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第三章 巡り会い
81.雑貨屋
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「いらっしゃいませ」
店内で、使用人たちに指示を出している主人らしき人物が、アデルジェスに向かって微笑む。
一瞬、見とれてしまうような、あでやかな微笑みだった。ミゼアスを見慣れているアデルジェスですら、思わず目を奪われそうになる。
長い黒髪を後ろでひとつに束ねた、柔和で端正な顔立ちの青年だった。年齢は二十代半ばくらいだろうか。青い瞳は穏やかな光をたたえて、アデルジェスに向けられている。
「あ……あの……竪琴はありますか……?」
どぎまぎとしながらアデルジェスは尋ねる。ミゼアスで大分耐性はできていたが、やはり艶のある美貌の主を前にすると、気後れしてしまう。
「はい、いくつかございますよ」
青年は穏やかな微笑みを崩さず、アデルジェスを楽器の並んだ棚に案内する。途中には置物や装飾品のようなものもあった。どうやらここは雑貨屋のようだ。
「……えっと……これで全部ですか?」
並べられた値札にぎょっとしながら、アデルジェスは平静を装おうとする。素朴な木の竪琴だけは手が届きそうだったが、他はかなりつらい。
「奥に高級品がございますが、お出ししましょうか?」
「あ、い、いえ! えっと、その……俺が使うんじゃなくて……」
「贈り物をお考えでしょうか?」
「は、はい、そうです」
「できれば、その方もご一緒のほうがよろしいかもしれませんね。個人によって好みや、使いやすさも違いますからね」
しどろもどろになってしまうアデルジェスを、青年は穏やかに導いていく。
「……あの……花月琴っていうのはありますか?」
ミゼアスが花月琴の名手だったことを思い出し、アデルジェスは何気なく尋ねてみる。すると青年の表情が驚きに彩られ、懐かしそうに目が細められた。
「花月琴……あいにく、うちでは取り扱っていないのですよ。申し訳ありません」
「い、いえ、ちょっと思い出しただけなんで……」
ぼそぼそとアデルジェスは言い繕う。
「お時間をいただければ取り寄せることもできますが……何にせよ、やはりその方もご一緒にいらしてくださったほうがよいかと思います」
「そ、そうですね……あの、ところで、花月琴っていうのはどれくらいの値段なんでしょう?」
「物にもよりますが……安いもので、そちらの竪琴に桁をひとつ増やしたくらいですね。名品と呼ばれるものになると、さらに桁がふたつほど増えるでしょうか」
淡々と答える青年の言葉に、アデルジェスはめまいを覚えそうになった。
島でミゼアスは名品中の名品と呼ばれるような花月琴を使っていたはずだ。今更だが、住んでいた世界が違うのだと実感させられる。
また来ますと言って、アデルジェスは店を後にした。
楽器の値段が想像以上に高く、ミゼアスとの隔たりを見せつけられたようで、いささか茫然となりながら、帰路に就く。
「ジェス、お帰りなさい!」
宿に戻ると、ミゼアスが喜色を浮かべて飛びついてきた。愛らしい姿に、アデルジェスの中に浮かんだ焦燥感が消えていく。
「ただいま」
ミゼアスを抱きとめながら、アデルジェスは微笑む。
「お仕事してきて、お腹が空いたでしょう? 今日のシチューは僕も手伝ったんだよ。食べて、食べて」
うきうきとした様子でミゼアスはアデルジェスを卓へと導く。満面の笑みを浮かべるミゼアスの姿は、アデルジェスの胸も温かく満たす。
過去の隔たりなど、今現在、お互いが一緒にいて幸福に過ごせていることに比べれば、気にするようなことではないだろう。アデルジェスは不安に思った自らを笑いながら、ミゼアスの自信作を待った。
店内で、使用人たちに指示を出している主人らしき人物が、アデルジェスに向かって微笑む。
一瞬、見とれてしまうような、あでやかな微笑みだった。ミゼアスを見慣れているアデルジェスですら、思わず目を奪われそうになる。
長い黒髪を後ろでひとつに束ねた、柔和で端正な顔立ちの青年だった。年齢は二十代半ばくらいだろうか。青い瞳は穏やかな光をたたえて、アデルジェスに向けられている。
「あ……あの……竪琴はありますか……?」
どぎまぎとしながらアデルジェスは尋ねる。ミゼアスで大分耐性はできていたが、やはり艶のある美貌の主を前にすると、気後れしてしまう。
「はい、いくつかございますよ」
青年は穏やかな微笑みを崩さず、アデルジェスを楽器の並んだ棚に案内する。途中には置物や装飾品のようなものもあった。どうやらここは雑貨屋のようだ。
「……えっと……これで全部ですか?」
並べられた値札にぎょっとしながら、アデルジェスは平静を装おうとする。素朴な木の竪琴だけは手が届きそうだったが、他はかなりつらい。
「奥に高級品がございますが、お出ししましょうか?」
「あ、い、いえ! えっと、その……俺が使うんじゃなくて……」
「贈り物をお考えでしょうか?」
「は、はい、そうです」
「できれば、その方もご一緒のほうがよろしいかもしれませんね。個人によって好みや、使いやすさも違いますからね」
しどろもどろになってしまうアデルジェスを、青年は穏やかに導いていく。
「……あの……花月琴っていうのはありますか?」
ミゼアスが花月琴の名手だったことを思い出し、アデルジェスは何気なく尋ねてみる。すると青年の表情が驚きに彩られ、懐かしそうに目が細められた。
「花月琴……あいにく、うちでは取り扱っていないのですよ。申し訳ありません」
「い、いえ、ちょっと思い出しただけなんで……」
ぼそぼそとアデルジェスは言い繕う。
「お時間をいただければ取り寄せることもできますが……何にせよ、やはりその方もご一緒にいらしてくださったほうがよいかと思います」
「そ、そうですね……あの、ところで、花月琴っていうのはどれくらいの値段なんでしょう?」
「物にもよりますが……安いもので、そちらの竪琴に桁をひとつ増やしたくらいですね。名品と呼ばれるものになると、さらに桁がふたつほど増えるでしょうか」
淡々と答える青年の言葉に、アデルジェスはめまいを覚えそうになった。
島でミゼアスは名品中の名品と呼ばれるような花月琴を使っていたはずだ。今更だが、住んでいた世界が違うのだと実感させられる。
また来ますと言って、アデルジェスは店を後にした。
楽器の値段が想像以上に高く、ミゼアスとの隔たりを見せつけられたようで、いささか茫然となりながら、帰路に就く。
「ジェス、お帰りなさい!」
宿に戻ると、ミゼアスが喜色を浮かべて飛びついてきた。愛らしい姿に、アデルジェスの中に浮かんだ焦燥感が消えていく。
「ただいま」
ミゼアスを抱きとめながら、アデルジェスは微笑む。
「お仕事してきて、お腹が空いたでしょう? 今日のシチューは僕も手伝ったんだよ。食べて、食べて」
うきうきとした様子でミゼアスはアデルジェスを卓へと導く。満面の笑みを浮かべるミゼアスの姿は、アデルジェスの胸も温かく満たす。
過去の隔たりなど、今現在、お互いが一緒にいて幸福に過ごせていることに比べれば、気にするようなことではないだろう。アデルジェスは不安に思った自らを笑いながら、ミゼアスの自信作を待った。
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