悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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30話

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「……まあまあ。呼び出されるなんて、少々物々しいですわね」

ルゥナ=フェリシェは、いつものようにのんびりと歩きながら、荘厳な宮殿の階段を上っていた。  
帝国の中枢、金色の大広間。その中心には、皇帝ヴィクトールの玉座が鎮座している。

その空間に、一人で通された令嬢。  
左右には帝国の重鎮たちが居並び、記録官が筆を走らせ、近衛たちが緊張した面持ちで控えていた。

「このような場にお呼びいただくなんて、何かご迷惑でもおかけしましたの?」

誰もがその問いを想像していた。  
なにせ、帝国各地で“奇跡”を起こし続けている正体不明の貴婦人。  
神殿との関係、諜報の可能性、王国からの密命など、疑念の声も決して少なくなかった。

だが――

「ルゥナ=フェリシェ侯爵令嬢殿」

皇帝ヴィクトールの重く響く声が、広間に静かに満ちた。

「本日、貴女にお集まりいただいたのは――裁きではない」

ルゥナは首を傾げる。

「……そうですの?」

「これまで、貴女が帝国各地で遺した行動により、多くの民が救われ、癒やされ、笑顔を取り戻した。その数、記録に残るだけでも三十三件」

「まあ、そんなにございますの?」

「ある」

即答したのは、皇帝の隣に控える老宰相だった。  
彼は記録簿を手に読み上げ始める。

「黒鉄の塔を笑顔で訪問し、看守全員の心を改心させた件。  
祭壇に立ち、ただ滑っただけで祭りを成功に導いた件。  
魔獣《ガルグ=ノルク》を“花冠で退散させた”件。  
牢番の婚約成就、舞踏会の奇跡の一舞、毒刺客の無力化……」

「……わたくし、何もしておりませんのに……」

「それが一番恐ろしいのだ」

皇帝が深くうなずいた。

「故に、ここに感謝状を贈る」

近衛兵が、金の装飾が施された巻物を彼女のもとへ差し出す。  
ルゥナは一瞬きょとんとした後、丁寧に受け取り、ゆっくりとお辞儀をした。

「まぁ……ありがたく頂戴いたしますわ。これで、どこかの店で紅茶などいただけますかしら?」

ざわめく重臣たち。  
だが、皇帝だけは小さく笑いを漏らし、玉座から立ち上がった。

「……この令嬢は、“放っておく”べきではない」

「監視いたしますか?」

「否、守れ」

「……は?」

「この令嬢を、風のように歩かせよ。彼女の歩んだ道に帝国の祝福が咲くのであれば、我らがなすべきことはひとつ。風を妨げぬよう、整えてゆくことだ」

こうして、帝国は正式にルゥナ=フェリシェを“特別保護対象”とし、  
名目上は“皇帝名代の旅人”として、全土の自由通行を許可した。

一方、ルゥナ本人はというと。

「……なんだか、ますます遠回りしやすくなりましたわね。猫さん、次はどちらにまいりましょうか」

猫が「にゃあ」と鳴くと、風が西から吹いた。

令嬢は再び、誰かの笑顔を知らずに咲かせるため、道なき道へ歩き出すのだった。
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