病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎

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06.

 第一の試練まで、残り五日。
 離宮近くに建てられた神子専用の訓練所で、俺は目を閉じ、静かに息を整える。
 空は晴れ渡り、暖かい日差しが石畳を照らしていた。けれど、目の前には寒々しい不穏な空気が漂っている。

 発生源は、石畳の床上に置かれた動物用の小さな檻。中では黒い靄がかったネズミが落ち着きなく動き回り、時折、不快な唸り声を漏らしている。
 こいつは騎士たちが外で捕獲した魔物だ。数は多くて厄介だが、魔物の中では弱く、浄化の練習用にはうってつけなのだとか。

「……浄化」

 小さく息を吐き、手を翳す。
 掌から滲み出した淡い光が、魔物を包み込む。黒い靄がわずかに震え、光の中に混じり合って、静かに溶けゆくようにして消えた。
 これが俺たち神子に授けられた力の一つ──浄化だ。

 思ったより簡単に習得は出来たけど、どうやら俺の浄化は二人とは違うようだ。
 陽真と朔夜の浄化は、眩いほどの白光が対象を焼き払うように、一瞬で消し去る。
 それに比べると俺の光は薄く、闇が消えるのもゆっくりだ。結果的に魔物は消えるが……少し威力が弱いかもしれない。
 これが主人公たちとの、力の差ってやつなのか?

「流石です、神子様。浄化にかかる時間が、昨日より短縮されてますね」

 背後からかけられた声に振り返る。
 騎士服姿のヴィルヘルトが剣に添えていた手を離し、穏やかに微笑んだ。
 実施訓練中は、神子を護るため、必ず騎士が傍で待機している。見守っていてくれたヴィルヘルトの元に駆け寄ると、乱れた俺の髪を指先で整え、優しく撫でてくれた。
 仲が深まり、こうした触れ合いも増えてきた。嬉しい反面、子供扱いされている気がして少し照れくさい。

「ありがとう。……でも、僕の浄化、ちょっと変じゃない?」
「変、とは?」
「バロンや教本で習ったのと少し違うんだ。うまく言えないけど……一瞬で消すというより、光で包み込んでから闇を溶かしている感じ。だから威力が弱いのかと思って」
「なるほど……。確かに、ハルマ様やサクヤ様とは異なる浄化の仕方ですね」

 ヴィルヘルトは顎に手を当て、暫く考え込む。

「ですが、嫌な気配の残滓は感じられません。確実に闇は祓われています」
「そっか……」
「もしかすると、神子様はお二人とは違う性質をお持ちなのかもしれませんね。詳しくは猊下に調べて頂かないと分かりませんが」
「猊下って……僕たちを召喚した教皇様、だよね?」
「はい、そうです」
「うーん……。なら、第一の試練が終わるまでは聞けないか」

 以前、バロンにも尋ねたが「公平さに欠けるため、試練が終わるまでお答えできません」ときっぱり断られてしまった。

 第一の試練は、結界内に放たれた魔物を、騎士と神子が協力して討伐すること。騎士の剣に加護をのせて攻撃し、弱った魔物を神子が浄化する。
 この二つを問題なくクリアすれば、正式な神子として認められるそうだ。
 試練を終えなければ、バロンや他の神官たちも動く気がないのだろう。

「それより神子様、少し休憩しましょう。次は加護の練習ですし、体力を回復させなければ」
「うん……」

 促されて、訓練所の片隅に置かれた木製のベンチに腰を下ろす。背もたれに身体を預けると、自然と深く息が抜けた。
 ヴィルヘルトが簡素な白いローブを着た侍女からバスケットを受け取り、水筒を手に取る。その蓋を開けようとした瞬間、慌てて立ち上がった。

「あっ、自分でやるからだいじょっ……わ!」

 自分の足に引っかかり、バランスを崩す。
 転ける、と思って目を瞑ると、すぐに温かな腕が俺を包み込んだ。まず思ったのは柔らかい──それから、いい匂いだった。
 間近で香るほんのり甘い木の香りは白檀だろうか。心地よくてずっとこの腕の中にいたくなる。

「まったく……本当に神子様は危なっかしい。お怪我はありませんか?」
「……あっ、うん。ありがとう」

 近い距離で微笑まれると、思わず胸がどきりと跳ねた。
 赤面したのを誤魔化すように笑い、そっと腕の中から抜け出してベンチに戻った。
 ……イケメンってずるいな。離れたのに、まだ胸の鼓動が収まらない。

「なんか、自分の足に躓いちゃって……恥ずかしいな」
「自覚がないだけで、疲れているのかもしれません。加護の練習は、夕方からにしましょう」
「ううん。少し休めば大丈夫」
「ですが……神子様は集中すると自己管理が疎かになりがちです。少しはご自身を労わってください」

 ──デバッグ中にも、友人に同じようなことを言われたな。
 懐かしい記憶が浮かんで、思わず笑みが零れた。

「……神子様?」
「なんでもない。それより、水もらえるかな?」
「ええ。どうぞ」

 差し出されたカップを受け取り、一口飲む。レモンの香りがほのかに広がり、すっきりとした味わいが喉を潤す。
 一息ついて、まだ立ったままのヴィルヘルトに声をかけた。

「ヴィルヘルトも横に座って。一緒に休もうよ」
「いえ、私は……」
「僕の隣に座るのは、嫌?」
「まさか。……では、失礼します」

 少し躊躇いながらも、ヴィルヘルトは俺の隣に腰を下ろした。
 その距離、拳ひとつ分。ちょっと強引だったけど嫌じゃなかったかな。窺うようにヴィルヘルトを見上げると、視線が合って、優しく微笑まれた。
 そういうのは、恋する乙女たちを勘違いさせるから、やめた方が良いと思う。

「どうかしましたか?」
「……あのさ、ヴィルヘルトはどうして俺だけ『神子様』って呼ぶの? 陽真と朔夜は名前なのに」
「それは……私の神子様が、貴方だからですよ」
「そうなんだけど……僕は名前で呼んでくれた方が嬉しいな。試しに呼んでみて?」
「…………レン様?」
「様づけもなしでいいのに」
「さすがに、それは……」
「そっか。残念」

 困ったように笑う彼を見て、無理強いはしないことにした。
 名前呼びの道のりは、長そうだ。
 残念に思いながら、カップを傾けて水を飲む。

「……もう少し、騎士として自信がついたら。その時に、呼ばせて頂いても良いでしょうか」
「え……? うん。楽しみにしてるね」
「はい」

 穏やかな返事で、嫌がられた訳ではないと分かり、安堵した。
 十分立派な騎士だと思うけど、彼の理想とする騎士像にはまだ届かないらしい。
 なら俺も、彼に相応しい神子として、頑張らなきゃ。いつか、約束通り名前で呼んでもらえるように。

 木々の隙間から風が吹き抜け、頬を撫でる。気持ち良さに目を細めながら、俺はそっと瞼を閉じた。

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