寄せ集めの英雄と、涙を隠した君の笑顔。この世界の結末は俺たちが決める!

Gaku

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第七章:古都の影、解き放たれた言霊(ことだま)

第63話:ただいま、私の牢獄へ

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北の海での激闘の日々が、まるで遠い昔のことのように感じられる、穏やかな旅路が続いていた。海竜号と、その快活な船長・波に別れを告げた一行は、再び陸路(りくろ)を行く旅人となっていた。季節は、燃えるような紅葉(こうよう)の盛りを過ぎ、初冬の気配を色濃く漂わせ始めている。

街道の両脇にどこまでも続く手入れの行き届いた竹林は、この国の古い都が近づいていることを示していた。風が吹くたびに、まだ青々とした色を残す笹(ささ)の葉が「さわさわ」と心地よい音を立てる。その音は、まるで無数の小さな鈴が鳴っているかのようで、旅の疲れを僅(わず)かながら癒(いや)してくれる。しかし、その乾いた音色は、同時に言いようのない寂寥感(せきりょうかん)も運んでくるのだった。木漏れ日(こもれび)は弱々しく、地面に落ちる光の模様も、夏の日差しのような力強さはない。空気はひんやりと澄み渡り、竹と湿った土の匂いが、肺を満たした。

一行が乗る幌馬車(ほろばしゃ)は、綺麗に敷き詰められた石畳の道を、軽快な車輪の音を立てて進んでいく。王都での喧騒(けんそう)や、北の海での荒波が嘘のような、静かで、どこまでも穏やかな風景だった。しかし、そのあまりに穏やかすぎる風景が、馬車の隅で小さくなっている一人の少女の心を、かえって重く、深く沈ませていた。

小夜(さよ)。彼女は、窓の外を流れていく見慣れた故郷の景色から目を逸(そ)らすように、ずっと俯(うつむ)いていた。馬車が揺れるたびに、彼女の小さな肩が、見えない重圧に押しつぶされそうに微(かす)かに震える。呼吸は浅く、血の気の失(う)せた唇(くちびる)を、ぎゅっと固く結んでいる。まるで、嵐の前の静けさの中で、ただ嵐が過ぎ去るのを耐え忍ぶ小鳥のようだった。

「…さて、と。古地図と姫様の羅針盤(らしんばん)を照らし合わせた結果、ほぼ確定ですわ」

馬車の揺れにも構わず、熱心に羊皮紙(ようひし)の地図と、アリア姫から借りた王家の羅針盤とを見比べていた栞(しおり)が、分厚い眼鏡(めがね)の位置をくいと直しながら顔を上げた。その表情には、長年の謎が解けたような達成感と、新たな発見への期待が入り混じっている。

「長老様のお話にあった『災厄の欠片(かけら)』が向かった先、そしてこの羅針盤が強く反応を示している方角…。どうやら、それはこの先の古都・**綾杜(あやのもり)**で間違いなさそうですわ!」

その街の名が告げられた瞬間。

馬車の隅で縮こまっていた小夜の体が、まるで鞭(むち)で打たれたかのように、ビクッと大きく跳(は)ねた。

「っ…!」

息を呑(の)む音が、静かな車内に小さく響く。隣に座っていた鈴(すず)が、その反応に気づき、心配そうに小夜の顔を覗(のぞ)き込んだ。駿もまた、対面の席から、小夜の顔からさっと血の気が引いていくのを見て、眉(まゆ)をひそめた。

(綾杜(あやのもり)…)

その名は、小夜にとって単なる故郷の地名ではなかった。それは、彼女の心に深く刻まれた、忌(い)まわしい記憶の塊(かたまり)そのものだった。

生まれ育った、格式高い陰陽師(おんみょうじ)の家。

「月詠(つくよみ)の麒麟児(きりんじ)」ともてはやされながらも、その強大すぎる力を周囲から疎(うと)まれ、理解されなかった孤独な日々。

そして、あの日。

良かれと思って振るった力が暴走し、唯一心を許していた兄弟子(あにでし)・月白(つきしろ)を傷つけ、全てを失った悪夢のような儀式 。

「お前の力は、人を傷つけるだけの呪(のろ)われた力だ」。

そう言い放った父の冷たい目。

「君のせいじゃない。だが、君の力がなければ…」。

そう言って、恐れの色を隠さなかった月白の瞳(ひとみ)。

勘当(かんどう)同然に家を飛び出して以来、二度と戻ることはない、いや、戻ってはならないと思っていた場所。なぜ、今になって、そこへ向かわなければならないのか。運命のあまりの皮肉に、彼女は唇(くちびる)の内側を強く噛(か)み締(し)めた。鉄の味が、微(かす)かに口の中に広がる。指先が、まるで真冬の氷のように冷たくなっていく。

(帰りたくない…怖い…)

心の奥底で、幼い自分が泣き叫んでいる。あの屋敷も、あの街も、全てが自分を拒絶(きょぜつ)した場所なのだ。今さら、どんな顔をして戻れというのか。

馬車は、そんな彼女の心の葛藤(かっとう)などお構(かま)いなしに、綾杜へと続く道を淡々(たんたん)と進んでいく。街に近づくにつれて、小夜はますます口数が少なくなり、その表情からは生気が失われ、まるで精巧(せいこう)に作られた人形のように、ただ窓の外を虚(うつ)ろに見つめるだけになった。夜になると、悪夢にうなされ、短い悲鳴を上げて飛び起きることもあった。その度に、彼女の肩に乗る式神(しきがみ)のカラス「ヤタ」が、心配そうに彼女の頬(ほほ)にその小さな頭を擦(す)り寄せるのだった。

