寄せ集めの英雄と、涙を隠した君の笑顔。この世界の結末は俺たちが決める!

Gaku

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第三章:信じること、見つめる先

第22話:思考の放棄の、その先に

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夜の闇が、まるでインクを垂らした水のように、ゆっくりと薄まっていく。

東の空が、しらじらと明るみ始め、街を縁取る山々の稜線が、深い藍色の空を背景に、鋭い切り絵のように浮かび上がってきた。やがて、その藍色は紫に、そして燃えるような茜色へと、刻一刻と表情を変えていく。夜の静寂を破るように、どこからか一番鶏の甲高い声が聞こえ、それに呼応するかのように、街のあちこちで鳥たちがさえずり始めた。

新しい一日が、否応なく始まろうとしていた。

安宿の談話室には、夜の間に燃え尽きた薪ストーブの灰の匂いと、冷え切った空気が澱んでいた。
源は、壁に背を預けたまま、腕を組んで目を閉じている。眠っているのか、ただ思考に沈んでいるのか、その表情からは窺い知れない。
桔梗は、窓辺の影に溶け込むように佇み、夜明けの光が染めていく空を、感情の読めない瞳でじっと見つめていた。
栞は、テーブルに突っ伏し、分厚い眼鏡をかけたまま眠ってしまっている。その周りには、羊皮紙の資料が乱雑に散らばり、彼女が夜通し何かを調べていたことを物語っていた。
小夜は、談話室の隅にあるソファに、ヤタを胸に抱いて丸くなっていた。その小さな背中は、不安と悲しみに震えているように見えた。

誰もが、ほとんど眠れずに、悪夢のような一夜を明かしていた。千夏が残した一枚の指令書は、彼らの心に、修復が難しいと思えるほどの深い亀裂を残した。信じたいという願いと、裏切られたかもしれないという絶望。その狭間で、彼らの心は疲弊しきっていた。

その重苦しい空気の中に、静かな足音と共に、神田駿が姿を現した。

彼の顔は青白く、目の下には深い隈が刻まれており、一晩で数年老け込んだかのようだった。しかし、その瞳には、夜の闇のような深い絶望の色はなかった。そこにあったのは、迷いを振り切った者の、静かで、まっすぐな光だった。

彼は、栞が眠るテーブルの中央に、そっと何かを置いた。
カサリ、と乾いた音が、静寂の中でやけに大きく響く。
それは、くしゃくしゃになった、一枚の小さな包み紙だった。

駿は、仲間たち一人一人の顔を、ゆっくりと、しかし、しっかりと見つめて宣言した。その声は掠れていたが、一本の鋼のように、揺るぎない芯が通っていた。

「俺は、行く」

最初に反応したのは、壁際の桔梗だった。彼女は視線を空から駿へと移し、静かに問いかける。
「どこへ。彼女を、処理しにか?」
その声には、非難の色も、賛同の色もなかった。ただ、事実を確認するかのような、平坦な響きだけがあった。

「違う」と、駿は首を振った。

「千夏がなぜあんなことをしたのか、何を隠しているのか、俺自身の目で見て、耳で聞いて、確かめる。この紙切れ一枚で、あいつと過ごした時間まで嘘だったなんて、俺は認めたくない」

それは、もはや感傷ではなかった。彩葉が教えてくれた、「ただ立ち止まるのは、思考の放棄だ」という言葉。その言葉が、駿を絶望の淵から引きずり出した。思い込みや感情に流されるのではない。自分の足で立ち、自分の目で見て、真実を掴み取る。それは、苦しみから抜け出すための道を、自らの意志で歩き始めようとする、一人の男の決意表明だった。



駿の決意は、澱んだ水面に投じられた一石のように、静かな波紋を広げた。

「わたくしも……わたくしも、千夏さんを信じたいです!」

最初に声を上げたのは、ハッと目を覚ました栞だった。彼女は眼鏡を押し上げ、瞳に涙を溜めながらも、力強く頷いた。千夏は、彼女の突飛な研究を、いつも目を輝かせて聞いてくれた。失敗しても、決して馬鹿にせず、「すごいね、栞ちゃん!」と笑ってくれた。あの笑顔が、計算ずくの演技だったとは、どうしても思いたくなかった。

「……信じたい」

ソファで丸くなっていた小夜も、か細く、しかしはっきりとした声で呟いた。ヤタが主の想いに応えるように、力強く一声、「カァ」と鳴いた。千夏は、ヤタを通してではなく、小夜自身に話しかけようとしてくれた、数少ない人間だった。不器用な自分を、ただありのままに受け入れてくれた、あの温もりを、忘れることなどできなかった。

少女たちの純粋な願い。しかし、現実はそれほど甘くないことを、年長者たちは知っていた。

「甘いな」
源が、壁から背を離し、低い声で言った。その声には、苛立ちと、そしてほんの少しの憐れみが混じっていた。
「その優しさが、命取りになるかもしれんのだぞ。罠の可能性が九割だ」

「同感だ」と桔梗も続けた。「任務であれば、非情になるべきだ。個人の感情で動くのは、プロのすることではない」

二人の言葉は正論だった。源は、かつて仲間を守れなかった後悔から、危険を徹底的に排除しようとする。桔梗は、仲間を信じた結果、全てを失った過去から、感情を切り捨てることを信条としている。彼らの言葉は、それぞれの壮絶な過去が導き出した、血の通った結論だった。

