寄せ集めの英雄と、涙を隠した君の笑顔。この世界の結末は俺たちが決める!

Gaku

文字の大きさ
85 / 85
第九章:世界の心臓、紡がれる理(ことわり)

第85話:最後の刀鍛冶

しおりを挟む


 静(しずか)が突きつけた選択は、部屋(へや)の空気(くうき)そのものを凍(い)てつかせた。
 世界(せかい)を破壊(はかい)し、再生(さいせい)する道(みち)に協力(きょうりょく)するか。
 それとも、歪(ゆが)んだ物語(ものがたり)の一部(いちぶ)として、排除(はいじょ)されるか。
 どちらを選(えら)んでも、待(ま)つのは茨(いばら)の道(みち)。否(いな)、地獄(じごく)への一本道(いっぽんみち)かもしれなかった。
 壊(こわ)れた窓(まど)の外(そと)では、東(ひがし)の空(そら)がわずかに白(しろ)み始(はじ)めていた。夜(よる)の闇(やみ)が後退(こうたい)し、破壊(はかい)された古都(こと)の痛々(いたいた)しいシルエットが、朝焼(あさや)け前(まえ)の冷(つめ)たい蒼(あお)い光(ひかり)の中(なか)に、黒(くろ)々と浮(う)かび上(あ)がっている。それはまるで、これから一行(いっこう)が下(くだ)さねばならない決断(けつだん)の重(おも)さを象徴(しょうちょう)しているかのようだった。
 神田駿(かんだしゅん)は、言葉(ことば)を失(うしな)っていた。
 突(つ)きつけられた世界(せかい)の真実(しんじつ)。創造主(そうぞうしゅ)の存在(そんざい)。自分(じぶん)が「調律者(ちょうりつしゃ)」として召喚(しょうかん)された理由(りゆう)。そして、千夏(ちなつ)の苦悩(くのう)。頭(あたま)の中(なか)で、情報(じょうほう)が渦巻(うずま)き、処理(しょり)が追(お)いつかない。何(なに)が正(ただ)しくて、何(なに)を信(しん)じればいいのか。重圧(じゅうあつ)に、息(いき)が詰(つ)まりそうだった。
 その時(とき)、そっと肩(かた)に温(あたた)かい手(て)が触(ふ)れた。
「駿(しゅん)さん……」
 すぐ隣(となり)で、彩葉(いろは)が目(め)を覚(さ)まし、彼(かれ)の顔(かお)を覗(のぞ)き込(こ)んでいた。まだ顔色(かおいろ)は悪(わる)く、額(ひたい)には汗(あせ)が滲(にじ)んでいる。しかし、その瞳(ひとみ)には、先(さき)ほどの戦(たたか)いで見(み)せた決意(けつい)の光(ひかり)とは違(ちが)う、ただひたすらに駿(しゅん)の心(こころ)を案(あん)じる、柔(やわ)らかな光(ひかり)が宿(やど)っていた。
「大丈夫(だいじょうぶ)、ですか……?」
 その声(こえ)に、駿(しゅん)は、はっと我(われ)に返(かえ)った。そうだ、俺(おれ)は一人(ひとり)じゃない。こんなにも、俺(おれ)のことを心配(しんぱい)してくれる奴(やつ)がいる。俺(おれ)のために、命(いのち)を懸(か)けてくれた奴(やつ)がいる。
 迷(まよ)っている暇(ひま)なんて、ない。

