8 / 8
8
しおりを挟む
お互いに赤い顔で、お見合いの継続(イオネル殿下にとっては始まり)を確認した後、改めてお見合いらしい話をした。
思えば、毎回食事とそれに関わる話しかしていない。初めてお見合いした私もそんなものかと思っていたけれど、確かにそんなものではないだろう。
今更ながらに自己紹介をした後、殿下は少し歯切れ悪く切り出した。
「貴女から聞きたいことがある、と言われた時、先の戦のことを聞かれるのだと思った」
まるで過去の悪事を断罪されるような表情でイオネル殿下は言った。
祖父から既に聞いていることを伝えると、自嘲しながらも、ハッキリと言葉にされる。
「確かに私は人を殺し過ぎた」
「イオ様は前王の命に従っただけでしょう? その責任は命じた王にあって、まだ子どもだった貴方はそんなことを命じられたことを恨んでもよいと思います」
殿下は首を振る。
「恨んでなどいない。兄は私に王族としての役割をくれただけだ。共に国を守るための役割を」
その後、殿下はぽつりぽつりと呟くように、頭の中を整理するかのように話してくれる。
「でも、あの時の私は力不足で、ああするしかなかった。でも、今の私が同じ立場に置かれたなら、違う方法を取れると思う」
「兄は戦いが終わると、自分の騎士を辞めていいと言ってくれた。でも私が望んで兄に忠誠を誓っていたかっただけなんだ」
前王弟で英雄で魔王。
話を聞いているうちにおとぎ話の中の人物だと思っていた人は、年は少し離れていてもまさに今同じ時間を生きている人なのだと実感する。
「私の手は血塗られている。だけど後悔はしていない。国を守るために私ができることはそれしかなかったから」
そう言い切ったイオネル殿下の声には、偽りも強がりもないように思えた。だけど続けられた言葉には、それまでにはなかった不安が感じられた。
「こんな私でも、貴女は共にいてくれるだろうか」
いつものような鋭い眼差しはそこにはなく、身の置きどころを探しているかのような不安定な佇まいの殿下に、私は少しの迷いもなく手を伸ばした。机の上に置かれ固く握られた手は少し冷たい。
イオネル殿下への自分の気持ちは、まだはっきりと形や言葉になっていない。だけど、目の前にいる彼に伝えたいことはたくさんある。どう言えば上手く伝わるだろう。
今の私が素直な気持ちで口にできるとしたら。
「私、イオ様と食事するの、どうやら大好きなようなんです」
見下ろされる瞳を下から見上げると、まるで泣き出しそうに見えた。だから私はとにかく安心して欲しくて精一杯微笑む。
「これからもずっと、私はイオ様と一緒に美味しい食事を食べたいです」
お礼の言葉と共に握り返された手に、私は恥ずかしく思いながらも、自分のもう一方の手を重ねたのだった。
「イオ様、私この野菜、初めて食べました」
「ああ」
「イオ様、このお肉の焼き加減、絶妙ですよ」
「ああ」
「デザートが選べるなんて夢みたい、イオ様!」
「ああ」
正式に婚約し、結婚を1ヶ月後に控えた私たちは、初めて二人で食事した料理店で食事をしている。
イオネル殿下からはあの時同様、「ああ」しか返ってこない。食事中ずっと視線が私に向けられているのもあの時から変わらない。
でも、その視線は以前とは雲泥の差で柔らかく感じられる。店員さんは相変わらず顔を合わせた時に恐れ慄いていたから、彼が変わったのも少しはあるけれど、私の感じ方が変わったのもあるのだろう。
信じられないことに、殿下は私と初めて食事した時に、私の食べ方に「なんて可愛らしく食べるのだろう」と魅入られてしまい、ずっと見つめ続けていたそうで、返事も「ああ」としか返せなくなってしまっていたらしい。
普通の食べ方だと思うのだけれど、きっと女性と初めて対面で食事したので新鮮だったのかも。
あの時は睨みつけられているとしか思えなかったけれど……。祖父の言っていたことがあながち間違いではなかったことには驚きだ。
婚約してからもイオネル殿下と私の間にたくさん会話がある訳ではない。だけど、今日も食卓にはとても優しい空気が流れている。
こんな風に食事を楽しめる私たちなら、きっと幸せになれる、そう思えるのだった。
思えば、毎回食事とそれに関わる話しかしていない。初めてお見合いした私もそんなものかと思っていたけれど、確かにそんなものではないだろう。
今更ながらに自己紹介をした後、殿下は少し歯切れ悪く切り出した。
「貴女から聞きたいことがある、と言われた時、先の戦のことを聞かれるのだと思った」
まるで過去の悪事を断罪されるような表情でイオネル殿下は言った。
祖父から既に聞いていることを伝えると、自嘲しながらも、ハッキリと言葉にされる。
「確かに私は人を殺し過ぎた」
「イオ様は前王の命に従っただけでしょう? その責任は命じた王にあって、まだ子どもだった貴方はそんなことを命じられたことを恨んでもよいと思います」
殿下は首を振る。
