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蜂黒須怪異談∞X∞
0067話「リズム噛む噛む♪」
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1
その歌を、最初に聞いたのは深夜だった。
木造アパートの隣室から壁越しに響いてきた。
──リズム噛む噛む♪ リズム噛む噛む♪
子供の歌のようにも、CMソングのようにも聞こえる。しかし妙にねばついた声で、舌が歯茎にまとわりつくような咀嚼音が混ざっていた。
「……誰だよ、こんな時間に」
学生の佐伯は耳障りに感じつつも、眠気に負けて布団をかぶった。
⸻
2
翌朝。隣室に住む男の姿はなかった。
管理人に聞けば、「昨日、急に荷物をまとめて夜逃げしたみたいでね」と肩をすくめる。
部屋は空き家になった。
しかし、その夜も──
──リズム噛む噛む♪ リズム噛む噛む♪
声は確かに壁の向こうから聞こえてきた。
不自然なほど規則正しいリズム。かちり、かちりと歯が砕ける音が混ざり、合間にくぐもった吐息が漏れる。
「……空き部屋なのに?」
佐伯は背筋を冷やしながら、壁に耳を押し当てた。
すると今度は、はっきりとこう聞こえた。
──噛んでるのは、おまえの音だよ。
⸻
3
翌日から、佐伯は奇妙な体験をするようになった。
授業中も、電車の中でも、どこからともなくあのリズムがついてくる。
──リズム噛む噛む♪ リズム噛む噛む♪
咀嚼音が近づくたび、体のどこかがじんと痛む。
最初は爪先。次に手首。やがて顎のあたりにまで。
食事をすると、自分の噛む音が重なり、区別がつかなくなる。
「……俺、食べてるのか、食べられてるのか……」
夜には吐き気が止まらなくなり、食卓をひっくり返してしまった。
⸻
4
三日目の夜。
佐伯は決心して、空き部屋の扉を開けた。
部屋は薄暗く、壁には歯型がびっしりと刻みつけられていた。石膏が削れ、粉が床に積もっている。
その中央に──何かがしゃがんでいた。
人影のようで、人ではない。
全身の皮膚が歯茎のように赤黒く、口は裂けて耳まで届いていた。
そいつは、こちらを見上げてにたりと笑った。
──リズム噛む噛む♪
次の瞬間、佐伯の耳の奥で「がちり」と音が鳴った。
自分の歯が、勝手に噛み合わさる。舌を噛みちぎる。頬肉をかみ砕く。
止めようとしても止まらない。
咀嚼のリズムは容赦なく続き──
──リズム噛む噛む♪ リズム噛む噛む♪
⸻
5
数日後、アパートの一室から異臭が漂った。
警察が駆けつけてみれば、佐伯の姿はなかった。
ただ、床には無数の歯型が刻まれ、噛み砕かれた肉片のようなものが散っていたという。
以来、アパートに入居した者は、夜な夜な聞くのだ。
壁の向こうから、小さな歌声がこだまする。
──リズム噛む噛む♪
──リズム噛む噛む♪
次は、あなたの歯の音をいただきます、と。
リズム噛む噛む♪ 完
その歌を、最初に聞いたのは深夜だった。
木造アパートの隣室から壁越しに響いてきた。
──リズム噛む噛む♪ リズム噛む噛む♪
子供の歌のようにも、CMソングのようにも聞こえる。しかし妙にねばついた声で、舌が歯茎にまとわりつくような咀嚼音が混ざっていた。
「……誰だよ、こんな時間に」
学生の佐伯は耳障りに感じつつも、眠気に負けて布団をかぶった。
⸻
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翌朝。隣室に住む男の姿はなかった。
管理人に聞けば、「昨日、急に荷物をまとめて夜逃げしたみたいでね」と肩をすくめる。
部屋は空き家になった。
しかし、その夜も──
──リズム噛む噛む♪ リズム噛む噛む♪
声は確かに壁の向こうから聞こえてきた。
不自然なほど規則正しいリズム。かちり、かちりと歯が砕ける音が混ざり、合間にくぐもった吐息が漏れる。
「……空き部屋なのに?」
佐伯は背筋を冷やしながら、壁に耳を押し当てた。
すると今度は、はっきりとこう聞こえた。
──噛んでるのは、おまえの音だよ。
⸻
3
翌日から、佐伯は奇妙な体験をするようになった。
授業中も、電車の中でも、どこからともなくあのリズムがついてくる。
──リズム噛む噛む♪ リズム噛む噛む♪
咀嚼音が近づくたび、体のどこかがじんと痛む。
最初は爪先。次に手首。やがて顎のあたりにまで。
食事をすると、自分の噛む音が重なり、区別がつかなくなる。
「……俺、食べてるのか、食べられてるのか……」
夜には吐き気が止まらなくなり、食卓をひっくり返してしまった。
⸻
4
三日目の夜。
佐伯は決心して、空き部屋の扉を開けた。
部屋は薄暗く、壁には歯型がびっしりと刻みつけられていた。石膏が削れ、粉が床に積もっている。
その中央に──何かがしゃがんでいた。
人影のようで、人ではない。
全身の皮膚が歯茎のように赤黒く、口は裂けて耳まで届いていた。
そいつは、こちらを見上げてにたりと笑った。
──リズム噛む噛む♪
次の瞬間、佐伯の耳の奥で「がちり」と音が鳴った。
自分の歯が、勝手に噛み合わさる。舌を噛みちぎる。頬肉をかみ砕く。
止めようとしても止まらない。
咀嚼のリズムは容赦なく続き──
──リズム噛む噛む♪ リズム噛む噛む♪
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5
数日後、アパートの一室から異臭が漂った。
警察が駆けつけてみれば、佐伯の姿はなかった。
ただ、床には無数の歯型が刻まれ、噛み砕かれた肉片のようなものが散っていたという。
以来、アパートに入居した者は、夜な夜な聞くのだ。
壁の向こうから、小さな歌声がこだまする。
──リズム噛む噛む♪
──リズム噛む噛む♪
次は、あなたの歯の音をいただきます、と。
リズム噛む噛む♪ 完
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