異世界から召喚された聖女には世界を救う力はないようです

鳴哉

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7(梨咲)

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 確かに、何だか嫌な予感はしたのだ。


 でも、私には危機意識がなかった。いつものメイドさんが淹れてくれたお茶だったので、いつもと違う香りがしても今日は違う茶葉なのかな、くらいにしか思わなくて、一口飲んでから確認した。

 「王子からの差し入れだそうです」と言われて、一瞬怪訝に思ったけど、これからその王子が私に会いに来ると聞いて、そちらに意識が向いてしまった。

 私が召喚された日、一度きりしか会っていない王子が私に会いに来る。わざわざ。
 これは、きっとあれだ。とうとう、役立たずの私は引導を渡されるんじゃないだろうか。


 ここを追い出されたら、私どうしたらいいのだろう。でも、役立たずなのは事実だし。  


 もしかして、元の世界に返してくれるだろうか。淡い期待を抱き、それを即座に打ち消す。それが簡単にできるのなら、私を帰して次の聖女候補を召喚する方が良さそうなのに、彼らはそれをしなかったのだから。
 召喚の儀式は、それはそれは仰々しく執り行われていたし。

 元の世界に帰すのが無理なら、せめて他の仕事を斡旋などしてくれないかな。違う世界から来た私に勤まる仕事があるかどうかわからないけれど。
 でも、正直なところ、私が聖女の力を使えるようになるよりは、可能性が高いと思えた。


 ああ。
 できたら、その辺りのことは、宰相さんに相談したいなあ。


 ぐるぐる巡る思考を落ち着けようと、私は手にしていたカップのお茶を一気に飲み干した。





 しばらくして、私は自分の体の異常に気付く。熱い。体の中に経験したことのない妙な熱が溜まっているのを自覚する。何事かと考え、思い出す。


 お茶に何か盛られた?
 もしかして、毒の類?
 王子は役立たずの私を追い出すだけでは飽き足らなかったのか。


 まさか、命の危機を迎えるとまで想像できていなかった私は、何とか生にしがみつこうと、メイドさんを呼ぶ。しかし、誰も来ない。誰の気配も感じない。そう言えば、人払いを命じられたとか何とか言っていたような。王子、用意周到だな。

 それに比べて、私は何て甘い。王子と一対一で会うことになるなんて、何かあるんじゃないかと、もっとよく考えるべきだった。

 せめて、宰相さんに最後会いたかったな。私の癒し。推し。顔だけの王子なんかじゃなく、あの優しい彼に最後は看取られたかったな。


 熱過ぎて、苦しくなる息に耐えきれず、ソファから体がずり落ちる。受け止めるカーペットがふかふかで良かった。だけど、今は体を冷やしたい。朦朧とする思考のまま、涼を求めて、手を伸ばす。


「聖女様っ!」


 その手を誰かに掴まれる。大きな手。その私より体温の低い手の感触に、何故か私は変な声をあげてしまった。


 気持ちいい。


 頭の中を占めるその思考に、理性が警鐘を鳴らす。おかしい。熱くて苦しいのに、気持ちよくなるなんて。


「聖女様、お気を確かに!」

 近くで声をかけてくれているのが、宰相さんだと分かる。心地よい低音に、腰の力が抜ける。


「宰相さん、私、何だか、体がおかしくて」


 状況を説明したいのに、思考がまとまらない。目が潤んで、視界がボヤける。


「聖女様、落ち着いて聞いてください。貴女は薬を盛られたのです」


 やっぱり。あの王子、やっぱりいけすかない奴だった。


「……私、死ぬのですか?」

「いえ、毒ではないのです。私が必ず、何とかします。薬の容器はどこにあるかわかりますか?」

「……いいえ。差し入れのお茶に入っていたんじゃないかと思います」

「ならば、色は分からないか。味は?」

「味は……わかりません。でも、いつものお茶より、甘い匂いがしたように思います……」

 宰相さんは、カーペットに転がっていたカップを拾い、匂いを嗅ぎ、飲み口をペロリと舐めた。


 その仕草を見ただけで、何故か体の奥がぎゅうっと縮み上がるような感覚がして、私は一つの可能性に思い当たった。
 これって、もしかして、小説なんかでよくある、あれ、なのでは。


