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25.今だけでも
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「俺、ローダンデリアの血を引いている。前領主の妹の子になるのかな」
「……驚きですね」
しばしの沈黙の後、エアイールは眉根を寄せてまじまじとヴァレンを見つめる。驚いているのか、呆れているのか、判断に困る顔だ。
「うん、びっくり」
「……ということは、もしかして本当に身請けを受ける気なのですか?」
「え? 何で?」
突然、方向転換した話に、今度はヴァレンがきょとんとする。
「領主になるというのなら、不足はないでしょう。偽りだというのならともかく、本物だというのなら……。あなたはこんな狭い鳥籠に閉じ込められているような方ではありません。きっと、飛び立っていってしまう……」
「おい、落ち着けよ」
「わたくしに引き止める権利などありません。でも、せめて、今だけでも……」
「ああ、もう!」
すっかり自分の世界に入り込んでしまったエアイールの頭をつかみ、黙らせるようにヴァレンは唇を重ねた。
時を失ったかのように動きを止めたエアイールの頭をぽんぽんと叩き、ヴァレンは触れるだけの口づけを続ける。
ややあって唇を離すと、エアイールが目を見開いていた。普段の取り澄ました顔とは似つかない、驚愕と不安に覆われた表情だ。
「身請けを受ける気はないってこの間も言っただろ。それに……引き止めたかったら、引き止めればいいだろ」
「……引き止めたら、行かないでくださるのですか?」
「ああ、行かないよ。……少なくとも、今は」
「今だけでも構いません……行かないでください……」
今度はエアイールが手を伸ばし、ヴァレンを引き寄せる。
震える唇が、何よりも雄弁にエアイールの心を語っていた。
さすがに喫茶店なので、エアイールも押し倒してはこなかった。いくらか口づけを交わし、頭を撫でてやるとエアイールは落ち着いたようだった。
ヴァレンは一息ついて茶を飲むと、話を戻す。
「ある客から聞いた話なんだけど、赤味がかった金髪の子を誘拐しているっていう話があったんだ。何だか……引っかかるような気がする」
「そうですね……もし商人が関わっているとすれば、偽りの子として目をつけられた、というのが適当でしょうか。もちろん、まったく別件という可能性もありますが」
単純にエイブと誘拐を結びつけることもできないだろう。
しかし、ヴァレンはどうも二つを結びつける線がうっすらと見えるような気がするのだ。
「俺を探して見つかった候補者ってこともありえるな」
「ああ、それはありそうですね。ただ、本当に正しく探していたというのなら、誘拐する必要はないでしょうが」
「そうだなぁ……どうもすっきりしないな」
線は見えるような気がするのだが、触れられるほど確かなものではない。つかもうとしているのは、ただの幻ということだってある。
ヴァレンは呻きながら、丸い焼き菓子を口に運んだ。しっとりと滑らかな生地の中、ざらりとした豆の食感が舌に残った。
「……驚きですね」
しばしの沈黙の後、エアイールは眉根を寄せてまじまじとヴァレンを見つめる。驚いているのか、呆れているのか、判断に困る顔だ。
「うん、びっくり」
「……ということは、もしかして本当に身請けを受ける気なのですか?」
「え? 何で?」
突然、方向転換した話に、今度はヴァレンがきょとんとする。
「領主になるというのなら、不足はないでしょう。偽りだというのならともかく、本物だというのなら……。あなたはこんな狭い鳥籠に閉じ込められているような方ではありません。きっと、飛び立っていってしまう……」
「おい、落ち着けよ」
「わたくしに引き止める権利などありません。でも、せめて、今だけでも……」
「ああ、もう!」
すっかり自分の世界に入り込んでしまったエアイールの頭をつかみ、黙らせるようにヴァレンは唇を重ねた。
時を失ったかのように動きを止めたエアイールの頭をぽんぽんと叩き、ヴァレンは触れるだけの口づけを続ける。
ややあって唇を離すと、エアイールが目を見開いていた。普段の取り澄ました顔とは似つかない、驚愕と不安に覆われた表情だ。
「身請けを受ける気はないってこの間も言っただろ。それに……引き止めたかったら、引き止めればいいだろ」
「……引き止めたら、行かないでくださるのですか?」
「ああ、行かないよ。……少なくとも、今は」
「今だけでも構いません……行かないでください……」
今度はエアイールが手を伸ばし、ヴァレンを引き寄せる。
震える唇が、何よりも雄弁にエアイールの心を語っていた。
さすがに喫茶店なので、エアイールも押し倒してはこなかった。いくらか口づけを交わし、頭を撫でてやるとエアイールは落ち着いたようだった。
ヴァレンは一息ついて茶を飲むと、話を戻す。
「ある客から聞いた話なんだけど、赤味がかった金髪の子を誘拐しているっていう話があったんだ。何だか……引っかかるような気がする」
「そうですね……もし商人が関わっているとすれば、偽りの子として目をつけられた、というのが適当でしょうか。もちろん、まったく別件という可能性もありますが」
単純にエイブと誘拐を結びつけることもできないだろう。
しかし、ヴァレンはどうも二つを結びつける線がうっすらと見えるような気がするのだ。
「俺を探して見つかった候補者ってこともありえるな」
「ああ、それはありそうですね。ただ、本当に正しく探していたというのなら、誘拐する必要はないでしょうが」
「そうだなぁ……どうもすっきりしないな」
線は見えるような気がするのだが、触れられるほど確かなものではない。つかもうとしているのは、ただの幻ということだってある。
ヴァレンは呻きながら、丸い焼き菓子を口に運んだ。しっとりと滑らかな生地の中、ざらりとした豆の食感が舌に残った。
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