 重苦(おもくる)しい沈黙(ちんもく)を、最初(さいしょ)に破(やぶ)ったのは、意外(いがい)にも、壁(かべ)に背(せ)を預(あず)けて黙(だま)り込(こ)んでいた源(げん)だった。
「……くだらん」
 彼(かれ)は、まるで吐(は)き捨(す)てるかのように、低(ひく)い声(こえ)で言(い)った。
「創造主(そうぞうしゅ)だか、調律者(ちょうりつしゃ)だか、世界(せかい)の再生(さいせい)だか知(し)らんがな。小難(こむずか)しい理屈(りくつ)はどうでもいい」
 源(げん)は、ゆっくりと顔(かお)を上(あ)げ、その鋭(するど)い眼光(がんこう)で、静(しずか)を真正面(ましょうめん)から射抜(いぬ)いた。
「俺(おれ)たちのやることは、最初(さいしょ)から何(なに)も変(か)わらん。気(き)に食(く)わねぇ奴(やつ)を、ぶん殴(なぐ)る。仲間(なかま)を、守(まも)る。――それだけだ」
 その、あまりにも単純明快(たんじゅんめいかい)で、揺(ゆる)るぎない言葉(ことば)に、部屋(へや)の空気(くうき)が、確(たし)かに震(ふる)えた。
「違(ちげ)ぇねぇな」
 腕(うで)を組(く)んでいた龍之介(りゅうのすけ)が、ニヤリと口(くち)の端(はし)を吊(つ)り上(あ)げる。
「小難(こむずか)しい話(はなし)は、そこの眼鏡(めがね)の学者(がくしゃ)先生(せんせい)にでも任(まか)せときゃいいんだよ。俺(おれ)たちゃ、体(からだ)を張(は)るのが仕事(しごと)でな」
「はひっ!? わ、わたくしですか!?」
 突然(とつぜん)名指(なざ)しされた栞(しおり)が、素(す)っ頓狂(とんきょう)な声(こえ)を上(あ)げ、慌(あわ)てて眼鏡(めがね)の位置(いち)を直(なお)す。
「目的(もくてき)が何(なに)であれ」
 今度(こんど)は、部屋(へや)の隅(すみ)から、桔梗(ききょう)の静(しず)かな声(こえ)が響(ひび)いた。
「我々(われわれ)の行動(こうどう)を阻害(そがい)するならば、たとえ神(かみ)であろうと排除(はいじょ)する。それが我(わ)が任(にん)」
「皆(みな)さんと……一緒(いっしょ)に、いたいです……」
 鈴(すず)に支(ささ)えられながら、小夜(さよ)が、か細(ぼそ)いながらも、はっきりとした声(こえ)で言(い)った。
 仲間(なかま)たちの言葉(ことば)が、一つ、また一つと、迷(まよ)っていた駿(しゅん)の心(こころ)を照(て)らしていく。
(そうだ……俺(おれ)一人(ひとり)が、背負(せお)う必要(ひつよう)なんて、ないんだ)
 難(むずか)しいことは分(わ)からない。世界(せかい)の真実(しんじつ)なんて、まだ理解(りかい)できない。でも、やるべきことは、ずっと変(か)わらない。
 駿(しゅん)は、ゆっくりと顔(かお)を上(あ)げ、静(しずか)に向(む)き直(なお)った。その瞳(ひとみ)には、もう迷(まよ)いの色(いろ)はなかった。
「あんたたちのやり方(かた)には、賛成(さんせい)できない。世界(せかい)を壊(こわ)すなんて、どんな理由(りゆう)があっても、絶対(ぜったい)に間違(まちが)ってる」
 きっぱりと言(い)い切(き)る。
「でも、創造主(そうぞうしゅ)とかいう奴(やつ)が、俺(おれ)たちの、彩葉(いろは)さんや、皆(みんな)が生きているこの世界(せかい)を、勝手(かって)に自分(じぶん)のオモチャみたいに弄(もてあそ)んでるってんなら話(はなし)は別(べつ)だ。そいつを止(と)める。それだけは、確(たし)かだ」
 駿(しゅん)は、隣(となり)で心配(しんぱい)そうに自分(じぶん)を見(み)つめる千夏(ちなつ)に、一度(いちど)だけ視線(しせん)を向(む)けた。
「それに、千夏(ちなつ)のことも……あんたたちの組織(そしき)がどうだろうと関係(かんけい)ない。俺(おれ)が必(かなら)ず、見(み)つけ出(だ)す」
 千夏(ちなつ)が、息(いき)を呑(の)む。静(しずか)が、わずかに眉(まゆ)をひそめる。
「だから」
 駿(しゅん)は、静(しずか)に向(む)かって、少(すこ)しだけ、悪戯(いたずら)っぽく笑(わら)ってみせた。
「『天(あま)つ鏡(かがみ)』がどういう組織(そしき)だろうと、俺(おれ)たちのやることは変(か)わらない。創造主(そうぞうしゅ)を止(と)める。戒(かい)をぶっ飛(と)ばす。仲間(なかま)を守(まも)る。――だから、今(いま)はまだ、敵(てき)じゃないってことで、いいか?」
 静(しずか)は、駿(しゅん)の顔(かお)を数秒(すうびょう)、値踏(ねぶ)みするように見(み)つめていたが、やがて、ほんの僅(わず)かに目(め)を細(ほそ)めると、黙(だま)って頷(うなず)いた。
「……合理的(ごうりてき)な判断(はんだん)です。利害(りがい)は、一時的(いちじてき)に一致(いっち)する」
 彼女(かのじょ)は、それだけを言(い)うと、壁際(かべぎわ)へと下(さ)がり、再(ふたた)び口(くち)を閉(と)ざした。千夏(ちなつ)は、駿(しゅん)に何か言(い)いたげな表情(ひょうじょう)を浮(う)かべていたが、結局(けっきょく)、静(しずか)の隣(となり)で俯(うつむ)いてしまった。
 それでも、一行(いっこう)の進(すす)むべき道(みち)は、定(さだ)まった。
 目的(もくてき)は、「創造主(そうぞうしゅ)の打倒(だとう)」と「世界(せかい)の解放(かいほう)」。

「それで、姫(ひい)さんよ」
 龍之介(りゅうのすけ)が、横(よこ)たわる彩葉(いろは)と月白(つきしろ)を看護(かんご)するアリア姫(ひめ)に声(こえ)をかけた。
「あの、神様(かみさま)だか何(なん)だか知(し)らねえが、そいつをぶん殴(なぐ)るには、どうすりゃいいんだ? 何(なに)か、切(き)り札(ふだ)みてえなもんはねえのか?」
「切(き)り札(ふだ)、ですか……」
 アリア姫(ひめ)は、疲(つか)れた顔(かお)で少(すこ)し考(かんが)え込(こ)んでいたが、やがて、はっと顔(かお)を上(あ)げた。
「ありますわ! わたくしの神聖魔法(しんせいまほう)も、源(げん)は創造主(そうぞうしゅ)に対抗(たいこう)しうる力(ちから)と聞(き)きました。駿(しゅん)様の、その不思議(ふしぎ)な力(ちから)も。そして、もう一つ……」
 彼女(かのじょ)の視線(しせん)が、床(ゆか)に置(お)かれたままの、一本(いっぽん)に戻(もど)った御神刀(ごしんとう)『天叢雲(あめのむらくも)』へと注(そそ)がれる。しかし、その刀身(とうしん)は、先(さき)ほどの戦(たたか)いで戒(かい)の力(ちから)を受(う)け止(と)めた代償(だいしょう)か、再(ふたた)び二(ふた)つに割(わ)れ、力(ちから)なき鉄塊(てっかい)へと戻(もど)ってしまっていた。
「この刀(かたな)……『天叢雲(あめのむらくも)』。これこそが、世界(せかい)の法則(ほうそく)そのものに干渉(かんしょう)できる、唯一(ゆいいつ)の対抗手段(たいこうしゅだん)のはずですわ」
「でも、また折(お)れちまったじゃねえか」
「大丈夫(だいじょうぶ)です!」
 その時(とき)、声(こえ)を上(あ)げたのは、栞(しおり)だった。彼女(かのじょ)は、いつの間(ま)にか、静(しずか)から何(なに)かの情報(じょうほう)を受(う)け取(と)っていたらしく、興奮(こうふん)した様子(ようす)で眼鏡(めがね)をキラリと光(ひか)らせた。
「アカシャの図書館(としょかん)の情報(じょうほう)によりますと(静(しずか)様の協力(きょうりょく)で、アクセス権限(けんげん)を一部(いちぶ)回復(かいふく)していただきました!)、この刀(かたな)は、物理的(ぶつりてき)に破壊(はかい)されたわけではありません! 二(ふた)つの魂(たましい)の同期(どうき)が乱(みだ)れたために、一時的(いちじてき)に形(かたち)を保(たも)てなくなっているだけです!」
「つまり、どういうことだってばよ?」
 駿(しゅん)が、某(ぼう)忍者(にんじゃ)漫画(まんが)の主人公(しゅじんこう)のような口調(くちょう)で問(と)い返(かえ)す。
「つまり!」
 栞(しおり)は、ぐっと胸(むね)を張(は)った。
「この刀(かたな)を、完全(かんぜん)に、恒久的(こうきゅうてき)に修復(しゅうふく)できる可能性(かのうせい)がある、ということです! そのためには、この刀(かたな)を打(う)った伝説(でんせつ)の刀工(とうこう)の一族(いちぞく)――『天目(あまのめ)一族(いちぞく)』――の末裔(まつえい)を訪(たず)ねる必要(ひつよう)があります!」
「天目(あまのめ)……だと?」
 その名(な)に、意外(いがい)な人物(じんぶつ)が反応(はんのう)した。
 源(げん)だった。いや、もう一人(ひとり)。壁際(かべぎわ)で沈黙(ちんもく)を守(まも)っていた、鉄心(てっしん)だった(いつの間(ま)にやら、彼(かれ)もこの部屋(へや)に来(き)ていた)。
「まさか……」
 鉄心(てっしん)が、低(ひく)く呻(うめ)く。
「その名(な)は、儂(わし)の、愚弟(ぐてい)の名(な)じゃ……」

 話(はなし)は、とんとん拍子(びょうし)に進(すす)んだ。
 鉄心(てっしん)の弟(おとうと)、**刀鍛冶(かたなかじ)・鉄斎(てっさい)**。彼(かれ)こそが、桜花(おうか)の里(さと)の御神刀(ごしんとう)を打(う)った『天目(あまのめ)一族(いちぞく)』の最後(さいご)の末裔(まつえい)であり、今(いま)も人里(ひとざと)離(ばな)れた火山地帯(かざんちたい)の麓(ふもと)で、刀(かたな)を打(う)ち続(つづ)けているという。
 一行(いっこう)は、創造主(そうぞうしゅ)とその尖兵(せんぺい)である戒(かい)に対抗(たいこう)する切(き)り札(ふだ)を求(もと)め、その伝説(でんせつ)の刀鍛冶(かたなかじ)の元(もと)を目指(めざ)すことを決意(けつい)した。

 鉄斎(てっさい)の工房(こうぼう)へと向(む)かう旅(たび)の途中(とちゅう)、一行(いっこう)は一度(いちど)、鉄心(てっしん)の寺(てら)に立(た)ち寄(よ)り、傷(きず)ついた彩葉(いろは)と月白(つきしろ)を休(やす)ませることにした。
 その夜(よる)、月(つき)が煌々(こうこう)と照(て)らす境内(けいだい)で、源(げん)は一人(ひとり)、鉄心(てっしん)から預(あず)かっていた師(し)・流水(りゅうすい)からの手紙(てがみ)を、仲間(なかま)たちの前(まえ)で静(しず)かに開(ひら)いた。
 そこには、震(ふる)えるような筆跡(ひっせき)で、驚(おどろ)くべき内容(ないよう)が記(しる)されていた。
 流水(りゅうすい)は晩年(ばんねん)、世界(せかい)のバランスを崩(くず)しかねない「災厄(さいやく)」の復活(ふっかつ)を予見(よけん)していたこと。
 それを阻止(そし)するため、古代(こだい)から世界(せかい)を見守(みまも)ってきたとされる**『闇(やみ)の住人(じゅうにん)』**と呼(よ)ばれる存在(そんざい)と接触(せっしょく)し、彼(かれ)らから力(ちから)を借(か)りるための、ある種(しゅ)の「契約(けいやく)」を結(むす)んだこと。
 しかし、それは「闇(やみ)の住人(じゅうにん)」が仕掛(しか)けた巧妙(こうみょう)な罠(わな)であり、契約(けいやく)によって流水(りゅうすい)自身(じしん)の生命力(せいめいりょく)と技(わざ)を徐々(じょじょ)に奪(うば)われ、死期(しき)を悟(さと)ったこと。
 そして、かつての弟子(でし)であり、誰(だれ)よりも信頼(しんらい)していた男(おとこ)、戒(かい)が、その契約(けいやく)の存在(そんざい)を知(し)り、師(し)を裏切(うらぎ)って「闇(やみ)の住人(じゅうにん)」と結託(けったく)。契約(けいやく)を悪用(あくよう)して不老(ふろう)に近(ちか)い力(ちから)と知識(ちしき)を得(え)、災厄(さいやく)復活(ふっかつ)の尖兵(せんぺい)と化(か)してしまったこと。
『――源(げん)よ。もし、万(まん)が一(いち)、戒(かい)が人(ひと)の道(みち)を踏(ふ)み外(はず)し、災厄(さいやく)を世(よ)に解(と)き放(はな)とうとするならば』
 手紙(てがみ)の最後(さいご)は、こう結(むす)ばれていた。
『我(わ)が流水館(りゅうすいかん)の拳技(けんぎ)の全(すべ)てをもって、これを砕(くだ)け。それが、わしからの、最後(さいご)の教(おし)えであり、願(ねが)いだ――』
 師(し)の知(し)られざる苦悩(くのう)。裏切(うらぎ)り。そして、自分(じぶん)に託(たく)された、最後(さいご)の遺志(いし)。
 源(げん)は、手紙(てがみ)を握(にぎ)りしめたまま、しばらくの間(あいだ)、夜空(よぞら)を、ただ黙(だま)って見上(みあ)げていた。その肩(かた)は、怒(いか)りか、悲(かな)しみか、あるいは決意(けつい)からか、微(かす)かに震(ふる)えていた。