「恨んでなどいない。兄は私に王族としての役割をくれただけだ。共に国を守るための役割を」
その後、殿下はぽつりぽつりと呟くように、頭の中を整理するかのように話してくれる。
「でも、あの時の私は力不足で、ああするしかなかった。でも、今の私が同じ立場に置かれたなら、違う方法を取れると思う」
「兄は戦いが終わると、自分の騎士を辞めていいと言ってくれた。でも私が望んで兄に忠誠を誓っていたかっただけなんだ」
前王弟で英雄で魔王。
話を聞いているうちにおとぎ話の中の人物だと思っていた人は、年は少し離れていてもまさに今同じ時間を生きている人なのだと実感する。
「私の手は血塗られている。だけど後悔はしていない。国を守るために私ができることはそれしかなかったから」
そう言い切ったイオネル殿下の声には、偽りも強がりもないように思えた。だけど続けられた言葉には、それまでにはなかった不安が感じられた。
「こんな私でも、貴女は共にいてくれるだろうか」
いつものような鋭い眼差しはそこにはなく、身の置きどころを探しているかのような不安定な佇まいの殿下に、私は少しの迷いもなく手を伸ばした。机の上に置かれ固く握られた手は少し冷たい。
イオネル殿下への自分の気持ちは、まだはっきりと形や言葉になっていない。だけど、目の前にいる彼に伝えたいことはたくさんある。どう言えば上手く伝わるだろう。
今の私が素直な気持ちで口にできるとしたら。
「私、イオ様と食事するの、どうやら大好きなようなんです」
見下ろされる瞳を下から見上げると、まるで泣き出しそうに見えた。だから私はとにかく安心して欲しくて精一杯微笑む。
「これからもずっと、私はイオ様と一緒に美味しい食事を食べたいです」
お礼の言葉と共に握り返された手に、私は恥ずかしく思いながらも、自分のもう一方の手を重ねたのだった。
「イオ様、私この野菜、初めて食べました」
「ああ」
「イオ様、このお肉の焼き加減、絶妙ですよ」
「ああ」
「デザートが選べるなんて夢みたい、イオ様!」
「ああ」
正式に婚約し、結婚を1ヶ月後に控えた私たちは、初めて二人で食事した料理店で食事をしている。
イオネル殿下からはあの時同様、「ああ」しか返ってこない。食事中ずっと視線が私に向けられているのもあの時から変わらない。
でも、その視線は以前とは雲泥の差で柔らかく感じられる。店員さんは相変わらず顔を合わせた時に恐れ慄いていたから、彼が変わったのも少しはあるけれど、私の感じ方が変わったのもあるのだろう。
信じられないことに、殿下は私と初めて食事した時に、私の食べ方に「なんて可愛らしく食べるのだろう」と魅入られてしまい、ずっと見つめ続けていたそうで、返事も「ああ」としか返せなくなってしまっていたらしい。
普通の食べ方だと思うのだけれど、きっと女性と初めて対面で食事したので新鮮だったのかも。
あの時は睨みつけられているとしか思えなかったけれど……。祖父の言っていたことがあながち間違いではなかったことには驚きだ。
婚約してからもイオネル殿下と私の間にたくさん会話がある訳ではない。だけど、今日も食卓にはとても優しい空気が流れている。
こんな風に食事を楽しめる私たちなら、きっと幸せになれる、そう思えるのだった。
278
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。
ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。
ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。
地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?
石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。
働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。
初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~
ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。
それが十年続いた。
だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。
そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。
好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。
ツッコミどころ満載の5話完結です。
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる