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14話.爽やかワンコくん、爆発する
掃除を手伝えなかった代わりに料理くらいはと時雨がキッチンに立つと「ならば自分も」と一条、ぶりっ子くん、爽やかワンコくんの三人が挙手し、全員で料理することになった。だが、鬼畜眼鏡くんが最初に言っていた通り、彼らは包丁を握ったことがない初心者ばかり。調理リーダーは俺と時雨に回ってきた。時雨は厨房でのバイト経験があるらしく、慣れた手つきで玉ねぎやズッキーニなどの野菜を次々と切っていく。
それにしても、誰も料理出来なかったらどうするつもりだったんだよ。まさかシェフを呼び寄せたりとか?
……くそっ、それなら俺も「出来ない」って言えば良かった! 財閥一家のお抱えシェフが作った料理を食べ損ねたのが、悔しい!
運転手さんが用意してくれたのが、高級食材ばかりだったので尚更もったいない。俺が後悔しながら一口大にお肉を切っていると、牛肉を串に刺していた鬼畜眼鏡くんの手がふいに止まる。
「貴方と時雨が交際を始めたのは、いつからですか?」
「えっ?」
玄関で時雨とハグしてから、ずっと何かを考え込むような顔つきをしていた鬼畜眼鏡くんが、そう尋ねてきた。
俺と時雨が付き合ってないことなんて知ってる筈なのに、なんで急にそんなことを聞いてきたんだよ。匂わせか? パシリにするだけじゃ物足りなくなって、俺に嫌がらせでもしようとしてる?
賑やかだったキッチンは一瞬で静まり返り、時雨も野菜を切る手を止め、じっと俺を見つめてきた。同時に、横で争うように時雨の切った野菜を串に刺していた三人も、手を休めてこちらを凝視してくる。
「それ、俺様も聞きたいと思ってたんだよな。以前コイツに質問したら、すっとぼけたもんでよ」
忘れてくれれば良かったのに。一条がニヤリと笑いながら会話に乗ってきた。
えー、これなんて答えたらいいんだ?
助けを求めて時雨に視線を送ると「五月からだな」とさらりと答えてくれた。
よし、俺は余計な事を言わずに、時雨に任せよう。
「毎日、色々と話す内に……気付いたんだ。葉のことが好きだってことを。それで、俺から告白して付き合うことになった」
ふーん、時雨の中ではそういう設定なのか。まぁ、本気で相棒と言えるようになったのもその頃だし、半分は合ってるか。
「……そうですか」
「時雨からの告白だぁ? クソッ、羨ましいっ!」
「子ブタちゃんの外見じゃなくて、内面に惹かれたって訳だねぇ。時雨ちゃんらしいかも~」
それぞれの反応に、時雨は静かに頷いた。真剣な顔で一条たちを見据えた後、俺に向かって微笑んだ。
「ああ、葉は明るいし、素直で優しいんだ。気が合うから、一緒にいると面白いし……側にいると、なんていうか、安心できるんだよな。金銭感覚も似てるし、気兼ねなく付き合えるよ。それに……時々無防備すぎて、放っておけなくなる。守ってやりたくなるんだ」
「あぅ、うっ……アリガ、ト……」
よせやい。建前といえど、そんなに褒められたら照れるだろ!
「あらら、子ブタちゃんってば、顔が真っ赤だよ~。時雨ちゃんに公開惚気されて、満更でもないってことぉ?」
「おい、時雨! 俺様だって素直だとかよく言われるし、最高に面白い場所にだって連れて行ってやれる自信があるぞ。お前を守るくらい余裕だし、金だってたっぷりある。金銭の心配なんか一生させねぇ!」
「いや、俺は葉がいいんだ。葉以外の男性には興味がないから……お前たちの気持ちには応えられない。本当に、ごめん」
時雨は申し訳なさそうに頭を下げた。そんな表情しておきながら、内心ではやっと彼らの好意を断れたと、スッキリしてそうだな。レガフォーメンバーがそう簡単に諦める筈ないのに。
「待てよ。だがな、このビッチが本当にお前に釣り合うと思うか? 俺様の方がよっぽど──」
「そうっすよ!!」
今まで黙って聞いていた爽やかワンコくんが、一条の声を遮るように突然叫んだ。その声が普段の明るい調子とは違い、どこか切羽詰まっていて、俺たちは思わず動きを止めた。
「サンちゃん……?」
ぶりっ子くんが心配そうに爽やかワンコくんを見上げる。時雨、一条、鬼畜眼鏡くんの三人も、驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべていた。
「マジでさ、こんなビッチ、時雨さんには全然相応しくないっす! 別れちゃった方が絶対いいって!」
爽やかワンコくんは怒りを抑えきれないのか、握り締めた拳が震えていた。
「……ビッチ? 葉が? さっきもそんなことを聞いた気がしたけど、誰が言い出したんだ? 葉がビッチな訳ないだろ。こいつは、童貞処女だぞ」
「ちょっ……!」
時雨がさらっと告げた言葉に、俺は思わずむせかけた。
おいやめろ、DTをバラすなよ!
