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68.交渉決裂2
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「そ、その……きみはとても魅力的だけど、もっと自分を大切にしたほうがいいっていうか、あの、その……」
胸に浮かぶ影がインプの甘い誘惑を蹴り飛ばした。晴人はインプを傷つけないようにとどうにか断りの言葉を探すが、口からはどこのオヤジだというような台詞しか出てこない。
「今さら自分を大切になんて、何の冗談? オレ、散々犯されてきたんだよ。聖娼にならなければあんな目に合わなかったって、いつも呪ってた。今のオレ、ちょっと若いでしょう? 聖娼って、ある程度の年齢になるまでは仕事をさせないんだ。身体ができていないからってね。だから、成長しなければ聖娼にならなくてすむっていう思いが魔物化したときに表面に出てきて、この姿になったみたい」
インプの声が刺々しくなった。触れてはいけないことをかすめてしまったようだ。
「兄ちゃんと同じだった金色の目も、黒く染まった。あの神殿長はオレの目のことを……」
俯いて、インプは声を震わせる。神殿長の名前が出たことに、晴人ははっとした。
インプというかリオンが都の神殿に引き渡されるきっかけとなったのは、神殿長の暴走だ。
もしかしたらそれがなくても結局は引き渡されることになったのかもしれないが、決定付けたのは神殿長の出来事だろう。
「その……神殿長さんのこと、恨んでいる……?」
リオンのおかげで神殿長は魔物化を免れた。
おそらく承諾があったのだろうと想定はされたが、あくまで想定でしかない。晴人はおそるおそる本人に尋ねてみる。
「ああ、恨んでいるね。あんなひどい奴、当然だろ」
吐き捨てるように答えが返ってきた。晴人はわずかな希望が崩れ去ったようで、愕然とする。リオンの絶望や悲痛な願いを思えば、いたたまれなかった。
「みんな、みんな嫌いだ。勝手なことを言ってオレに浄化をさせた神殿長も、聖娼だから奉仕するのは当然ってオレを犯した連中も……みんな、消えてしまえばいい」
苦しそうな声を絞り出すと、インプは晴人を見上げてきた。
「ねえ、あんただってひどい目にあっただろ? 自分では何もしようとしないくせに、救ってもらって当然って勘違いしている連中ばかりだろ? そんな世界、もういらないだろ? 俺と一緒にずっと、遊んでいようよ」
晴人の肩をつかみながら、インプはすがりつくように訴えてくる。瞳は必死で、狂気にも似たものが浮かんでいた。
だが、晴人の胸に浮かぶのは憐憫と、自己嫌悪だ。
「確かに、ひどい連中はいたよ。でも、そうじゃない人だっている。それに……俺だって、あのひどい連中と根本的には似たようなものだと思う……」
この世界でこそ晴人は頼られる側で決断も迫られたが、もともといた世界ではそうではなかった。何となく流されて今までの人生を歩んできた。自分がしなくても誰かがしてくれる、いざとなれば誰かが助けてくれる、どうしようもなくなれば放り出せばいいくらいの考えだったかもしれない。
就職活動がうまくいかないことも、不況だから仕方がないのだと思っていた。
しかし不況とはいいつつ、周囲には内定をもらっている人などたくさんいる。彼らはきっと運がよかったのだとか、とても優秀なのだなどと片付け、自分に非は無いということにしていた。
原因は外側にあることにして、自分自身は何も変わろうとしなかったのだ。
この世界に来てから晴人はセイに導かれた。
しかし、セイはいつも肝心なところは晴人に決断させる。
決めてもらってその道筋をなぞるだけのほうが簡単なのにと晴人は不満を抱いたが、それでは晴人のためにならなかっただろう。言われた道筋を歩むだけなら、日本にいた頃と同じだ。
晴人がもしこの世界に生まれ、あの都で普通の男として育っていたとしたら、どうなっていただろうか。自分では何もしようとせず、救ってもらって当然と聖娼に群がる男の一人になっていたのではないだろうか。
自分はあの連中とは違うとは、決して言い切れなかった。
