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カーティスは、ヒルデロッタ伯爵家の遠縁にあたる、子爵家の五男だった。家を継ぐ予定はないし、兄の脛を齧るつもりもないので、官吏になることを目指して学院で勉学に励んでいた。
ただ、人付き合いは苦手で、官吏になるための人脈作りには、真底苦労していた。学院内でも、そういったものは必須なのだが、どうしても割り切れないでいる間に派閥はできてしまい、どこにも所属できなかったカーティスは、成績の良さから謂れのないやっかみを受けるようになってしまったのだった。
いろいろとままならない。
学院を卒業した後、すぐに官吏の試験に受かることができなかったカーティスは、学院の寮を退寮した後、戻った実家での居心地を悪く感じていた。
官吏に拘らず、就職先を探さないといけない。なりふり構わず職を探そうとしていたところ、声をかけてもらったのがヒルデロッタ家の娘の家庭教師だった。
しかし、面接のためにヒルデロッタ伯爵家を訪問すると、当主が探していたのは女性の家庭教師だと告げられた。
目に見えるほど落胆してしまったカーティスの話を、ヒルデロッタ伯爵は親身に聞いてくれた。良い勤め先があれば紹介するとまで言ってくれた。とても良い方だった。
それでも自分の要領や間の悪さに、肩を落として帰る途中、カーティスはとうとうしゃがみ込んでしまった。
そこに声をかけたのがヒルデロッタ令嬢だった。
「ご気分がお悪いのですか?」
かしこまった、でも幼なさの残る声に少しだけ顔をあげると、心配そうに見下ろす少女。
カーティスは力無く首を振っただけで、何も言葉が出なかった。それくらい落ち込んでいた。
ヒルデロッタ伯爵家の敷地内で供も連れず、貴族の令嬢と分かる装いの少女は、ヒルデロッタ令嬢のアンナマリー嬢であることは容易に想像できた。
淡い金髪に、明るいブラウンの瞳の小柄な彼女は、とても可愛らしく、皆から愛されているのが分かる、人当たりの良いお嬢様だった。
見知らぬ人がしゃがみ込んでいるところに疑いもなく声をかけるのは、貴族令嬢として正しい対処とは言えないのかも知れないけれど、その素直な優しさはとても好ましく感じられた。
だけど、そういったものを素直に伝えられるようなら、学院でだって上手くやれた。カーティスは、卑屈な思いで首を垂れた。
「もしかして、マリーの家庭教師の先生?」
いつのまにかカーティスと同じようにしゃがみ込んだアンナマリーが問うた。父親から自分の家庭教師を探していることを聞いていたのだろう。素性が知れたからなのか、口調が少し砕けた調子に変わった。
「……そうなりたいと思って訊ねてきたのだけど、採用されなかったんだ」
「え! どうして?」
アンナマリーは、目を見開くようにして驚いている。
「女の先生が良かったんだって」
「ええー。マリー、男の先生でもいいのにー」
今度はちょっとだけ怒るように眉を吊り上げる。とても表情豊かだ。
「父親としては、大事な娘に男は出来るだけ近づけたくないのだと思うよ」
父親になったことも、女兄弟がいたこともないのに、彼女を見ているとそんな心境が分かる気がした。
「お父様は私のこと、大好き過ぎなの」
今度は嬉しそうに笑う。
「だけど、お母様のことは、もっと大好きなの。思わず笑ってしまうくらい!」
ころころと変わる素直な表情に、不思議と心が軽くなるような気がした。
「お父様がお断りになられたから、辛くなっちゃったの?」
今度は心配そうに顔を覗き込んできたアンナマリーに、思わずカーティスは自分の気持ちを吐露していた。
学院で上手く立ち回れず孤立したこと。
官吏の試験に落ちて、就職先が決まらず、家での身の置き場がないこと。
紹介してもらった家庭教師も不採用になったこと。
そういう自分の要領の悪さに落胆したこと。
確か聞いていた話では10才くらい年下の少女相手に、自分は何を話しているのだろう、と思いながら、ポツポツと話す。