 数日後(すうじつご)。
 一行(いっこう)は、灼熱(しゃくねつ)の空気(くうき)が陽炎(かげろう)のように立(た)ち昇(のぼ)る、火山地帯(かざんちたい)の麓(ふもと)に到着(とうちゃく)していた。
 空気(くうき)には硫黄(いおう)の匂(にお)いが混(ま)じり、遠(とお)くに見(み)える活火山(かっかざん)の山頂(さんちょう)からは、黒(くろ)い噴煙(ふんえん)が、ゆらゆらと昇(のぼ)っている。地面(じめん)は熱(ねつ)を帯(お)び、歩(ある)くだけで汗(あせ)が噴(ふ)き出(だ)してきた。
「あ、暑(あつ)いですわ……! 王都(おうと)とは、まるで別世界(べっせかい)ですわね……!」
 アリア姫(ひめ)が、日傘(ひがさ)を差(さ)しながら、ぐったりとした様子(ようす)で呟(つぶや)く。
「へっ、姫様(ひめさま)が来(く)るような場所(ばしょ)じゃねえんだよ、ここは」
 龍之介(りゅうのすけ)が、汗(あせ)を拭(ぬぐ)いもせず、悪態(あくたい)をつく。
「見(み)てください、駿(しゅん)様(さま)! この辺(あた)りの鉱石(こうせき)は、非常(ひじょう)に珍(めずら)しい組成(そせい)をしております! おそらく、地熱(ちねつ)の影響(えいきょう)で……ひゃあっ!?」
 栞(しおり)が、足元(あしもと)の赤(あか)く光(ひか)る石(いし)に夢中(むちゅう)になるあまり、すぐそばにあったマグマだまりに落(お)ちそうになり、源(げん)に襟首(えりくび)を掴(つか)まれて引(ひ)っ張(ぱ)り上(あ)げられていた。
 そんな喧騒(けんそう)の中(なか)、一行(いっこう)は、岩肌(いわはだ)に掘(ほ)られた洞窟(どうくつ)のような入口(いりぐち)を見(み)つけた。そこから、カン、カン、という、金属(きんぞく)を打(う)つ、規則的(きそくいてき)で、力強(ちからづよ)い音(おと)が聞(き)こえてくる。
 鉄斎(てっさい)の工房(こうぼう)だった。
 中(なか)は、外(そと)とは比較(ひかく)にならないほどの熱気(ねっき)に満(み)ちていた。中央(ちゅうおう)には巨大(きょだい)な炉(ろ)が燃(も)え盛(さか)り、壁(かべ)には、ありとあらゆる種類(しゅるい)の金槌(かなづち)や工具(こうぐ)が、整然(せいぜん)と掛(か)けられている。その中央(ちゅうおう)で、上半身(じょうはんしん)裸(はだか)の、筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)とした老人(ろうじん)が、汗(あせ)まみれになりながら、一心不乱(いっしんふらん)に槌(つち)を振(ふ)るっていた。鉄心(てっしん)にどこか面影(おもかげ)が似(に)ているが、その眼光(がんこう)は、兄(あに)以上(いじょう)に鋭(するど)く、近寄(ちかよ)りがたい威圧感(いあつかん)を放(はな)っていた。
 彼(かれ)が、鉄斎(てっさい)だった。
「……ごめんくださいましー!」
 アリア姫(ひめ)が、場(ば)の空気(くうき)を読(よ)まず、王族(おうぞく)としての丁寧(ていねい)な挨拶(あいさつ)をしようとした、その瞬間(しゅんかん)。
