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21話.賄賂を受け取る
肝試し後にされた、時雨の不思議な行動以降。
特に態度が変わったり、恋愛的なアプローチが始まった……なんてことはなく、俺たちはいつも通りの日常を送っていた。
夏休みが終わり、恐る恐る寮に戻って時雨と顔を合わせた俺は、警戒していた。
絆創膏の上とはいえ、唇に近い場所へキスされた訳だし。時雨のことは好きだが、恋愛フラグが立つのはごめんだ。
そんな俺を見て、時雨は笑った。
「葉はウブだな。俺のこと、意識してるんだ」
「べべべ別にしてませんけど!?」
「なら、恥ずかしがらずに再会のハグぐらい余裕で出来るよな?」
「で、できらぁ!!」
半ば挑発的な物言いではあったが、俺はうまく丸め込まれた。
そわそわして身構えちゃっていたが、やってみればなんともない。その後は普通に雑談して終わった。
やっぱり、あれは時雨なりの気遣いジョークだったのだ。だから気にしない方向でいくことにした。
そういうことにしておくのが、俺の心にとっても平穏だから。変に意識して逆に恋心が芽生えたらシャレにならんからな。
恋をするなら、俺は絶対に! 女の子が良い!!
逆に、俺への態度が変わったのはレガフォーの奴等だ。
一条が「時雨と早く別れろ」と言ってくるのは変わらない。けど、気の所為でなければ、奴の視線が時たま俺の唇に注がれてる。
もじもじしつつ、顔を赤らめて「この徐々にビッチが!」と罵って去っていく。
徐々にって何だ、意味分からん。
お前との変なフラグはいらないんで、早く俺との事故は忘れて、時雨だけを見てやって……いや、誰か他の奴を好きになれ。
二上は俺に会うと、時雨の良い所や今日はこういう話をしたと報告してくるようになった。
基本は立ち話だが、カフェでばったり会えば、少しだけ相席してお茶を一緒に飲むこともある。俺は適当に相槌を打つだけだけど、本人は満足そうだ。恋話する友達が欲しかったんだろうか。
……あいつ友達いないのかな。
羨ましそうにこっちを見て、俺を睨んでくるファンの人達にしてあげなよ。
いや、ガチ恋に恋愛相談は酷か。でも、中には喜んで聞いてくれそうな人もいるって、きっと。
食事でも奢ってくれるなら、全然聞いても構わないんだけど……してくれないからなぁ。金持ってる筈なのに。ケチ。
狂犬は俺と目が合う度に殺気を飛ばしてくるので、愛想笑いを浮かべてから、そっと視線を外すようにしている。野生動物はこうするのが良いってネットで見た。
別に仲良くなる道理はないし、極力刺激を与えないようにするのが一番だからな。
ぶりっ子はいつ、何故、俺を気に入ったのか、たまに話しかけてくるようになった。
「ボクは心が広いからさぁ。時雨ちゃんのオマケで、子ブタちゃんがついてきても問題ないよぉ」
「いえ結構です。遠慮します」
「サンドイッチってやってみたかったんだよね~。もち、真ん中は時雨ちゃん」
何を言ってるのか分からないけど、ヤバイ気がするので、こっちもあんまり近づかないようにしないと。
「ボクのモノになったら、好きな食べ物や飲み物、なんでも頼み放題だよぉ?」
「……おっ、……お断りします」
例え卑怯な手で釣ろうとして来ても、釣られてはいけない!
ぐらっときてなんか、ないんだからなっ!!
……いや、ほんとだぞ?
