異世界から召喚された聖女には世界を救う力はないようです

鳴哉

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6(ギュンター)

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 それから、政務の間に時間を作って、聖女様のサポートをすることにした。


 王子や神官長には、口煩い程聖女様の待遇改善を申し入れたが、「あんな愛想が無いうえに聖女の力を使えない、今後使えるのかもわからない女が、これ以上の待遇を求めるなど高慢にも程がある」と馬鹿な返しをされた。彼女のどこを見て、「愛想が無い」とか「高慢」などと言えるのだろうか。

 宰相職について間もない私を軽視しているのも明らかで、王もそれを黙認している。
 彼等が対処しないのなら、自分でするしかない。何かの切掛で他国に知れ、非難されることになるのは、国民の一人として耐え難い。

 仕事をしない聖女様付きの侍女たちを他に配置替えし、敬意を払える者たちに差し替えた。越権行為だと喚く輩もいたが、宰相という権力を笠に着て押し通した。


 少しでも聖女様の負担を軽くして差し上げたい。その一心で仕えた。

 過去の聖女たちが記した資料を翻訳したり、力の発動の練習にも時間の許す限り付き添った。
 聖女様は、翻訳した資料を自室へ持ち帰り、そこでもいろいろ試行錯誤してくれているようで、その姿勢には尊敬を禁じ得ない。聖女様は、いつも、真剣に、聖女というものに向き合ってくださっていた。


 なのに、聖女の力は発現しなかった。


 王子たちの聖女様への当たりは日に日に強くなり、人前でも彼女への悪態をつくようになった。
 
 塞ぎ込むようになった聖女様にかける言葉が見つからない。
 疾しいことがあるからだ。


 神は報いてくれないのだ、と思った。人として行ってはならない所業を行った我が国を許してはくれなかったのだ、と。
 だけど、聖女様をこれほど苦しめてよいはずがない。彼女は被害者なのに。


 この国の誰も、神さえも、彼女を救ってはくれない。どうしたらあの方をこの苦しみから解放して差し上げられるのだろう。



 聖女様のことを考えながら歩いていると、無意識のうちに彼女の滞在している客間の方へ足が向いていた。少しでも気の晴れる話や贈り物があればいいのだが、それもないまま会ってもよいのか、と立ち止まった時、向かいから見知った侍女たちが揃ってこちらに歩いてくるのが見えた。


「聖女様に何かあったのか?!」


 聖女様付きの侍女たちが全て持ち場を離れるなど例のないことに思わず強い口調で声をかけると、困惑した顔を見合わせながら、彼女たちは言う。

「王子殿下の先触れが来られまして、私たち全て下がるよう人払いを……」

 何故、王子が? しかも侍女たち全てを下がらせるなど、嫌な予感しかしない。


 侍女たちはそのまま下がらせ、客間へ通じる廊下で待っていると、王子が供も連れず一人でこちらにやってくるのが見えた。形ばかりに頭を下げると、「何故ここにいる」と心底嫌そうな顔で睨まれる。


「聖女様をお伺いしようといたしましたところ、殿下が人払いをされたとお聞きしまして。何か只事ではないことが、また、宰相の私の耳に入らないところで起こっているのでは、と心配になり、お待ちしておりました」


 私の外遊時に行われた聖女召喚を揶揄すると、さらに王子の眉間に醜い皺が寄る。

「お前は俺のなすこと、全てに反対しかしないから言わなかった。それに、これはわざわざ言うようなことでもないしな」

 自分が彼にとって耳の痛いことばかり言う煙たい官僚であることは自負している。

「一体、今から聖女様のところへ行って何をなさるおつもりなのですか?」

 言わないとここを通さないとばかりに、正面に立つ。不敬にあたるのだろうが、嫌な予感が私を大胆にさせた。

 王子の顔が醜く歪む。


「聖女を俺の妾にする」


「……今、なんとおっしゃいましたか?」


 理解を超えた内容に、思わず問い返す。

「はあ、何度も言わせるな。力が使えない聖女など、何の役にも立たん。だからといって国から放り出せば、他の国に対して外聞が悪い。俺の妾にでもして一生飼い殺すしかなかろう」

 酷い言葉の数々に、目の前が真っ赤になった。
 私たちの身勝手で有無を言わさず異なる世界に召喚されたというのに、何の説明もないまま聖女の力を発現するよう強要されてもその期待に応えようと必死に練習して、それに応えられないことに責任を感じて苦しんで、今も苦しみ続けている彼女を、馬鹿にするにも程がある。


「正直なところ、あんな地味で可愛げのない女、全く好みではないのだが」

 そこまで言ってから、王子は私の様子に気付いたようだった。

「ああ、お前は聖女をお気に入りのようだったなあ。あんな色気のない女がいいとは」

「……そんな目で聖女様を見てはおりません」

「そうだよなあ。お前程引くて数多の男が敢えてあんな辛気臭い女を選ぶ筈がない。職務に忠実だな、宰相殿は」

 おかしそうに笑う王子からこれ以上聖女様を侮辱する言葉を聞きたくなくて、口を噤む。しかし、反抗的な視線は抑えられなかったからか、彼の目に剣呑な光が宿る。


「興が削がれた。そもそも、何故俺があんな女を抱いてやらねばならんのだ。お前にやる」


「……は?」


 王子が吐き捨てるように言った最後の言葉が理解できず、間抜けに聞き返したことが、彼を満足させたようだった。

「何も王族である俺がわざわざ妾にせずとも、お前でもいい筈だ。違うか?」

 そう機嫌良さそうに言った王子は、醜悪な顔で続けた。


「命令だ、宰相ファルナード。あの出来損ないの聖女の面倒は、今後お前に全て任せる」


 「意味はわかったな」と念押しする王子に、私は様々な感情を全て飲み込んで、頭を垂れた。考えようによっては、彼女はこれで王子や神官長などから解放されるのだ。後は私が上手く取り計らえばよいだけのこと。


 王子が立ち去るのをそのままの姿勢で待っていると、さもいいことを思い出したように、彼は振り返った。

「早く聖女のところへ行ってやるといい。早く慰めてやらんと辛いだろうからなあ」

「……どういう意味ですか?」

 問い返すも、王子はニヤニヤするだけで何も言わずに立ち去ってしまう。嫌な予感しかせず、私は聖女様のいる客間へと人気のない廊下を急ぐのだった。






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