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第一幕 開闢
1-1 日常
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いつからだろうか。
暗闇の中、誰かがすすり泣くような夢を見るようになった。なんの輪郭も分からないまま声のする方に手を伸ばして、触れられない誰かの悲しみだけが伝わってきた。
それでも何故か熱いほど温かいそんな夢を...
ーー--------------------
目覚ましの音が部屋中に響きわたり、それでも起きない颯太を起こそうと、近くの電線に止まる鳥たちもさえずっていた。
うつ伏せの状態で目を瞑ったまま音の方へ手を伸ばし、音の主を探している。思った以上に端に置いていたからか、時計に手が当たり、床に落ちると同時にアラームも止まった。勝手に閉じてゆく瞼をこじ開けながら、ほとんど開いていない目で床の時計を覗いく。だんだんと目が冴え始め、ぼやけていた時計の針が9時を指そうとしているのが見えてきた。
「く……じ」
重い音を立て、颯太はベットから転げ落ちるように飛び出したあと急いで支度を始めた。
「やっべ。まじで遅刻じゃねーか」
二階からあっちこっちを走り回る足音、何かを落とすような物音がそれまで静かだった蘆屋家に騒がしさをもたらした。パンの横に置かれた汁物が、軽く水面を揺らしている。下の食卓でスマホをいじりながら悠々と朝ごはんを食べる茉莉は上の階のあまりのうるささに次第に苛立ちを感じ始めていた。
「準備も静かにできないわけ?」
一階と二階を隔てる床をぶち抜くように茉莉の声が聞こえてくる。
「だって、速くやんねーと遅刻すんだよ。日本史はいるっけなー...。まぁ入れとくか。あとはこれも…」
茉莉の苛立ちを気にもとめず、必要そうなものは手当たり次第にカバンに詰め込んでいく。カバンに入りきらなかったところでファスナーを強引に閉め、颯太は玄関へと向かった。
下に降りるとキッチンの部屋から香る香ばしい匂いにお腹を鳴らしながら食欲を振り切ってそのまま歩いていく。靴を履くために座り込み、
「てか、なんで起こしてくれないんだよ。5度寝はしたぞ。ここまできたら起きねーだろ」
靴紐をむずびながら茉莉に向かってそう愚痴をぶつけている。
「知らないわよあんたが何度寝したかなんて。あんたの親じゃないんだからいちいちそんなことしませんー」
「優しいお姉さんは起こしてくれますー」
起きてすぐ姉と言い争える元気があるのが颯太の良いところだろう。
「どこの家のお姉さんだよ」
スマホの画面をスクロールしながら颯太の言葉を流すように言い返す。
「あ?あの向かいの小鳩さん家とか。それから...」
「お前向かいって、魔法が使えた時のために、ずっとほうきに乗ろうとしてるばあちゃんじゃん」
「それ、藤木さんだろ。この前野球しに行く感じで、パンパンの買い物袋ほうきにぶら下げて担いでた」
「やったじゃん」
1ミリも今の話に興味が湧かなかった茉莉は適当に言葉を返す。
「そっちじゃなくて、ほら、めっちゃお姉さんみ強い人いるじゃん?なんか、こう...」
「藤木さんめっちゃお姉さんみ強いじゃん。年下のお世話とか上手そうだし」
「いや、まあそうなんだけどさ、違うじゃん?オバーエイジじゃん。お婆だけに」
「意味わかんねーし。早く行ってこいようるさいなー」
姉弟と言ってもさすがに颯太ほどの元気はない。くだらない話にめんどくさくなったのか茉莉は何事もなかったように朝食を再開した。
「俺も食べたいから食パンとって」
「自分で取れ」
茉莉も意地が悪い。目の前のパンの袋を渡さずに目玉焼きとハムのサンドイッチを頬張っている。
「てか、あんた何時までなの?学校」
茉莉は口の中の物を飲み込むと何か確認するようにたずねた。
「9時」
「今は?」
「9時10分位?たぶん」
「お疲れ」
起きた時すでに颯太の遅刻は確定していた。そして茉莉はその現実を見せつけてきた。
「いや、まだ分からんだろ」
「分かるわ。分かれよ馬鹿たれ」
