寄せ集めの英雄と、涙を隠した君の笑顔。この世界の結末は俺たちが決める!

Gaku

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第二章:すれ違う心と、見えない刃

第15話:桜色の風、再び

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月が、刃のように冴え渡る夜だった。
廃道場での激闘と、源という男の魂の叫びから一夜が明け、俺たち一行の空気は、微妙に、しかし確実に変化していた。一番の変化は、もちろん源その人だ。あれだけ「誰の助けもいらん」と全身から針を突き出していた男が、今は俺たちの少し後ろを、バツが悪そうに黙ってついてきている。

「あの、源さん。腹、減ってませんか? 干し肉とかありますけど」
千夏が太陽のような笑顔で声をかけると、源は「……いらん」と短く答え、そっぽを向いてしまう。その耳がほんのり赤いことに気づいてしまった俺は、危うく吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
「フン、意地っ張りめ。筋肉は適切な栄養補給なくしては成長せんという、自明の理を無視するか」
ヤタの口を借りて、小夜がもっともらしいことを言う。そのヤタは、いつの間にか俺の肩に陣取って、すっかり自分の指定席だと思い込んでいるようだった。
「ヤタの言う通りですわ! 人体の恒常性維持、ホメオスタシスには、タンパク質、脂質、炭水化物の三大栄養素が不可欠でして!」
栞が分厚い本を片手に熱弁を振るい始める。

この数日で、俺たちの関係性は、まるで複雑な化学反応のように、新しい構造を生み出していた。俺という触媒を中心に、人見知りの天才陰陽師、ドジっ子の博識賢者、そして過去に囚われた拳法家という、本来なら水と油どころか、混ぜたら爆発四散しそうなメンバーが、奇妙な均衡を保って存在している。まさに複雑系。それぞれの要素(エージェント)が相互作用し、誰も予測しなかった「パーティ」という形に自己組織化しているのだ。

俺たちは、捕らえた密売人の一人から、組織の幹部たちが今夜、とある高級料亭で会合を開くという情報を引き出すことに成功した。源の「少しばかり真剣な話し合い」とやらで、密売人は泡を吹いて気絶する寸前だったが、情報は正確なようだった。問題は、その料亭にどうやって潜入するかだ。

「よし、作戦会議だ!」
俺がそう宣言すると、四人(と一羽)は真剣な顔つきで俺を囲んだ。
「まず、わたくしのプランAですが」
栞が眼鏡をクイッと押し上げ、地面に木の枝で複雑な図形を描き始めた。
「この料亭の建築様式は、平安期の寝殿造を基にした数寄屋風書院造。梁と柱の力学的関係を計算し、最も警備が手薄になるであろう屋根裏の天窓、その座標は北緯……」
「却下。座標とか言われても分からん」
「では、プランBです。わたくしと小夜殿が、高名な学者とその内気な弟子を演じ、学術調査と偽って堂々と潜入します!」
小夜がヤタの陰でブルブルと震え、ヤタが「無茶を言うな、このドジ眼鏡」と的確なツッコミを入れた。
「ならば、俺が行く」
黙って聞いていた源が、静かに拳を握る。
「門から堂々と入り、邪魔する者は全て叩き伏せる。それが最も確実で、速い」
「それ、潜入じゃなくて襲撃っていうんだよ! もっと頭使え、筋肉ダルマ!」
俺のツッコミに、源が「何だと」と眉をひそめる。ああ、もうダメだこりゃ。このパーティ、脳筋と学者と人見知りで構成されてるせいで、作戦の振り幅が極端すぎる。

結局、俺の空間歪曲で塀を乗り越えるという、一番無難(?)な作戦に落ち着いた。もちろん、俺の能力の不安定さを知っている仲間たちは、一様に不安そうな顔をしていたが、他に選択肢がないのだから仕方ない。

***

料亭『月影』は、街の喧騒が嘘のような、静寂に包まれた場所に佇んでいた。
高い塀に囲まれ、その入り口には品の良い暖簾がかかっている。門をくぐった先は、美しく整えられた庭園が広がっていた。磨き上げられた飛び石、静かに水を湛える池、そして巧みに配置された松の木。どこからか、上品なお香の香りが漂ってくる。空気を吸い込むだけで、心が洗われるような静謐な空間だ。遠くでししおどしが「こぉん」と鳴る音が、逆に静けさを際立たせていた。

「いいか、俺がまず塀の向こうに飛んで、安全を確認してから合図する。それまで絶対に動くなよ」
俺は仲間たちにそう言い含め、塀に手をかける。意識を集中し、塀の向こう側の空間をイメージする。頼むぞ、俺の微妙な能力。今日は機嫌よく働いてくれ。
「転移!」
ぐにゃり、と視界が歪む。成功だ。思った通り、塀の向こう側、庭の植え込みの影に俺は立っていた。
「よし、完璧だ!」
俺が小声でガッツポーズをした、その瞬間。
バシャァァァン!
すぐ隣で、盛大な水音がした。見ると、源が池のど真ん中に仁王立ちしていた。全身ずぶ濡れだ。
「……貴様、座標を少し間違えたな」
「俺のせいじゃねえ! なんで俺の合図を待たずに飛んでくるんだよ!」
「お前を信用していなかった」
きっぱりと言い放つ源。その正直さがある意味清々しい。だが、当然、この騒ぎに護衛たちが気づかないはずがなかった。
「何奴だ!」
鋭い声と共に、屋敷のあちこちから、刀を持った屈強な男たちが姿を現す。あっという間に、俺たちは十数人の護衛に囲まれていた。潜入開始から、わずか30秒。見事なまでの作戦失敗だった。

「やれやれ、これだから素人は」
奥の部屋から、せせら笑うような声と共に、派手な着物を着た小太りの男――おそらくこの会合の主役である幹部だろう――が姿を現した。
「ここまで嗅ぎつけるとは、少しは褒めてやる。だが、ここまでだ。そいつらを斬り刻んで、池の鯉のエサにしてやれ」
護衛たちが、じりじりと距離を詰めてくる。刀の切っ先が、行灯の光を反射して鈍く光る。千夏が俺の前に立ち、小夜が懐から護符を取り出し、栞が震えながらも何かの薬品瓶を構える。源はずぶ濡れのまま、静かに拳を構えた。
多勢に無勢。どう考えても、勝ち目は薄い。
(くそっ、ここまでか……!)
俺が奥歯を噛み締めた、その時だった。

ふわり、と。
まるで季節外れの春風が吹いたかのように、どこからともなく、桜の花びらが一枚、ひらりと舞い落ちた。
それは、血と鉄の匂いが立ち込め始めたこの庭で、あまりにも場違いで、幻想的な光景だった。
張り詰めていた空気の中、誰もがその一枚の花びらに、一瞬だけ心を奪われた。
花びらが、池の水面に落ちて、小さな波紋を描く。
その波紋が消えぬうちに、隣の部屋の襖が、音もなく、すーっと静かに開いた。

そこに立っていたのは、月明かりをその身に浴びた、桜色の着物の女性だった。
「あらあら、皆様お揃いで。少し、騒がしいようですわね」

彩葉さんだった。
彼女は、まるで近所の夜桜見物にでも来たかのような、おっとりとした笑みを浮かべていた。その手には鞘に収まった一本の刀。しかし、抜く気配すらない。ただそこにいるだけで、場の空気が一瞬にして塗り替えられていく。ついさっきまで俺たちを囲んでいた殺気が、まるで陽炎のように揺らめき、霧散していくのが分かった。

「て、天下一の彩葉……! なぜ、貴女がここに!」
幹部の男が、顔面蒼白になって叫ぶ。その声は、恐怖に上ずっていた。
護衛たちも、その名を聞いて明らかに動揺している。じりじりと詰めていた足が止まり、逆に後ずさりさえしている者もいる。天下に轟くその名は、それだけで最強の武器だった。

