霊和怪異譚 野花と野薔薇Ⅱ〜エイエン語り〜

野花マリオ

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蜂黒須怪異談∞X∞

0076話「ウインクキラー」

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 最初にそれを聞いたのは、深夜の匿名掲示板だった。
 布団に潜ってスマホを眺めていると、たまたま目に入ったスレタイがあった。

 ──「ウインクキラー知ってる?」

 何気なく開いたそのスレが、後になって私の人生を変えるなんて、そのときは思いもしなかった。

 ⸻

 1

 スレには、最初から信じがたい書き込みが並んでいた。

「誰かにウインクされたら、心臓が止まる」

 要約すればそれだけ。あまりに馬鹿げていて、私は鼻で笑った。
 でも読み進めるうちに、背筋に薄ら寒いものが這い上がってくる。

「同級生がふざけてウインクしてきて、倒れたまま死んだ」
「会社の飲み会で後輩にやられて、その場で心肺停止」
「動画配信でウインク芸してた配信者、配信中に……」

 ありふれた悪ふざけで、なぜか人が死ぬ。
 しかもどの書き込みも、日付や状況が妙に具体的で、嘘にしては生々しすぎた。

 調べてみると、実際にその時期に「若者が突然心停止」というニュース記事がちらほら出てくる。死因はどれも「急性心不全」や「不整脈による心停止」とだけ書かれていた。
 医学的に説明のつかない突然死。

 それらがすべて「ウインク」の瞬間に起きているとしたら……?

 ⸻

 2

 やがて、その噂はSNSにまで広がった。
 #ウインクキラー のハッシュタグ。
 ショート動画でウインクして「生きてるよw」と笑う若者たち。
 半分は悪ふざけ、半分は挑戦。

 けれど、その裏で実際に倒れる者が続出していた。
 コメント欄に「これ撮影した後に亡くなったらしい」という書き込みが並び、削除される。
 リツイートで拡散され、否定され、また別の事例が上がってくる。

 警察は「偶然の一致に過ぎない」と発表し、医師たちも「統計的に異常ではない」と口を濁す。
 それでも、世間の空気は次第に変わっていった。

 ──ウインクは呪いだ。視線の合図だけで命を刈り取る。

 ⸻

 3

 私は怖いもの見たさで、さらに調べ始めた。
 検索履歴は「ウインク 死亡」「ウインク 呪い」「ウインクキラー 実在」。
 不気味なまとめサイト、つぶTubeの怪談動画、フォーラムの噂……。

 そのなかで、ある記事が私の目を釘付けにした。

 「ウインクキラーの被害者をまとめてみた」

 記事は丁寧に、亡くなった人々の名前や事件の日付を整理していた。
 私はスクロールしながら、ふと奇妙な共通点に気づいた。

 被害者たちは全員、かつて一度だけ、ある少女と目を合わせていたのだ。

 ⸻

 4

 その少女の特徴は簡潔に書かれていた。

 ──黒髪。
 ──片目だけ妙に赤く濁っている。
 ──写真映えせず、集合写真ではいつも最後列に写っている。

 リンク先のSNS写真を覗くと、確かに彼女が映っていた。
 サークル旅行の集合写真、卒業アルバムの記念写真、飲み会のスナップ。
 どの写真でも、彼女は必ず片目を細めて笑っている。

 まるでウインクをしているように。

 そこで記事はこう結んでいた。

 ──最初の“ウインク”を彼女から受けた者は、その残像が網膜に焼きつく。
 ──以降、誰かがふざけてウインクすると、その像と重なり、呪いが発動して心臓が止まる。

 つまり死の原因は、ふざけ半分で交わされた“二度目のウインク”。
 彼女の呪いを呼び覚ます合図にすぎないというのだ。

 ⸻

 5

 私はスマホを手にしたまま固まった。
 頭の奥に、忘れていた記憶が蘇る。

 ──大学一年の新歓旅行。
 サークル全員で撮った写真の最後列。
 隅っこに、片目を細めて笑っている女子がいた。

 ……あれだ。

 名前も顔も覚えていない。誰に聞いても思い出せない。
 でも確かに、あの赤く濁った片目を、私は一度だけ見てしまっていた。

 背筋に氷を流し込まれたような寒気。
 喉は乾き、心臓の鼓動が耳に響く。

 ⸻

 6

 そのとき、不意にスマホが震えた。
 友人からの通知だ。

 《久しぶり! 今度飲もうな。
 てかさ、今流行ってるウインクキラーの真似してやるわw》

 添付された動画をタップする。
 カメラ越しに笑う友人。
 次の瞬間、片目を閉じて──ウインク。

 胸を鷲掴みにされたような激痛。
 視界が赤黒く染まり、床がぐにゃりと傾いた。
 意識が途切れる。

 ⸻

 7

 目を開けたとき私、八木楓は病院のベッドにいた。
 周囲にはクラスメイトと教師。
 救急搬送され、一命を取り留めたらしい。

 けれど私の心臓は、今も時折、不規則に痛む。
 医師は「原因不明」と言うだけだった。

 後から聞いた話だ。
 私がこの怪異談を教室で披露した後、クラスの女子が悪ふざけでウインクをしたらしい。
 その瞬間、私は発作を起こして倒れたという。

 みんなは青ざめ、以降は誰一人としてウインクをしなくなった。
 そして私は、この話を二度と語らなくなった。

 ⸻

 ──けれど今も、鏡の中の自分の目が時折、勝手に細められている気がする。
 片目だけ、赤く濁って。

 ウインクキラー 完
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