諦めの悪すぎる颯太はまだ遅刻しない方法を探していた。呆れが一周して尊敬し始めた茉莉は大きなため息をつき、めんどくさそうな顔でパンの袋を持っていった。
「いてっ」
何も言わずに茉莉は颯太の頭を叩いた。いきなりのことで、颯太は何が起こったのか分からないといった表情である。
「なんで叩くんだよ」
「そこに頭があったからよ。少しは目覚めたんじゃない」
「こっちはずっと覚めてんだよ」
ヒリヒリと痛む頭をさすりながら不満げな顔で後ろに立つ茉莉の方を見上げる。
「ほら、早く食べないと遅刻するよ」
差し出された食パン入りの袋を取って颯太は玄関から飛び出した。
「いってくるー」
「あっ、ちょ、食べてから...」
言い終えるよりも速く玄関の扉が開く音がした。清々しい風が家の中を通り過ぎていき、家の空気は落ち着きを取り戻した。
「まったく。いってらー」
どうやら颯太が到着したのは1時間目の途中だったらしい。息を切らしながら教室の扉を開くと、席に着くクラスメートの視線は一斉に颯太に集まった。
「きどー。50分遅刻だ。職員室からカードもらってきたんだろうな?」
無事、颯太は遅刻をしてその日のスタートをきった。
「美味しそうだなそのパン」
途中で授業を妨害されて気が立っているのか、教卓の近くで座っている先生はミシン並みの貧乏ゆすりを披露している。
「あの、食べます?余ってるんで」
おそらく颯太は何も考えずそう口にしたのだろう。だが、その颯太の発言に対する返しなど言うまでもなかった。その場から立ち去りたいほど重たい空気が教室に充満し、颯太以外はそれに本能で気づいた。間も無くして雷のような怒鳴り声が襲いかかる。そこで初めて気づく。ブチ切れていると。
20分も満たない、何時間とも思えるような時間が過ぎ去り、気がつけば2時間目が始まろうとしていた。
さっき来たばかりとは思えないほどの疲労を感じ重い足取りで席に着くと、隣から冷やかすような声が聞こえてきた。
「おはよう。そしてお疲れ」
ただでさえ細い目をもっと細くしてにやついた表情を浮かべながら話しかけてきたのは遠藤隼だった。
「冗談じゃない。みんなに見られながらとか、あんなの公開処刑だろ。趣味悪すぎ」
「泣かなかっただけ褒めてあげる」
「うるせー」
気だるそうに隣の、隼のいる窓側を向きながら机に向かってうなだれた。窓から覗く太陽を遮るものはなく、直接対面したその明るさに颯太の目はやられてしまった。
その様子を見て隼も顔を向かい合わせるように首を傾けながら眩しそうにしている颯太の顔を覗いてみる。鬱陶しいぐらいに照った日は隼の顔と重なり日食のようになっていた。
「ちょっとそこでストップ」
「ん?なにが?」
隼は次に反対方向に首を傾ける。頭がいなくなって早くも太陽とにらめっこ2戦目。
「おい。わざとか」
「なにがー。あっ、ちょ、俺トイレな」
そう言ってベルトをカチャカチャしながら隼は席を離れていった。
後1時間で昼休みという時にやってくる体育の授業は最悪だ。しかも運動場でサッカーなど最悪×最悪のコンビネーションだ。
そんなことを思いながら4時間目が始まり、校舎近くの日影の涼める場所で颯太と隼は座っていた。体育になるとこうして2人で影に座って喋りながら時間をつぶすのが小学校からの習慣になっていた。
もちろん先生に注意されないように対策はいつもしている。2人の前にはボールで作られた城が建っていた。
「どうよこれ。俺の城は計算し尽くされた美。名を遠藤の玉城」
「玉より三角って感じだな」
ただ四面体に積まれたボールの何にすごいと言っていいのか分からないがとりあえず努力賞といった出来だ。隼が自信満々に美を語るので、颯太はそれがすごいものなんじゃないかと思い始めていた。
「おいおい。これを見ても驚くんじゃーねーぞ。これこそ人智の集大成。名をフラーレン」
「フラー…レン、だと」
隼はその名を聞き、固唾を飲んだ。
「そう。この60個からなる1つの完成されたボールは巨大な力の根源となり全てを打ち滅ぼす」
颯太が何を言っているのか微塵も隼は理解していないが、フラーレンの素晴らしさは理解できていた。
とてつもなく形が綺麗だ、と。
