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静まり返った離宮の中、靴音が小さく響く。窓の外は薄い茜色に染まり、長い影が床を這っていた。
「……お疲れのご様子ですね、神子様」
隣を歩くヴィルヘルトが、気遣わしげにそう言った。
「顔合わせに、バロン殿の話。異世界より来られたばかりの神子様にとって、気の張る一日だったことと思います」
「……うん。神子としての役割を受け入れはしたけど、試練を乗り越えられるかはやっぱり不安だな……」
「ご心配には及びません。試練は神子様お一人で挑むものではありません。我々も、共に臨みます。神子様の傍には、常に私たちがおりますことをお忘れなく」
ヴィルヘルトの言葉に、ほんの少し肩の力が抜けた。彼と協力できるなら、第一の試練を乗り越え、俺の死亡フラグを回避できるかもしれない。
「……ありがとう、ヴィルヘルト。絶対に、みんなで試練をクリアしようね」
「はい、神子様の力となれるよう、尽力いたします」
決意を固めた俺に、ヴィルヘルトは柔らかく微笑んだ。
だが、その表情の奥にほんのわずかな翳りが差したように見えて、思わず問いかける。
「……どうしたの? 何か気になることでもあった?」
「いえ。少々、神殿の内情が気にかかりまして」
「内情?」
ヴィルヘルトは足を止め、夕日に照らされた回廊の窓辺に視線を向けた。
遠くに見える大神殿の尖塔が、茜色の空に浮かび上がっている。
「神殿の神官たちは、皆が同じ信仰心を抱いている訳ではありません。神子様を“神の御使い”として敬う者がいる一方で、“神の兵器”として扱おうとする者もいるのです」
「……兵器って?」
「彼らにとって、神子様は魔物討伐のための道具。敬意を示しているように見えて、その多くは“力”としか見ていない。残念ながら、バロン殿は後者に近いお考えのようで……」
脳裏に、淡々と説明していたバロンの顔が浮かぶ。あの時、道具扱いされていると感じたのは気の所為ではなかったらしい。
原作では、プレイヤーの成績が悪ければ冷たく、優秀な成績を出せば笑顔で一言褒めてくれる神官だった。神子教育に厳しいだけのキャラだと思っていたが、まさかそんな裏があったなんて……。
「明日から始まる神子教育において、バロン殿との関わりは避けられません。結果ばかりを重んじる方ですから、時に不快な思いをされる場合もあるでしょう。ですがどうか焦らず、神子様ご自身のペースで進まれてください。……何かあれば、私にご相談を」
「……ありがとう、ヴィルヘルト。頼りにしてるね」
「勿体ないお言葉。神子様をお守りするのが、私の務めですから」
ヴィルヘルトは恭しく頭を下げた。
まだ神子の力を使っていないのに"兵器"と言われても、正直ピンとこない。それでも、ヴィルヘルトの助言通り、バロンの言葉に振り回されないよう気をつけなければ。
「歩みを止めてしまいましたね。部屋へ戻りましょう」
「うん」
再び歩き始める。廊下の装飾灯に柔らかな光が灯り、壁に映る影が二つ並ぶ。
「そういえば、神子様はお部屋の中をご覧になりましたか? ベッド脇に懐中時計とベルがございます」
「え? そんなのあったんだ。気づかなかった」
「時間を知らせるための鐘は鳴りますが、慣れるまでは懐中時計ご利用いただく方が便利かと」
「確かに。あると助かるね」
「ベルは侍従を呼ぶためのものです。必要なときは遠慮なくお使いください。過去の文献によりますと、神子様の大半は侍従を側におく習慣がないとのことで。ストレスにならないよう、配慮してあるのですが、もし傍に置かれたい場合はそのままお申し付けください」
「えっ……。いや、用があった時にだけ、呼ぶことにするよ……」
「畏まりました」
俺も例に漏れず、常に侍従を傍に置くのは落ち着かないし、遠慮したい。フラグが完全に折れるまでは、まだ一人で考える時間が必要だろう。
その後は他愛ない話をしながら、部屋の前に着いた。ヴィルヘルトがすぐにドアを開けてくれる。
「そういえば、ヴィルヘルトたちはどこで休むの?」
「離宮の傍に、我々騎士専用の宿舎がございます。何かございましたらすぐ駆けつけられる距離におりますので安心してください」
「……へぇ、それは……安心だね。夕食まではそっちに戻るの?」
「えぇ。神子様は暫しお休みを。夕餉の準備が整い次第、お迎えに上がります」
「うん……わかった」
ヴィルヘルトは一礼し、踵を返して歩き出した。その背が、廊下の角に消えるまで見送る。
本当は、行き来する手間をかけさせるのもなんなので、部屋でお茶でもと思っていたんだけど……。ヴィルヘルトも忙しいだろうからと、誘うのを躊躇ってしまった。
それに、まだ出会って一日目だ。死にたくないからと焦って、自分の気持ちばかり押し付けるのも悪いよな。気を付けよう。
無理に距離を詰めるより、少しずつ信頼を積み上げた方が絶対にいい。
扉を閉めれば、静寂が訪れた。
一人きりになると、胸の奥に小さな不安が滲む。それを追い払うように頭を振り、ベッドの端に腰を下ろす。大きな窓の向こうでは、夜の帳が静かに世界を包みはじめていた。
「……お疲れのご様子ですね、神子様」
隣を歩くヴィルヘルトが、気遣わしげにそう言った。
「顔合わせに、バロン殿の話。異世界より来られたばかりの神子様にとって、気の張る一日だったことと思います」
「……うん。神子としての役割を受け入れはしたけど、試練を乗り越えられるかはやっぱり不安だな……」
「ご心配には及びません。試練は神子様お一人で挑むものではありません。我々も、共に臨みます。神子様の傍には、常に私たちがおりますことをお忘れなく」
ヴィルヘルトの言葉に、ほんの少し肩の力が抜けた。彼と協力できるなら、第一の試練を乗り越え、俺の死亡フラグを回避できるかもしれない。
「……ありがとう、ヴィルヘルト。絶対に、みんなで試練をクリアしようね」
「はい、神子様の力となれるよう、尽力いたします」
決意を固めた俺に、ヴィルヘルトは柔らかく微笑んだ。
だが、その表情の奥にほんのわずかな翳りが差したように見えて、思わず問いかける。
「……どうしたの? 何か気になることでもあった?」
「いえ。少々、神殿の内情が気にかかりまして」
「内情?」
ヴィルヘルトは足を止め、夕日に照らされた回廊の窓辺に視線を向けた。
遠くに見える大神殿の尖塔が、茜色の空に浮かび上がっている。
「神殿の神官たちは、皆が同じ信仰心を抱いている訳ではありません。神子様を“神の御使い”として敬う者がいる一方で、“神の兵器”として扱おうとする者もいるのです」
「……兵器って?」
「彼らにとって、神子様は魔物討伐のための道具。敬意を示しているように見えて、その多くは“力”としか見ていない。残念ながら、バロン殿は後者に近いお考えのようで……」
脳裏に、淡々と説明していたバロンの顔が浮かぶ。あの時、道具扱いされていると感じたのは気の所為ではなかったらしい。
原作では、プレイヤーの成績が悪ければ冷たく、優秀な成績を出せば笑顔で一言褒めてくれる神官だった。神子教育に厳しいだけのキャラだと思っていたが、まさかそんな裏があったなんて……。
「明日から始まる神子教育において、バロン殿との関わりは避けられません。結果ばかりを重んじる方ですから、時に不快な思いをされる場合もあるでしょう。ですがどうか焦らず、神子様ご自身のペースで進まれてください。……何かあれば、私にご相談を」
「……ありがとう、ヴィルヘルト。頼りにしてるね」
「勿体ないお言葉。神子様をお守りするのが、私の務めですから」
ヴィルヘルトは恭しく頭を下げた。
まだ神子の力を使っていないのに"兵器"と言われても、正直ピンとこない。それでも、ヴィルヘルトの助言通り、バロンの言葉に振り回されないよう気をつけなければ。
「歩みを止めてしまいましたね。部屋へ戻りましょう」
「うん」
再び歩き始める。廊下の装飾灯に柔らかな光が灯り、壁に映る影が二つ並ぶ。
「そういえば、神子様はお部屋の中をご覧になりましたか? ベッド脇に懐中時計とベルがございます」
「え? そんなのあったんだ。気づかなかった」
「時間を知らせるための鐘は鳴りますが、慣れるまでは懐中時計ご利用いただく方が便利かと」
「確かに。あると助かるね」
「ベルは侍従を呼ぶためのものです。必要なときは遠慮なくお使いください。過去の文献によりますと、神子様の大半は侍従を側におく習慣がないとのことで。ストレスにならないよう、配慮してあるのですが、もし傍に置かれたい場合はそのままお申し付けください」
「えっ……。いや、用があった時にだけ、呼ぶことにするよ……」
「畏まりました」
俺も例に漏れず、常に侍従を傍に置くのは落ち着かないし、遠慮したい。フラグが完全に折れるまでは、まだ一人で考える時間が必要だろう。
その後は他愛ない話をしながら、部屋の前に着いた。ヴィルヘルトがすぐにドアを開けてくれる。
「そういえば、ヴィルヘルトたちはどこで休むの?」
「離宮の傍に、我々騎士専用の宿舎がございます。何かございましたらすぐ駆けつけられる距離におりますので安心してください」
「……へぇ、それは……安心だね。夕食まではそっちに戻るの?」
「えぇ。神子様は暫しお休みを。夕餉の準備が整い次第、お迎えに上がります」
「うん……わかった」
ヴィルヘルトは一礼し、踵を返して歩き出した。その背が、廊下の角に消えるまで見送る。
本当は、行き来する手間をかけさせるのもなんなので、部屋でお茶でもと思っていたんだけど……。ヴィルヘルトも忙しいだろうからと、誘うのを躊躇ってしまった。
それに、まだ出会って一日目だ。死にたくないからと焦って、自分の気持ちばかり押し付けるのも悪いよな。気を付けよう。
無理に距離を詰めるより、少しずつ信頼を積み上げた方が絶対にいい。
扉を閉めれば、静寂が訪れた。
一人きりになると、胸の奥に小さな不安が滲む。それを追い払うように頭を振り、ベッドの端に腰を下ろす。大きな窓の向こうでは、夜の帳が静かに世界を包みはじめていた。
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