「わたくしも、少しばかり野暮用がございまして。どうやら、皆様と同じ虫を追っていたようですわ」
彩葉さんは、ふわりと微笑んだまま、俺たちを一瞥する。そして、その視線が、俺の隣で静かに拳を構える源の姿を捉え、ほんのわずかに、興味深そうに細められた。
(この御方……。あのような、怒りの塊のような男まで、その身の内に取り込んでしまうのか。わたくしとは、まるで違う。力でねじ伏せるのではなく、人の心を解き、あるべき場所へと繋いでいく。まるで、春の陽だまりのように、温かく、そして抗いがたい力)。
復讐心で凍てついていた彼女の心が、ほんの少しだけ、温められるような不思議な感覚。彩葉は、その初めて抱く種類の「興味」の視線を、まっすぐに俺に向けた。

「おのれ、天下一がなんだ! やってしまえ!」
幹部が自暴自棄に叫ぶが、護衛たちは誰一人動こうとしない。彼らの本能が、目の前の女性に刃を向けることが、すなわち「死」であることを告げていた。
幹部は、懐から赤黒く光る石――血錆鉱を取り出し、叫んだ。
「こうなれば、この『紅い刃の紋章』の力を!」

『紅い刃の紋章』
その言葉を口にした瞬間。
彩葉さんの笑顔が、ほんの一瞬だけ、消えた。
いや、笑顔の形は保たれていた。しかし、その瞳の奥に宿る光が、穏やかな春の陽光から、全てを凍てつかせる真冬の吹雪へと、確かに変わったのを俺は見逃さなかった。それは、笑顔の仮面の裏に隠された、底なしの憎悪と悲しみの色だった。

「……その紋章の名、わたくしの前で、二度と口になさらない方が、よろしいかと存じますわ」
声の調子は、いつものようにおっとりとしていた。しかし、その言葉に含まれた圧力は、その場にいる全員の呼吸を止め、心臓を直接握り潰すかのような、絶対的な威圧感を放っていた。
幹部は「ひっ」と短い悲鳴を上げ、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。護衛たちは、刀を捨てて逃げ出す者、その場で土下座する者、様々だった。
戦いは、終わった。いや、始まることすらなかった。

月明かりが、静まり返った庭を照らしている。
俺は、ただ呆然と、彼女の姿を見つめていた。その美しさ。その絶対的な強さ。そして、その笑顔の裏に隠された、あまりにも深い闇。
ドくん、と。
自分の心臓が、大きく、そして熱く脈打つのを感じた。
それは、今まで感じていた、すごい人への「憧れ」とは明らかに違う感情だった。もっと熱く、もっと切なく、どうしようもなく心をかき乱される、抗いがたい引力。
仏教でいうところの「渇愛」。喉が渇いた者が水を求めるように、何かを強く欲する心。俺は、彼女の本当の笑顔が見たいと、彼女の心の闇に触れたいと、どうしようもなく願ってしまっていた。

俺たちの視線が、月明かりの下で絡み合う。
彩葉さんの瞳に浮かんでいたのは、いつもの穏やかな光。しかし、その奥に、初めて見る「神田駿」という個人への、確かな興味の色が宿っていた。
時が、止まったかのように感じられた。

戦闘の後、彩葉さんは幹部たちを気絶させ、証拠と共に衛兵に引き渡した。その手際の良さは、まさにプロフェッショナルのそれだった。
俺たちが料亭を後にしようとした時、彩葉さんが俺にだけ、そっと近づいてきた。
「駿さん」
初めて、彼女が俺を名前で呼んだ。
「わたくしの故郷は……昔、桜がとても綺麗な村でしたの」
月明かりに照らされた彼女の横顔は、今にも壊れてしまいそうなくらい、儚げだった。彼女が自分の過去の断片を、他人に話すのは、おそらくこれが初めてだったのだろう。

目的が一致し、彩葉さんもまた、密売組織の金の流れを追うため、一時的に俺たちと行動を共にすることになった。
俺は、予期せぬ再会と、胸に芽生えたこのどうしようもない感情に戸惑いながら、複雑に絡み合い始めた縁の糸の行方を、ただ見つめることしかできなかった。物語が、俺の意思などお構いなしに、大きく、そして激しく動き出す予感を、肌で感じながら。
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