「くっ、これは参ったといはざるを得ないようだ」
「ふんっ」
勝ち誇ったように颯太は鼻を鳴らす。
「2人ともー、10個ほどボール分けてくんない?こっち1つもないんだ」
颯太の喜びも束の間、突然クラスメイトが走ってきてそう言った。そう言われても不思議では無い。2人はくだらないことでボールを独占しているのだ。
「どうする?」
颯太は口を覆いクラスメイトに背を向け、隼にしか聞こえないような声で囁いた。
「追い払うか?フラーレン使えよ」
「やだよ。1日1回って決まってんだよ」
「制限あんの?でももう使うとこないって」
「お前に言ってなかったが、実はあいつに使おうと思ってる」
そう言って、颯太は朝に怒られた先生を指さした。
「なんで英語以外全部担当あいつなんだよ!意味わからん」
若干変なところにキレてはいるが隼はそこには触れないでいた。
「ちなみに、留学経験はあるらしいぞ」
「え、英語いけんの?」
「まぁいけそうじゃね」
「じゃあなんで全部やんねーんだよ!そこだけ違うのなんか気になるだろーが」
「まぁ、一つ取るのにも時間かかりそうだししょうがないと思うよ...」
颯太の後ろに忍び寄る何かにいち早く気づいた隼は少しフォローをいれる。まだ何も気づかない颯太は日々の不満をとめどなく言っていく。
「もうもらってもいいか?」
「ちょいま..ち....」
後ろを振り返った颯太は静かにキレている先生の存在にようやく気づく。
「お、おつかれさまでーす...」
その後は、1時間目と同様。颯太へ向けられた愛ある指導は運動場全体に響き渡っていく。いつの間にか脱出していた隼は、その様子を見ながら腹を抱えて笑っていた。
愛のこもった怒鳴り声と隼の笑い声が混じった音は、風と共に運動場の隣にある教室棟にも届いていた。教室で授業中の窓際に座る生徒は何があったのかと外を覗き、いつものことだと黒板に向き直る。
そんな中、暗い緑色の髪を靡かせながら、その様子を見てくすくす笑う女の子がいた。
「ひーちゃん、どうかしたの?」
その子をひーちゃんと呼ぶ隣の女の子は不思議そうに彼女を見つめている。
「なんでもないよ」
彼女はそう笑いながら首を横に振った。
暗闇の中、誰かがすすり泣くような夢を見るようになった。なんの輪郭も分からないまま声のする方に手を伸ばして、触れられない誰かの悲しみだけが伝わってきた。
それでも何故か熱いほど温かいそんな夢を...
ーー--------------------
目覚ましの音が部屋中に響きわたり、それでも起きない颯太を起こそうと、近くの電線に止まる鳥たちもさえずっていた。
うつ伏せの状態で目を瞑ったまま音の方へ手を伸ばし、音の主を探している。思った以上に端に置いていたからか、時計に手が当たり、床に落ちると同時にアラームも止まった。勝手に閉じてゆく瞼をこじ開けながら、ほとんど開いていない目で床の時計を覗いく。だんだんと目が冴え始め、ぼやけていた時計の針が9時を指そうとしているのが見えてきた。
「く……じ」
重い音を立て、颯太はベットから転げ落ちるように飛び出したあと急いで支度を始めた。
「やっべ。まじで遅刻じゃねーか」
二階からあっちこっちを走り回る足音、何かを落とすような物音がそれまで静かだった蘆屋家に騒がしさをもたらした。パンの横に置かれた汁物が、軽く水面を揺らしている。下の食卓でスマホをいじりながら悠々と朝ごはんを食べる茉莉は上の階のあまりのうるささに次第に苛立ちを感じ始めていた。
「準備も静かにできないわけ?」
一階と二階を隔てる床をぶち抜くように茉莉の声が聞こえてくる。
「だって、速くやんねーと遅刻すんだよ。日本史はいるっけなー...。まぁ入れとくか。あとはこれも…」
茉莉の苛立ちを気にもとめず、必要そうなものは手当たり次第にカバンに詰め込んでいく。カバンに入りきらなかったところでファスナーを強引に閉め、颯太は玄関へと向かった。
下に降りるとキッチンの部屋から香る香ばしい匂いにお腹を鳴らしながら食欲を振り切ってそのまま歩いていく。靴を履くために座り込み、
「てか、なんで起こしてくれないんだよ。5度寝はしたぞ。ここまできたら起きねーだろ」
