林檎を並べても、

ロウバイ

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それから少しして

過ち

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今日待ち合わせにしているカフェは、ソウとよく通っていたカフェだ。ソウはきっと覚えていないけど、俺にとってはけっこう思い出深い場所。
肩に引っ掛けたトートバックにつけている、カフェで貰ったおまけの猫のキーホルダーが歩きに合わせて揺れる。空は青く澄んでいて、所々に街路樹として生えたソメイヨシノは淡い花を開かせていた。暖かい空気を、肺一杯に吸い込む。すっかり春めいた世界は、まるで何か新しいことが始まるかのように思えて、薄暗い気持ちになった。

俺には、残された時間が少ない。
きっと、散る寸前の満開の桜を今日みたいに見れるのは、これで最後になるのだろう。そう思うと、目に入るピンク色がやけに惜しい気持ちになって、俺のいない来年を思い浮かべて寂しくなった。


 自分でも、あまりうまく理解はできていない。けれど、茫然と目の前に死が迫っていることはわかっていた。

 一年前の、今日みたいな日に俺は寿命が残り少ないことをソウに告白した。散歩がてらに訪れた河川敷で、まだ開花しきっていない桜の蕾を二人で見ているとき、ようやくそれを口にすることができた。
本当は治療できないこともなかったけど、完治率が低い上に長く苦しい闘病生活が続くことと、莫大な資金が必要だったから治療を辞めたということ。ずっと口にできずにいた割には、言い出してしまうと案外スルッと話せて、拍子抜けしたのを覚えている。
なんだか、知らない人の話をしているような感覚でそう伝えていると、ソウは珍しく怒りをその整った顔に乗っけた。今まで滅多に怒らなかった彼の憤怒に少し怯む。慌てて自分が安らかな死に方をしたいからそうしたのだと伝えても、彼の怒りが収まることはなかった。言い訳するみたいな言い方になってしまったけど、それは心からの本心だったのに。

「なんでっ…なんでもっと早く言ってくれなかったのっ…?!」

両肩を力強く掴まれて、ソウにそう問い詰められる。
俺は狼狽えながらも、必死に答えた。無意識のうちに視線は足元に向いていた。びっくりした。ソウの瞳のなかで燃え盛る怒りに。
俺とソウの靴が、咲けずに落ちてしまった蕾を踏み潰している。

「俺だって、もっと早く言いたかった。でも…」

そう続けようとして、顔を上げるとギョッとする。何も言えなくなってしまった。
ソウが、あのいつも笑っているソウが、目を涙でいっぱいにしていたのだ。

「あと一年なんてっ…全然足らないよ!」

恋愛映画や感動ストーリーでしか泣かないソウが今、泣いている。その事実だけでも、頭を殴られたような衝撃が走った。

「ご、ごめん…」
「謝って欲しいんじゃないっ!」

唐突に口に出た、意味もわからない謝罪をピシャリと跳ね除けられる。自分でも、申し訳ないと思うところがイマイチわからなかったから、妥当だろうなと思った。
 
二人の間に、触れれば壊れてしまいそうなほど脆い空気が漂う。
ただ、頭上で桜たちが俺たちを見つめるばかりだった。

「ちょっと頭冷やしとくから…先に帰っといて」
「わ、わかった」

ソウがパッと肩から手を離して、俯く。
そう言われても、俺は動くことができなくて立ち竦む。どうしても、足が動かなかった。頭がこんがらがっているからか、力が入らない。そんな俺を見てソウは仕方なそうに眉を寄せて、俺の顔に顔を寄せた。

チュ。

触れるだけの優しいキスを、唇に贈られる。唇が合わさっていた時間は、一回瞬きをするよりも短いぐらいで、すぐに離される。いつもなら公共の場なのにとか、そういう照れ隠しを口走っていたけど、今日は違うかった。
キスの後初めて見たソウの表情に、開いた口を閉じることができない。

「ごめん、トキ。俺が先に帰るから…家で、ちゃんと話そうね」

悲しみと、怒りと、愛おしさのようなものを。そういうものをぐちゃぐちゃにした顔でソウは最後にそう呟いて、俺に背を向ける。
遠のいていく広い背中にハッとして思わず手を伸ばすけど、指先が触れることはない。
彼の愛を何度も頭に染み込むほど受けてきたからか、わかる。きっと、俺は何かとんでもない間違えをしてしまったのだと。
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