「うるさいっ!!」
 鉄斎(てっさい)が、槌(つち)を振(ふ)るうのを止(と)めずに、怒鳴(どな)り声(ごえ)を上(あ)げた。
「客(きゃく)なら帰(かえ)れ! 今(いま)、取(と)り込(こ)んどるわ! 火傷(やけど)したくなかったら、隅(すみ)っこで縮(ちぢ)こまっとれ!」
 アリア姫(ひめ)が、生まれて初めて浴(あ)びせられたであろう罵声(ばせい)に、ショックで固(かた)まってしまう。
 駿(しゅん)は、ため息(いき)をつきながら、一歩(いっぽ)前(まえ)に出(で)た。そして、懐(ふところ)から、布(ぬの)に包(つつ)んだ二(ふた)つの折(お)れた刀(かたな)――『天叢雲(あめのむらくも)』の片割(かたわ)れ――を、恭(うやうや)しく差(さ)し出(だ)した。
「あんたが、鉄斎(てっさい)さんだな。俺(おれ)たちは、鉄心(てっしん)さんの紹介(しょうかい)で来(き)た。この刀(かたな)を、修復(しゅうふく)してほしい」
 鉄斎(てっさい)は、ようやく槌(つち)を置(お)くと、じろり、と駿(しゅん)と、その手(て)にある刀(かたな)を一瞥(いちべつ)した。
「……ふん。兄者(あにじゃ)が言(い)っていた刀(かたな)か」
 彼(かれ)は、彩葉(いろは)と、その後(うし)ろに控(ひか)える龍之介(りゅうのすけ)に、鋭(するど)い視線(しせん)を向(む)ける。
「魂(たましい)が、二(ふた)つに割(わ)れて、互(たが)いに違(ちが)う方(ほう)を向(む)いておる。これでは、ただの鉄屑(てつくず)じゃな」
 鉄斎(てっさい)の言葉(ことば)は、厳(きび)しかった。
「いいか、小僧(こぞう)ども。この刀(かたな)を再(ふたた)び一(ひと)つにするには、ただ打(う)ち直(なお)せばいいというものではない。刀(かたな)の声(こえ)を聞(き)き、持(も)ち主(ぬし)である貴様(きさま)ら二人(ふたり)の魂(たましい)が、寸分(すんぶん)の狂(くる)いもなく、同(おな)じ未来(さき)を見据(みす)えねばならん」
 彼(かれ)の目(め)が、彩葉(いろは)と龍之介(りゅうのすけ)の心(こころ)の奥底(おくそこ)――まだ残(のこ)る僅(わず)かな迷(まよ)いや、互(たが)いへの遠慮(えんりょ)――を見透(みす)かすように、細(ほそ)められた。
「今(いま)の貴様(きさま)らに、その覚悟(かくご)があるか?」
 鉄斎(てっさい)は、暗(あん)に、二人(ふたり)に精神世界(せいしんせかい)での過酷(かこく)な試練(しれん)を課(か)すことを示唆(しさ)していた。
 彩葉(いろは)と龍之介(りゅうのすけ)は、どちらからともなく、互(たが)いの顔(かお)を見合(みあ)わせた。
 そして、静(しず)かに、しかし、何(なに)よりも力強(ちからづよ)く、頷(うなず)き合(あ)った。
 最終決戦(さいしゅうけっせん)へ向(む)けて、最後(さいご)の試練(しれん)が、始(はじ)まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 15

