【R18】魔剣者シャンペトル・ブーケ

野花マリオ

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第3部 賞金首ホープ達の行方

メインストーリー0314「不死者アナの秘密」

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 ー①ー 

 夜明けの雪原に、沈黙が降りていた。
 廃村を覆う吹雪は止み、血の匂いだけが風の底に残っている。
 倒れた死体は五。生き残ったのは、魔剣者シャンペトル、聖者ゼタ、黒狼ジェイド、そしてサムライ剣者ミズキリ――のはずだった。

 だが、あの夜。
 死んだはずの女、アナが立っていた。

「……おはよう、皆さん」
 血の跡も、傷も、何もない。
 白い吐息とともに微笑むその姿に、誰も言葉を返せなかった。
 幼子の声が続く。
「ママ……?」

 振り返れば、ラナまでもがそこにいた。
 青ざめた頬、氷のような肌。
 ――彼女も、また“生者”ではなかった。

 ⸻

 ー②ー 

「説明してもらおうか、アナ」
 ゼタが低く問う。聖者の杖先に光が灯る。

 アナは穏やかに首を振った。
「これは……神を裏切る術。生を拒み、死を拒む者の呪いです」

 ミズキリが無言で刀を抜く音が響く。
「つまり……貴様は自ら“不死者”となったというのか」

 アナは小さく微笑んだ。
「違うわ。わたしはラナを取り戻したの。ただ、それだけ」

 その声は凍てついた夜よりも静かで――
 そこに“母”としての狂気と、聖なる哀しみが共に宿っていた。

 ⸻

 ー③ー 

 シャンペトルは息を吐いた。
「……この村の死者たち。まさか、全部……」

「ええ」アナは頷いた。
「彼らは“神狼の血”を浴びたの。神狼とは、死を超えるものの象徴。だからこの村は滅んだ。神狼を封じるために、わたしはその血を受けた。死を、拒むために」

 ゼタの手が震えた。
「禁忌の中の禁忌……! それを行えば魂は天へ昇れぬ。永遠に、この雪に縛られるのだぞ!」

「それでもいいの。ラナが、そばにいるなら」

 吹雪が窓を叩く音が響いた。
 シャンペトルはただ、沈黙のまま剣の柄を握りしめた。

 ⸻

 ー④ー 

 やがてゼタが唇を噛んだ。
「では、ここでの殺戮は誰の手によるものだ? ガトも、カミも、ドラゴも……貴様がやったのか?」

 アナは静かに首を振る。
「違う。あの夜、わたしを殺したのは――ドラゴよ」

 場が凍った。
 ミズキリの瞳がかすかに揺れる。

「ラナを守ろうとしたわたしを、ドラゴは“怪物”と呼び、斬った。
 でも……神狼の血が、わたしを再び立たせた。
 そして――ミズキリが、ドラゴを討った」

 シャンペトルはその瞬間、理解した。
 剣士ミズキリの沈黙は、罪ではなく“赦し”のためのものだったのだと。

 ⸻

 ー⑤ー 

 アナは娘の頭を抱きながら微笑んだ。
「罪はわたしにあります。彼女を責めないでください。
 ……あなたたちは正しい。死すべき者は、死なねばならない。
 でも、どうしても――別れられなかったの」

 ゼタは目を伏せた。
 その声には祈りとも呪詛ともつかぬ震えがあった。
「神の國は、あなたを受け入れない……それでも、まだ望むのか」

「ええ」アナは頷く。
「この子と生きられるなら、それが地獄でも」

 ⸻

 ー⑥ー 

 沈黙を破ったのは、シャンペトルの低い声だった。
「ゼタ。裁くのは今ではない」

「だが、放てばこの呪いは広がる!」

「分かっている。だが、彼女は“悪”ではない。
 むしろ、罪を背負って立っている。俺たちが剣を振るうのは――理不尽を断つためだ」

 ミズキリが静かに刀を鞘に戻した。
 その仕草に、アナは深く頭を下げた。

「ありがとう……本当に、ありがとう」

 ラナが母の影に抱かれ、小さく「おにいちゃんたち、やさしいね」と呟いた。
 その声は氷を溶かすように柔らかだった。

 ⸻

 ー⑦ー 

 夜が再び訪れた。
 村を覆う雪は止まず、遠くで狼の遠吠えがこだました。

 ゼタが焚火を見つめながら呟く。
「結局、この地には神狼の血が残ったまま……」

 シャンペトルは静かに答えた。
「ならば、俺たちが見届けよう。いつかこの血が、再び人の手に渡らぬように」

 黒狼ジェイドが低く唸り、ミズキリが空を見上げた。
 雪は、まるで亡者たちの祈りのように、音もなく降り続けていた。

 ⸻

 ー⑧ー 

 夜明け前。
 アナとラナは、村外れの教会跡に消えていった。
 誰も彼女たちの行方を知らない。

 だが、吹雪の彼方――微かに、あの母子の笑い声が聴こえた気がした。
 それは悲しくも温かい、死者の残響。

 ゼタが祈りの言葉を口にし、シャンペトルは剣を背に立ち去る。

「生きる者も、死せる者も。どちらもこの雪の中で迷っているのかもしれんな……」

 そして、最後に雪明かりの中で、ジェイドが耳を立てた。
 吹雪の奥から、別の“何か”の気配が忍び寄ってくる。

 ――その影こそ、次なる災厄の胎動だった。

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