そんな小夜の異変に、仲間たちはもちろん気づいていた。しかし、誰もがその理由を無理に聞き出そうとはせず、それぞれのやり方で、そっと彼女を気遣(きづか)っていた。それは、この寄せ集めの集団が、数多(あまた)の死線を共に乗り越える中で自然と身につけた、不器用(ぶきよう)だが温かい、彼らなりの流儀だった。

鈴は、小夜が夜中にうなされていると、何も言わず、ただ隣に寄り添い、朝までその小さな手をぎゅっと握りしめていた。同じように、人ならざる力を持つが故(ゆえ)に孤独を知る彼女だからこそ、言葉以上に伝わる温もりがあった 。シロもまた、主(あるじ)の気持ちを察してか、小夜の足元に丸くなり、番犬のように静かに寝息を立てていた。

栞は、いつものように専門用語をまくし立てるのを少し控え、小夜が好きそうな古い妖怪譚(ようかいだん)や、星にまつわる優しい神話を、わざとヤタに語りかけるふりをして、大きな声で話して聞かせた。彼女なりの、知識を総動員した励(はげ)ましだった 。

源は、ぶっきらぼうに自分の分厚い外套(がいとう)を、夜風で冷えた小夜の肩にかけた。「風邪でも引かれたら足手まといになるだけだ。しっかり着ておけ」。その言葉は乱暴だが、その奥にある不器用な優しさは、小夜にもちゃんと伝わっていた 。

龍之介は、得意の冗談(じょうだん)や軽口(かるくち)を封印し、ただ黙って馬車の御者(ぎょしゃ)を務め、時折、小夜の好きそうな木の実や干し果物を「ほらよ」と無言で差し出した 。

彩葉は、道端(みちばた)で見つけた可憐(かれん)な野菊(のぎく)を摘(つ)み、小さな花束にして、小夜の枕元(まくらもと)にそっと置いた。彼女が好きそうな、心を落ち着かせる花の香りがする匂い袋(においぶくろ)を、彼女の荷物の中に忍ばせることも忘れなかった 。

そして、駿。彼もまた、小夜が今、人生で最も困難(こんなん)な過去と向き合おうとしていることを察していた。彼は、無理に事情を聞き出そうとはしなかった。ただ、休憩(きゅうけい)のために馬車から降りる時、いつもより少しだけゆっくりと、彼女の小さな手に自分の手を差し伸べた。

「大丈夫だ。俺たちがついてる」

そのぶっきらぼうな、しかし一点の曇(くも)りもない、力強い言葉。それは、小夜が最も聞きたかった言葉だったのかもしれない。彼女は、俯(うつむ)いたまま、小さく、ほんの少しだけ頷(うなず)いた。駿の大きな、少しだけ傷のある手の温もりが、彼女の凍(い)てついた心に、小さな、しかし確かな灯火(ともしび)をともした。

(独りじゃない…)

そう思うだけで、胸の奥で固く閉ざされていた何かが、ほんの少しだけ、緩(ゆる)むような気がした。

夕陽(ゆうひ)が西の山々を赤く染め上げ、空には一番星が瞬(またた)き始めた頃。馬車はついに、古都・綾杜の壮麗(そうれい)な都の門へと到着した。

高くそびえる巨大な門は、長年の風雪に耐えた風格を漂わせ、その両脇には物々しい鎧(よろい)に身を固めた衛兵(えいへい)たちが、厳しい表情で目を光らせている。門の向こう側には、提灯(ちょうちん)の明かりが灯(とも)り始めた、懐(なつ)かしくも恐ろしい街並みが広がっていた。遠くに見える五重塔(ごじゅうのとう)のシルエットが、夕闇(ゆうやみ)を背景に、まるで巨大な指のように黒々と空に突き刺さっている。

小夜は、思わず息を呑(の)んだ。

美しい故郷。

同時に、彼女の心を十数年もの間縛(しば)り続けてきた、忌(い)まわしい過去が眠る牢獄(ろうごく)。

「止まれ! 何者だ!」

衛兵の鋭い声が、一行の行く手を遮(さえぎ)る。アリア姫が、堂々(どうどう)と身分を明かし、王家から発行された通行証(つうこうしょう)を見せると、衛兵たちの顔色が一変し、慌(あわ)てて道を開けた。

馬車は、衛兵たちの最敬礼(さいけいれい)を受けながら、ゆっくりと都の中へと進んでいく。

小夜は、顔を俯(うつむ)かせ、ぎゅっと固く目を閉じた。これから、何が起ころうとしているのか。逃げ出したかった過去と、否応(いやおう)なく対峙(たいじ)させられる。彼女は、逃げ出すこともできず、ただ運命の大きな流れに身を任せるしかなかった。

馬車の車輪が、都の石畳(いしだたみ)を規則的(きそくてき)に叩(たた)く音だけが、やけに大きく耳に響く。隣に座る鈴の小さな手の温もりと、向かいの席から感じる仲間たちの静かな、しかし確かな気配だけを、唯一(ゆいいつ)の頼(たよ)りにして。

彼女の長い夜が、今、再び始まろうとしていた。
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