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29.混乱する感情
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「許せないか?」
デイネストが感情をうかがわせない声で問いかけてくる。首を縦にも横にも振ることができず、セレディローサはやや俯いた。
「……許せるかと問われたら、そうとは答えられないわ。私が十八年、苦痛を受けてきたのは確かなのですもの。でも……」
言葉を区切り、セレディローサはデイネストの額に手を伸ばした。引きつったような傷跡にそっと触れ、優しくなぞる。
「呪いがなければ、あなたと出会うこともなく、別の男に嫁がされていたかもしれない。……この傷、呪いを解く方法を見つけるために負ったものなのでしょう? 呪いがなければよかったなんて言ってしまうと、あなたへの感謝も否定することになるんじゃないかという気がして……」
デイネストの母は先王の妾妃で、もともとは流浪の民の出身だったという。外交官の家に養女として迎えさせて体裁を整えたのだそうだ。
母が亡くなると、王城でのデイネストの立場も微妙なものになったため、一時期その外交官の家に預けられていたのだが、ちょうどそのときにセレディローサと出会った。
呪いを解く方法を見つけると約束したデイネストは、帰国してから呪術に関する知識を持つ母の一族を探したのだ。簡単ではなかったが、どうにか探し出して呪いの性質について教えてもらい、対策を立てたのだという。
デイネストはそのあたりについてはあまり多くを語らないが、相当に困難だったことだろう。しかも王が亡くなり、内乱まで起こってしまったのだ。
彼が歩んだ苦難の道を思えば、甘えたことなど口にしてはならないと思えた。
「そんなこと、気にしなくていいのに。セレは難しく考えすぎだよ」
デイネストは微笑み、労わるようにセレディローサの髪を撫でた。
「実際にセレを助けられたんだし、この傷は勲章だよ。それに呪いがないほうがいいなんて、当たり前のことじゃないか。確かに呪いがあったからこそ、俺はセレを王妃として迎えられたけれど……さすがに呪いがあってよかったなんて、セレの境遇を考えたら言えるはずがない」
優しく髪を撫でる手が、セレディローサの心を覆う鎧を引き剥がしていく。
「……ごめんなさい」
一言断ると、セレディローサはデイネストの胸に顔を埋めた。その途端、涙があふれだしてくる。
夫の胸にとりすがり、セレディローサは声をあげて泣いた。過去にこれほど涙を流したことはないというくらい、ただひたすら泣いた。
何に泣いているのか、どうして涙が出てくるのかもわからない。幼い頃の自分、姉のように母のように寄り添ってくれたイリナ、嫌味を言う王妃、そしてデイネスト。
すべてが胸の中で絡み合い、ぐちゃぐちゃに渦巻く。さまざまな感情がまじり合って、区別もできない。
デイネストが感情をうかがわせない声で問いかけてくる。首を縦にも横にも振ることができず、セレディローサはやや俯いた。
「……許せるかと問われたら、そうとは答えられないわ。私が十八年、苦痛を受けてきたのは確かなのですもの。でも……」
言葉を区切り、セレディローサはデイネストの額に手を伸ばした。引きつったような傷跡にそっと触れ、優しくなぞる。
「呪いがなければ、あなたと出会うこともなく、別の男に嫁がされていたかもしれない。……この傷、呪いを解く方法を見つけるために負ったものなのでしょう? 呪いがなければよかったなんて言ってしまうと、あなたへの感謝も否定することになるんじゃないかという気がして……」
デイネストの母は先王の妾妃で、もともとは流浪の民の出身だったという。外交官の家に養女として迎えさせて体裁を整えたのだそうだ。
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デイネストはそのあたりについてはあまり多くを語らないが、相当に困難だったことだろう。しかも王が亡くなり、内乱まで起こってしまったのだ。
彼が歩んだ苦難の道を思えば、甘えたことなど口にしてはならないと思えた。
「そんなこと、気にしなくていいのに。セレは難しく考えすぎだよ」
デイネストは微笑み、労わるようにセレディローサの髪を撫でた。
「実際にセレを助けられたんだし、この傷は勲章だよ。それに呪いがないほうがいいなんて、当たり前のことじゃないか。確かに呪いがあったからこそ、俺はセレを王妃として迎えられたけれど……さすがに呪いがあってよかったなんて、セレの境遇を考えたら言えるはずがない」
優しく髪を撫でる手が、セレディローサの心を覆う鎧を引き剥がしていく。
「……ごめんなさい」
一言断ると、セレディローサはデイネストの胸に顔を埋めた。その途端、涙があふれだしてくる。
夫の胸にとりすがり、セレディローサは声をあげて泣いた。過去にこれほど涙を流したことはないというくらい、ただひたすら泣いた。
何に泣いているのか、どうして涙が出てくるのかもわからない。幼い頃の自分、姉のように母のように寄り添ってくれたイリナ、嫌味を言う王妃、そしてデイネスト。
すべてが胸の中で絡み合い、ぐちゃぐちゃに渦巻く。さまざまな感情がまじり合って、区別もできない。
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