9 / 39
9話
しおりを挟む
「……お嬢様、ドレスはすでに整っておりますが、本当にお出かけになるのですか?」
「ええ、なぜか招待状が届いてしまいましたの。理由は存じませんけれど」
鏡台の前でシャルロットは、涼しげな水色のドレスに袖を通しながら、少しばかり首を傾げた。
レーヴェンロー邸に届いたのは、王立学園の“後夜祭”への正式な招待状。卒業舞踏会の翌日、在校生や教職員、そして一部の卒業生を招いて行われる、半ば慰労会のような行事だった。
普通は“断罪された悪役令嬢”に届くはずのないもの。
「やはり……間違いでは?」
「いえいえ。宛名に誤りはございませんわ。……グレイが箱を爪で破ったから、きっと当たりですの」
「それは違うと思いますが……」
セバスティアンが微かに眉を寄せる傍らで、ロジーナがシャルロットの腕を掴んだ。
「行くわよ。あんた、招待されてるんだから!」
「まあ、引っ張らなくても……茶器だけは持たせてくださいまし」
ロジーナに引きずられながら、シャルロットは今日も手提げに茶器を詰め込んで出かけていった。
*
学園の中庭では、灯籠が灯され、音楽と笑い声が溶け合っていた。
かつての友人たち。教師たち。新しいヒロインとして持ち上げられている聖女リリィの姿も、煌びやかなドレスの中にあった。
「……シャルロット=ド=レーヴェンロー、出席なさったんですね」
広場の端、ワイングラスを手にした王太子アルベリヒが、吐き捨てるように言った。
「まさか、後夜祭の場にまで顔を出すとはな……」
「でも、招待したのは学院です。私は……知りません」
隣に立つリリィは、彼女が来ると知った瞬間から、胸の奥が妙にざわついていた。
“断罪した相手”なのに、憎しみも怒りも湧かない。
むしろ、なぜか“まっすぐ向けない視線”のようなものが残っている。
その時、会場がざわめいた。
灯籠の列の間を歩いてきたのは、まるで舞台のように現れた一人の令嬢。
水色のドレスに包まれた姿。
その手には……銀の縁が光る茶器。
「……あら、ごきげんよう。とてもにぎやかですのね」
シャルロットだった。
拍手でも、罵声でもなく、場が一瞬“息を飲んだ”ような静けさ。
「あんた……ほんとに来るとは思ってなかったわよ……!」
ロジーナが目を見開く一方、シャルロットは何事もなかったようにテーブル席へ向かい、紅茶の準備を始めていた。
その前を通り過ぎようとした人物がいた。
銀の髪。深い青の礼装。
先日の温室で出会った青年――第二王子である。
「……また、会いましたね」
「まあ、ごきげんよう。今日もよい香りの日ですわ」
「あなたは……相変わらず、“変な人”だ」
「よく言われますのよ、特に初対面の方には」
そのやり取りを、少し離れた位置から見ていたリリィが、わずかに目を細める。
(……王子殿下と、あんなに自然に会話を?)