 気付くと私の視線は、宰相さんの口元に釘付けだった。先程見えた舌がカップを舐めたように、私を舐める様を想像するという痴女としか思えない思考に支配される。


「これは……。くそ。かなりの粗悪品を」

 宰相さんは、どうやら薬に思い当たる物があったのか、憎々しげな顔で悪態をつく。普段私には向けられないその表情にも胸がドキドキしてしまう。


 見つめられたい。
 触れられたい。
 抱きしめたい。


 思考がバカになる前に、私は何とか問いかけた。


「もしかして、なんですけど、媚薬、ですか?」


 宰相さんが驚いて私を見た。
 そして納得したのか、黙って頷く。もう、見た目からして、熱に浮かされているのが分かってしまったのだろう。あの王子、媚薬なんか盛って、私をどうする気だったのだろうかと考えかけて、気持ち悪くなったので、思考を切り替える。


「これって、解毒できるものなんですか?」


 宰相さんは、何かを口にしかけて、でもしなかった。つまりは、そういうことなのだ。私は、覚悟を決めて、問いかける。


「宰相さん、奥様や恋人はいらっしゃいますか?」

「いえ? 職務柄多忙でそれどころではなく」

 突然の問いかけに不思議そうにしながらも答えてくれる。


「では、お願いなんですけど。私を抱いていただけませんか?」


「っ?!」


 レアな驚く宰相さんに見惚れている場合ではなく、私は言い募る。体の奥から溢れ出す焦燥感のままに。


「媚薬って、結局はそういうためのものなんですよね? 抱いてもらえれば、薬の効果は切れるんでしょう?」

「そ、それはそうなんですが」

 思った以上に狼狽する宰相さんに、考えたくなかった可能性に思い当たった。

「……私では、その気になれませんか?」

 宰相さん程のイケメン、さぞモテるはず。引くて数多な彼が、私をそういった対象と見れないと思っても仕方ない。
 だけど、私は彼以外は考えられなかった。そう口にしようとした途端。

「そんな訳ありません!」

 まさか、力強く否定してくれた。嬉しくてホッとして息を吐く。その息が驚くほど熱い。

「し、しかし、その、良いのですか? 聖女様こそ、その、それがどういったことか、お分かりになった上でおっしゃっているのですか?」

 普段の宰相さんとは思えない慌てた様子に、私は笑む。ああ、私、この方が好きだなあ。とても優しい方だ。
 きっと宰相さんは、この国の人たちより若く見える私の見た目に惑わされていて、心配してくださっているのだ。

「分かっています。私、これでも成人していますので、その、今までに男の方とお付き合いしたこともあって、そういった経験もありますので……」

 こういう事を告げるのは、幾つになってもちょっと恥ずかしい。思わず尻すぼみになる声に、宰相さんは食い気味に「え?!」と声を上げた。

 それほど意外だったのだろうか。驚く声をあげたまま、しばらく続く言葉を失っている。その沈黙が辛くて、私は余計なことを口走る。

「いえ、経験って言っても、その、そういったことをする関係になったのは一人だけで、その人とももう何年も前に別れています。経験値として、自慢できるほどのものでもないのですが」


「……そういうことでしたか」


 何か腑に落ちたような顔で息をついた宰相さんは、次の瞬間には見た事もない笑みを浮かべる。
 その妖艶さに私の脳と胸と体は異様なほど高揚し、背筋がぞくりとした。


「わかりました。私をご指名いただき、大変光栄です。ご期待に応えられるよう、誠心誠意、務めさせていただきます」


 そう言って、宰相さんは私を軽々と抱き上げた。初めてのお姫様抱っこ!の感慨に耽る間もなく、私は隣にある寝室へと運ばれたのだった。






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