陰で魔王と畏怖されている英雄とお見合いしています

鳴哉

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 お互いに赤い顔で、お見合いの継続(イオネル殿下にとっては始まり)を確認した後、改めてお見合いらしい話をした。

 思えば、毎回食事とそれに関わる話しかしていない。初めてお見合いした私もそんなものかと思っていたけれど、確かにそんなものではないだろう。


 今更ながらに自己紹介をした後、殿下は少し歯切れ悪く切り出した。

「貴女から聞きたいことがある、と言われた時、先の戦のことを聞かれるのだと思った」

 まるで過去の悪事を断罪されるような表情でイオネル殿下は言った。
 祖父から既に聞いていることを伝えると、自嘲しながらも、ハッキリと言葉にされる。

「確かに私は人を殺し過ぎた」

「イオ様は前王の命に従っただけでしょう? その責任は命じた王にあって、まだ子どもだった貴方はそんなことを命じられたことを恨んでもよいと思います」

 殿下は首を振る。
「恨んでなどいない。兄は私に王族としての役割をくれただけだ。共に国を守るための役割を」


 その後、殿下はぽつりぽつりと呟くように、頭の中を整理するかのように話してくれる。

「でも、あの時の私は力不足で、ああするしかなかった。でも、今の私が同じ立場に置かれたなら、違う方法を取れると思う」

「兄は戦いが終わると、自分の騎士を辞めていいと言ってくれた。でも私が望んで兄に忠誠を誓っていたかっただけなんだ」


 前王弟で英雄で魔王。
 話を聞いているうちにおとぎ話の中の人物だと思っていた人は、年は少し離れていてもまさに今同じ時間を生きている人なのだと実感する。


「私の手は血塗られている。だけど後悔はしていない。国を守るために私ができることはそれしかなかったから」

 そう言い切ったイオネル殿下の声には、偽りも強がりもないように思えた。だけど続けられた言葉には、それまでにはなかった不安が感じられた。

「こんな私でも、貴女は共にいてくれるだろうか」

 いつものような鋭い眼差しはそこにはなく、身の置きどころを探しているかのような不安定な佇まいの殿下に、私は少しの迷いもなく手を伸ばした。机の上に置かれ固く握られた手は少し冷たい。

 イオネル殿下への自分の気持ちは、まだはっきりと形や言葉になっていない。だけど、目の前にいる彼に伝えたいことはたくさんある。どう言えば上手く伝わるだろう。

 今の私が素直な気持ちで口にできるとしたら。


「私、イオ様と食事するの、どうやら大好きなようなんです」


 見下ろされる瞳を下から見上げると、まるで泣き出しそうに見えた。だから私はとにかく安心して欲しくて精一杯微笑む。


「これからもずっと、私はイオ様と一緒に美味しい食事を食べたいです」


 お礼の言葉と共に握り返された手に、私は恥ずかしく思いながらも、自分のもう一方の手を重ねたのだった。




「イオ様、私この野菜、初めて食べました」
「ああ」
「イオ様、このお肉の焼き加減、絶妙ですよ」
「ああ」
「デザートが選べるなんて夢みたい、イオ様!」
「ああ」

 正式に婚約し、結婚を1ヶ月後に控えた私たちは、初めて二人で食事した料理店で食事をしている。

 イオネル殿下からはあの時同様、「ああ」しか返ってこない。食事中ずっと視線が私に向けられているのもあの時から変わらない。
 でも、その視線は以前とは雲泥の差で柔らかく感じられる。店員さんは相変わらず顔を合わせた時に恐れ慄いていたから、彼が変わったのも少しはあるけれど、私の感じ方が変わったのもあるのだろう。

 信じられないことに、殿下は私と初めて食事した時に、私の食べ方に「なんて可愛らしく食べるのだろう」と魅入られてしまい、ずっと見つめ続けていたそうで、返事も「ああ」としか返せなくなってしまっていたらしい。
 普通の食べ方だと思うのだけれど、きっと女性と初めて対面で食事したので新鮮だったのかも。
 あの時は睨みつけられているとしか思えなかったけれど……。祖父の言っていたことがあながち間違いではなかったことには驚きだ。


 婚約してからもイオネル殿下と私の間にたくさん会話がある訳ではない。だけど、今日も食卓にはとても優しい空気が流れている。
 こんな風に食事を楽しめる私たちなら、きっと幸せになれる、そう思えるのだった。



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