今、晴人は自らの意思でこの場に立っている。だがそれは今まで晴人を辛抱強く見守り、本当の意味で導いてくれたセイのおかげだ。
胸に浮かぶ影がインプの甘い誘惑を蹴り飛ばした。晴人はインプを傷つけないようにとどうにか断りの言葉を探すが、口からはどこのオヤジだというような台詞しか出てこない。
「今さら自分を大切になんて、何の冗談? オレ、散々犯されてきたんだよ。聖娼にならなければあんな目に合わなかったって、いつも呪ってた。今のオレ、ちょっと若いでしょう? 聖娼って、ある程度の年齢になるまでは仕事をさせないんだ。身体ができていないからってね。だから、成長しなければ聖娼にならなくてすむっていう思いが魔物化したときに表面に出てきて、この姿になったみたい」
インプの声が刺々しくなった。触れてはいけないことをかすめてしまったようだ。
「兄ちゃんと同じだった金色の目も、黒く染まった。あの神殿長はオレの目のことを……」
俯いて、インプは声を震わせる。神殿長の名前が出たことに、晴人ははっとした。
インプというかリオンが都の神殿に引き渡されるきっかけとなったのは、神殿長の暴走だ。
もしかしたらそれがなくても結局は引き渡されることになったのかもしれないが、決定付けたのは神殿長の出来事だろう。
「その……神殿長さんのこと、恨んでいる……?」
リオンのおかげで神殿長は魔物化を免れた。
おそらく承諾があったのだろうと想定はされたが、あくまで想定でしかない。晴人はおそるおそる本人に尋ねてみる。
「ああ、恨んでいるね。あんなひどい奴、当然だろ」
吐き捨てるように答えが返ってきた。晴人はわずかな希望が崩れ去ったようで、愕然とする。リオンの絶望や悲痛な願いを思えば、いたたまれなかった。
「みんな、みんな嫌いだ。勝手なことを言ってオレに浄化をさせた神殿長も、聖娼だから奉仕するのは当然ってオレを犯した連中も……みんな、消えてしまえばいい」
苦しそうな声を絞り出すと、インプは晴人を見上げてきた。
「ねえ、あんただってひどい目にあっただろ? 自分では何もしようとしないくせに、救ってもらって当然って勘違いしている連中ばかりだろ? そんな世界、もういらないだろ? 俺と一緒にずっと、遊んでいようよ」
晴人の肩をつかみながら、インプはすがりつくように訴えてくる。瞳は必死で、狂気にも似たものが浮かんでいた。
だが、晴人の胸に浮かぶのは憐憫と、自己嫌悪だ。
「確かに、ひどい連中はいたよ。でも、そうじゃない人だっている。それに……俺だって、あのひどい連中と根本的には似たようなものだと思う……」
この世界でこそ晴人は頼られる側で決断も迫られたが、もともといた世界ではそうではなかった。何となく流されて今までの人生を歩んできた。自分がしなくても誰かがしてくれる、いざとなれば誰かが助けてくれる、どうしようもなくなれば放り出せばいいくらいの考えだったかもしれない。
就職活動がうまくいかないことも、不況だから仕方がないのだと思っていた。
しかし不況とはいいつつ、周囲には内定をもらっている人などたくさんいる。彼らはきっと運がよかったのだとか、とても優秀なのだなどと片付け、自分に非は無いということにしていた。
原因は外側にあることにして、自分自身は何も変わろうとしなかったのだ。
この世界に来てから晴人はセイに導かれた。
しかし、セイはいつも肝心なところは晴人に決断させる。
決めてもらってその道筋をなぞるだけのほうが簡単なのにと晴人は不満を抱いたが、それでは晴人のためにならなかっただろう。言われた道筋を歩むだけなら、日本にいた頃と同じだ。
晴人がもしこの世界に生まれ、あの都で普通の男として育っていたとしたら、どうなっていただろうか。自分では何もしようとせず、救ってもらって当然と聖娼に群がる男の一人になっていたのではないだろうか。
自分はあの連中とは違うとは、決して言い切れなかった。
今、晴人は自らの意思でこの場に立っている。だがそれは今まで晴人を辛抱強く見守り、本当の意味で導いてくれたセイのおかげだ。
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