彼女はとても聞き上手で、無駄な合いの手も、意見の押し付けもなく、ただ側にいて、飽きた素振りも見せず、ただ話を聞いてくれた。
話し終えた時、馬鹿なことをしてしまった、とカーティスは思った。
こんな話全く面白くもないし、聞かされても迷惑なだけだ。そんな素振りを見せないだけで、飽きて、呆れられたに違いない。
早々に謝って逃げ帰る算段を考え出したカーティスに、アンナマリーは目をキラキラさせて言った。
「貴方のお話、とてもわかりやすいわ!」
呆気に取られるカーティスに、さらにアンナマリーは続ける。
「学院での生活って、いろいろあるのね。ちょっと怖いけど、ちょっと面白そう」
「国の官吏の試験って、とっても難しいって、お父様が言ってた! そんなの、一回で合格しなくて当たり前じゃない?」
キラキラした瞳に自分が捉えられたのを、カーティスは自覚した。
「ちょっと運がなかっただけよ。貴方はとてもすごい方だと、私思う」
好奇に輝く瞳から目を逸らせず、「ちっともすごくないんだよ」と力無く言えば、アンナマリーは、ぶんぶんと頭を振った。
「そんなことない。私、人を見る目には自信あるもの!」
力強く言い切る少女を、とてつもなく眩しく思った。そして、羨ましいとも思った。
根拠なんかなくても胸を張っていい、そんな風に思えた。
そう言えば、自分の中にある気持ちを誰かに話して聞いてもらったのは初めてだった。話すだけで、あんなにぐるぐる渦巻いていた負の感情がこんなに軽くなるのか。
「ありがとう、話を聞いてくれて」
素直にお礼の言葉が出た。
だけど、申し訳ない気持ちもあって、言葉を継ぐ。
「よくわからない上に、面白くない話でごめん」
アンナマリーは一瞬目を見開き、そして笑った。
「よく分かったわよ。だって貴方は子どもだからわからないと決めつけず、私がわかるように話をしてくれたもの」
その優しい笑みに、泣きそうになった。そして、彼女の家庭教師に採用されなかったことを改めて残念に思った。
きっと彼女となら、上手く家庭教師の役割だって果たせたように思えたから。
いや、単純に、また彼女に会えたらいいのに、と思ったから。
ただ、人付き合いは苦手で、官吏になるための人脈作りには、真底苦労していた。学院内でも、そういったものは必須なのだが、どうしても割り切れないでいる間に派閥はできてしまい、どこにも所属できなかったカーティスは、成績の良さから謂れのないやっかみを受けるようになってしまったのだった。
いろいろとままならない。
学院を卒業した後、すぐに官吏の試験に受かることができなかったカーティスは、学院の寮を退寮した後、戻った実家での居心地を悪く感じていた。
官吏に拘らず、就職先を探さないといけない。なりふり構わず職を探そうとしていたところ、声をかけてもらったのがヒルデロッタ家の娘の家庭教師だった。
しかし、面接のためにヒルデロッタ伯爵家を訪問すると、当主が探していたのは女性の家庭教師だと告げられた。
目に見えるほど落胆してしまったカーティスの話を、ヒルデロッタ伯爵は親身に聞いてくれた。良い勤め先があれば紹介するとまで言ってくれた。とても良い方だった。
それでも自分の要領や間の悪さに、肩を落として帰る途中、カーティスはとうとうしゃがみ込んでしまった。
そこに声をかけたのがヒルデロッタ令嬢だった。
「ご気分がお悪いのですか?」
かしこまった、でも幼なさの残る声に少しだけ顔をあげると、心配そうに見下ろす少女。
カーティスは力無く首を振っただけで、何も言葉が出なかった。それくらい落ち込んでいた。
ヒルデロッタ伯爵家の敷地内で供も連れず、貴族の令嬢と分かる装いの少女は、ヒルデロッタ令嬢のアンナマリー嬢であることは容易に想像できた。
淡い金髪に、明るいブラウンの瞳の小柄な彼女は、とても可愛らしく、皆から愛されているのが分かる、人当たりの良いお嬢様だった。
見知らぬ人がしゃがみ込んでいるところに疑いもなく声をかけるのは、貴族令嬢として正しい対処とは言えないのかも知れないけれど、その素直な優しさはとても好ましく感じられた。
