嫌われ令嬢とダンスを

鳴哉

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腹黒令嬢は愛などいらないと思っていました

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 妹に近付く騎士に牽制をした後、私はらしくなくイラついている自分に気付いていた。

 悪い男ではなかった。悔しいけれど、妹にお似合いとさえ思えた。何より、妹のことを理解していて、この私に意見してきた。私が内面を晒してもなお。


「どうした?」

 後ろから声をかけられ、思わず肩が跳ねる。振り返ると殿下が立っていた。
 まさか、見られていた?
 内心の動揺を悟られないよう、笑みを浮かべる。

「殿下、申し訳ございません。少し気分が悪くて休ませていただいておりました」

 俯き加減で言えば、信憑性も上がるだろうか。そんなことを思っていると、足早に歩いてきた殿下に抱え上げられた。

「まだ顔色が悪い。今日はもう送って行こう」

 咄嗟に言葉が出ず、近くにある顔を凝視してしまう。視線が合った途端、自分の顔が火照るのを自覚した。本当に、顔がいい。私が耐え切れずに目を逸らすのと、彼が顔を逸らすのは、ほぼ同時だったように思う。

 私を抱えたまま無言で歩く殿下の顔は強張っている。
 そんな顔をあの男はしない。
 思わず、そう零してしまいそうだった。



 いつ切り札を切るのか。
 切った札は本当に切り札となるのか。
 気付かないうちに不安を抱えていた私は、自分で思っていたよりも疲弊していたのだと思う。


 夜会でエスコートしてくれるのは、ほとんど王太子殿下。帰りに屋敷まで送ってくれるのは、時々「違う」。

 城下で病院や孤児院などを慰労訪問するのは、ほとんど「違う」。王太子殿下は、城下の人々の暮らしなどにはあまり興味がなさそうだ。

 茶会で会うのは王太子殿下。貴族の人脈を大事にしている。美しい令嬢たちに囲まれるのも好きなのだと思う。

 最近、屋敷まで会いに来てくれるのは、「違う」ことが多い。王太子殿下の興味が薄れてきているのだとしたら、それは問題があるかも知れない。私はこの婚約を継続するために、大事なものを捨ててきたというのに。
 単純に、父母や妹に合わせる顔がないだけなのかも知れないけれど。

 私に触れるのに遠慮がないのは王太子殿下。婚約者なのだから当然。僅かに躊躇いを感じる時は「違う」と分かる。本当は同じように接しなくてはいけないと分かっているのに、どうしてもできない。その不器用さは危ういのだけれど、好ましい。


 あの男がただの貴族の子弟であったのなら、私は躊躇なく断罪しただろう。しかし、男に流れる血が王族のものであるということが、家族を巻き込んで我が伯爵家を反逆者としたくないという気持ちを起こさせてしまった。あの男を切り捨てることは、王族への翻意となりえる。王やその他の王族に対し、謀反を起こしたい訳ではない。ただ、私と違って本当に無垢であり純真である妹への仕打ちを許せないだけなのだ。

 ならば、私があの男に思い知らせてやる。
 婚約者として傍に侍り続け、いつか相応の報いを受けさせてやる。そう決意した。

 私が王太子殿下とは「違う」存在に気付いていることは、その切り札になりえるのではないか。
 そう考えていた私だけど、仮面を被り続け、縋る妹を避け続ける日々に、自覚なく心は擦り切れていたのだと思う。



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