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5(ギュンター)
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「あの、では少し質問してもよろしいでしょうか?」
過分に控えめな態度で問いかける聖女様に、人柄の良さを感じつつ、否応もなく頷くと、彼女は思わぬことを尋ねてきた。
「私が聖女の力を使えるようになったら、何をすればよいのですか?」
「……は?」
取り繕うことも出来ず、間抜けな返答を返してしまった私に、聖女様は慌てて言葉を継ぐ。
「すみません。まだ力を使えるようにもなっていないのに申し訳ないのですが、目的がわかっていると、その、練習の励みにもなるというか……」
最後の方は萎れるように声が小さくなっていくのを見、私は余りの申し訳なさに、一瞬頭に浮かんだ彼らへの罵倒を押し込めて、頭を下げた。
「申し訳ございません! まさか、そのような当たり前のことをお伝えもせず、ご協力をお願いしていたのだとは想像もしておりませんでした!」
まさか、この国の現状や聖女の何たるかも説明もせず、ただ力の発動を強制していたのかと、良識を疑う。やはりこれは招聘などとは名ばかりの誘拐であり、軟禁であり、搾取なのだ。
怒りで眩暈がしそうになりながらも、それをぶつける相手は目の前にいない。目の前にいるのは被害者だ。
「いえ、あの、国の機密事項などもあるんでしょうし、その、謝っていただく必要は」
「いえ。お力をお借りしようとしている聖女様に対し、秘密にしておくことなど、あろうはずがございません。今日までご不安にさせてしまいましたこと、お詫び申し上げます。今更ながらではございますが、私よりご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
床を睨みながらそう言うと、一拍の間の後、明らかにホッとした様子の聖女様が「お願いします」と答えた。
私は一度目を瞑り、気持ちを切り替える。この腹の中の憤りは、間違っても彼女に感じさせてはならないものだ。
聖女様の乞うままに、今の我が国、この世界の現状について説明する。
この世界には、瘴気の発生する地があり、そこから魔物が生まれてくる。魔物はそれ自身が瘴気を撒き散らすだけではなく、人や家畜を襲う。魔物の種類は、大小や強弱、特殊な能力など、様々だ。数人いれば武器で倒せるものもあれば、数隊の軍隊で討伐に向かわないと太刀打ちできないものもある。ここ近年、稀に見る程強い魔物の出現率が高くなり、各国ともその対応に頭を悩ませることになっている。
そこで、我が国が計画し、実行したのが、数百年前に言い伝えが残る、異世界からの聖女の召喚だ。聖女の聖なる力は、魔物だけでなく、発生源となる瘴気そのものを浄化し、消滅させる力があるとされている。
「それで、呼ばれたのが私なのですね」
相槌を打つ聖女様に頷き返す。我が国の王子たちが、自分たちの政治的な都合を主として、この計画を実行したことは、宰相という立場上、伝えることを躊躇ってしまう。
後ろめたさに言葉を繋ぐ。
「今一番状況が深刻なのは、隣国エステとの境にある山間地域なのですが、両国とも近隣領から増援を出して、なんとか対処できています」
山間にある峡谷に溜まった瘴気から魔物が生み出され続けているが、頻度は高くともそれほど強い魔物ではないため、兵の数で抑えることができている。
聖女様の浄化の力で瘴気を祓うことができれば、根本的に解決することができるのは本当なのだが。
「国境辺り、ということですか。それはここからどれくらい離れているのですか? あ、地図とかあれば想像しやすい気がするのですけど」
「地図がお読みになれるのですか? であれば、すぐにご用意させていただきます」
この国で地図を読めるのは、一部の文官やそれ相応の教育を受けた貴族だけだ。聖女様は庶民の出だと言っていたので、彼女が元いた世界の教育水準の高さを窺い知れる。
「見てみないと分かりませんが、多分大丈夫だと思います。でも、字は読めないので、翻訳していただけると助かります」
そう控えめに話す言葉はこの国のもので、会話に困ってはいないようだが、紙に書かれた文字は読めないのだと、彼女は苦笑する。
嫌な予感がして尋ねてみる。
「聖女の力の発動について、過去の聖女が書かれたという文献をご覧になっているとお聞きしておりますが、そちらはお読みになれたのですか?」
「読もうとはしたのですが、やっぱり読めませんでした。翻訳をお願いしたのですが、付き添っていただいている神官見習いの方には読めない字体だそうで」
「……その後、他の者は対応しなかったのですか?」
思わず引き攣る口元に、聖女様が慌てる。
「いえ、皆さま、お忙しそうで。私のために既に人を割いていただいているのに、これ以上ご迷惑をおかけするのも申し訳なくて」
落ち着け。聖女様を責めてどうする。
自分に言い聞かせて、息をつく。
迷惑をおかけしているのはこちらだというのに、何故この方はこれほど腰が低いのか。こちらのいいように扱われていることに、もっと憤ってもよいはずなのに。
「よろしければ、そちらの翻訳についても、私が対応させていただいてもよろしいですか?」