靴紐をむずびながら茉莉に向かってそう愚痴をぶつけている。
「知らないわよあんたが何度寝したかなんて。あんたの親じゃないんだからいちいちそんなことしませんー」
「優しいお姉さんは起こしてくれますー」
起きてすぐ姉と言い争える元気があるのが颯太の良いところだろう。
「どこの家のお姉さんだよ」
スマホの画面をスクロールしながら颯太の言葉を流すように言い返す。
「あ?あの向かいの小鳩さん家とか。それから...」
「お前向かいって、魔法が使えた時のために、ずっとほうきに乗ろうとしてるばあちゃんじゃん」
「それ、藤木さんだろ。この前野球しに行く感じで、パンパンの買い物袋ほうきにぶら下げて担いでた」
「やったじゃん」
1ミリも今の話に興味が湧かなかった茉莉は適当に言葉を返す。
「そっちじゃなくて、ほら、めっちゃお姉さんみ強い人いるじゃん?なんか、こう...」
「藤木さんめっちゃお姉さんみ強いじゃん。年下のお世話とか上手そうだし」
「いや、まあそうなんだけどさ、違うじゃん?オバーエイジじゃん。お婆だけに」
「意味わかんねーし。早く行ってこいようるさいなー」
姉弟と言ってもさすがに颯太ほどの元気はない。くだらない話にめんどくさくなったのか茉莉は何事もなかったように朝食を再開した。
「俺も食べたいから食パンとって」
「自分で取れ」
茉莉も意地が悪い。目の前のパンの袋を渡さずに目玉焼きとハムのサンドイッチを頬張っている。
「てか、あんた何時までなの?学校」
茉莉は口の中の物を飲み込むと何か確認するようにたずねた。
「9時」
「今は?」
「9時10分位?たぶん」
「お疲れ」
起きた時すでに颯太の遅刻は確定していた。そして茉莉はその現実を見せつけてきた。
「いや、まだ分からんだろ」
「分かるわ。分かれよ馬鹿たれ」
諦めの悪すぎる颯太はまだ遅刻しない方法を探していた。呆れが一周して尊敬し始めた茉莉は大きなため息をつき、めんどくさそうな顔でパンの袋を持っていった。
「いてっ」
何も言わずに茉莉は颯太の頭を叩いた。いきなりのことで、颯太は何が起こったのか分からないといった表情である。
「なんで叩くんだよ」
「そこに頭があったからよ。少しは目覚めたんじゃない」
「こっちはずっと覚めてんだよ」
ヒリヒリと痛む頭をさすりながら不満げな顔で後ろに立つ茉莉の方を見上げる。
「ほら、早く食べないと遅刻するよ」
差し出された食パン入りの袋を取って颯太は玄関から飛び出した。
「いってくるー」
「あっ、ちょ、食べてから...」
言い終えるよりも速く玄関の扉が開く音がした。清々しい風が家の中を通り過ぎていき、家の空気は落ち着きを取り戻した。
「まったく。いってらー」
どうやら颯太が到着したのは1時間目の途中だったらしい。息を切らしながら教室の扉を開くと、席に着くクラスメートの視線は一斉に颯太に集まった。
「きどー。50分遅刻だ。職員室からカードもらってきたんだろうな?」
無事、颯太は遅刻をしてその日のスタートをきった。
「美味しそうだなそのパン」
途中で授業を妨害されて気が立っているのか、教卓の近くで座っている先生はミシン並みの貧乏ゆすりを披露している。
「あの、食べます?余ってるんで」
おそらく颯太は何も考えずそう口にしたのだろう。だが、その颯太の発言に対する返しなど言うまでもなかった。その場から立ち去りたいほど重たい空気が教室に充満し、颯太以外はそれに本能で気づいた。間も無くして雷のような怒鳴り声が襲いかかる。そこで初めて気づく。ブチ切れていると。
20分も満たない、何時間とも思えるような時間が過ぎ去り、気がつけば2時間目が始まろうとしていた。
さっき来たばかりとは思えないほどの疲労を感じ重い足取りで席に着くと、隣から冷やかすような声が聞こえてきた。
「おはよう。そしてお疲れ」
ただでさえ細い目をもっと細くしてにやついた表情を浮かべながら話しかけてきたのは遠藤隼だった。
「冗談じゃない。みんなに見られながらとか、あんなの公開処刑だろ。趣味悪すぎ」
「泣かなかっただけ褒めてあげる」
「うるせー」