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(15件)

トム
2025.09.27 トム

寄せ集めの仲間たちが、それぞれの傷を抱えながらも、一つの目的に向かって絆を深めていく。物語の王道を力強く描きながらも、主人公の特殊な能力設定や、一筋縄ではいかないキャラクターたちの人間ドラマが、作品に唯一無二の魅力を与えています。14話までで、主要な仲間との出会いを終え、物語はこれから本格的に動き出すのだというワクワク感に満ちています。彼らの旅の先に何が待っているのか、「紅い刃」との因縁の行方はどうなるのか。そして、駿と仲間たちの関係はどのように変化していくのか。壮大な物語の幕開けに、期待で胸がいっぱいです。早く続きが読みたい、と心から思える作品でした。

解除
カインズ
2025.09.27 カインズ

ライトノベルらしい軽快で読みやすい文体でありながら、情景が目に浮かぶような豊かな表現力が素晴らしいです。混沌とした駅の雑踏、静謐で美しい森の木漏れ日、呪われた屋敷の不気味な空気感など、五感に訴えかける描写によって、まるで自分もその世界にいるかのような没入感を味わうことができました。また、主人公・駿の心の中のツッコミが、物語の良いアクセントになっており、シリアスな場面でも重くなりすぎず、楽しく読み進めることができます。読者を飽きさせない筆力と構成力に、作者の高い技量を感じました。

解除
なの
2025.09.27 なの

キャラクターたちの心の動きが非常に丁寧に描かれており、物語に深い奥行きを与えています。特に印象的だったのは、拳法家・源の心の葛藤です。愛する者を守れなかった過去のトラウマから、怒りという感情に囚われ、最強という名の鎧で心を閉ざしてしまう彼の姿は、読んでいて胸が痛みました。そんな彼が、主人公・駿のまっすぐな言葉によって、自分の弱さと向き合い、涙を流すシーンは圧巻でした。単なる冒険活劇にとどまらない、人間の心の機微を描き出す筆致に感服しました。キャラクターたちがこれからどのように心の傷を乗り越え、成長していくのか、温かく見守りたいです。

解除

あなたにおすすめの小説

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ダンジョン冒険者にラブコメはいらない(多分)~正体を隠して普通の生活を送る男子高生、実は最近注目の高ランク冒険者だった~

エース皇命
ファンタジー
 学校では正体を隠し、普通の男子高校生を演じている黒瀬才斗。実は仕事でダンジョンに潜っている、最近話題のAランク冒険者だった。  そんな黒瀬の通う高校に突如転校してきた白桃楓香。初対面なのにも関わらず、なぜかいきなり黒瀬に抱きつくという奇行に出る。 「才斗くん、これからよろしくお願いしますねっ」  なんと白桃は黒瀬の直属の部下として派遣された冒険者であり、以後、同じ家で生活を共にし、ダンジョンでの仕事も一緒にすることになるという。  これは、上級冒険者の黒瀬と、美少女転校生の純愛ラブコメディ――ではなく、ちゃんとしたダンジョン・ファンタジー(多分)。 ※小説家になろう、カクヨムでも連載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。