その日、寮のリビングでくつろいでいると、外から帰ってきた時雨がまめ屋の紙袋を片手に持っていた。
まめ屋は創業百二十三年の老舗だ。オーソドックスな大福から、期間と個数を限定した、SNS映えを狙ったお洒落な和菓子まで幅広く扱っている。当然、お値段はわりと高めである。
「二つあるから一緒に食べよう」
知人にもらったからと笑顔で誘われれば、断る理由なんてある筈もない。俺は即座に頷いて、ウキウキとお湯を沸かしに行った。
久しぶりに食べるまめ屋の豆大福は、相変わらず美味しい。
塩がきいた赤エンドウ豆と、こし餡の上品な甘さ。このバランスが絶妙なんだよなぁ。
一口一口味わいながら食べる俺に対して、時雨は早々に食べ終え、俺が淹れた緑茶を飲んでいた。もっとゆっくり味わえば良いのに。
食べ終えた後は緑茶をすすり、ホッと一息吐く。
あぁ……すっごく、美味かった。
時雨は湯呑みを置くと、さっきと変わらない爽やかな笑顔のまま、変なことを言ってきた。
「葉、俺と一緒に生徒会やろうぜ」
「何言ってんだお前。断る」
いや、ホントに何言ってんだよ。
確かに今月から次期生徒会役員選挙の立候補受付が始まるけど、なんで俺を誘う?
興味ないし、面倒そうだ。
何より、数少ない生徒集会で、レガフォーに進行を妨害されている場面を俺は何度か見ている。震え声で続ける生徒会の人が可哀想だった。
そんな惨めな気分にさせられるのが分かっていて、引き受ける人はいないだろ。
この学園は、一般的な学校に比べるとイベントごとが少ない。定番の体育祭や文化祭などもなく、個人がお金と人を使ってイベントを主催してる訳なんだが。金持ちらしく、なんだかスケールがでかくて派手なのが多かった気がする。
「他の人誘ったら?」
「俺と一緒に最後まで頑張ってくれそうな奴が、葉以外いないんだ」
「そう言われてもなぁ……」
時雨が立候補すると分かったら、レガフォーも大喜びで立候補してくるだろう。そうなると、奴等の親衛隊も当然喜んでサポートに回る筈だ。
限られた席を巡って、争う姿が容易に想像できて、俺は肩をすくめた。
「第一、俺が立候補したって、投票してくれる人なんていないと思うぞ。一条が俺をハブるの、まだ撤回してないし。この学園じゃ、相変わらず触れちゃダメな人認定されてるからな」
「投票時に、不信任ゼロで確定するんじゃないか?」
「その発想はなかった」
例え白票ばかりでも、時雨の一票で決まるから大丈夫だって?
楽観的というか……前向きにも程があるだろ。
「一条達には俺が生徒会に入ることは伏せておく。その上で葉の選挙活動の邪魔をしないよう約束させるからさ。頼むよ、相棒」
……ぐぬぬ。相棒とか言えば、俺が断りづらくなるって分かって言ってるだろ。ズルい。
まぁ……人気のない生徒会役員なら、一条達が立候補しない限り、平和にすんなりと決まりそうではあるか。
「でもさ、なんで急に生徒会へ入ろうなんて思ったんだ? お前、別に目立ちたがりでもないじゃん。内申点が必要だったのか?」
「助けて欲しいって生徒会長に泣きつかれたんだよ。生徒会は実質、会長一人で回しててさ。時々、手伝いをしてたんだ」
「へぇ……」
「会長は三年生だし、他の役員もいないから候補がいないって。結構、切実そうだった」
「ふーん」
また知らない間に人助けしてる……。
てか、生徒会って会長一人しかいないんだ。一年と二年は入ってこなかったのか? 気持ちは分かるが、人気ないにも程があるだろ。
「ちなみに生徒会長は、まめ屋の次男だよ」
時雨はニヤリと笑った。
しまった。渡されたこの豆大福は、賄賂だったのか!!
「汚い手を使いやがって……」
「うん、それでどうする?」
「や……やり、ます……。やればいいんだろ!」
時雨が案外ズルい奴だということを、本日学習した。ちくしょう!
「じゃあ、明日一緒に立候補の紙を貰いに行こうな。ついでに生徒会の手伝いもしようか」
「落ちても文句言うなよ!」
「大丈夫。俺が次期生徒会長権限で当選させるから」
「……選挙の意味とは」
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