だけど、そういったものを素直に伝えられるようなら、学院でだって上手くやれた。カーティスは、卑屈な思いで首を垂れた。
「もしかして、マリーの家庭教師の先生?」
いつのまにかカーティスと同じようにしゃがみ込んだアンナマリーが問うた。父親から自分の家庭教師を探していることを聞いていたのだろう。素性が知れたからなのか、口調が少し砕けた調子に変わった。
「……そうなりたいと思って訊ねてきたのだけど、採用されなかったんだ」
「え! どうして?」
アンナマリーは、目を見開くようにして驚いている。
「女の先生が良かったんだって」
「ええー。マリー、男の先生でもいいのにー」
今度はちょっとだけ怒るように眉を吊り上げる。とても表情豊かだ。
「父親としては、大事な娘に男は出来るだけ近づけたくないのだと思うよ」
父親になったことも、女兄弟がいたこともないのに、彼女を見ているとそんな心境が分かる気がした。
「お父様は私のこと、大好き過ぎなの」
今度は嬉しそうに笑う。
「だけど、お母様のことは、もっと大好きなの。思わず笑ってしまうくらい!」
ころころと変わる素直な表情に、不思議と心が軽くなるような気がした。
「お父様がお断りになられたから、辛くなっちゃったの?」
今度は心配そうに顔を覗き込んできたアンナマリーに、思わずカーティスは自分の気持ちを吐露していた。
学院で上手く立ち回れず孤立したこと。
官吏の試験に落ちて、就職先が決まらず、家での身の置き場がないこと。
紹介してもらった家庭教師も不採用になったこと。
そういう自分の要領の悪さに落胆したこと。
確か聞いていた話では10才くらい年下の少女相手に、自分は何を話しているのだろう、と思いながら、ポツポツと話す。
彼女はとても聞き上手で、無駄な合いの手も、意見の押し付けもなく、ただ側にいて、飽きた素振りも見せず、ただ話を聞いてくれた。
話し終えた時、馬鹿なことをしてしまった、とカーティスは思った。
こんな話全く面白くもないし、聞かされても迷惑なだけだ。そんな素振りを見せないだけで、飽きて、呆れられたに違いない。
早々に謝って逃げ帰る算段を考え出したカーティスに、アンナマリーは目をキラキラさせて言った。
「貴方のお話、とてもわかりやすいわ!」
呆気に取られるカーティスに、さらにアンナマリーは続ける。
「学院での生活って、いろいろあるのね。ちょっと怖いけど、ちょっと面白そう」
「国の官吏の試験って、とっても難しいって、お父様が言ってた! そんなの、一回で合格しなくて当たり前じゃない?」
キラキラした瞳に自分が捉えられたのを、カーティスは自覚した。
「ちょっと運がなかっただけよ。貴方はとてもすごい方だと、私思う」
好奇に輝く瞳から目を逸らせず、「ちっともすごくないんだよ」と力無く言えば、アンナマリーは、ぶんぶんと頭を振った。
「そんなことない。私、人を見る目には自信あるもの!」
力強く言い切る少女を、とてつもなく眩しく思った。そして、羨ましいとも思った。
根拠なんかなくても胸を張っていい、そんな風に思えた。
そう言えば、自分の中にある気持ちを誰かに話して聞いてもらったのは初めてだった。話すだけで、あんなにぐるぐる渦巻いていた負の感情がこんなに軽くなるのか。
「ありがとう、話を聞いてくれて」
素直にお礼の言葉が出た。
だけど、申し訳ない気持ちもあって、言葉を継ぐ。
「よくわからない上に、面白くない話でごめん」
アンナマリーは一瞬目を見開き、そして笑った。
「よく分かったわよ。だって貴方は子どもだからわからないと決めつけず、私がわかるように話をしてくれたもの」
その優しい笑みに、泣きそうになった。そして、彼女の家庭教師に採用されなかったことを改めて残念に思った。
きっと彼女となら、上手く家庭教師の役割だって果たせたように思えたから。
いや、単純に、また彼女に会えたらいいのに、と思ったから。
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