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第四章:王都燃ゆ、過去からの咆哮
第40話:勝利の宴と、王女の爆弾発言
しおりを挟む戦いが終わった。
あれほど空を埋め尽くしていた血の魔法陣は跡形もなく消え、異界から伸びていた巨大な腕も、まるで悪夢の残滓のように人々の記憶の中に溶けていった。王都の上空には、破壊の爪痕が痛々しく残っていたが、夜の闇を払い、地平線の彼方から、新しい一日を告げる朝日が昇り始めていた。
その柔らかい光は、瓦礫の山と化した市街地を、無残に折れた女神像を、そして疲れ果て、互いを支え合う人々の顔を、分け隔てなく、優しく照らし出していた。それは、悲劇の終わりと、それでも訪れる日常の始まりを告げる、希望の光だった。
広場では、生き残った兵士たちが、倒れた仲間たちの亡骸を静かに運んでいた。その瞳に涙はなかった。ただ、友の魂に敬意を払い、その死を無駄にはしないという、静かで、しかし鋼のような決意だけが宿っていた。物陰から恐る恐る姿を現した市民たちも、その光景をただ黙って見つめている。やがて、誰からともなく、瓦礫を片付ける者が現れた。一人、また一人と、その輪は静かに広がっていく。悲しみに打ちひしがれている暇などない。生きている者には、未来を繋ぐ責任があるのだと、誰もが分かっていた。
遠くで、赤子の泣き声が聞こえた。そのか細くも力強い生命の叫びは、まるでこの街の、そしてこの世界の、決して消えることのない心臓の鼓動のように、夜明けの空に響き渡っていた。
---
数日後。王城の一室で、駿はゆっくりと目を覚ました。
最初に感じたのは、自分の手を優しく握る、温かい感触だった。ぼやける視界の中で、心配そうに自分を覗き込む、桜色の髪の少女の姿が見えた。
「……彩葉さん?」
「! 駿さん、お気づきになりましたか!」
彩葉の顔が、ぱっと花が咲くように明るくなる。その声を聞きつけて、部屋の外で待機していた仲間たちが、どっと雪崩れ込んできた。
「よぉ、大将! ようやくお目覚めか!」
「全く、人騒がせな男だ」
「駿さん、良かった……!」
龍之介の悪態、桔梗の呆れ声、小夜の安堵のため息。その全てが、駿の耳には心地よい音楽のように響いた。アリア姫の最高位の神聖魔法によって、彼の体は奇跡的に回復していた。まだ少し気怠さは残るが、命に別状はない。
「みんな……無事だったんだな」
「当たり前だ。貴様が寝ている間に、街は少しずつだが、元の姿を取り戻しつつある」
桔梗の言葉通り、窓の外からは、槌の音や人々の活気ある声が聞こえてくる。王都は、深い傷を負いながらも、力強く再生の道を歩み始めていた。
その復興の輪の中に、源の姿もあった。彼は、黙々と瓦礫を運び、崩れた家の壁を修復する作業を手伝っていた。その表情に、かつてのような怒りの炎はない。時折、瓦礫の中から子供のおもちゃなどを見つけると、不器用な手つきで埃を払い、泣いている子供にそっと手渡している。その大きな背中を、街の人々は、もはや恐怖ではなく、感謝と尊敬の眼差しで見つめていた。
戦いは、多くのものを奪った。しかし、それ以上に多くの、新しい絆を生み出していた。
---
そして、あの日から一週間後。
王城の大広間では、王都を救った英雄たちを称える、盛大な祝宴が開かれていた。
大広間は、これ以上ないほど豪華絢爛に飾り付けられ、天井の巨大なシャンデリアが、磨き上げられた大理石の床に光の絨毯を広げている。長く伸びたテーブルには、見たこともないような豪華な料理が所狭しと並び、食欲をそそる香りが漂っていた。宮廷楽団が奏でる陽気な音楽と、人々の楽しげな笑い声が、数日前までこの街を覆っていた絶望を、完全に過去のものとしていた。
その祝宴の主役として、駿たちは国王の隣、最も名誉ある席に座らされていた。国王直々に、「国を救った英雄」として紹介され、身分や種族の垣根を越え、誰もが彼らに心からの感謝と称賛の言葉を贈った。
「いやぁ、英雄様と飲む酒は格別ですな!」
「あの一撃、まさに神の御業であった!」
兵士たちが、次々と酒を注ぎに来る。駿は、その熱烈な歓迎に、照れ笑いを浮かべるしかなかった。
宴もたけなわの頃。一人の男が、ゆっくりと駿たちの席へと歩み寄ってきた。騎士団長の、あの厳格な老将軍だった。彼は、手に持った杯を置くと、満場の喝采の中、全てのプライドを捨て、駿の前に深く、深く、頭を下げた。
「若いの。いや、神田駿殿。儂は、間違っておった」
その声は、震えていた。
