37 / 39
37話
しおりを挟む
王都にて最も静かな時間――夜明け前。
その瞬間、ひとつの文書が公にされた。
それは、神殿で長らく“神託の声”を司ってきた男――
かつての大司教グレン=ヴァルトの、遺された手紙だった。
「我らが信じてきた“未来視”は、すでに沈黙して久しい。
現在の選定者たちは、もはや神の声を聞いていない。
神託とは、信仰ではなく“統治の道具”となり果てたのだ」
文面は、落ち着いた筆致で綴られていた。
怒りも、恨みもなかった。
ただ、事実を綴る手の静けさが、かえって読む者の心を突き刺した。
その日、王都の広場には人々が集まり、神殿の前で火のような声が上がった。
「わたしたちは、嘘を“信仰”していたのか!」
「断罪も、選定も、すべて茶番だったというのか!」
「真実を語れ、神の代行者ならば!」
神殿の門は固く閉ざされたまま、上層部は混乱の渦中にあった。
「なぜこの文書が外に出た……誰が漏らしたのだ!」
「元大司教の遺族は“処理済み”だったはず……!」
「これ以上口を開かせるな、各地の祭司へ通達を!」
誰もが、制御不能な“空気”に恐れを抱いていた。
人々の目が、神の座ではなく、“香りのほう”を向いていることを、痛いほどに知っていた。
王宮と議会も、また揺れていた。
「この動揺、どこに収めるのだ」
「神殿と距離を取るしかない。さもなくば民意が暴発する」
「では、代わりに何を信じさせる? “香り”か? 一人の令嬢を?」
その名は、口にされずとも――
すでに答えの一つとして、彼らの胸の奥に浮かんでいた。
レーヴェンロー邸の一室。
シャルロットは、書架から取り出した古い革の帳面を膝に広げていた。
母エルミナが遺した、“紅茶帳”。
そこには、日付と香りの組み合わせ、飲んだ人の感想、小さな観察が丁寧に書き記されていた。
“王妃はベルガモットの香りに安堵を覚える”
“若き神官はラベンダーに祈りの姿勢を見せる”
“アルベリヒ坊ちゃま、ミントの風味にだけ眉をひそめる。甘いものを足すと笑顔”
シャルロットはページをなぞりながら、小さく笑った。
「母様、あなたの香りは……きっと、ずっと人の心に届いていたのですね」
扉の外では、ロジーナとセバスティアンが控えていた。
誰も彼女に問うことはない。
けれど誰もが、その静かな所在に、“新たな秩序”の萌芽を見るようになっていた。
もう、嘘では動かない。
人々は、香りのする方へ歩み始めていた。
その瞬間、ひとつの文書が公にされた。
それは、神殿で長らく“神託の声”を司ってきた男――
かつての大司教グレン=ヴァルトの、遺された手紙だった。
「我らが信じてきた“未来視”は、すでに沈黙して久しい。
現在の選定者たちは、もはや神の声を聞いていない。
神託とは、信仰ではなく“統治の道具”となり果てたのだ」
文面は、落ち着いた筆致で綴られていた。
怒りも、恨みもなかった。
ただ、事実を綴る手の静けさが、かえって読む者の心を突き刺した。
その日、王都の広場には人々が集まり、神殿の前で火のような声が上がった。
「わたしたちは、嘘を“信仰”していたのか!」
「断罪も、選定も、すべて茶番だったというのか!」
「真実を語れ、神の代行者ならば!」
神殿の門は固く閉ざされたまま、上層部は混乱の渦中にあった。
「なぜこの文書が外に出た……誰が漏らしたのだ!」
「元大司教の遺族は“処理済み”だったはず……!」
「これ以上口を開かせるな、各地の祭司へ通達を!」
誰もが、制御不能な“空気”に恐れを抱いていた。
人々の目が、神の座ではなく、“香りのほう”を向いていることを、痛いほどに知っていた。
王宮と議会も、また揺れていた。
「この動揺、どこに収めるのだ」
「神殿と距離を取るしかない。さもなくば民意が暴発する」
「では、代わりに何を信じさせる? “香り”か? 一人の令嬢を?」
その名は、口にされずとも――
すでに答えの一つとして、彼らの胸の奥に浮かんでいた。
レーヴェンロー邸の一室。
シャルロットは、書架から取り出した古い革の帳面を膝に広げていた。
母エルミナが遺した、“紅茶帳”。
そこには、日付と香りの組み合わせ、飲んだ人の感想、小さな観察が丁寧に書き記されていた。
“王妃はベルガモットの香りに安堵を覚える”
“若き神官はラベンダーに祈りの姿勢を見せる”
“アルベリヒ坊ちゃま、ミントの風味にだけ眉をひそめる。甘いものを足すと笑顔”
シャルロットはページをなぞりながら、小さく笑った。
「母様、あなたの香りは……きっと、ずっと人の心に届いていたのですね」
扉の外では、ロジーナとセバスティアンが控えていた。
誰も彼女に問うことはない。
けれど誰もが、その静かな所在に、“新たな秩序”の萌芽を見るようになっていた。
もう、嘘では動かない。
人々は、香りのする方へ歩み始めていた。
93
あなたにおすすめの小説
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
悪役令嬢発溺愛幼女着
みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」
わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。
響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。
わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。
冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。
どうして。
誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リセラは、夫である王子ルドルフから突然の離婚を宣告される。理由は、異世界から現れた聖女セリーナへの愛。前世が農業大学の学生だった記憶を持つリセラは、ゲームのシナリオ通り悪役令嬢として処刑される運命を回避し、慰謝料として手に入れた辺境の荒れ地で第二の人生をスタートさせる!
前世の知識を活かした農業改革で、貧しい村はみるみる豊かに。美味しい作物と加工品は評判を呼び、やがて隣国の知的な王子アレクサンダーの目にも留まる。
「君の作る未来を、そばで見ていたい」――穏やかで誠実な彼に惹かれていくリセラ。
一方、リセラを捨てた元夫は彼女の成功を耳にし、後悔の念に駆られ始めるが……?
これは、捨てられた悪役令嬢が、農業で華麗に成り上がり、真実の愛と幸せを掴む、痛快サクセス・ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる