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10話.8月某日、拉致られる
夏休みである。
時雨のスパルタ勉強法のおかげで赤点を免れた俺は、追試を受けることもなく実家へと帰省した。
レガフォー対策として、アイドルチェキ会で定番の、時雨と二人でハートを作るポーズを撮ってみたけど、効果があったのは一条の親衛隊だけ。時雨への嫌がらせが落ち着いたのは良いけど、俺に対するレガフォーメンバーからの要求は相変わらずだ。
一条の「時雨と別れろ」コールをスルーし、ぶりっ子くんと爽やかワンコくんの「時雨を抱かせろ」コールを断り続け、鬼畜眼鏡くんに散々こき使われる日々から解放された今。俺はかつてないほど、だらけた毎日を送っていた。
「はぁー、お家最高。誰にも邪魔されず、クーラーをガンガン効かせて、ジュースとお菓子を摘まみながらネットで美味しいものを探す至福の時間よ。あ、これめっちゃ美味そう」
だらだらとスマホを弄っていると、トークアプリの通知音が鳴る。画面を見ると、送り主は時雨だった。
なんだろう。宿題の進捗状況なら昨日報告したし、普段から頻繁にメッセージを送るタイプでもない時雨が、用もないのに送ってくるのは珍しい。それとも何か用が出来たのかと不思議に思いながら開くと、そこには『に』の一文字だけが書かれていた。
「に? 何だろう。打ち間違いか?」
首を傾げていると、ポンっと新たなメッセージが表示された。
『海に行くぞ。今から迎えに行く』
更に首が右に傾く。あいつ、誰と間違えてんだ?
確か時雨は、夏休み中は帰省せずに隣県の宿泊施設で住み込みのバイトをすると言っていた。俺が「冷やかしに行ってみようかな」と冗談言ったら「遠いから来なくていいよ」と呆れ顔で返してきたのに。その時、俺の実家からだと電車で二時間以上かかる距離だということも聞いている。
まだ午前中だし今から駆けつければ、お昼過ぎには着くと思うけど。あいつのことだから、普通にバイト先で友達でも出来たのかもしれないし……。
「分からないから取り敢えず『俺宛で合ってる?』っと……よし送信」
送信ボタンを押したのと同時に、家のチャイムが鳴った。タイミングがいいなと思いながら、今日は誰とも遊ぶ予定ないし、下に姉ちゃんがいるから対応丸投げしちゃおうっと。だって、暑くて部屋から出たくないもん。
それにしても、時雨はこれから海に行くんだ……いいなぁ。
焼きイカ、焼きそば、カレー、フランクフルト、かき氷。貝の蒸し焼きとかも美味しいよな。想像したら無性に食べたくなってきた。地元にいる友達を誘おうと、トークアプリの名前欄を眺めていると、突然ドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえた。
……さっきのチャイムは、回覧板だったのかもしれない。隣の家に置いてこいって姉ちゃんが押し付けにきたのかも。めんどくさいけど、弟は姉にパシられる運命にあるのだ、仕方ない。
覚悟を決めて立ち上がろうとした瞬間、部屋のドアがバンッと乱暴に開け放たれた。
「俺様くん!?」
入ってきたのが予想外すぎる人物で、思わず、心の中で勝手に呼んでいた渾名が口をついて出てしまった。一条は、いつもの制服──ではなく、私服姿だ。白いシャツはダボっとしてるけど形がしっかりしていて、黒いズボンはくるぶし上までロールアップされている。胸元にはキラリと高そうなゴールドのネックレスが光っていて、シンプルながらも全体的にモデルみたいな雰囲気だ。なんか、やたらサマになっていてムカツクな……。
「おい貴様、何ボケッとしてんだ。今から行くって言っておいた筈だろう? さっさと支度を済ませろよ!」
「えっ、連絡って……何の話?」
状況が飲み込めない。まず、俺と一条は仲が良くないので当然、連絡先なんて交換していない。エスパーじゃないんだから、そんな伝言は届いてないよ。俺の家も知らない筈なのにどうやって突き止めたのか、なんで俺を誘いにきたのか、疑問がつきない。
「海に行こうってお誘い、ちゃんと見てくれたでしょ~? ほらぁ、既読になってる」
一条の後ろから、ぶりっ子くんが姿を現した。こちらも同じく私服姿で、淡いピンクのオーバーサイズなシャツに、裾が広がった白いズボンを穿いている。ピンクが似合う男って、芸能人以外で初めて見たかも。
ていうか、なんでこいつもここにいるんだ? そして左手にあるのは、もしや時雨のスマホではないか?
「やっほぉ、子ブタちゃん。私服がTシャツにハーフパンツって、う~ん、ちょっと普通すぎじゃない? もっと面白いの着てて欲しかったなぁ」
「いや、えっと……四十万様。なんで貴方が時雨のスマホを持ってるんですか?」
「アハッ。それはねぇ、車に乗ってから教えてあげるよ~」
「は?」
混乱している俺をよそに、一条は苛立たしげに腕を掴んできた。
「おい、間抜け面してダラダラ喋ってんじゃねぇぞ。準備がないならさっさとついてこい!」
「うわっ! ちょっ……準備って何?!」
ずんずんと歩き出す一条に、半ば引きずられながら廊下を進む。転ばないよう必死に足を動かして、ついていく。後ろからはぶりっ子くんが、軽快な足取りで階段を下りてきた。
どうにか無事に一階へと着くと、居間からご機嫌な様子の姉ちゃん(おめかし済)と、鬼畜眼鏡くんが現れた。彼の姿は、紺色の襟つきリネンシャツにベージュのチノパンという、なんとなく大人っぽい装いだ。少し袖をまくっているので、かっちりというより、カジュアルめに見える。
「きち……、二上様も、何故ここにいるんですか?」
「保護者への説明です。家族の了承なく勝手に連れ出す訳にはいきませんから」
「えっ」
「さて、準備が整ったようですね。では向かいましょう。緑さん、これで失礼します」
「邪魔をしたな」
「お邪魔しました~」
「はいはい。うちのバカ弟をよろしくね。気をつけて行ってらっしゃーい!」
「ちょ、ちょっと、姉ちゃんっ! イケメンにデレデレすんな。笑顔で手を振ってないで、助けてよっ!!」
俺の叫びもむなしく、玄関から外へと引きずり出される。
門の前には見知らぬ白いワゴンが止まっていた。一条は問答無用で俺を車内へと押し込み、バランスを崩した俺は、後部座席に倒れ込んだ。顔面に何か柔らかくて暖かいものがぶつかったおかげで、痛みは感じなかったが、俺は未だに状況が飲み込めていない。
「あ、やっと来たっすね。一条さん、ちょっと遅すぎじゃないっすか?」
この声は、爽やかワンコくんだろうか。
そっと顔を上げると、ニコニコと無邪気に笑う予想した通りの人物が目に入った。レガフォー大集合、再びじゃん。何しに来たんだよ!
混乱する俺をよそに、車のドアを閉める音が響いた。
「俺様の所為じゃねぇ。コイツがモタモタして準備をしてねぇのが、悪いんだ」
「はぁ……時間があった筈なのに一体何をしていたんですか。全く理解に苦しみますね」
「ボクって優しいでしょ? 子ブタちゃんの荷物、ちゃ~んと持ってきてあげたよ。はいスマホ。あ、時雨ちゃんもスマホありがとねぇ。サンちゃん、渡してあげて」
「了解っす~」
体の上にスマホを投げられた感触があったが、起き上がる気力すら残っていない。四人は和気藹々と何かを話しているが、俺の存在はどうやらもう頭の片隅にもないらしい。そして、車が静かに動き出す。
折角、平和に過ごせる夏休みだったのに、なんでレガフォーの奴らに拉致られて、出掛けなきゃいけないんだ。これは何かの悪い夢か、それともドッキリか? 現実なら、間違いなく俺の人生で最悪の一日になるだろう。
せめて、道中で辺鄙な場所に捨てられないことを祈るばかりだ。いくら俺が邪魔者だとしても、流石にそんなことしない筈、だよな? ……しないよね?!
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