1 / 2
1話 綾と優香
しおりを挟む
天峰 綾。
テストの結果を張り出した白い紙。その左上の頂点に、私の名前はあった。ほっと胸をなでおろした私は、
誰にも見えないように胸の前で小さく握り拳をつくる。
「天峰さん、また一位だよ」
「うわー本当、すごいねえ」
どこか薄情な感嘆の声と、遠慮のない羨望のまなざしが、私の背中に突き刺さる。
私は曖昧な笑顔を浮かべてそれらを抜き取ると、次の授業がある教室へ足を向けた。
窓に映った昼下がりの景色は、目はなんともないのにモノクロだった。
すごい、か。何も知らないくせに。
先ほどのことを思い出すと、自然と胸の内にそんな言葉が浮かんだが、私はそれを口に出さず、ただ枯れ花色のため息をつくのみだった。
その時。
「あっ」
小さな声と共に、曲がり角の向こう側から、紙の束が飛び出した。バサバサと音を立てて床に落ちたプリント達は、床に白と黒のまだら模様の花を咲かせていく。それらを追いかけるようにして、声の主であるよく見知った顔の女子が現れた。
「日向さん」
私が声をかけると、彼女ーー日向優香はプリントを拾う手を止めてこちらを向いた。動きに合わせて、彼女の黒髪のおさげがふわりと揺れる。日向さんは私に気づくと、陽だまりのような優しい笑みを浮かべて口を開いた。その瞬間、私の心は歓喜で震えて、さっきまでモノクロだった世界は優しく色づいていく。
「天峰さん。こんにちは」
「こんにちは。大丈夫?」
喜びを悟られないようにしながら、私はにこやかに笑い返す。私はスカートが汚れないようにしてから、床のプリントに手を伸ばす。
「悪いよ」
「いいのよ、二人のほうが早いでしょ?」
嘘だ。プリント拾いなんて口実で、本当は少しでも日向さんのそばにいたかった。偽善からでもないただの私情から出た言葉。
だというのに日向さんは申し訳なく思ったのか、ちいさくごめんねというとプリント拾いを続ける。優しすぎる日向さんに、私の胸がチクリと痛む。これは今日のお茶をいつもよりおいしく淹れることでお詫びしよう。胸の内でそう決める。
そんな私の決意からほどなくして、紙の花が廊下からすべて回収された。
日向さんは可愛らしい小さな手でまごつきながらもどうにかプリントをまとめると、やわらかい笑顔をこちらに向けて歩いてきた。
石鹸の優しい香りが、私の鼻をふわりとくすぐる。
「天峰さん、本当にごめんね」
「困ったときはお互い様よ」
「なら、今度天峰さんが困ったときは、私が助けるね」
日向さんの眩しい笑顔に、私の心はまたしても痛む。
「じゃあ、また後でね」
日向さんはそういうと、プリントを抱きかかえながら立ち去ろうとする。
しまった。日向さんが行ってしまう。
焦燥感に駆られた私は、つい手を伸ばして。衝動のままに飛び出したそれは、日向さんの制服の袖を小さくつかんで立ち止まった。
「……? 天峰さん?」
日向さんの困惑を含んだ小動物のようなクリっとした瞳が、私の顔を映し出す。
やってしまった。
そんなところにあるわけないのに言い訳を求めて視線を宙に漂わせた私は、どうにか言葉を紡ぐ。
「えっと、あの、きょ、今日はクッキーを用意しているから」
私は馬鹿だ。その時になって言えばいいような、取るに足らない退屈な話題。その奥に潜む思いを見透かされてしまいそうで、私は熱を帯びた顔をそらした。
「クッキーかあ、楽しみにしてるね」
よかった。どうやら日向さんに見透かされてはいないようだ。胸の内でほっと溜息をつくと、私は取り繕った笑みを浮かべた。その時、授業開始五分前を知らせるチャイムが響き渡った。
「わっ、もう行かないと。天峰さん、また後でね」
「ええ、また後で」
日向さんは私に背中を向けると、とてとてと歩いていく。その小さな背中は、人の波に飛び込んでいくと、やがて消えていった。
それと同時に、私の世界は再びモノトーンへと回帰する。
「また後で、か」
私は日向さんと重なった言葉を、小さく繰り返す。
また後で。日常の中で使われる、なんでもない言葉。
だというのに、私の心はそれを繰り返す度温かく躍る。
緩む顔をどうにか抑えながら、私は廊下を歩きだす。
歩みがとても軽いのは、きっと気のせいではないだろう。
テストの結果を張り出した白い紙。その左上の頂点に、私の名前はあった。ほっと胸をなでおろした私は、