しかし、駿は、そんな二人に向き直って言った。その瞳は、少しだけ寂しそうに、そしてどこか誇らしげに、微笑んでいるように見えた。

「俺たちは、任務で集まった部隊じゃない」

その言葉に、源と桔梗の表情が、微かに変わった。

「ただの、どうしようもない、寄せ集めだ。だから、誰を信じるかどうかも、俺たちが決めていいはずだ。俺は――俺たちを、信じたい」

その言葉は、二人の心を、強く、そして静かに揺さぶった。
『寄せ集め』。
それは、規律も、上下関係も、共通の過去すらもない、ただ縁(えにし)によって、偶然に集まっただけの、不安定な集団。
しかし、だからこそ、そこには組織の論理も、任務の鉄則も存在しない。あるのは、個人の「心」だけだ。信じるも、疑うも、全て自分たちで決めることができる。
それは、組織の中で生きてきた二人にとって、眩しいほどに自由で、そしてあまりにも危険な関係性の形だった。

源は、「ちっ、勝手にしろ」と顔を背けた。それは、彼なりの最大の譲歩であり、同意の表明だった。
桔梗は、ふっと息を吐くと、影の中から一歩だけ光の中へ足を踏み出した。「私は、あくまで監視役だ。貴様たちが愚かな判断を下さないか、見届けるまでだ」。それは、彼女なりの不器用な仲間宣言だった。

目的は、定まった。「千夏を断罪すること」ではない。「真実を知ること」。
その一点で、ひび割れた一行の心は、以前よりも強く、しなやかに、再び一つに繋ぎ直された。



夜明けの光が、完全に街を照らし出す頃には、一行は次の目的地を定めていた。

「『天つ鏡』……。これほど巨大で、かつ幕府や王国にもその存在を知られていない組織となると、通常の手段で情報を得るのは不可能ですわね」

栞が、散らばった資料の中から一枚の古い地図を広げ、指で一点を指し示した。その場所には、禍々しい龍の絵が描かれている。

「情報を得るなら、ここしかありません。あらゆる国家の干渉を受けない中立都市。悪党、ならず者、そして最高級の情報が集まる、無法地帯――『龍の巣』」

そこにいけば、静の手がかりも、彼女が所属するであろう巨大な組織の情報も、手に入るかもしれない。僅かな望みに懸け、一行は「龍の巣」を目指すことを決めた。

旅立ちの準備は、迅速に進んだ。
馬車が用意され、必要最低限の食料と水が積み込まれていく。街は、朝の活気を取り戻し始めていた。パン屋から漂う香ばしい匂い、市場へ向かう人々の賑やかな声。それは、駿たちが守った日常の風景だった。

馬車に乗り込む仲間たちの表情は、それぞれだった。
希望と不安を瞳に浮かべる、小夜と栞。
覚悟を決めた、静かな横顔の源と桔梗。
そして、その全てを包み込むように、駿は前を見据えていた。

その頃、万事屋組合のカウンターでは、静が、客のいないホールで一人、水晶玉にそっと手をかざしていた。
水晶には、街の門を出て、荒野へと進んでいく駿たちの馬車の姿が、小さく、しかし鮮明に映し出されていた。
彼女は、その映像を氷のような無表情で見つめ、ただ一言、誰に言うでもなく呟いた。

「面倒な方へ」

そう言うと、彼女はすっと席を立ち、組合の奥へと続く、誰も知らない隠し通路の中へと、その姿を消した。



「――お兄ちゃん、待っておくれよ!」

一行が乗る馬車が、街の門を完全に抜けようとした、その時だった。
背後から、しわがれた、しかしどこか芯のある声が、駿を呼び止めた。

振り返ると、そこに立っていたのは、一行が世話になった宿の女主人だった。老婆は、息を切らしながら、駿のそばまで小走りにやってくると、その皺だらけの手で、彼の袖をそっと掴んだ。

「あんたたち、もしかして、あのお嬢ちゃんを探しに行くのかい?」

その瞳は、ただの好奇心ではない、深い心配の色を湛えていた。駿が黙って頷くと、老婆は、周囲を気にするように声を潜め、そっと耳打ちした。

「あの子、いい子だったけどねぇ。時々、一人で中庭の井戸のそばに座って、じっと北の空を見てたんだよ。まるで、帰りたくても帰れない故郷でも見るみたいに、すごく、すごく悲しそうな顔をしてね」

「北……ですか?」

「ああ。この街から真北には、何もない荒れ地と、あとは、山のてっぺんに古い大きな神殿があるだけなんだがねぇ……」

老婆はそれだけ言うと、「気をつけてお行きよ」と、駿の手に、旅の足しにと干し肉をいくつか握らせ、宿の方へと戻っていった。

駿は、握りしめられた干し肉の温もりと、老婆の言葉の重みを、同時に感じていた。
『北の神殿』。
千夏の謎に繋がる、新たな、そして重要なキーワード。

彼は、固く拳を握りしめると、仲間たちが待つ馬車へと向き直った。
朝焼けの光が、彼の進むべき道を、遥か彼方まで照らし出していた。それは、逃避行でも、追跡行でもない。真実を見つけるための、意志ある旅の始まりだった。
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