なんとか気持ちを落ち着けて、そう伝えると、彼女は屈託なく「助かります」と笑った。
過分に控えめな態度で問いかける聖女様に、人柄の良さを感じつつ、否応もなく頷くと、彼女は思わぬことを尋ねてきた。
「私が聖女の力を使えるようになったら、何をすればよいのですか?」
「……は?」
取り繕うことも出来ず、間抜けな返答を返してしまった私に、聖女様は慌てて言葉を継ぐ。
「すみません。まだ力を使えるようにもなっていないのに申し訳ないのですが、目的がわかっていると、その、練習の励みにもなるというか……」
最後の方は萎れるように声が小さくなっていくのを見、私は余りの申し訳なさに、一瞬頭に浮かんだ彼らへの罵倒を押し込めて、頭を下げた。
「申し訳ございません! まさか、そのような当たり前のことをお伝えもせず、ご協力をお願いしていたのだとは想像もしておりませんでした!」
まさか、この国の現状や聖女の何たるかも説明もせず、ただ力の発動を強制していたのかと、良識を疑う。やはりこれは招聘などとは名ばかりの誘拐であり、軟禁であり、搾取なのだ。
怒りで眩暈がしそうになりながらも、それをぶつける相手は目の前にいない。目の前にいるのは被害者だ。
「いえ、あの、国の機密事項などもあるんでしょうし、その、謝っていただく必要は」
「いえ。お力をお借りしようとしている聖女様に対し、秘密にしておくことなど、あろうはずがございません。今日までご不安にさせてしまいましたこと、お詫び申し上げます。今更ながらではございますが、私よりご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
床を睨みながらそう言うと、一拍の間の後、明らかにホッとした様子の聖女様が「お願いします」と答えた。
私は一度目を瞑り、気持ちを切り替える。この腹の中の憤りは、間違っても彼女に感じさせてはならないものだ。
聖女様の乞うままに、今の我が国、この世界の現状について説明する。
この世界には、瘴気の発生する地があり、そこから魔物が生まれてくる。魔物はそれ自身が瘴気を撒き散らすだけではなく、人や家畜を襲う。魔物の種類は、大小や強弱、特殊な能力など、様々だ。数人いれば武器で倒せるものもあれば、数隊の軍隊で討伐に向かわないと太刀打ちできないものもある。ここ近年、稀に見る程強い魔物の出現率が高くなり、各国ともその対応に頭を悩ませることになっている。
そこで、我が国が計画し、実行したのが、数百年前に言い伝えが残る、異世界からの聖女の召喚だ。聖女の聖なる力は、魔物だけでなく、発生源となる瘴気そのものを浄化し、消滅させる力があるとされている。
「それで、呼ばれたのが私なのですね」
相槌を打つ聖女様に頷き返す。我が国の王子たちが、自分たちの政治的な都合を主として、この計画を実行したことは、宰相という立場上、伝えることを躊躇ってしまう。
後ろめたさに言葉を繋ぐ。
「今一番状況が深刻なのは、隣国エステとの境にある山間地域なのですが、両国とも近隣領から増援を出して、なんとか対処できています」
山間にある峡谷に溜まった瘴気から魔物が生み出され続けているが、頻度は高くともそれほど強い魔物ではないため、兵の数で抑えることができている。
聖女様の浄化の力で瘴気を祓うことができれば、根本的に解決することができるのは本当なのだが。
「国境辺り、ということですか。それはここからどれくらい離れているのですか? あ、地図とかあれば想像しやすい気がするのですけど」
「地図がお読みになれるのですか? であれば、すぐにご用意させていただきます」
この国で地図を読めるのは、一部の文官やそれ相応の教育を受けた貴族だけだ。聖女様は庶民の出だと言っていたので、彼女が元いた世界の教育水準の高さを窺い知れる。
「見てみないと分かりませんが、多分大丈夫だと思います。でも、字は読めないので、翻訳していただけると助かります」
そう控えめに話す言葉はこの国のもので、会話に困ってはいないようだが、紙に書かれた文字は読めないのだと、彼女は苦笑する。
嫌な予感がして尋ねてみる。
「聖女の力の発動について、過去の聖女が書かれたという文献をご覧になっているとお聞きしておりますが、そちらはお読みになれたのですか?」
「読もうとはしたのですが、やっぱり読めませんでした。翻訳をお願いしたのですが、付き添っていただいている神官見習いの方には読めない字体だそうで」
「……その後、他の者は対応しなかったのですか?」
思わず引き攣る口元に、聖女様が慌てる。
「いえ、皆さま、お忙しそうで。私のために既に人を割いていただいているのに、これ以上ご迷惑をおかけするのも申し訳なくて」
落ち着け。聖女様を責めてどうする。
自分に言い聞かせて、息をつく。
迷惑をおかけしているのはこちらだというのに、何故この方はこれほど腰が低いのか。こちらのいいように扱われていることに、もっと憤ってもよいはずなのに。
「よろしければ、そちらの翻訳についても、私が対応させていただいてもよろしいですか?」
なんとか気持ちを落ち着けて、そう伝えると、彼女は屈託なく「助かります」と笑った。
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