「儂が長年信じ、そして兵士たちに叩き込んできた規律と伝統は、ただの硬直した思い込みに過ぎなかった。この国を、民を救ったのは、儂の信じた古い教えではない。お主たちの、仲間を、そして未来を信じる、その熱い心じゃった。これまでの数々の無礼、許せとは言わん。だが、この老いぼれの、心からの感謝を受け取ってほしい」
駿は、慌てて席を立ち、将軍を立たせようとする。
「やめてくださいよ、将軍。あんたたち騎士団の、命を懸けた防衛線がなきゃ、俺たちだけじゃ何もできなかった。ただ、俺たちは俺たちのやり方で戦った。それだけですよ」
将軍は、ゆっくりと顔を上げた。その皺だらけの顔には、涙が光っていた。彼は、何も言わずに、ごつごつとした大きな手で、駿の手を力強く握りしめた。世代と立場を超えた、二人の男の固い握手。それを見た兵士たちから、この日一番の、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
---
宴の喧騒から一人離れ、駿は王城のバルコニーで、ひんやりとした夜風に当たっていた。眼下には、復興の槌音が止み、静けさを取り戻した王都の夜景が広がっている。あちこちに残る破壊の爪痕は、まるでこの街が流した涙の跡のようにも見えた。
彼の心は、ここにいない、たった一人の少女のことで占められていた。
(千夏……)
路地裏で出会った時の、太陽のような笑顔。初めてご馳走してくれた、温かい煮込みの味。そして、鐘楼の屋上で、たった一人、光の矢を放ち続けていた、あの決意に満ちた横顔。
その全てが、昨日のことのように思い出される。
彼女は、どこで、何をしているのだろうか。無事なのだろうか。
駿は、もう彼女を疑ってはいなかった。彼女がどんな組織にいようと、どんな任務を背負っていようと、彼女が自分たちを、この王都を救ってくれたという事実は、決して揺らがない。
「見てるか、千夏。お前のおかげで、みんな笑ってるぜ」
駿は、夜空に浮かぶ、欠けた月にそう静かに語りかける。それは、祈りではなかった。ただ、揺るぎない確信だった。
「必ず、また会える。俺は、お前を信じてるからな」
その誓いは、誰に聞かせるでもなく、しかし誰よりも強く、夜の闇に溶けていった。
---
「皆様! ご静粛に!」
駿が広間に戻ると、宴は最高潮に達していた。その喧騒を、アリア姫の澄んだ声が、ぴしゃりと静める。皆の視線が、玉座の前に立つ、若く美しい王女へと集まった。彼女は、にこりと微笑むと、とんでもない爆弾発言を投下した。
「皆の者、この度の勝利、誠に見事でありました! この勝利を祝し、そして、この国の未来をより確かなものとするため、わたくし、決心いたしました!」
ゴクリ、と誰もが固唾を飲む。
「明日より、王位継承権を一時放棄し、駿様たちと共に、世界を知るための旅に出ますわ!」
一瞬の静寂。
まるで、時間が止まったかのように。
そして、次の瞬間、大広間は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「な、な、なんですとぉぉぉ!?」
「姫様が、ご乱心なされた!」
貴族たちは悲鳴を上げ、大臣たちは泡を吹いてひっくり返る。
そして、広間の隅で控えていた護衛騎士と、先ほど駿と固い握手を交わしたばかりの老将軍は、顔面蒼白のまま、揃って絶叫した。
「ひ、ひ、ひ、姫様ぁぁぁぁぁっ! なりませぬぅぅぅぅぅぅっ!」
その悲痛な叫びも空しく、二人はその場で白目を剥いて卒倒した。
しかし、そんな大混乱を前にしても、アリア姫の瞳は、星のようにキラキラと輝き、その決意は微塵も揺らいでいなかった。
その頃。
誰も知らない、遥か北の海の底。
光も音も届かない、絶対的な静寂と闇の世界。
駿が転移させた「災厄」の莫大なエネルギーは、消滅することなく、黒い太陽のように凝縮され、深海の暗闇を不気味に照らしていた。
その邪悪な光に呼応するように、海底に広がる、都市ほどもある巨大な古代遺跡の、中央に位置する巨大な扉が、ゆっくりと、しかし確実に、その輝きを増し始めていた。扉の表面に幾何学的に刻まれた、あの禍々しい渦巻き模様が、まるで心臓のように、どくん、どくんと脈動を始める。
静寂の海の中で、新たな、そして遥かに巨大な脅威が、静かに、目覚めの時を待っていた。
王都の危機は去った。しかし、それは、本当の厄災の、ほんの序曲に過ぎなかったのかもしれない。
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