誰にも見えないように胸の前で小さく握り拳をつくる。
「天峰さん、また一位だよ」
「うわー本当、すごいねえ」
どこか薄情な感嘆の声と、遠慮のない羨望のまなざしが、私の背中に突き刺さる。
私は曖昧な笑顔を浮かべてそれらを抜き取ると、次の授業がある教室へ足を向けた。
窓に映った昼下がりの景色は、目はなんともないのにモノクロだった。
すごい、か。何も知らないくせに。
先ほどのことを思い出すと、自然と胸の内にそんな言葉が浮かんだが、私はそれを口に出さず、ただ枯れ花色のため息をつくのみだった。
その時。
「あっ」
小さな声と共に、曲がり角の向こう側から、紙の束が飛び出した。バサバサと音を立てて床に落ちたプリント達は、床に白と黒のまだら模様の花を咲かせていく。それらを追いかけるようにして、声の主であるよく見知った顔の女子が現れた。
「日向さん」
私が声をかけると、彼女ーー日向優香はプリントを拾う手を止めてこちらを向いた。動きに合わせて、彼女の黒髪のおさげがふわりと揺れる。日向さんは私に気づくと、陽だまりのような優しい笑みを浮かべて口を開いた。その瞬間、私の心は歓喜で震えて、さっきまでモノクロだった世界は優しく色づいていく。
「天峰さん。こんにちは」
「こんにちは。大丈夫?」
喜びを悟られないようにしながら、私はにこやかに笑い返す。私はスカートが汚れないようにしてから、床のプリントに手を伸ばす。
「悪いよ」
「いいのよ、二人のほうが早いでしょ?」
嘘だ。プリント拾いなんて口実で、本当は少しでも日向さんのそばにいたかった。偽善からでもないただの私情から出た言葉。
だというのに日向さんは申し訳なく思ったのか、ちいさくごめんねというとプリント拾いを続ける。優しすぎる日向さんに、私の胸がチクリと痛む。これは今日のお茶をいつもよりおいしく淹れることでお詫びしよう。胸の内でそう決める。
そんな私の決意からほどなくして、紙の花が廊下からすべて回収された。
日向さんは可愛らしい小さな手でまごつきながらもどうにかプリントをまとめると、やわらかい笑顔をこちらに向けて歩いてきた。
石鹸の優しい香りが、私の鼻をふわりとくすぐる。
「天峰さん、本当にごめんね」
「困ったときはお互い様よ」
「なら、今度天峰さんが困ったときは、私が助けるね」
日向さんの眩しい笑顔に、私の心はまたしても痛む。
「じゃあ、また後でね」
日向さんはそういうと、プリントを抱きかかえながら立ち去ろうとする。
しまった。日向さんが行ってしまう。
焦燥感に駆られた私は、つい手を伸ばして。衝動のままに飛び出したそれは、日向さんの制服の袖を小さくつかんで立ち止まった。
「……? 天峰さん?」
日向さんの困惑を含んだ小動物のようなクリっとした瞳が、私の顔を映し出す。
やってしまった。
そんなところにあるわけないのに言い訳を求めて視線を宙に漂わせた私は、どうにか言葉を紡ぐ。
「えっと、あの、きょ、今日はクッキーを用意しているから」
私は馬鹿だ。その時になって言えばいいような、取るに足らない退屈な話題。その奥に潜む思いを見透かされてしまいそうで、私は熱を帯びた顔をそらした。
「クッキーかあ、楽しみにしてるね」
よかった。どうやら日向さんに見透かされてはいないようだ。胸の内でほっと溜息をつくと、私は取り繕った笑みを浮かべた。その時、授業開始五分前を知らせるチャイムが響き渡った。
「わっ、もう行かないと。天峰さん、また後でね」
「ええ、また後で」
日向さんは私に背中を向けると、とてとてと歩いていく。その小さな背中は、人の波に飛び込んでいくと、やがて消えていった。
それと同時に、私の世界は再びモノトーンへと回帰する。
「また後で、か」
私は日向さんと重なった言葉を、小さく繰り返す。
また後で。日常の中で使われる、なんでもない言葉。
だというのに、私の心はそれを繰り返す度温かく躍る。
緩む顔をどうにか抑えながら、私は廊下を歩きだす。
歩みがとても軽いのは、きっと気のせいではないだろう。
0
あなたにおすすめの小説
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話
穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる