悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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19話

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「……今日は風が気持ち良いですわね」

ルゥナ=フェリシェは、野道を歩いていた。  
緑の丘が続く帝国南方の村道。花が揺れ、小鳥がさえずる、実にのどかな風景。  
手には紅茶入りの小瓶、肩にはお昼寝中の猫。  
まさに散歩日和だった。

一方その頃、帝都では――

「東の集落で“花畑に佇む白い影”の目撃情報あり!」

「南の市場では“猫と語らう天女”との報告!」

「辺境の塔では“祝福の巫女が風と話していた”との証言!」

「……どこにでもいるな、あの令嬢……!」

帝国の情報部だけでなく、ついに王国までもが捜索に乗り出した。  
令嬢の正体が「王族縁者では」「巫女の末裔では」「新興宗教の教祖では」と謎だけが膨らみ続ける中、全方位的な追跡網が張られていった。

そんな中――

「……あの、そこのお嬢さん」

突然声をかけられたルゥナは、道端で地図を広げていた。  
逆さまに。

振り向けば、鎧に身を包んだ男たちがずらりと並んでいた。帝国軍の偵察隊である。

「ご用件は……?」

「お名前を伺っても?」

「ルゥナ=フェリシェと申しますわ。王国出身で、現在はお散歩中ですのよ」

言われた瞬間、偵察隊全員の顔が引き攣った。

「本物だッ!! 捕まえ――」

「――おっと、待て!」

その一人が剣に手をかけた瞬間、隊長が咄嗟に制止した。

「見ろ、猫が……!」

ルゥナの肩で猫がふにゃあと鳴きながら伸びをした。  
その様子を見た隊員たちは、数秒の沈黙ののち、なぜか後ずさった。

「……かわいい」

「なんか、斬れない」

「むしろ癒される」

「……これは……精神攻撃か……?」

「お散歩中ですので、もし道を塞いでおられるなら、別の道を探しますけれど?」

微笑んでそう告げた令嬢の声に、誰もが何も言い返せなくなった。

「……道を、譲れ」

「え?」

「譲れと言っているんだ、全隊列、解散!」

「で、ですが……!」

「よいのだ。彼女は……風に従う者。きっと、我々が止めるような存在ではない……」

「……隊長、それ何教ですか?」

ルゥナが通り過ぎると、兵たちは自動的に道をあけ、頭を下げて見送った。  
その背には小さな猫と、春の花の香りがふわりと漂っていた。

その後、帝都軍報にはこう記された。

『本日、該当対象と接触。  
拘束は行わず、“風の導き”に従い通過を許可。  
なお、被接触者全員に精神的癒やしと不可解な納得感を伴う症状が報告された』  

そしてルゥナ本人は、のんびりと猫の頭を撫でながら呟いた。

「最近、やたらと人に話しかけられますわね。帝国の方々、とても社交的ですのね」
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