ヴァレン兄さん、ねじが余ってます

四葉 翠花

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16.不穏な風向き

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 平穏な日々は、娼館主からの呼び出しによって幕を閉じた。

「……何だか、顔色がよくありませんね」

 疲れの滲む娼館主の顔に、ヴァレンは嫌な予感を覚える。

「そうだな……どうしたものか困った出来事が起こっている。おまえが三か月後を延々と繰り返そうとしてはねつけた相手がいるだろう。島に卸している品を大幅に値上げすると言ってきた」

「はい?」

「残念なことに、彼が扱っている夕月花は生産地が限られている。ほぼ独占状態だ」

「あー……確か、夕月花は今年の生育が悪くて値上げが見込まれる、という話は聞きましたが」

「そのとおり。もともと値上げは見込まれていた。ところが、ある条件をのめば値上げを見送ってもよいという。一年間、値上げはしないそうだ」

 値上げをするのではなく、値上げをやめるということか。
 強硬な姿勢で無茶な値上げをしようとするのなら抗議のしようもあるが、値上げをやめるということなら、強くは出られないだろう。

「……で、俺はどうすればいいんですか?」

「おまえは話が早いな。一週間以内にしろとのことだ」

「……わかりました。三日後の昼に入れてください」

 大きく息を吐き出しながらヴァレンは答える。

「悪いな。さすがに無茶な要求だったら、こちらとしても抗議のしようがあるのだが……値上げの予定を取り消すって言われるとな……」

 苦虫を噛み潰したような顔で娼館主はため息を漏らす。

「まあ、客として来たいっていうだけじゃあ、突っぱねられないでしょう。仕方ない、会いますよ。ただ、それ以外の条件って何かありますか?」

 島側の体面が傷つくようなことならともかく、この程度の願いであれば受け入れるしかない。そこは割り切り、ヴァレンは対応策に考えを巡らせる。

「いや、特にない。ごく普通に客として迎えてくれればいいだけだ。もちろん、床入りの拒否権はある」

 客として迎えれば、後は自由なようだ。ヴァレンはゆっくりと頷いた。

「了解でっす。じゃあ、髪を剃りあげてきます」

「待て、それは禁止」

 軽やかに立ち去ろうとするヴァレンを、娼館主が制す。

「えー、だったら髪を染めてもいいですか?」

「それも禁止だ。せめて、カツラにしろ」

 娼館主は引かない。

「うーん……髪の上にカツラだと暑苦しそうだけれど……まあ、仕方ないか。じゃあ、面白おかしいカツラを探しに行ってきます」

「……その客以外のときに、面白おかしいカツラを被るなよ」

 諦めたような娼館主の吐息が、部屋に響いた。
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