんじゃなきゃもうダメだし」
何がどうしてダメだというのか。分からない。私がいくら不思議そうにしても、勇者様は軽い感じで言い募る。
「レイさんに今日断られても、明日もまた来て口説く。毎日通うよ。城近くに家をもらえることになったから」
爽やかにストーカー発言をする勇者様。そのために城近くに家をもらったのかと思うと、ちょっとそれはどうだろう。
「いや、レイさんが城の薬草園に通うには、新居は城の近くがいいかなと思って」
私と結婚する前提だった。もっとどうかと思う。
「ふ、何それ。もう私、結婚するしかないじゃないですか」
思わず吹き出すと、笑いが込み上げてきて、止まらなくなった。
ひとしきり笑った後、涙を拭きながら私は勇者様を見た。
恋焦がれるような視線にはまだ慣れないけれど。
だけど、きっと私も同じような目をしていると思う。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
そう答えたら、一瞬の瞬きの後に抱き締められた。
「帰ったら、したいと思ってたこと、ひとつ叶ったよ。ずっと、こうやって抱き締めたかった」
勇者様の肩は震えていた。本当に、無事に帰ってきてくれて、良かった。
私は抱き締め返しながら、そっと囁く。
「私に言いたいと思っていたこと、これからひとつずつ聞かせてくださいね」
「うん。言いたいことも、したいこともいっぱいあるから、覚悟しておいて」
何だか不穏なことを言う勇者様ではあるけれど、正直なところ、私は嬉しくて仕方なくて、想像していなかった結婚前提の交際の申込みを受けることにしたのだった。
勇者様は、今、料理屋を営んでいる。元いた世界では料理人だったそうで、異世界の料理をこちらの世界の食材で再現したメニューは好評だ。
だけど、それよりも評判になっているのは、魔物を食材に使った料理。
魔王城への遠征時、魔物との戦いでは役に立たないことを気に病んでいた勇者様は、進んで料理番をつとめていたらしい。
魔物との戦いが激しくなる道中、現地調達予定の食材がなかなか手に入らなくなってきた際、試しに倒した魔物を料理したのがきっかけだそうだ。最初は魔物を調理した勇者様に対し「魔物を食べようとするなんて、どれだけ挑戦者なんだよ、怖っ」とか言っていた騎士たちも、余りの空腹と良い匂いのする料理に耐えきれず口にしたら、皆絶賛。余りの美味しさに、それ以降は魔物料理がメインになったという。
凱旋後も、騎士団の皆さんは時折倒した魔物を勇者様の元に持ち寄って、料理を強請る。その時だけ供される魔物料理に出会いたい人たちが、連日料理屋に集うので、お店は大繁盛だ。
元勇者の店、などという、ひねりも何もない名前の料理屋は、
「俺はこの世界に召喚されて、本当に良かったと思っているよ」
そう言いながら、最愛の妻である城の薬術師に口づける店主のデレっぷりと共に、王都の一大名物となったのだった。
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