気だるそうに隣の、隼のいる窓側を向きながら机に向かってうなだれた。窓から覗く太陽を遮るものはなく、直接対面したその明るさに颯太の目はやられてしまった。
その様子を見て隼も顔を向かい合わせるように首を傾けながら眩しそうにしている颯太の顔を覗いてみる。鬱陶しいぐらいに照った日は隼の顔と重なり日食のようになっていた。
「ちょっとそこでストップ」
「ん?なにが?」
隼は次に反対方向に首を傾ける。頭がいなくなって早くも太陽とにらめっこ2戦目。
「おい。わざとか」
「なにがー。あっ、ちょ、俺トイレな」
そう言ってベルトをカチャカチャしながら隼は席を離れていった。
後1時間で昼休みという時にやってくる体育の授業は最悪だ。しかも運動場でサッカーなど最悪×最悪のコンビネーションだ。
そんなことを思いながら4時間目が始まり、校舎近くの日影の涼める場所で颯太と隼は座っていた。体育になるとこうして2人で影に座って喋りながら時間をつぶすのが小学校からの習慣になっていた。
もちろん先生に注意されないように対策はいつもしている。2人の前にはボールで作られた城が建っていた。
「どうよこれ。俺の城は計算し尽くされた美。名を遠藤の玉城」
「玉より三角って感じだな」
ただ四面体に積まれたボールの何にすごいと言っていいのか分からないがとりあえず努力賞といった出来だ。隼が自信満々に美を語るので、颯太はそれがすごいものなんじゃないかと思い始めていた。
「おいおい。これを見ても驚くんじゃーねーぞ。これこそ人智の集大成。名をフラーレン」
「フラー…レン、だと」
隼はその名を聞き、固唾を飲んだ。
「そう。この60個からなる1つの完成されたボールは巨大な力の根源となり全てを打ち滅ぼす」
颯太が何を言っているのか微塵も隼は理解していないが、フラーレンの素晴らしさは理解できていた。
とてつもなく形が綺麗だ、と。
「くっ、これは参ったといはざるを得ないようだ」
「ふんっ」
勝ち誇ったように颯太は鼻を鳴らす。
「2人ともー、10個ほどボール分けてくんない?こっち1つもないんだ」
颯太の喜びも束の間、突然クラスメイトが走ってきてそう言った。そう言われても不思議では無い。2人はくだらないことでボールを独占しているのだ。
「どうする?」
颯太は口を覆いクラスメイトに背を向け、隼にしか聞こえないような声で囁いた。
「追い払うか?フラーレン使えよ」
「やだよ。1日1回って決まってんだよ」
「制限あんの?でももう使うとこないって」
「お前に言ってなかったが、実はあいつに使おうと思ってる」
そう言って、颯太は朝に怒られた先生を指さした。
「なんで英語以外全部担当あいつなんだよ!意味わからん」
若干変なところにキレてはいるが隼はそこには触れないでいた。
「ちなみに、留学経験はあるらしいぞ」
「え、英語いけんの?」
「まぁいけそうじゃね」
「じゃあなんで全部やんねーんだよ!そこだけ違うのなんか気になるだろーが」
「まぁ、一つ取るのにも時間かかりそうだししょうがないと思うよ...」
颯太の後ろに忍び寄る何かにいち早く気づいた隼は少しフォローをいれる。まだ何も気づかない颯太は日々の不満をとめどなく言っていく。
「もうもらってもいいか?」
「ちょいま..ち....」
後ろを振り返った颯太は静かにキレている先生の存在にようやく気づく。
「お、おつかれさまでーす...」
その後は、1時間目と同様。颯太へ向けられた愛ある指導は運動場全体に響き渡っていく。いつの間にか脱出していた隼は、その様子を見ながら腹を抱えて笑っていた。
愛のこもった怒鳴り声と隼の笑い声が混じった音は、風と共に運動場の隣にある教室棟にも届いていた。教室で授業中の窓際に座る生徒は何があったのかと外を覗き、いつものことだと黒板に向き直る。
そんな中、暗い緑色の髪を靡かせながら、その様子を見てくすくす笑う女の子がいた。
「ひーちゃん、どうかしたの?」
その子をひーちゃんと呼ぶ隣の女の子は不思議そうに彼女を見つめている。
「なんでもないよ」
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