林檎を並べても、

ロウバイ

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退院ののち

きっと、ただの間違い

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誤魔化すようにして一度止めていたリンゴを食べる手を再開する。そんな俺とテレビの画面、時計の順で一巡視線を巡らせた後、トキはくわりと大きくあくびをした。もしゃもしゃと口を動かしながら、眠いのだろうかとトキを案ずる。
 
最近は就寝時間も俺より遅いし眠りも浅いようで、よく深夜に起きているのを見かけた。見かけたと言っても、寝室の少し空いた扉から溢れるリビングの灯りをベッドの上からちらっと見ただけだが。
きっと、男二人で一つのシングルサイズのベッドに寝ていることも関係しているのだろうが、どちらかと言うと彼の家にお邪魔しているのは俺であるため、申し訳なかった。
もうテレビは消して、寝る準備をしようか。
そう問いかける前に、先にトキが珍しく質問を投げ掛けてきた。


「なあ。それ、美味い?」
「うん。やっぱフルーツ食べてるって感じの食感好き。」
「へー。」

聞いてきた割には興味の無さそうな素っ気ない声に、ツッコみそうになる。
だが、俺が何か言う前にトキは心なしか口早に言葉を続けた。

「何か、思い出せそうなことはないか?」
「え?」

予想外の言葉に、おもわず場違いな気の抜けた声が飛び出る。しゃく、と空気を読まない林檎を噛む音が後を追うようにして響く。
恋愛映画はもう終わっていたようで、タラタラと流れ続けるコマーシャルが唯一部屋を日常的なものにしていた。でも、それさえも掻き消すようにトキがチャンネルのボタンを押す。部屋には、俺とトキのわずかな息を吸っては吐く音だけが転がっていく。

「何でもいいんだ。例えば、自分の嫌いなものとか面白いと思ってたものだとかさ。」

トキが俺の目をじっと見つめてくる。彼の瞳の中には、狼狽える俺の顔がでかでかと映し出されている。俺とトキの間で、記憶の話はなんとなく避けている話だった。別に、二人で話し合ったとかそういう訳じゃない。なにより俺自身が、事故から三ヶ月ほど経ってもこれっぽっちも思い出せる様子がなかったから。無い話をあたかもあるように話せるほど、俺は器用じゃない。

だから、真剣そうにこちらに問いかけてくるトキも分かっていると思っていた。彼の瞳には、底知れない謎だけが詰まっているようで、その本心を覗き見ることはできなみい。
カチカチと、時計が刻む音がクリアに聞こえる。

「なあ。こんなことしても思い出さないか?」
 
その言葉と共に、瞳の中の俺が大きくなる。
え、と思う間もなく唇に触れた柔らかい感覚に驚く。形容しがたい不思議な触感に目を見張るが、感触の正体がトキの唇であり、トキからキスをされたのだと理解できたのは、トキが寝落ちてからだった。唇をゆっくりと離してから、ぷつりと糸が切れたようにトキは意識を手放した。
冷静に首に回されたトキの腕をそっと外しながらも、突然のことに内心の動揺が落ち着かない。ヒヤヒヤともドキドキとも言えない心の弾みだけが、俺を支配していた。
小さく寝息をたてるトキをカーペットの上に転がし、床と頭の間にソファーに置かれていたクッションを挟む。

トキ、唇の保湿ちゃんとしてるんだな。

それぐらいしか頭に浮かばなくて、とりあえず今日はもう寝ようと電気を消しに向かう。裸足の足先がひんやりとしたフローリングに触れる。
ついでにスイッチの下に置かれている棚から大きめのブランケットを取り出し、トキに掛けることにした。
ふわりと眠るトキに被せると、トキはくすぐったそうに身を捩ったが、すぐにまた穏やかな顔で深い眠りにさらわれていく。 
俺のほうがいつも早くベッドに入るため、トキの寝顔はとてつもなく珍しい。気の抜けたあどけないそれに釣られるようにして、俺もどんどん眠くなってきた。
寝室までの少しの距離を動くのが億劫で、カーペットの上で寝息をたてるトキに寄り添うようにし寝そべる。頭を床に預
けようとした、その時だった。

「缶…?」

俺の頭に、コツリとなにか金属製のものが当たったのだ。
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