ちょっとムカついたので、八つ当たりも兼ねて、俺は一条を指さして告げ口してやった。
「ビッチって先に言い出したのは、一条様です」
一瞬、驚きに目を見開き、焦りながら一条も俺を指差してくる。
「はぁ!? いや……だって、嘘……だろ? コイツ、本当に処女なのか?」
「確かに、ビッチ扱いするには、乳首の形が妙に綺麗ですね。普通なら、大きくなったり形が崩れたりと、もう少し変化が見られるものですが……」
さっき見たシャワー上がりの俺の裸を思い出したのか、鬼畜眼鏡くんが納得したように、軽く頷いている。
ちょっと待て、ビッチだと分かりやすく形が変わるのかよ。知らなかった。
まぁ、男と遊んだり開発する予定なんかない俺の乳首は、ずっとこの形のままだぜ。
「……いや、逆に考えればまだ清い関係ってことか。ふん、コイツのつまらない体じゃ、時雨もその気になれねぇんだろ」
「違う。葉が『初体験は綺麗な夜景が見えるスイートルームでしてみたい』って言ったんだ。俺もそうしたくて、お金が貯まるまで、葉には待っててもらっている」
「何だと? お前、そのためにバイトをしていたのか……?」
「まぁ、それも一つの理由だな」
淡々と時雨がついた嘘に、一条は呆然とした表情で聞き返した。
うわ、時雨の奴、息を吐くように嘘を言いやがる。それ、女の子との理想の初体験を冗談で話した時のやん。別に俺が体験したい訳じゃないからな。
「そんなっ……苦学生の時雨さんに負担をかけるとか、ホント酷くない!? 信じらんないっすよ!」
「俺だって、葉と特別な夜を過ごしたいからな。俺の意思で、準備してるんだよ」
「でも、時雨さんの優しさに付け込むのはどうかと思うっす! 自分勝手でワガママばっかりとか、マジで最低なクソ野郎じゃないっすか!」
「葉はそんな奴じゃない。三ノ宮、いい加減にしろよ。本気で怒るぞ」
時雨の口調がいつになく厳しくなり、怒りで熱くなっていた爽やかワンコくんの顔から、血の気が引くのが分かった。彼はしゅんと肩を落とし、消え入りそうな声でと謝る。
「ご、ごめんっす……」
「俺じゃなくて、葉に謝るべきだろ」
呆れたように時雨が指摘すると、爽やかワンコくんが射るような視線を俺に向けてきた。
ひぇっ。俺は謝れなんて、一言も言ってないぞ!?
「それから一条、お前もだ」
「はぁ? 何で俺様がこんな奴に頭を下げる必要があるんだよ。絶対に嫌だ。まぁ、時雨がコイツと別れて俺様と付き合うってんなら、少しは考えてやってもいいけどな」
腕を組んでふんぞり返る一条に、時雨は頭を抱えていた。俺は苦笑する。そのブレない態度が逆に清々しくて、好感がもてるわ。
「いやいや、別に謝らなくていいって! それより俺、バーベキュー台の準備でもしてくるよ」
場の空気を変えようと、わざと明るく大きな声を出すと、ぶりっ子くんがすぐさま乗ってきた。
「そだねぇ、火加減は子ブタちゃんにお任せしちゃお~っと。それじゃあ、ボク達はこれをちゃちゃっと刺して持ってくよぉ。フゥちゃん、コンロの使い方、教えてあげたら?」
「え、ええ……こちらです」
俺はそっと胸を撫で下ろしながら、鬼畜眼鏡くんと一緒にキッチンを後にした。
このちょっぴり気まずい雰囲気も、俺がいなくなればきっと収まるだろう。後は、いい具合に頼んだぜ、時雨。
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