寄せ集めの英雄と、涙を隠した君の笑顔。この世界の結末は俺たちが決める!

Gaku

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第五章:影と光、偽りの平穏

第48話:影との再会、偽りの刃

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「紅い刃」の砦は、人の住む場所とは思えなかった。ごつごつとした岩山を、まるで巨大な獣が喰い破ったかのように無骨にくり抜いて作られたその要塞は、天を衝く巨大な骸のようだ。頂上付近には常に黒い雲が渦巻き、吹き抜ける風は、岩の隙間でひゅうひゅうと悲鳴のような音を立てている。空気は、どこまでも冷たく、鉄と、そして微かに血の匂いがした。

壁には「紅い刃」の紋章がいくつも掲げられている。その血のように赤い色は、闇の中ではまるで乾いた血痕のように見えた。

桔梗は、その陰鬱な砦に、たった一人で潜入していた。影から影へと、音もなく滑るように進む。それは、奈落で叩き込まれた、彼女の身体の一部と化した動きだった。だが、今の彼女の心は、かつてないほどに乱れていた。会いたい。そして、会いたくない。真実を知りたい。そして、知りたくない。相反する感情が、彼女の中で激しい嵐のように渦巻いていた。

砦の最深部、玉座の間のようなだだっ広い広間で、桔梗はついにその男と対峙した。

部屋の中央に置かれた、黒い岩を削り出しただけの粗末な玉座。そこに、一人の男が悠然と腰かけていた。顔は黒い鋼の仮面で覆われ、その表情を窺い知ることはできない。だが、その佇まい、その纏う空気は、桔梗の記憶の奥深くに刻み込まれたものと、寸分違わなかった。

「……時雨様」

絞り出した声は、自分のものではないように、か細く震えた。

仮面の男は、ゆっくりと立ち上がる。その体からは、血錆鉱による禍々しい、しかし圧倒的なまでの気が立ち上っていた。

「久しぶりだな、桔梗」

その声。ああ、間違いない。幾度となく夢にまで見た、あの人の声だ。

「俺のいない間に、少しはマシな顔つきになったか」

だが、その声の響きは、記憶の中にあるものとは決定的に違っていた。温かみも、優しさもない。ただ、氷のように冷たく、全てを見下すかのような、傲慢な響きだけがあった。

「なぜ……なぜ、裏切ったのです! 仲間を、私を……!」

桔梗の問いに、仮面の男――時雨――は、肩をすくめ、嘲るように笑った。

「裏切ってはいないさ。俺は、腐った幕府を内側から破壊し、真の平等を作るという大義のために、『紅い刃』と手を組んだのだ。弱者が強者に虐げられることのない、力による秩序。それこそが、この国に必要なものだ」

その言葉は、一見すれば正論のようにも聞こえた。だが、その実、多くの犠牲を是とする、冷たく、そして独善的な理想論に過ぎなかった。桔梗の心は、激しく揺れる。

信じたい。
あの頃、光のない奈落から自分を救い出してくれたこの人が、ただの私利私欲のために仲間を売るような、卑劣な裏切り者であるはずがない。

だが、彼の語る言葉は、彼の瞳が見えない仮面の奥で、空虚に、そして乾いて響くだけだった。

(違う。この人は、こんなことを言う人ではなかった)

桔梗の脳裏に、過去の記憶が、走馬灯のように駆け巡る。
初めて名前を呼ばれた日の、少し照れくさそうな彼の横顔。
「仲間だ」と言って、彼女の頭を無骨な手で撫でてくれた時の、あの温かい感触。
それらの温かい記憶が、目の前の男が放つ冷たい言葉によって、ガラスのように次々と砕かれていく。その心の葛藤が、桔梗の握る刃を、鉛のように重く、そして鈍らせていた。

「お前も、こちら側に来い、桔梗。俺の隣で、新しい世界を作るのだ」

その誘いの言葉が、桔... 桔梗の最後の迷いを断ち切った。

「断る!」

彼女は、床を蹴った。その動きは、影そのもの。しかし、時雨はそれを読んでいたかのように、最小限の動きでひらりとかわす。

「愚かな。お前が俺に勝てるはずがないだろう」

二人の刃が、暗闇の中で激しく火花を散らす。師弟であり、元仲間であった二人の戦いは、互いの技を、呼吸を、その全てを読み尽くした、あまりにもハイレベルな攻防となった。だが、力の差は歴然だった。血錆鉱によって強化された時雨の力は、桔梗の技を、速さを、その全てを圧倒していた。

防戦一方に追い込まれる桔梗。その時、彼女を絶望の淵に突き落とす出来事が起こった。

時雨が、ふっとその場から姿を消した。いや、消えたのではない。彼は、床に落ちる自らの影の中に、水に溶けるようにその身を沈ませたのだ。

「……!?」

桔梗は息を呑んだ。その術は、かつて彼が桔梗にだけ教えた、一族にしか伝わらないはずの秘術。影を操り、影と一体となる禁断の技。

「なぜ、貴方がその術を……」

桔梗の動揺は、致命的な隙を生んだ。彼女自身の影から、時雨の腕が、まるで毒蛇のように伸び、その手に握られた刃が、彼女の肩を深く、深く切り裂いた。

「ぐっ……ぁ……!」

激痛が走り、桔梗は膝から崩れ落ちる。血が、彼女の黒い装束を、さらに暗い色に染めていく。

影の中から、ゆっくりと姿を現した時雨は、苦痛に喘ぐ彼女を、仮面の奥から冷たく見下ろしていた。

真実など、知りたくはなかった。
だが、今、突きつけられた。
この男は、本物の時雨だ。そして、彼は、裏切った。
信じていた全てが、偽りだった。

桔梗の世界から、最後の光が、完全に消え失せた。
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