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第2章 一年次・4月(1)
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第2章 一年次・4月
たまたま採用担当者が柔道経験者だったのが幸いして、高志の就職は4年次が始まってすぐ、まだ早い時期に、志望していた会社に内定した。
高志も子供の頃からずっと柔道を習っていた。初めは何も分からないまま親に近所の道場に連れていかれたのだが、性に合っていたのか、小中はその道場、高校と大学では柔道部に入ってずっと続けていた。成績としては大したものは残していないが、就職活動においては一定のアピールポイントとなったようだ。長年の武道の経験によって最低限の継続力や粘り強さ、礼儀などは身に付いていると思われただろうし、背が高く筋肉質な体つきをしていたから、体力もあると思われただろう。高志自身の持つ実直そうで落ち着いた雰囲気も好印象を与えた。
――もっと食えよ。
高志が茂に向かって最初に発した言葉は、それだった。
確か大学に入学してすぐの、学科内の懇親会だった。もう四年前だ。
高志の隣の席の男は、自己紹介で細谷茂と名乗った。名字の並びが近いから基礎クラスも同じはずだったが、話したことはなかった。
その懇親会はもちろん男女混合だったが、隣にいる高志の口数が少ないのに気を遣ってか、茂は場を温めようとするように、周りの女子達に向かってよく話し掛けていた。周りの女子も、体育会系の高志とは違って柔和な茂とは話しやすく思えたのだろう、会話は途切れることなく、和やかな雰囲気が形成されつつあった。
「もっと食えよ」
そんな中で、それまで喋らなかった高志がいきなりそう言ったのを聞いて、茂は驚いたように、会話を中断して高志を見た。高志は大皿に載った山盛りの唐揚げをいくつか茂の皿に取り分けた。
「えっと、藤代? ありがとう」
しかし茂の困ったような笑顔を見て、高志はばつの悪さを感じた。後に続きそうだった言葉を言わずにおいたことに安堵した。
――もっと食えよ。「そんなに細いんだから」。
茂はあまり体格が良いとは言えなかった。懇親会が始まる前、席に着くために上着を脱いで長袖のTシャツ一枚になったのを見た時、まず最初にその腹部の薄さに目がいった。背の高さは平均的だったし、細身の体は女子受けという意味では悪くないと知ってはいたが、しかし同じ男として考えれば、おそらく気にしている可能性の方が高かった。特に高志のような体格の者から言われれば尚更。
「……悪い、余計なこと言った」
高志自身は、決してそこに優劣を付けている訳ではなかった。自分だっていかにも柔道選手というような大きな体をしているわけではないし、持って生まれたものについて何を言うつもりもない。ただ、自分の分まで引き受けるかのように会話を繋いで、そのせいでろくに食べていない茂に、腹一杯食べてほしいと思ったのだった。
「え? いや全然」
しかし茂は能天気な声で首を振ると、向かいの女子達の方を振り向き、
「ちょっと、藤代くんが優しいんだけど!」
と冗談ぽく言った。
「ほんとだー」
「藤代くんが優しい!」
「細谷くん、ほんとにもっと食べなよ」
周りの女子達も、茂のノリに律義に付き合いつつ、少しほっとしたような表情となり、その後は少しずつ高志にも話し掛けてきた。それに答えているうちに、徐々に高志も周りとスムーズに会話することができるようになり、結果としてその日の懇親会で男女数人の友人を作ることができた。
茂が高志の言葉をきっかけとして自分を上手に話の輪の中に入れてくれたのは分かっていた。口下手を自覚している高志にとって、それは率直にとてもありがたいことだった。懇親会の間中ずっと、茂がみんなと自然に楽しげに会話する様を横から見ながら、高志は茂の会話の上手さや気遣いに何度も感心したし、そこから少しでも学びたいとすら思った。高志の持たないものを持っている彼に対して、その日、高志は密かに尊敬とも言えるような気持ちを持った。
だから翌日、午前の授業が終わった後に食堂前で茂を見かけた時、高志は自然と彼に話し掛けていた。そのままその日の昼食を一緒に取り、そしてそれ以降も、何となく日々の行動を共にすることになったのだった。
たまたま採用担当者が柔道経験者だったのが幸いして、高志の就職は4年次が始まってすぐ、まだ早い時期に、志望していた会社に内定した。
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「えっと、藤代? ありがとう」
しかし茂の困ったような笑顔を見て、高志はばつの悪さを感じた。後に続きそうだった言葉を言わずにおいたことに安堵した。
――もっと食えよ。「そんなに細いんだから」。
茂はあまり体格が良いとは言えなかった。懇親会が始まる前、席に着くために上着を脱いで長袖のTシャツ一枚になったのを見た時、まず最初にその腹部の薄さに目がいった。背の高さは平均的だったし、細身の体は女子受けという意味では悪くないと知ってはいたが、しかし同じ男として考えれば、おそらく気にしている可能性の方が高かった。特に高志のような体格の者から言われれば尚更。
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「え? いや全然」
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「ちょっと、藤代くんが優しいんだけど!」
と冗談ぽく言った。
「ほんとだー」
「藤代くんが優しい!」
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茂が高志の言葉をきっかけとして自分を上手に話の輪の中に入れてくれたのは分かっていた。口下手を自覚している高志にとって、それは率直にとてもありがたいことだった。懇親会の間中ずっと、茂がみんなと自然に楽しげに会話する様を横から見ながら、高志は茂の会話の上手さや気遣いに何度も感心したし、そこから少しでも学びたいとすら思った。高志の持たないものを持っている彼に対して、その日、高志は密かに尊敬とも言えるような気持ちを持った。
だから翌日、午前の授業が終わった後に食堂前で茂を見かけた時、高志は自然と彼に話し掛けていた。そのままその日の昼食を一緒に取り、そしてそれ以降も、何となく日々の行動を共にすることになったのだった。
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