“悪役令嬢”とは思えない柔らかな立ち居振る舞い。
敵意も、刺々しさもない。
視線が交わる。
「ごきげんよう、聖女様」
その挨拶が、まっすぐに、何の裏もなく放たれたものだと気づいた時、リリィはとっさに微笑みすら返せなかった。
なぜだか分からない。
ただ、“睨んでしまった”ことだけは、はっきりと自覚していた。
そして神殿の回廊の影では、神官長ミカエルが一人、静かにその様子を見つめていた。
(……また、“流れ”が動いたな)
グレイが足元に絡みつきながら、くるりと尾を振った。
「ええ、なぜか招待状が届いてしまいましたの。理由は存じませんけれど」
鏡台の前でシャルロットは、涼しげな水色のドレスに袖を通しながら、少しばかり首を傾げた。
レーヴェンロー邸に届いたのは、王立学園の“後夜祭”への正式な招待状。卒業舞踏会の翌日、在校生や教職員、そして一部の卒業生を招いて行われる、半ば慰労会のような行事だった。
普通は“断罪された悪役令嬢”に届くはずのないもの。
「やはり……間違いでは?」
「いえいえ。宛名に誤りはございませんわ。……グレイが箱を爪で破ったから、きっと当たりですの」
「それは違うと思いますが……」
セバスティアンが微かに眉を寄せる傍らで、ロジーナがシャルロットの腕を掴んだ。
「行くわよ。あんた、招待されてるんだから!」
「まあ、引っ張らなくても……茶器だけは持たせてくださいまし」
ロジーナに引きずられながら、シャルロットは今日も手提げに茶器を詰め込んで出かけていった。
*
学園の中庭では、灯籠が灯され、音楽と笑い声が溶け合っていた。
かつての友人たち。教師たち。新しいヒロインとして持ち上げられている聖女リリィの姿も、煌びやかなドレスの中にあった。
「……シャルロット=ド=レーヴェンロー、出席なさったんですね」
広場の端、ワイングラスを手にした王太子アルベリヒが、吐き捨てるように言った。
「まさか、後夜祭の場にまで顔を出すとはな……」
「でも、招待したのは学院です。私は……知りません」
隣に立つリリィは、彼女が来ると知った瞬間から、胸の奥が妙にざわついていた。
“断罪した相手”なのに、憎しみも怒りも湧かない。
むしろ、なぜか“まっすぐ向けない視線”のようなものが残っている。
その時、会場がざわめいた。
灯籠の列の間を歩いてきたのは、まるで舞台のように現れた一人の令嬢。
水色のドレスに包まれた姿。
その手には……銀の縁が光る茶器。
「……あら、ごきげんよう。とてもにぎやかですのね」
シャルロットだった。
拍手でも、罵声でもなく、場が一瞬“息を飲んだ”ような静けさ。
「あんた……ほんとに来るとは思ってなかったわよ……!」
ロジーナが目を見開く一方、シャルロットは何事もなかったようにテーブル席へ向かい、紅茶の準備を始めていた。
その前を通り過ぎようとした人物がいた。
銀の髪。深い青の礼装。
先日の温室で出会った青年――第二王子である。
「……また、会いましたね」
「まあ、ごきげんよう。今日もよい香りの日ですわ」
「あなたは……相変わらず、“変な人”だ」
「よく言われますのよ、特に初対面の方には」
そのやり取りを、少し離れた位置から見ていたリリィが、わずかに目を細める。
(……王子殿下と、あんなに自然に会話を?)
“悪役令嬢”とは思えない柔らかな立ち居振る舞い。
敵意も、刺々しさもない。
視線が交わる。
「ごきげんよう、聖女様」
その挨拶が、まっすぐに、何の裏もなく放たれたものだと気づいた時、リリィはとっさに微笑みすら返せなかった。
なぜだか分からない。
ただ、“睨んでしまった”ことだけは、はっきりと自覚していた。
そして神殿の回廊の影では、神官長ミカエルが一人、静かにその様子を見つめていた。
(……また、“流れ”が動いたな)
グレイが足元に絡みつきながら、くるりと尾を振った。
161
あなたにおすすめの小説
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
悪役令嬢発溺愛幼女着
みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」
わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。
響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。
わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。
冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。
どうして。
誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リセラは、夫である王子ルドルフから突然の離婚を宣告される。理由は、異世界から現れた聖女セリーナへの愛。前世が農業大学の学生だった記憶を持つリセラは、ゲームのシナリオ通り悪役令嬢として処刑される運命を回避し、慰謝料として手に入れた辺境の荒れ地で第二の人生をスタートさせる!
前世の知識を活かした農業改革で、貧しい村はみるみる豊かに。美味しい作物と加工品は評判を呼び、やがて隣国の知的な王子アレクサンダーの目にも留まる。
「君の作る未来を、そばで見ていたい」――穏やかで誠実な彼に惹かれていくリセラ。
一方、リセラを捨てた元夫は彼女の成功を耳にし、後悔の念に駆られ始めるが……?
これは、捨てられた悪役令嬢が、農業で華麗に成り上がり、真実の愛と幸せを掴む、痛快サクセス・ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる