寄せ集めの英雄と、涙を隠した君の笑顔。この世界の結末は俺たちが決める!

Gaku

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第六章:北海の呼び声、目覚める古の災い

第57話:俺のせいで

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まるで世界そのものが絶叫したかのような、リヴァイアサンの第二波の咆哮。それは、先ほどの衝撃波に加えて、空気を凍てつかせるような絶対零度の冷気を伴っていた。海竜号の甲板は一瞬にして薄氷に覆われ、引きちぎられた帆の残骸やロープは、パリパリと音を立てて凍りついていく。

「ぐっ…! なんだ、この寒さは…!」 源ですら、その巨体を震わせ、吐く息が真っ白になるほどの異常な冷気に歯を食いしばった。仲間たちは必死に凍りつくマストや手すりにしがみついているが、指先の感覚は急速に失われていく。アリア姫が咄嗟に展開した神聖魔法の防護障壁も、この絶対的な冷気の前には焼け石に水で、その表面には霜が降り始めていた。

空は、リヴァイアサンの巨体によって完全に覆われ、昼間のはずなのに、まるで真冬の極夜のように暗く、冷たい闇に閉ざされていた。降り注いでくるのは、もはや潮の飛沫ではない。怪物が吐き出す冷気によって凍結した、鋭い氷の粒だった。それが甲板に叩きつけられるたびに、カン、カン、と硬質な音が響き、否応なく死の気配を漂わせる。

絶望。 その二文字が、凍てつく空気と共に、一行の心を芯から支配していた。あれほどの激戦をくぐり抜けてきた歴戦の仲間たちですら、目の前の「それ」が、自分たちの知るどんな生物とも、どんな魔物とも次元が違う、抗うことすら許されない「天災」に近い存在であることを、肌で感じ取っていた。

しかし、駿だけは、他の仲間たちとは全く異なる種類の絶望に打ちひしがれていた。彼の視線は、凍てつく甲板でも、荒れ狂う波でもなく、ただ一点、リヴァイアサンの額で不気味に脈打つ、あの黒い渦巻き模様の紋章に釘付けになっていた。

(あれは…俺が作ったものだ…)

王都の戦い。千夏が命懸けで作り出した一瞬の好機。仲間たちの、市民たちの想いを一身に受け、自らが持つ力の全てを解放してこじ開けた、異次元への扉。災厄を追放し、王都を救うための、最後の切り札だったはずの力。その力が生み出した空間の裂け目と、目の前の怪物の額で輝く紋章は、寸分違わぬ形をしていた。

(俺が…王都を救うためにやったことが…こんな化け物を、目覚めさせたのか…?)

その冷たい事実は、リヴァイアサンが放つ冷気以上に、駿の心を凍てつかせた。責任感。焦り。そして、何よりも深い自責の念。自分が英雄になろうとした結果がこれなのか? 自分の力が、仲間たちを、そしてこの穏やかだったはずの北の海の平穏を、脅かしている。その事実が、巨大な鉛の塊のように重く、重く、彼の心にのしかかってきた。

(俺が…俺が、なんとかしないと!)

思考が、極端から極端へと振れる。ラノベの主人公ならば、ここで全てを背負い、たった一人で奇跡を起こすのだろう。そうだ、自分がこの怪物を呼び覚ましたのなら、自分が責任を取らなければならない。仲間たちを、これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかない。

「みんな! 俺がこいつを引きつける! その隙に、船を反転させて、全速力で逃げろ!」 駿は、半ば錯乱したように叫んだ。その瞳には、悲壮な決意と、どこか自己陶酔にも似た光が宿っていた。彼は、鉄心との修行で掴みかけたばかりの、空間の流れを「識る」力を、たった一人でこの神話級の怪物にぶつけようとしていたのだ。それはあまりに無謀で、自己犠牲という名の感傷に酔った、愚かでしかない英雄ごっこだった。

「待て、駿! 無茶だ!」 彩葉の制止の声も耳に入らない。駿は、凍りつく船べりに足をかけ、荒れ狂う海へと飛び出そうとした。

その腕を、背後から鋼のような力で掴んだ者がいた。 凍てつく氷ですら溶かしそうなほどの、熱い怒気を纏って。

龍之介だった。

「馬鹿野郎ッ!!」

嵐の轟音にも、リヴァイアサンの咆哮にも負けないほどの怒声が、駿の鼓膜を激しく震わせた。

「一人の英雄なんざ、ここにはいらねぇんだよ!! てめぇ一人が格好つけて死んで、誰が喜ぶ!? 泣く奴の顔が、思い浮かばねえのか、この唐変木(とうへんぼく)が!!」

龍之介の言葉は、刃のように鋭く、駿の独りよがりな決意を、心の甘えごと容赦なく切り裂いた。そうだ、自分が死んだら、誰が悲しむ? 彩葉が、小夜が、栞が、アリア姫が、そして目の前のこの男が、きっと泣いてくれるだろう。千夏だって、きっと。

「俺たちは! 仲間だろうが!!」

かつて誰よりも孤独で、仲間という言葉を嘲笑っていたはずの男の、魂からの叫び。その言葉が、凍てついていた駿の心を、内側から激しく揺さぶった。

「…っ!」 駿は、飛び出そうとしていた足を止め、振り向いた。そこには、鬼のような形相の龍之介と、心配そうに自分を見つめる仲間たちの顔があった。源が、無言で駿の肩を力強く叩く。彩葉が、凍える指先で、そっと駿の頬の氷の粒を拭う。小夜と鈴が、不安げながらも、しっかりと駿を見上げている。栞も、アリア姫も。誰も、逃げろなんて言わなかった。誰も、駿一人に責任を押し付けようとはしなかった。

そうだ。自分は、一人じゃない。 このどうしようもなく頼りになって、うるさくて、厄介で、それでもかけがえのない仲間たちが、ここにいる。

駿は、自分の未熟さと、思い上がりを恥じた。そして同時に、この絶望的な状況の中にあって、仲間たちの存在がもたらしてくれる、揺るぎない温かさを、心の底から改めて噛み締めていた。

「…ごめん。俺、どうかしてた」 駿は、深く頭を下げた。そして、顔を上げた時、その瞳にはもう迷いはなかった。自己陶酔でも、自暴自棄でもない。仲間と共に、この未曾有の危機に立ち向かうという、静かで、しかし鋼のように強い決意の光が宿っていた。

「行こう、みんなで」 駿は、リヴァイアサンを真っ直ぐに見据えて言った。

「あいつを、止める!」

その言葉に、仲間たちは力強く頷いた。絶望的な状況は何も変わっていない。しかし、彼らの心は、この極寒の嵐の中で、より一層固く、熱く、一つに結束していた。 波が、そんな彼らの様子を見て、ふっと口元にいつもの不敵な笑みを浮かべた。 「へっ、話はまとまったかい? なら、ちいとばかし、あのデカブツと本気で遊んでやろうじゃないか!」 彼女は舵輪を握り直し、鋭い目で前方の海域を睨んだ。 「掴まってな! この先の岩礁地帯に奴を誘い込む! あそこなら、奴もデカい図体を活かせめぇ!」

海竜号が、悲鳴のような軋みを上げながら、波の巧みな操船によって、まるで生き物のように荒波を滑り始めた。目指すは、この魔の海域の中心にあるという、伝説の岩礁地帯――『龍宮島』。 反撃の時は、来た。
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